黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

「反戦」・「反核」を言い続ける理由(続き)

2012-05-07 09:03:27 | 仕事
 昨日は、このブログを書いている途中で長電話が入ったため、中途半端な形で終わってしまい、尻切れトンボの印象を与えたのではないかと思い、「続き」を書くことにする。
 昨日の記事で僕が言いたかったことは、この20日間余り、『井伏鱒二と「戦争」』(仮題)で出版を計画している原稿の見直し(修正・加筆)を行い、同時に「夏野菜」の種を蒔き、苗を植える日々を過ごしている内に、気付いたこと(確信したこと)があり、それは僕の批評は「反戦・反核」の思想を根っこに持ったものである、ということを改めて確認する必要があると思った、ということである。
 理由は、吉本隆明が最期の最後まで「科学神話=原発安全神話」を手放すことがなかったことのは何故か、そして、そのような吉本の「科学神話=原発安全神話」の影響下で自らの思想を形成した者が、「団塊の世代」を中心にして予想通り数多く存在していることを知り、改めて僕らが受けた「戦後民主主義教育」(反戦思想と民主主義思想を軸とした)とは何であったのかを、井伏鱒二の「戦争観」や「反核論」を整理しながら考えたからである。あわせて、野菜の芽吹きや成長を日々見守りながら「生命(いのち)とは何ぞや」などということを考え、「生命」を育むことの難しさを改めて痛感したからに他ならない。
 つまり、「反戦・反核」もその根っこには「生命(人間)尊重主義」(大江健三郎流に言えば「ユマニズム」ということになるが、一般的には「ヒューマニズム」)の重要性を改めて考え続けけていた、ということである。この「ヒューマニズム」に「エコロジー」を加味すれば、ずっと前から僕が言い続けている「緑の党」的な国家像の構築ということにもなるのだが、とりあえず、わかりやすく言えば、戦後民主主義及び70年前後の「政治の季節」で叫ばれた「殺すな!」の論理と倫理をいかに日常化するか、ということになるのではないだろうか。
 そのような考え方から、現在進行しつつある「原発再稼働」の動きや、中国や北朝鮮を「仮想敵国」とするようなネオ・ナショナリズム(ネオ・ファシズム)の動き、橋下徹大阪市長(大阪維新の会)が推し進めている「教育改革」という名のファシズム的教育の推進(「競争原理」の導入と権力の教育への介入、これは実は石原慎太郎が東京都知事になってから「教育委員会」名で推し進められてきた東京都の教育政策とほとんど同じものである)、等々、世の中の「不穏」な動きに警戒心を持つ必要があるのではないか、と言い続けてきたのである。
 そして、先走ってこの国の状況について言っておけば、もう「競争原理」(これを資本主義体制との関係で言えば、金権主義(金儲け主義)ということになる)で何とかなるような状態にはなく、オルタナティブ(もう一つの生き方、例えば「スローライフ」)のことをみんなで真剣に考えなければいけないのではないか、と思う。昨日で「原発0(ゼロ)」になったが、僕らがこの「原発0」状況を如何にきちんと過ごすか、「フクシマ」を受けての最初の「試練」になるのではないか、と思う。「無駄な電気は使わない」、そのことから始めるしかないだろう、と思う。「原発0」になったって、「廃炉」までに何十年もかかるし、高濃度汚染核廃棄物(プルトニウム、など)に至っては、何十万という単位で「処理(埋設)」しなければならないことを考えれば、原発立地の自治体の首長たちが「原発マネーが予算の70パーセントだから、原発が再稼働しなければやっていけない」という、何とも「哀れな」悲鳴こそ原発がもたらした非人間的所業の極致の現れだ、と思う冷厳な態度こそ、いま僕らに求められているのではないだろうか。
 僕は、今後も「生命」より大事なものはない、という立場を堅持していきたいと思っている。予定されている『井伏鱒二と「戦争」』もそのような思想で書かれたものである。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

「反戦」・「反核」を言い続ける理由

2012-05-06 10:10:52 | 仕事
 前回記事を書いたのが4月17日だから、もう20日余り経つ。いつもの台詞だが、決してサボっていたわけではなく、この間やっていたことを書いておくと、次の本として予定している『井伏鱒二と「戦争」』(仮題)の原稿整理に、思いがけず時間を取られ、いくつかの資料や井伏の作品を読み返し、かつ原稿の修正を行うという作業に没頭していたのである。
 この本に関して、この10年くらいの間に依頼されて書いた「井伏論」――『黒い雨』論はもちろん、井伏が徴用中(1942年)に書いた『花の町』や戦後の『遙拝隊長』についての他、『徴用中のこと』などについての作品論をはじめ、戦中の過ごし方、等について書いたもの7本と新たに書き下ろした「井伏鱒二と原発」論(これに関しては、川村湊が同じような「材料」を使って「原発と日本の文学者」(『いまこそ私は原発に反対します』日本ペンクラブ編 平凡社刊所収)というタイトルで一文をものにしているが、内容は全く別で、川村は急いで書いたようで、川村文にはいくつか基本的な誤りがある。また、ここで書いておくが、川村文に刺激されて拙論を書いたのではない。)、併せて370枚ほど、それに関連する戦中―戦後の文学者の在り方について論じた過去の4つの論文約100枚を併せて、約480枚ほど、各論の重複を消去し、足らない部分を加筆する。一番古い文章は11年前の2000年に書いたものなので、基本的なことは変わらないとしても、年号やその時々の文学状況などは変わっており、その「調整」に思わぬ時間を取られる、ということがあった。
 知る限り、『黒い雨』論や『遙拝隊長』論などはこれまでにも「定番」的に論じられてきたが、井伏鱒二を「戦争」というテーマで論じるというのは、これまでなかったのではないか。故に、僕は面白い本になるのではないか、と思っているのだが、「文学評論」や「作家論」の類が驚くべき状態で読まれなくなっている現在、果たしてこの本が日の目を見るかどうか、近日中に前から読みたいと言ってきている出版社に原稿を送り、結果を待とうと思っている。
 また、その合間にある作家(決まったら、明らかにします)の「全集」の企画を立て、「卷立て」(全巻構成)に時間を取られると言うこともあった。全作品にざっと目を通し、主題別、刊行順で全巻の構成を考えるのは、全作品を一度は読んだことがあってもなかなか大変な作業で、これにも時間が取られてしまった。
 他に、大学を退職した後、望みとしては「晴耕雨読だ」と言ったということもあり、夏野菜の種まきや苗植えは待ったなしでその季節がやってきて、自分で食するものぐらい「無農薬・有機栽培」で行いたいということもあり、そうなると野菜のケアとは別に雑草との闘いが続き、毎日毎日、取っても取っても生えてくる雑草を引き抜くために畑に出なければならず、これにも時間が取られてしまう。そして、つくづく思う。「晴耕雨読」は「悠々自適・のんびり」の代名詞ではなく、自然との闘いであり、労働の原点(肉体労働)を教えてくれるものだということを。そんなわけで、小さな吾が家庭菜園に植わっている野菜を列挙しておくと、ジャガイモを筆頭に、タマネギ、長ネギ(2種類)、にんじん、ゴボウ、空豆、絹さやエンドウ、モロヘイヤ、キャベツ、ラディッシュ(2種類)、ナス、カボチャ、キュウリ、ミニトマト、ピーマン、里芋、こんにゃく、ごま、ショウガ、瓜、セロリ、サニーレタスの24種類、畑が少し広くなったからと言っても、手入れが大変である。
 ただ、「畑仕事」にもちゃんと効用があって、野田民主党政権の「原発再稼働」への目論見や石原慎太郎の「尖閣諸島買収問題」、橋下徹大阪市長(大阪維新の会)の計り知れない「野望」などで苛ついた気持や焦りを、無心に野菜のことばかりを考える畑仕事は鎮めてくれる、ということがある。とは言え、野田首相の何も具体性のない「日米同盟の高み」発言ほど、今日の「空洞」的な状況を表しているものはなく、絶望的に成らざるを得ない。
 心身共に「元気」になりたいのだが、状況がそれを許さないとしたら、ではどうしたらいいのだろうか。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

戦争を始めるつもりなのか――石原発言の過ち

2012-04-17 09:04:20 | 近況
 ずっと前から、石原慎太郎東京都知事の言動が「危うさ」と「胡散臭さ」と「デマゴギー(嘘・間違い)に満ちたものであり、ファシストのそれであるということを、「南京大虐殺はなかった」「核武装論」「第三国人発言」などを引き合いに出して繰り返し指摘し、併せて何故そんな「作家」とは思えない「倫理」無き乱暴な論理を振り回している人物を、首長(都知事)に選んでしまう「東京都民=大衆=民衆」の「危うさ」についても論究してきたが、今度の「尖閣列島を東京都が購入する」という発言には、吃驚を通り越して、本気で「危ういな」と思わざるを得なかった。
 周知のように、尖閣列島は日中(及び台湾)が「領有」を主張しあっている場所である。日本が100年ほど前に「領有宣言」していると言えば、中国はそれより以前「隋」や「唐」の時代から、また近々では沖縄が日本に帰属する前の首里王朝の時代から「尖閣列島は中国固有の領土だ」と主張してきた島々である。この領土問題というのは、第一次世界大戦やアジア太平洋戦争を想起すればすぐ分かるように、ヨーロッパでもアジアでも、はたまたアメリカでも同じように、「力関係=政治・軍事力」によって、その所属が決められてきたもので、領有権を主張する国々がそれぞれ「自分の領土だ」と主張し続ける限り解決は絶対にせず、最後はまた領土問題の原理である「力関係=軍事や政治」によって解決する(しかし、戦争によってどちらかの国が消滅しない限り、決して解決しない。そのことは中東<アラブとイスラエルとの戦争>を見れば歴然とする)しか無くなってくる、という悪循環を繰り返すだけである。
 だから、僕は、これまでも「歴史」に多くのことを学んできたはずの現代人として、日中の国民(政治家たち)が知恵を出し合い、紛争解決のために尖閣列島を「共有」すればいいのだ、と主張してきたのである。現代における領土問題は、必ずそこに「資源問題」が付随しているから、例えば尖閣列島の場合、地下資源(天然ガスや石油、等)は、共有の資源として分け合えばいいのである。この「共有」に関しては、「北方領土」をはじめあらゆる領土問題の場合も同じで、そうすることによってしか解決しないのではないか、と思っている。
 そのような立場から見ると、今度の「尖閣列島を購入する(した)」という石原発言は、尖閣列島問題を「争い=戦争」の論理で解決しようとするもので、もし日本と中国の間に「争い=戦争」が起こったらどうなるのか、この「老政治家」の想像力は相当枯渇しているのではないか、と思わざるを得ない。そして、僕がもう一つ懸念するのは、この人の「危うさ」を内部のどこかで共有しているかも知れない僕らが、彼の「危険」きわまりない発言(考え方)に賛同してしまうかも知れない、ということである。
 この石原発言の「危うさ」は、、当然の事ながら橋下徹大阪市長(大阪維新の会)の論理にも通じるものと、僕は思っている。橋下大阪市長の「原発再稼働、絶対反対」には、昔から原発の存在に反対してきた僕としては諸手を挙げて賛成したいのだが、「文化軽視」や「日の丸・君が八条例」のことと反原発は、どう考えても不整合で、橋下大阪市長の「危険度」を減じるものではなく、依然として危うさは残っている。
 それにしても、石原発言に対して中国がどう反応してくるか、また民主党政治(あるいは自民党政治)に物足りなさ、不満、鬱屈を抱いている多くの国民が、橋下大阪市長(大阪維新の会)の脱原発に対するのと同じように、石原発言にも「賛意」の声を寄せるとしたら、自体はますます悪い方へと進んでいくのではないか、と思わざるを得ない。
 今日の東京新聞の「特報面」には、福嶋第1原発の4号機が相変わらず危険な状態――地震と津波とその後の爆発で破損した冷却プールの中の使用済み燃料棒が「余震」などによって水が無くなったとき、どう暴走するか、専門家は1〜3号機よりも心配している。もし暴走(再臨界)が起こったら、首都圏100キロ以上の地域が「避難区域」に指定されるという――にありながら、原発輸出に熱心な野田政権(経産省や外務省)のことが出ていたが、このような「矛盾」した政治の在り方が石原発言や橋下月原発発言を呼び込むものだとすると、僕らは「のほほん」としていられないのではないか、と痛感する。
 ここが考えどころかも知れないな、と思う。

<追記(4月18日)>
 上記のような文章を書いた後に、ネットでニュースを見ていたら、「石原発言に賛同多数」というのに出会った。こんな時代だから、橋下徹大阪市長に「人気」が集まるのと同じように、今度の「石原発言」にも一定の支持はあるだろうと予測していたのだが、「みんなの政治」という投票箱を覗いてみて、びっくりした。「支持」が圧倒的多数で、80パーセントを超えていたのである。
 これをどのように判断するか? 一つだけはっきりしているのは、民主党政治(実は、自公政治も同じなのだが)に対して、多くの国民が「閉塞感」を抱いていて、その打破を望んでいるということである。何とかしなければならない十も今ながら、その脱出の方法も分からず、閉じこめられているという意識だけが肥大化し、ファシストであろうが、独裁者であろうが、この現状を打破してくれる人を待望する、そんな心性が「石原発言支持:80パーセント以上」からは読み取ることができる。
 とは言いながら、それで石原発言の「危うさ」「胡散臭さ」は変わるわけはないので、僕は石原慎太郎という「政治家」の言動にはこれからも注視(批判)していきたいと思う。それにしても、1年あまり前のフクシマについても、事故が起こってからしばらくは、本来ならフクシマのような「命」に関わる問題には文官なはずの文学者から「脱原発」の声が聞こえてこなかったのと同じように、今度も文学者の反応は鈍いようだ。これでは現代文学が衰退するのも無理はない、と思ったのは僕だけだろうか。
コメント (3) |  トラックバック (1) | 

何かがおかしい(3)……「理念」無き政治

2012-04-15 09:27:18 | 近況
 最近とみに思うのは、何事に関しても「理念=思想・哲学」が必要なのではないか。少なくとも僕らが育ち成長した、それを時代で言えば、敗戦後から高度経済成長期を経てバブル経済期を迎える以前、ということになると思うのだが、何故そのような期限の区切り方をするかといえば、高度成長期の政治や経済の在り方を象徴すると言っていい「日本列島改造論」(田中角栄)が明らかにした「金権主義」が、バブル期になって人々の生活と精神を根源から侵すようになり、その結果、「カネ=経済が全て」という風潮を蔓延させ、この社会から「理念」と「倫理」を消去させてしまった、と思うからに他ならない。
 このような「理念」が無く、併せて「倫理感」が破壊された社会において、当然の如く人心は乱れ、確固たる歴史観無きままに「今=現在」だけがクローズアップされ、きらびやかに社会の表層を飾ることで「満足」を得るという状況を招来されている。誰もが「現在」に漠然とした「不安」を抱き、「未来」についても暗い展望しか持てないにもかかわらず、である。
 そんな現代であるからこそ、一見「現在」を否定するような政治(橋下大阪市長=大阪維新の会や石原慎太郎東京都知事のような)がもてはやされるようになるのである。多くの人が、現在のこの国の状況は、ファシズムが台頭してきた1930年代のドイツ、イタリア、日本の状況に酷似していていると指摘していることに首肯するのも、どうもポピュリズム(大衆迎合主義)を超えて、「ファシズム」的国家の到来を本気(マジ)に考えなければならないのではないか、と思うからに他ならない。
 そんな状況に拍車を掛けているのが、「政権交代」を実現して国民に「うたかたの夢」を見させてくれた民主党政権である。「口先人間」であった前々首相の鳩山由紀夫も、また前首相の菅直人もひどかったが(菅の場合、現在もなお「脱原発」を主張している点は、いくらか評価できるが)、現在の野田首相、この人からは現代社会をリードするために必要な「理念」も「倫理」も全くないのではないかと思え、この人は何のために政治家になり、首相になったのか、全く理解できないような言動が目立つ。もちろん、かと言って、自民党政権、あるいは自公政権がいいわけではない。ましてや、橋下徹ファシズム的政治家と組もうとしている渡辺嘉美「みんなの党」が政権を担ったとして、確かに「行政改革」は行われるだろうが、その他の点で「弱者いじめ」が横行するだろうことは目に見えているので、これも困ったとしか言いようがない。
 それほどに、現在の「政治」(それと二人三脚の経済界も)はひどいとしか言いようがないのだが、最初の「理念」無き、「倫理」崩壊の野田政権について言えば、消費税増税に関わる「猪突猛進」ぶりは何のためなのか、という問題もあるが、大飯原発3,4号機の再稼働についての、「迷走」ぶり、というか、「前のめり」になって再稼働を急ぐその姿勢に関しては、「何故なのか」全く理解できない。フクシマで完全にそれまでの「安全神話」が崩れたにもかかわらず、「日本の原発は安全だ」と言って原発を推進してきた経産省(原子力安全・保安院や原子力安全委員会)の言いなりになって、「再稼働」について政治判断を行う。菅前首相が「脱原発」を宣言し、党内にもそれに同調する議員が多数存在するにもかかわらず、多数のマスコミが報じているように、フクシマで問題となった様々な「安全対策」を放置したまま、電力会社が言う「電力不足」をそのまま信じて(信じた振りをして)再稼働を認めてしまう。全く理解できない。
 こんな調子では、絶対に次の選挙で敗北すると思うのだが、政権を投げ出してまで(選挙で敗北が決まっているにもかかわらず)、再稼働を急ぐ理由は何なのか。僕が野田政権のや煎り方を全く理解できないというのは、そのことがあるからに他ならない。政党というのは、あるいは政治家というのは、「選挙」で勝利することを目指して日々の活動を行う者だと思うのだが、野田首相の場合、どうもそうではないらしい。僕には、保守派の彼が(経済界の要請の下で)民主党政権の敗北を願っているようにしか思えないのだが……、真実はどうなっているのだろうか。
 ともあれ、「理念」無き政治、「倫理」が崩壊した社会、そんなものとは早々におさらばしたいのだが、本当に苛々してしまう。
コメント (2) |  トラックバック (0) | 

何かがおかしい!(2)

2012-04-09 10:35:12 | 近況
 「沖縄」に関して、二つのニュースをメールで戴きましたので、ご紹介します。
(1)沖縄の畏友・高良勉氏より
  報道されていますように、日本政府は朝鮮民主主義人民共和国(北朝
 鮮)の「人工衛星打ち上げ」を口実にして、沖縄にPAC3の搬入・配備を
 行って戦争さながらの危機を演出して、沖縄への軍事集中を正当化して
 きています。この際とばかりに防災機構を活用して民間保育所までも文
 書を流し危機を煽り立て沖縄住民の心をコントロールしようとしていま
 す。このような日本政府のデマゴギーを許してはなりません。日本政府
 の新防衛大綱に基づく「島嶼防衛」演習→沖縄への基地集中を阻止しま
  しょう。
  沖縄平和運動センターから緊急抗議集会が下記のとおり提起されてい
 ます。私たちも共闘して圧倒的結集を勝ち取り軍事演習に反対し、国策
 のために平気に沖縄を戦場化かする日本政府官僚・防衛族の感覚・思惑
 を粉砕していきましょう。
 (僕ら本土の人間は、マスコミの報道だけを見て、どうしてもこのような北朝鮮の「衛星打ち上げ」(ミサイル発射実験)についてのとらえ方のあることを知らないのを、恥ずかしいと思わなくなってしまっています。「消費税増税」しか頭にないような野田民主党政権下で、このような防衛省(自衛隊)の暴走=独走が行われていること、これもまたファシズムの1亜種かな、と思う感性を大切にしたいと思う)

(2)友人の元北海道新聞記者・島田さんからのものです。長いものですが、読む価値があります。

 米軍が日本の国土から撤退するのを防ぐため、日本の官僚機構は沖縄駐留費用を負担する政策などを実施している。自らの権力維持のためだ、と田中宇(元共同通信)がインターネット「田中宇・国際ニュース解説」で指摘しています。うがった見方なのかも知れませんが、インタレステイングです。
 なお、米軍の沖縄駐留については、そもそも昭和天皇がGHQのマッカーサー元帥にお願いした、とする米政府公文書が公表されています。

【日本の権力構造と在日米軍 】
=田中宇・国際ニュース解説2012年2月22日  

 沖縄に駐留する米軍海兵隊が、海兵隊普天間基地の名護市辺野古への移転を待たず、グアム島に移転していくことについて、日米政府が話し合いを始めている。
 米海兵隊が沖縄に駐留していることは、日米同盟の象徴だ。海兵隊は総兵力24万人(定員数)で、そのうち日本に駐留するのは定員数1万8千人(実数は1万2千人前後)にすぎず、海兵隊全体の中に占める割合は低い。だが、米国外で海兵隊が常駐しているのは日本だけだ(海兵隊は3つの遠征旅団から構成され、第1が太平洋岸のカリフォルニア州、第2が大西洋岸のノースカロライナ州、第3が沖縄を拠点としている)。沖縄駐留の海兵隊が減ることは、それ自体が在日米軍の縮小、希薄化である。
 米海兵隊が日本から撤退していく方向性は、1999年ごろに米政府が冷戦後の米軍の世界戦略の再編(米軍再編)を検討し始めた時からの、一貫した流れだ。1971年の沖縄の日本への返還当時から、米海兵隊の任務の中に、日本を防衛することは入っていない。
 沖縄に大量の米軍がいるが、沖縄上空の日本領空に外国の戦闘機が侵入してきた場合、最初に戦闘機を出して防空任務を担当するのは、米空軍でなく、那覇空港に駐留する日本の自衛隊だ。沖縄返還と同時に那覇空港から米軍が出ていき、代わりに自衛隊が入ってきたが、この時に沖縄上空の防空任務は米軍から自衛隊に引き継がれた。これに象徴されるように、日本の防衛は、40年前から、米軍でなく自衛隊の任務だ(日本が外国軍から本格的に侵攻され、日本に駐留する米軍も外国軍から攻撃されれば、米軍は反撃するだろうが)。
 沖縄の米軍の任務は日本の防衛でなく、米国の世界戦略に沿った動きをすることだ。朝鮮戦争、冷戦時のソ連との対峙、ベトナム戦争、アフガン・イラク戦争、イランへの威嚇、ソマリア沖の海賊退治などが、歴史的に沖縄米軍の任務だった。米軍は日本の防衛を任務としていないが、沖縄に米軍が駐留すること自体が、外国軍に日本を攻撃することを躊躇させ、間接的に日本の防衛に貢献しているから良いんだ、というのが米側の理屈だ。
 在日米軍は日本の防衛を任務としないので、日本の都合に関係なく、米国の都合だけで増員したり撤退したりできる。冷戦が終わり、輸送機の性能も上がったので、米軍は部隊を米本土から遠い前方に置く必要がなくなった。不必要な前方展開をやめて米軍を効率化し、財政負担を軽減する「米軍再編」が99年ごろから検討された。だがその後、01年の911事件で「テロ戦争」が始まり、逆に米軍は急拡大した(911の発生を米当局が知りながら黙認した可能性があるが、その理由の一つは、米軍再編による防衛費の削減を、米軍関係者が嫌ったことだろう)。
 911後、米軍は急拡大したものの、戦争はイラクもアフガンも失敗し、撤退を余儀なくされている。おまけにリーマンショックで米金融界も破綻に瀕し、米国の政府予算や経済的余力を、金融界と軍関係者(軍産複合体)が奪い合っている。再選のため経済再建を優先するオバマ政権は、防衛費の削減と米軍の縮小を押し進め、10年ぶりに米軍再編の政策が戻ってきた。
 米陸軍は、欧州(独伊)に駐留する部隊を半減させる予定だ。欧州は、EU統合の一環で欧州統合軍を創設する方向で、米軍の助けを借りなくても防衛できる方向だ。米軍部隊を海外から米本土の基地に戻せば、基地周辺の経済が活性化し、不況が続く米国の景気回復にも貢献できる。
 同様に海兵隊も、長期的に、米本土にある2つの遠征旅団だけで十分やっていける。米軍は、米政府の財政再建策に協力し、現在24万人いる海兵隊員(現役+予備役)を、5年間で2万人弱を減らして22万人台にする計画だ。2万人弱の減員が、3つの海兵隊旅団のうちどこで行われるか発表されていないが、沖縄の第3旅団を中心に減らすのでないかという見方が出ている。

▼日本の政治自立を骨抜きにして権力保持した官僚機構

 常識的に考えれば、在日米軍は日本を守らないのだし、米軍再編で海兵隊が日本から撤退するなら、どうぞご自由にというのが日本の姿勢になる。しかし、現実は全く違う。日本政府は、海兵隊に1日でも長く日本にいてほしいと考えている。それについて説明するには、終戦以来の日本の権力構造を分析する必要がある。
 1945年の終戦後の日本は、占領者である米当局(GHQ)が政策を決め、それに沿って日本の官僚機構が行政を行う体制になった。終戦まで力を持っていた軍部や政界は終戦とともに権力を失い、米当局の下に日本官僚機構がつく指揮系統だけが、日本の権力となった。米当局は、しだいに日本を国家として再自立させていこうとしたが、これは、民主主義の原則に沿って、日本の国会や政界(政党)が官僚から権力を奪うことを意味していた。官僚は、米当局が模索する日本の政治的自立を換骨奪胎する戦略を採った。
 GHQは終戦直後、自治体や自治警察を各県に作るなど、日本を強い地方分権体制にしようとした。軍部や政界だけでなく、東京の官僚機構をも解体し、日本の権力機構を地方に分散させ中央集権化を防ぐことで、日本の国際再台頭を防止したかったのだろう。だが、官僚機構がGHQの地方分権策の実質化をのらくらと遅らせている間に、朝鮮戦争が1950年に起こって冷戦体制が東アジアに波及した。米国が日本に求めるものは、国際再台頭の抑止でなく、冷戦体制下で米国の忠実な部下となることになった。日本の中央集権は温存され、地方自治体は東京の官僚(旧自治省など)に支配された。
 朝鮮戦争とともに米国は、冷戦勝利を最重視するアジア戦略に転換し、米当局の意志を日本官僚機構が実行する占領型の体制を再び重視するようになった。朝鮮戦争が続いている間に、日本の再自立を形だけ実行して冷戦体制の中に日本を組み込むサンフランシスコ講和条約が締結された。53年に朝鮮戦争が暫定終結した後、55年の保守合同で自民党が作られ、実質的な権力を握る官僚機構が担ぐ御神輿の上に、官僚の言いなりの自民党が永久与党として乗る、戦後日本の権力構造ができあがった。日本政府の各省の権力は、大臣(政治家)でなく事務次官(官僚のトップ)にあり、日本政府の実質的な意志決定機関は、閣議でなく事務次官会議だった。
 事務次官会議は、09年に官僚から政界への権力奪還を狙って就任した鳩山政権によって廃止されたが、野田政権になって、震災復興支援の名目で「各府省連絡会議」として復活した。大震災が政治的に利用されていることが透けて見える。官僚機構の傘下にあるマスコミが「次は首都圏直下型地震が起きる」と騒ぎ、テレビの出演者が「大震災の教訓を末永く語り継がねばなりません」と深刻そうに言う理由も見えてくる。大震災前のマスコミでは、大地震を予測する報道がタブーだったが、今は逆に、大震災が確実に起きると喧伝されている。朝鮮戦争で焼け太った日本の官僚機構は、今また大震災で焼け太りだ。

▼ベトナム戦争後の米軍撤退を引き留めた日本

 話を歴史に戻す。朝鮮戦争で確立した東アジアの冷戦体制は、1960年代末のベトナム戦争の失敗によって崩れ出した。ベトナム戦争で財政力と国際信用を消耗した米政府は、アジアからの軍事撤退を検討した。
 米国は第二次大戦後の世界体制として当初、国連の安保理常任理事国に象徴される多極均衡体制を構築したが、それに反対する勢力(軍事産業や英国)が結託してソ連との敵対を扇動し、多極均衡をぶち壊して冷戦体制を作った。約20年後、ベトナム戦争の失敗と、反戦運動や反米感情の世界的な盛り上がりを機に、米国の中枢で多極派が盛り返し、米国の中枢で多極派と冷戦派の暗闘がひどくなった。
 69年に就任したニクソン政権が、多極型世界の復活をめざす政策を行った。中国との関係正常化、ドル崩壊の是認(金ドル交換停止)などのほか、沖縄の日本への返還が行われ、在日米軍の撤収と、日本の軍事的自立が模索された。しかし、日本の権力を握る官僚機構にとって、米軍の撤収や日本の自立は、政界に権力を奪われることにつながるので、何としても避けねばならなかった。
 そこで日本政府は米政府に、米軍が日本から全撤退するのでなく、返還後も沖縄にだけ米軍が残ることにしてくれるなら、本土から沖縄に米軍が移転する費用を大幅に水増しして日本が米国に支払うとともに、その後の米軍の沖縄駐留費のかなりの部分を実質的に日本が負担してあげます、と提案した。米側は、日本が金を出してくれるなら沖縄に米軍を駐留したいということになった。
 沖縄返還が決まる直前の69年秋の日米交渉で、本土から沖縄への米軍の移転費と、5年分の駐留費の支援として、日本政府が合計2億ドルを米政府に支払うことが決まった。このうち移転に使われたのは4割ほどで、残りは日本が米軍駐留費を肩代わりする費用だった。5年の期間がすぎた後の1978年からは「思いやり予算」として米軍駐留費を日本が肩代わりする体制が恒久化した。(在日米軍基地の再編:1970年前後)
 米国中枢で冷戦派(軍産複合体)と多極派の暗闘が激しくなる中で、日本の官僚機構は冷戦派と結託し、米軍駐留費のかなりの部分を負担して米国側を買収し、日本から米軍を全撤退させようとする多極派の方針をくじき、日米同盟(対米従属)の根幹に位置する米軍の日本駐留を維持することに成功した。日本側でも政界の田中角栄首相らは、ニクソン政権の多極派に頼まれて中国との関係を政治主導で強化しかけたが、米国の冷戦派はロッキード事件に田中を巻き込んで失脚させた。日本の官僚支配は維持された。(田中金脈を攻撃する文章を書いて立花隆が英雄になった件の本質も見えてくる)
 ベトナム反戦運動で高まった日本国内の反米感情を緩和するため、反基地運動が大きな騒ぎになりやすい首都圏から米軍基地を一掃する計画が挙行され、米空軍は厚木基地から出ていき、横田基地から沖縄の嘉手納に移った。本土復帰と抱き合わせにするどさくさ紛れで、沖縄に基地の増加を認めさせた。横須賀の米海軍も佐世保に移り、米軍は首都圏の基地のほとんどから撤収することになっていたが、自衛隊が横須賀軍港を使い切れないなどという理由をつけて、日本側が米海軍第7艦隊を横須賀に戻してもらった。日本政府は、反基地運動を沈静化したい一方で、米軍が日本から撤退する方向が顕在化せぬよう、米軍が出ていった後の基地を「自衛隊と米軍の共同利用」という形にした。これは、米軍が使いたければいつでも日本本土の基地を使えるという意味でもあった。

▼支配の実態がなく被支配体制だけの日本

 日本では、米国が沖縄への米軍駐留継続や、日本に対する支配続行を強く望んだ結果、沖縄だけ米軍基地が残ることになったと考える歴史観が席巻している。しかし、第一次大戦からの米国の世界戦略の歴史を俯瞰すると、米国が日本を支配し続けたいと考えるのは無理がある。
 米国の世界戦略は「1大陸1大国」「5大国制度のもとでの国家間民主主義」的な多極型均衡体制への希求と、ユーラシア包囲網的な米英中心体制を求める力とが相克しており、1970年前後や現在(2005年ごろ以降)に起きていることは、多極型への希求(裏から世界を多極化しておいて、あとからそれを容認する)が強くなっている。米中関係改善と沖縄返還が行われた70年前後、米国は日本から米軍を全撤退するつもりだったと考えるのが自然だ。
 また、日本の官僚機構が対米従属に固執し続けている戦後史をふまえると、米国は沖縄返還とともに日本から米軍を全撤退しようとしたが、日本が米国を買収して思いとどまらせ、米軍は沖縄だけに恒久駐留を続けることになったと考えるのが妥当だ。日本人は「米国は日本を支配し続けたいのだ」と考えがちだが、これは、官僚機構が自分たちの策略を人々に悟らせないために歪曲された考え方だ。官僚機構の傘下にある学界やマスコミの人々の多くが、歪曲された考えを無自覚のうちに信奉している。
 米政府は、日本を支配したいと考えていない(日本市場で米企業を儲けさせたいとは考えているだろうが)。日本の権力機構が、支配された体制下でしか権力を維持できない(さもないと政界に権力を奪われる「民主化」が起きてしまう)。そのため日本では、支配者の実態を欠いた「被支配体制」だけが、戦後60年間ずっと演出されている。
 米国防総省は2004年まで、米国の同盟諸国が、自国での米国の駐留費のうち何割を負担したかを発表していた。04年に、日本政府は在日米軍駐留費のうち74・5%を負担していた。これはダントツで世界最高の負担率だ。第2位のサウジアラビアの負担率は64・8%だった(その他アラブ産油諸国の負担率も同水準)。
 サウジなどアラブ産油国は、自前の軍隊を持つと、軍部が反王政の民意を受けて王政転覆のクーデターを起こしかねないので、王室が軍隊を持ちたがらず、石油ガス収入の一部を払って米軍に駐留してもらい、防衛力としている。石油成金の独裁で臆病なサウジの王室より、立派な自衛隊と世界第5位の防衛費を持った日本の方が、米軍駐留費の負担率が10%も大きいのは異常なことだ。日本の官僚機構が米軍を買収して駐留させていることが見て取れる。
 05年以降、国防総省がこの統計を発表しなくなったのは、日本政府が米政府に発表しないでくれと頼んだからかもしれない。グアム移転費という新たな名目を含む思いやり予算の総額は、04年から昨年まで、ずっと6500億−7000億円で推移しており、買収体質は今も全く変わっていない。

 すでに述べたことだが、24万人の米海兵隊のうち22万人以上が米国の東西海岸部を拠点としている。定員1・8万人、実数1・2万人以下の、比較的小さい第3海兵遠征旅団だけが、唯一の海外常駐海兵隊として日本(沖縄)に駐留している。なぜ世界の中で日本だけに米海兵隊が海外駐留しているのかという疑問も「思いやり予算の見返りに駐留している」と考えれば合点がいく。沖縄の海兵隊は、日本の官僚機構が「被支配」を演出するための道具立てとして、思いやり予算で雇われて駐留している。
 その海兵隊が、辺野古建設とグアム移転の費用支払いという、現行の日本からの買収体制を無視して、グアムや米本土への撤退を始めることになった。日本の官僚機構にとっては、ベトナム戦争後以来40年ぶりの、米軍撤収・対米従属体制瓦解の大危機である。ここまで書いてかなり長くなったので、現行の危機についての説明は次回に回すことにする。

《現代版ダブー》 昭和天皇が求めた沖縄の米軍事占領化

 沖縄の米軍基地移設をめぐって、政府と現地・沖縄の間でスッタモンダが絶えません。小生は新聞・TV報道に仔細に目を通していますが、昭和天皇が沖縄の米軍事占領化をGHQのマッカーサー元帥に求めていた《歴史的事実》に言及した報道に接しておりません。不思議でなりません。まだ、報道機関が言及を自粛(遠慮)する《現代版ダブー》なんでしょう。
 作家中野重治(明治35年――昭和54年)はかつて「わが生涯と文学」(筑摩書房)に「アメリカ側から発表されたいわば旧日本天皇側のこの大きな秘密、それが全く秘密でなくなった事実にひろく触れる人の少ないのを私は怪訝(けげん)に思っている」(昭和54年4月19日)」と記しました。作家堀田善衛は、中野のこの下りを引用しつつ「生き残ったわれわれはどうするのか・・・。/この長い長い引用を自分で書き写して来て、私は身の置きどころのない自分を見出す。/中野重治の、わが国人(くにびと)に対する遺書である」と「彼岸繚乱――忘れ得ぬ人々」(筑摩書房)に記しています。ざっとオサライしました。以下のとおりです。

《米政府公文書》

 寺崎英成(宮内省御用掛、元外交官)が昭和22年(1947)9月にGHQ(連合軍総司令部)の外交局長ウイリアム・シーボルトに語ったとされる「昭和天皇の見解」(シーボルトがメモしてマッカーサー元帥に伝えた米政府公文書で、俗にいう「寺崎宮内省御用掛メモ」)。ワシントン・国立公文書館分館に所蔵されていたのを、日本の専門家が昭和54年(1979)に「発見」した。
「天皇は、米軍が沖縄の軍事占領を続けることを希望している。それは、日本がソ連の影響を被ることを防ぎ、日米両国に有益で、この占領は、日本の主権を残存させた状態で25〜50年の長期貸与の形がよいと、天皇は言っている。そうすれば、アメリカが日本に領土的野心をもっていないことを国民も納得するし、周辺の中国ソ連などの要求を断る理由にもなると天皇は考えている」

コメント (1) |  トラックバック (0) |