黒古一夫BLOG

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この日本はどこへ行くのか(4)――安倍内閣の二枚舌

2016-10-29 06:31:17 | 仕事
 本当かどうか分からない「高い支持率」がもたらした「傲り」としか思われない安倍首相の「軽口」や「はぐらかし」、「虚言(嘘)」、「はったりは、今に始まったことではないが、国連における「核兵器禁止条約に向けた交渉は始める」(核兵器禁止交渉決議)という決議に「反対」票を投じると言う行為は、図らずも安倍内閣の「核」に対する姿勢を明らかにしたという点で、今更驚くには当たらないが、どうにも「怒り」を押さえることのできない出来事であった。
 安倍首相(安倍内閣)は、毎年八月六日・九日の広島・長崎における平和記念式典で、(毎年同じような文面であるが)「核廃絶を希求する」旨のスピーチを行ってきて、また今年は「核兵器禁止交渉決議」が行われた国連で、アメリカなどの核保有国と共に「核軍縮決議」を提案し、多くの賛同を得てきた。
 しかし、国連で「核軍縮」の提案することと「核兵器禁止条約」を交渉することに「反対」することは、誰が見ても矛盾することであり、諸外国から見れば「日本は二枚舌を使っている」「本気で核兵器を禁止しようと思っていないのでは何か」と思われるということを、安倍政権は全く考えていないのではないか、ということである。つまり、安倍政権(歴代の保守政権も同じだが)はアメリカの「核の傘」=核抑止論の有効性を認めることを前提として、「核」の問題を考えているということである。ここには、「日本は唯一の戦争被爆国である」という認識はない。さらに言えば、安倍首相(安倍政権)ら「戦前回帰」を目指す日本会議の影響下にある指導者(政治家)たちは、近い将来「日本の核武装を目指しているとしか思えない、ということでもある。
 この「日本の核武装」という考え方と連動しているのが、原発再稼働であり、使用済み核燃料の再処理工場の運転、核燃料サイクルの維持(高速増殖炉政策の維持)だということも、忘れるわけにはいかない。
 また、この「日本の核武装」という考え方は、憲法違反を承知で「集団的自衛権行使容認」を推し進め、沖縄県民お代多数が反対している普天間基地の辺野古沖への移転(新基地建設)や「ヘリパッド(オスプレイ訓練基地)」建設の強行し、憲法改正を目指す自民党政治のやり方と通底している、ということも僕らが真剣に考えるべきことである。
 換言すれば、安倍政権が目指す「戦前回帰」は、まさにあの治安維持法の下で「表現や思想の自由」が完全に奪われ、軍国主義が大手を振るっていたファッシズム体制だということである。そして、それはいつまで経っても「道半ば」という「アベノミクス」=成長経済を基とした経済政策を隠れ蓑にした、とんでもない「復古主義」だということである。
 今、僕は今月末までの締め切りで、長崎で被爆した芥川賞作家林京子さんの『谷間 再びルイへ』(講談社文芸文庫)の「解説」を書いているのだが、改めてヒロシマ・ナガサキの出来事やフクシマ(原発事故)のことについて書かれた作品や格に関する様々な本などを読み、「核と人類は共存できない」というのは、間違いのない審理だと思った。そんな時期における日本政府(安倍政権)の国連での「核」に対する姿勢、もう「怒り」しかなかった。
 僕らは、これらの事実をよく見極め、目先のことだけではなく、子供や孫に続く世代のことも考えて、自分たちの生き方を定めなければならないのではないか。つくづくそう思った

なお、国連総会における「核兵器禁止交渉決議」は、賛成:123カ国(北朝鮮を含む)、反対:38カ国(アメリカ。ロシアなど核保有国が中心)、棄権:16カ国(中国など)であった。
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