黒岩祐治 今日のひとこと

写真と一言をつづっていきます。

震災瓦礫受け入れ問題 テレビ放送

2012年02月08日 | 日々のこと
被災地からの瓦礫受け入れ問題、残念ながら、未だ展望が見出せないままとなっています。

「県民の多くは受け入れ賛成だよ」と言って下さる方はたくさんいるのですが、
肝心の最終処分場の地元住民の皆さんの反発はまだまだ強いようです。
私自身が誠意を尽くせば思いは必ず伝わるはずと思って、
3度にわたって地元説明会・対話の広場を実施してきましたが、未だ成果は得られていません。


放射能に汚染されていない瓦礫を受け入れるから問題はないと何度、説明しても、
少なくとも集会に参加されるみなさんには信じていただけません。
冷静に私の説明に耳を傾けて下されば、きっとご理解いただけるに違いないと思うのですが、
「国の言うことは信じられない」と言われてしまうと、話は前に進みません。


そんな中、衆議院議員の河野太郎氏がブログで私の方針に理解を示してくれました。
http://www.taro.org/2012/02/post-1159.php

原子力発電には否定的な河野氏の意見だけに、とてもうれしかったです。


今度の日曜日の2月12日、テレビ神奈川で19時55分〜20時25分、
「復興2012 かながわの苦悩〜震災がれき受け入れを考える」を放送します。
なるべく多くの県民のみなさんにご覧いただいて、冷静なご判断を仰ぎたいと思います。

震災瓦礫受け入れ問題 「対話の広場」開催します

2012年01月29日 | 日々のこと
1月30日(月)18時半から震災瓦礫受け入れ問題で、
再び「対話の広場」を行ないます。今回は神奈川県庁です。
15日の地元説明会、20日の横須賀での「対話の広場」に続いて、
私自身が直接、お話しをする3回目の集会となります。
前回2回は、メディアでも取り上げていただいたとおり、
怒号と罵声の中、反対の声ほぼ一色となりました。

「被災地の瓦礫は放射能汚染されているから、それを受け入れたら、
放射能を拡大することになるから絶対に反対だ」というのが、反対を表明されているみなさんの声です。
私が直接、東京都が受け入れている岩手県宮古市の瓦礫の状況を視察して分かったことは、
少なくとも宮古市の瓦礫は放射能に汚染されていないということです。
ですから、それをしっかりとご説明すれば、きっと不安を覚えられる
住民のみなさんにもご理解いただけると思ったのですが…。
原子力は絶対に安全安心と言い続けた国への不信感があまりにも強く、
これまでのところ、ご理解いただけるまでには到っていません。

被災地復興のために、私たちにできる最大の協力は、瓦礫処理に手を差し伸べることです。
被災地のみなさんの生の声も会場でお届けします。
30日の「対話の広場」はネットでも同時生中継されます。
みなさんのご意見をツイッターでも届けていただくこともできます。
私自身、真心を込めて、誠心誠意、しっかりとご説明したいと思っています。

被災地視察

2012年01月07日 | 日々のこと
震災瓦礫受け入れのため、被災地を視察してきました。
朝6時に盛岡を出発し、岩手県の宮古市に行き、そのあと車で4時間かけて移動、宮城県の南三陸町に行きました。

宮古市では、いち早く瓦礫受け入れを実施している東京都の瓦礫搬出方法についてレクを受けました。
放射性物質をどのように計測しているか、実際に目で見て、確認することができました。



神奈川県が一からスキームを作るのではなく、東京都とうまく連携してやれば、スムーズにいくだろうと感じました。
なんと、それは東京都も岩手県も望んでいるとのことでした。



最終処分場の地元の住民の皆さんらとの対話の広場で、ご理解得られるよう、全力を尽くしますが、
そのためのいい材料をたくさん得ることができました。

やはり、現場にこそ真実あり…ですね。ジャーナリスト時代の原点に戻ったような感覚でした。

新年挨拶

2012年01月03日 | 日々のこと
明けましておめでとうございます。

基本的には静かな年末年始でしたネ。昨年があまりに悲惨な1年だったので、
みなさんホッとされたのではないでしょうか?
知事としては4日から仕事が始まりますが、当分はご挨拶に見えられる方の応対に追われそうです。
それが一段落したら、来年度予算編成作業が大詰めを迎えます。
財政状況が絶望的なほどに厳しい中で、
黒岩カラーをどこまで出せるか、最初の勝負どころになります。

今年は「いのち輝くマグネット神奈川」が県民のみなさんに具体的に実感していただけるような年にしたいと考えています。
その第一弾として、まずは被災地からの瓦礫受け入れ問題に全力投球します。
年末の議会で、放射性物質に汚染されていない、100ベクレル以下の瓦礫を受け入れる方向性を打ち出しました。
一部には、抵抗感を覚えられる県民のみなさんもいらっしゃいますから、
私自身が先頭に立って、最終処分場の地元の関係者、住民のみなさんにお願いしてまいります。

瓦礫処理に誰かが協力しなければ、被災地の復興はないのですから、同じ日本人として、黙って見過ごすわけにはいきません。
誠心誠意お願いすれば、きっとご理解いただけるものと信じて、がんばります。

歌手デビュー

2011年12月13日 | 日々のこと
10日の「江の島シーキャンドルライトアップ2011」の点灯式での“歌手デビュー”うまく行きました。



医学のシンポジウムの会場から直行しましたが、あいにく大渋滞にはまってしまい、点灯式のセレモニーは
16時半から始まるというのに、江の島の入り口に到着したのが、16時45分。
エスカーというエレベーターを4本乗りついで頂上にたどり着くのに、通常は15分かかると言いますから、
エレベーターを全速力で駆けあがり、なんとか10分前には駆け込みました。
毎日のジョギングで鍛えていたことがこんな時に活きました。



挨拶の後、点灯式。その後、湘南スタイルバンドのライブ。その一曲目に歌わせていただきました。
皆既月食直前の美しい満月を見ながら、とってもいい気持ちで歌うことができました。



太陽光発電を普及させるために、私の方から企画したのではなく、面識のなかった湘南スタイルバンドのみなさんが
私の政策に共感して下さり、その応援歌として作って下さったということ。それがなによりも嬉しかったですね。
これからレパートリーを増やしていって、CDデビューを目指そうって約束しました。


江の島シーキャンドル点灯式で/神奈川新聞(カナロコ) − YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=6_TIldkOxZs&feature=youtube_gdata


ベストドレッサー賞受賞者の苦悩

2011年12月06日 | 日々のこと
横浜市の林文子市長から予算の要望を受けました。
神奈川県より横浜市の方がよほどお金持ちなのに、要望されるのはおかしな気持ちでした。

大阪の件があっただけに、いつも記者に聞かれます。
「神奈川も大阪のようなことになりますか?」

確かに、神奈川県には県と同等の権限を持つ横浜市、
川崎市、相模原市の3つの政令指定都市を抱えています。
大阪府と同じような問題があっても不思議ではありません。

しかし、橋下市長の当選の弁を聞いて、違いがよく分かりました。
「これで大阪府と大阪市の100年戦争に幕を引くことになります」

少なくとも神奈川県と横浜市とで、そんな戦争はありません。
それだけどころか、3市の市長と私とはとても良好な関係であり、
役割分担をしながら、実にうまくやっています。

特に林市長とは気も合い、息もピッタリです。
大阪とは違う神奈川モデルをアピールしたいです。


ところで、林市長と言えば、2年前の日本ベストドレッサー賞の受賞者です。
「賞をもらった次の日からたいへんでしょう?」彼女からそう言われました。

確かにそうなんです。おかしな格好で外へ行けなくなりました。
「あれでベストドレッサー?」って言われるのはマズイですからネ。

ベストドレッサー賞受賞

2011年12月01日 | 日々のこと
ベストドレッサー賞をいただきました。想像もしていなかっただけに、とっても驚きました。
政治・経済部門での授賞ですが、これまでの受賞者は、安倍元総理、麻生元総理、石原都知事ら、錚々たるメンバーです。



レッドカーペットを歩いてステージまで上り、フラッシュを山のように浴び、インタビューされました。



今日は本会議があり、終わってすぐに国会に特区構想のプレゼンテーションに行き、会場に到着したのはギリギリ。
着変えもせず、そのままの恰好でレッドカーペットでしたから、身なりを十分チェックしてる間もありませんでした。

「本会議で答弁したままの恰好で着変えしてない」って言ったら、インタビュアーに驚かれました。



吉瀬美智子さんや東山紀之さんも授賞していたので、少しくらいお話しできるかと思っていましたが、
時間的にゆとりがなかったので、機会を逸してしまいました(残念)。吉瀬さんはお顔が小さくて、スタイル抜群、とってもおキレイでした。



授賞式を終えて、また、県庁に戻り、明日の議会の答弁調整。夢のような世界と現実を行ったり来たりの面白い一日でした。

マレーシア訪問

2011年11月22日 | 日々のこと
マレーシアに来ています。神奈川県とペナン州の友好姉妹関係20周年の記念事業で、
新たな友好関係発展のための共同宣言に署名しました。
 

マレーシアは三回目。かつてキャスターとして、マハティール元首相にインタビューしたことがありました。
もちろん知事としては初めての訪問です。


ペナン州では政府あげての大歓迎ぶりでした。
知事にあたるリン首席大臣がほぼ終日、お付き合い下さいました。


日本人も1800人ほど住んでいますが、定年退職後の余生を送る人が増えているようです。
人々が温かく、食事も美味しく、日本よりはるかにリッチな生活が送れるからということですが、気持ちは分かるような気がしました。