黒古一夫BLOG

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民主主義の危機(2)――究極の腰巾着・菅義偉官房長官

2017-05-26 10:30:50 | 仕事
 森友学園問題に引き続いて、安倍首相(夫妻)の「傲り」と「不誠実さ」を象徴する加計学園問題が起こり、「共謀罪」の衆院での強行採決と相まって、多くの国民が「政治不信」を募らせ、また国民の多くがそのような政治状況に「怒り」を隠さなくなっているにもかかわらず、維新の会を味方につけた自公政権の「内部」は全く波風が立っていないように見えるのは、どうしたことなのか? 僕には、全く理解できない 
 特に、「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っていること」があって初めて実現した加計学園の愛媛県今治市における獣医学部の新設問題は、誰がどう見ても政権の屋台骨を揺るがすような、首相の横暴(権力乱用)が明らかになった事件なのに、自公政権内では「良識」(正論)が通じないのか、大学の新学部設置などを主管する文科省の内部で、安倍首相(とそれを取り巻く権力亡者たち)の「意向」が直接的に反映したことを示す文章が何通(8通)も出てきたというのに、安倍首相の見事なまでの「腰巾着」ぶりを示してきた氏が官房長官が、何も確認しないまま最初に「それは怪文書の類だ」と言ったものだから、以下の松野文科大臣も、また国会議員になった当初は「弱者」の味方だと思っていた「ヤンキー先生」こと義家文科副大臣も、「そのような文章は確認できなかった」と、しらを切り通す始末。
 それほどに自分が獲得した(おこぼれに預かった)地位を守りたいのか、それとも心から「極右政治家」を代表する安倍晋三首相を信奉しているのかわからないが、首相(自公政権)を「守りたい」という気持しか伝わってこない、呆れた答弁しかしない安倍自公内閣の面々。彼らに「自浄作用」を求めるのは「蛙の面に小便」に等しい願望だとは思いつつ、何とも「虚しい」気持を禁じることができない。
 このような安倍首相(夫妻)に関わる加計学園問題についての対応は、文科省内で作成されたとされる「総理の意向」等の文面がある8通の文章は「本物だ」と断言した前川前文科省事務次官に対する政府(官邸・内閣)の否定・批判(安倍首相や菅官房長官)にも共通するもので、自分たちを批判する者は絶対許さない、認めないという「頑なさ」によって、実はそのような文章の存在を認めている、と僕たちに知らせるようなものになっている。
 また、国会議員に「良識」を求めるのは、いまさらとも思うが、それにしても「文科省内に出回っていた8通の文章」を「怪文書」と断じ、また前川前文科省事務次官の証言に対して「人格批判」としか思えない出会い系バー通いを持ち出して存在自体を否定するような菅官房長官の記者会見におけるあの「冷たい」、何が何でも安倍首相(夫妻)を守ろうとする態度は、何なのか。彼は何が望みで、あのような国民を「愚弄」する発言などを平気で繰り返すのか。
 菅官房長官のプロフィールを見れば、1948年12月生まれだから、今年の暮れで68歳になる朱運選挙7回当選のベテラン議員(政治家)である。しかも学歴を見ると、苦学して法政大学の法学部を1973年に卒業したとある。1973年卒業ということであれば、早稲田大学と並んで学生運動の中心であった法政大学で彼は何を学んだのか、と思わざるを得ない。また、苦学生の彼は、毎日のようにキャンパスで開かれていた学生集会をどのように見ていたのか。今や日本を代表する保守(右翼)団体「日本会議」のメンバーが菅官房長官と同世代の、当時「生長の家」の信者だった学生たちによって担われていたことを考えると、菅官房長官も法政大学の学生時代はその類の学生だったのか、と思いたくもなるが、安倍首相の「戦後レジュームからの脱却」「憲法改正」などといった威勢のいい空語を本気で信じて、彼の忠実な「ポチ公」になっている真意は何なのか、本当によく分からない。 まさか「影の総理」を気取っているわけではないと思うが、「スガスガしさ」が全く感じられず、いつも「何か魂胆がある」と感じさせるような彼の会見を見ていると、正直言って「胸糞が悪くなる」。そんな「感じの悪い」菅「腰巾着」官房長官が内閣の要となっている安倍政権には、もう退場してもらうしかないのではないか。切実にそう思う。
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