尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

2017年10月の訃報-遠藤賢司、ダニエル・ダリュー等

2017年11月03日 22時42分26秒 | 追悼
 2017年10月の訃報特集。1面トップ級の訃報はなかったんだけど、後回しにすると長くなるからまとめておきたい。歌手の訃報が多かった。「エンケン」こと遠藤賢司が10月25日に死去。70歳。この人は70年代初期には高田渡なんかと並んで「フォーク歌手」と言われる中にいた。「カレーライス」(1972)というちょっとしたヒット曲もあった。これはカレーを作ってると自分の手も切っちゃった、テレビを見てたら誰かがお腹を切っちゃったって、痛いだろうにねという三島事件を歌ったものなのである。

 その後も全然変わらず、「純音楽家」を自称して活動を続けた。僕は15年ぐらい前に、高石ともやさんの年忘れコンサートのゲストに来た時に聞いて、とても驚いてしまった。CD「不滅の男」を買ってしまい、その後しばらく聞いてなかったけど、今回久しぶりに聞いて改めて驚いている。

 ゴスペルシンガーの亀渕友香が10月22日没、72歳。ずいぶん前から名前は知ってたけど、結局聞かないで終わった。都の職員向けの福利厚生案内に割引チケットが毎年暮れに出ていて、一度聞いてみたいなと思ってたんだけど。(今年も載ってた。)ニッポン放送の「オールナイトニッポン」のDJだった亀渕昭信の妹だということで、大昔から聞いていた。カメちゃんはフジサンケイグループをどんどん出世していったけど、妹はゴスペルというジャンルを広げた。
 
 「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」のヴォーカルだった三條正人(10月9日没、74歳)は「小樽のひとよ」という名曲があった。こういう歌謡曲、演歌系はあまり聞かないけど、好きな曲もあるのである。「君は心の妻だから」っていうのも泣かせる。でも、女優の香山美子と結婚してしまった。
 アメリカではファッツ・ドミノが死去。10月24日、89歳。「ブルーベリー・ヒル」を歌った人。ロックンロール創始者の一人と言われる黒人の歌手、ピアニスト。

 フランスの大女優で、戦前から活躍していたダニエル・ダリューが10月17日に100歳で死去。1936年の「うたかたの恋」で知られ、戦後は「赤と黒」や「たそがれの女心」などに出ている。長崎が舞台のイヴ・シャンピ監督「忘れえぬ慕情」にも出ていた。21世紀になっても、2002年の「8人の女たち」に出演してカトリーヌ・ドヌーヴ、イザベル・ユペールなんかと悠然と共演してベルリン映画祭で8人全員で銀熊賞を取ったのには驚いた。いかにもフランス的な美人女優という印象。

 フランスの女優と言えば、アンヌ・ヴィアゼムスキーが10月5日に死去、70歳。ブレッソンの「バルタザールどこへ行く」でデビュー。その後、ゴダールの政治映画時代に「中国女」なんかに出演。ゴダールと結婚した。19歳の時。10年後に離婚し、その後長い時間をかけて小説家として有名になった。日本でも翻訳されていて、来日して講演したこともある。
  「バルタザールどこへ行く」と来日時のヴィアゼムスキー
 篠沢秀夫が10月26日死去、84歳。仏文学者だけど、クイズ・ダービーの珍回答者として人気者になった。前任は鈴木武樹という独文学者で、中日ファン、邪馬台国論など様々に活躍していたけど、74年の参院選に「革新自由連合」から立候補して、テレビから去った。代わりが篠沢教授だったんだけど、こちらはどんどん右傾化していって保守派論客になってしまった。

 小児科医の毛利子来(たねき、10.26没、87歳)氏が死去。自由な子育て論を提唱して幅広く活動した。たしか雑誌「80年代」の共同編集人だった。

 イラク前大統領のジャラル・タラバニが死去。フセイン政権崩壊後、スンナ派、シーア派のアラブ人の対立を受けて、クルド人として大統領に選出された。クルド人自治区ではバルザニ氏率いるクルド民主党と、それから別れたタラバニ系のクルド愛国同盟の路線対立があった。複雑極まりない。

 東芝、日本郵政の社長を務めた西室泰三が死去。10月14日、81歳。東芝も日本郵政も、不正会計や巨額損失を出したことを思うと、西室氏が小泉政権下で「三位一体改革」などを進めた過去もひるがえって再検討するべきではないか。そういう経営者が政治にも大きな影響を持ったことがおかしい。
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