黒田官兵衛(如水)正室光姫(照福院殿)様390回忌法要

2016-08-26 07:53:46 | Weblog

 

八月二十六日は黒田官兵衛(如水)正室光姫(照福院殿)様の命日で,三百九十回忌となります。

中津黒田武士顕彰会では松厳寺さんのご厚意で、法要を行いました。

正面に光(みつ)姫(照福院殿)様の肖像画を掲げて、黒田官兵衛を生涯支え、才徳兼備と謳われた光姫様の徳を偲びました。

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黒田官兵衛(如水)と黒田二十四騎 堀平右衛門定則

2016-08-21 16:20:21 | Weblog

黒田二十四騎の一人、堀平右衛門定則は旧姓明石久七という軽輩の出ながら、渡鮮した文禄役では晋州城攻めで高名。

黒田官兵衛(如水)考案の戦車「亀甲車」で晋州城の石垣を崩した時、平右衛門は黒田軍の先頭を馳せ、後藤又兵衛などと共に一番乗りを争った。

その武功により「明石久七」は、活躍した場所がお濠の塀際だったので名前を「堀平右衛門」と名乗ることになり、その後も朝鮮での戦で大いに暴れまわった。

慶長五年(1600)家康軍が会津へ出兵した隙を衝いて石田三成が挙兵した、関ヶ原の合戦の前哨戦である木曽川・合渡川の合戦で泥田に落ち水牛兜の先が見えるだけになった長政を引き上げ無事助け出した。

その後、関ヶ原の合戦で高名、二十二首級を上げ筑前入国後は黒田家三男長興が秋月城主と分封されると五千石の筆頭家老となった。

長興が長ずるに豪傑平右衛門の常軌を失した行いは次第に信頼を失う。

豪傑で名声もあった平右衛門は大奥で権勢を振るった春日局の息子老中でもある小田原城主稲葉正勝に乞われ召し抱えられる。

しかし、余りにもその我儘さに正勝の死後、新城主となった正則により手打ちにされた。

平右衛門の次男真明は真言密教の僧となり、豊後国(大分県)玖珠郡戸畑の地蔵院導伝寺の住職となり、今もそのご子孫が続いている。

古来より豪傑たるもの、戦の世には超人的な活躍をするが、戦が収まり平和な時代になると、なかなか世の中にそぐわなくなることが多々あります。

堀平右衛門の一生懸命に戦国の世を生き抜いてきた姿と時代の変化に翻弄されながらも、その無骨で一途な生き様を思いみると、茫々たる涙の流るるを禁じ得ないのであります。

 

 

 

 

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黒田官兵衛(如水)・光姫像の夕映え

2016-08-10 08:49:30 | Weblog

 

 

中津城にポケモンが出るというので行って来ました。

なんとその時間は、あざやかな夕映えの最中で、官兵衛(如水)・光姫像は夕日に照らされて耀いていました。

「今や、日本国中の幸せなご夫婦のパワースポットとして有名になったこの地は、多くの観光客の皆さんが訪れています。」

、、、、、と言えるように、これからも名所になってほしいと思います。

 

 

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黒田官兵衛(如水)と福岡城物語

2016-08-02 15:49:40 | Weblog

福岡城だよりが届きました。

黒田官兵衛、長政をはじめとした黒田家、黒田藩、黒田武士及び福岡城などの検証と顕彰を今もなお熱く活動している会の一つであります「福岡城市民の会」の会報もなかなか読み応えのある冊子です。

記事中、福岡城ものがたり、石垣については一読の価値があります。

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黒田官兵衛(如水)と福岡市立美術館2 青山琵琶ほととぎす

2016-07-20 07:38:29 | Weblog

福岡市立美術館にある北条家秘蔵の青山琵琶「ほととぎす」です。

秀吉が北条攻めをした時、堅牢な小田原城を攻めあぐねた秀吉は余りにも長期化するので焦っていた。

たまらず秀吉は官兵衛(如水)に北条攻めを命じる。

官兵衛は秀吉の命にて単身小田原城に乗り込み、城主北条氏政、氏直親子を説得し、見事に開城させました。

その褒美として、北条家から拝領した北条家伝来の秘宝(名刀日光一文字・吾妻鑑・北条法螺貝・青山琵琶)のうちの一つ、平家琵琶として有名な青山琵琶「ほととぎす」です。

この「ほととぎす」は、戦乱の世にあって生き残った逸品でした。

福岡市立美術館へ行きましたら、この青山琵琶は見逃してはならない素晴らしい北条家宝ゆえ、じっくり見て欲しいと思います。

 *今年のNHK大河ドラマ真田丸の中で、秀吉の北条攻めを真田信繁が成したと三谷幸喜脚本ですが、三谷さんも官兵衛に申し訳ないと弁明しています。

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黒田官兵衛(如水)と福岡市立美術館 如水居士像

2016-07-15 07:38:30 | Weblog

福岡市大濠公園のほとりに福岡市美術館があります。

先日、そばの能楽堂に能を観に行ったときに訪れました。

常設館の中に、黒田家資料がありゆっくり見てきました。

 これは有名な如水居士像です。

如水像や長政像は藩の専属絵師によるものと、何やら何処かの地にて想像や肖像画を真似て描かれたものが各地に残っています。

福岡市立博物館とここ福岡市立美術館に残されているものが双璧であり、良くその表情を表していると言われています。

福岡市立博物館には黒田家遺品の常設館があり母里太兵衛が福島正則から飲み取った名槍「日本号」と共に肖像画もありますので、福岡市に行かれたときには、ぜひこの二つの館を訪れることをお勧めします。

 

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黒田官兵衛(如水)と藤香会2

2016-07-11 08:39:55 | Weblog

藤香会さんは定期的に「藤香会だより」を発行して、藩祖黒田官兵衛(如水)や初代藩主長政を中心に、黒田家ゆかりの史跡や福岡の歴史的な物語などを紹介しています。

賛助会員を募集していますので、黒田武士に興味のある方は会員になる事をお勧めいたします。

 

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黒田官兵衛(如水)と藤香会

2016-07-05 07:59:28 | Weblog

福岡の藤香会さんからご案内が来ました。

旧黒田藩士のご子孫の会である報古会が、藤香会と名称を変えられて広く市民の方々にも入会をお勧めしています

黒田藩祖黒田官兵衛(如水)歴代藩主・黒田家のご遺徳とご事蹟を顕彰して行くことなどをを目的とした会です。

 

 

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黒田官兵衛(如水)公と光姫(照福院殿)様像4

2016-06-26 07:40:06 | Weblog

黒田官兵衛(如水)公の正室光姫(照福院殿)様の石像建立の写真を、福岡市在住の小池(櫛橋)様にお送りしましたら、大変驚かれ、感激されたとのご連絡があり、しばらく小池様とお話しました。

小池様は官兵衛に嫁いだ正室光姫の実家である櫛橋家のご子孫であり、ご先祖は藤原姓、歴史上の有名な藤原鎌足、平安時代中期の能筆家である三蹟(小野道風、藤原佐理/すけまさ、藤原行成)のなかの一人藤原行成の正当な血を受け継いでおられ、時の天皇家より「櫛橋」のお名前を戴き、今に続いている名家です。

小池様自身も大変素晴らしい能筆家で、その筆跡は流石に三蹟の血を受け継ぐだけのものであります。

また、光姫は以前このブログでご紹介したように「みつ」が正式の呼称です。

NHK大河ドラマで「てる」としたのは、従来歴史家が福岡市にある黒田家をお守りしている光雲(てるも)神社から推測した「てる」と呼んでいたからです。

放映直前に「みつ」と判明しましたが、時代考証が間に合わず、脚本上変更がかなわなかったようです。

*写真の左側より小池(櫛橋)様、黒田家第16代ご当主黒田長高様、小野(中津黒田武士顕彰会)さん。

 

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黒田官兵衛(如水)公と光姫(照福院殿)様像3

2016-06-20 07:31:19 | Weblog

光姫(照福院殿)様の像には右手にお数珠が下げられています。

中津黒田武士顕彰会の後藤さんが用意してくれました。

こんなところにも細かい心遣いがなされています。

お数珠のある姿とない姿では大いに違っています。

京都にある実物の照福院殿様の肖像画にはちゃんとお数珠を持たれているのですが、像ではどうしたものかと悩んでいたところでした。

改めて見てみると画龍点睛の感がして、大いに満足しています。

早速、光姫様のご子孫である福岡ご在住の櫛橋(小池))玲子様に写真をお贈りしました。

喜んでくださったなら嬉しいです。

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