黒田官兵衛(如水)と高取焼2

2016-12-10 08:33:25 | Weblog

高取焼は黒田家が朝鮮出兵に際して、連れ帰った朝鮮人陶工八山(日本名八蔵重貞)によって筑前鷹取山(福岡県直方市)山麓一帯で焼かれたことによるが、その第一番目の窯を永満寺宅間、その後内ヶ磯に焼かせたことに始まる。

その後、白旗山、小石原鼓窯などで焼かれ、小堀遠州の指導を受けて銘品の名を得たものである。

ただ、その作品は長く謎に包まれ、初期作品は永く唐津焼とされていたが、近年の調査で高取焼と判明され、全国的に注目されることとなった。

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