オリンピックは神聖だと思います。そして、基本的に国家間のスポーツ戦争で有る事は、明白
猫ひろしが、カンボジアのマラソン候補という連日の報道について、腹立ちます



オリンピックに出る為に、国籍を変える選手はいます。
しかし、この人は誰もが知る創価学会員であり、もし出場が出来れば「夢が叶った」と聖教新聞とかに出るでしょう。
そして、この人は「カンボジアなら出られそうだから」と公言してました。
国籍を与えたカンボジアもカンボジアですが、動機が、個人欲とは呆れて物が言えません
物欲の宗教の信徒の本性が、もっともらしく取り上げられる事は違和感で歯ぎしりギリギリです







先に書いたとおり、国の威信を背負って戦うから尊く輝くのです。
過去国籍を変えての出場した選手は、米国などのレベルの高い国で勝ち上がってメダルを目指してました。
それと比べたら、競技に望む姿は、雲泥の差。もし、出場できても走る姿さえ見たくありません





個人的には、選考される事自体が大反対です










