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里村専精師 「浄土真宗にようこそ」No74

2017年03月15日 23時36分05秒 | 里村専精師の言葉

里村専精師の「浄土真宗にようこそ」No74をお届けします。

善導大師は7世紀に、画期的な仏道を語りました。
その善導を導いた人は道釈禅師ですが、
この禅師も曇鸞大師の伝承に連なる人でした。

中国の三祖は、一貫して他力の仏道を語ります。
それが実に大切だったことは、世親のお兄さんの無着の学びに関係があることです。
「摂大乗論」という書物は、世親菩薩だけではなく7世紀の唐の時代に重用でした。
善導大師の「観経四帖疏」の冒頭に、瑜伽唯識や十地経の用語が沢山出てきます。
そういう大切な用語を駆使して、善導大師は中国仏教の過ちを覆します。
古今楷定と言いますが、決定的なことは存在の学を回復しているということです。
それまでも、そして今日でも、中国仏教の学びは理性の学でした。
が、善導大師の学びは、韋提希夫人に事寄せた人間存在の学びでした。
理性の学びは観念の学ですが、存在の学びは生存の本来を物語るものでした。
理性による観念の学びは、意識の内部事情に過ぎませんが…、
存在の学びは、およそこの世に生きるもの・存在する一切のものの意味を学ぶものでした。
仏道というものは、理性を超えた存在の道理を解き明かしたものだというのです。
言われてみれば、確かに仏教は教養の道具ではありません。
それは実に実践的であり、意識の暗黒に無尽の光明世界を開くものでした。
それは生存する生命の深いダルマを語り明かすものだったのです。
7世紀の長安、そこに現代の誰もが訪ねている人間の学びがありました。
画期的な仏道は、既に7世紀から開かれていたのでした。
言うならば他力の仏道とは、意識や観念を突き破った存在の学びだったのでした。
意識は、決して存在を把握出来ないのですが、誰もがこれを誤るのです。
意識の袋小路から出て、存在の大道を玄中寺の三人は語っています。

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