資本金1億円を集めたシルバーベンチャーの「担保」は人柄

 先日、W社の創立15周年記念パーティーが福岡であった。
本社は東京だが、福岡で創業した縁もあり、記念パーティーは「思い出深い創業の地、福岡」で開催することにしたようだ。
席者は100人余り。その全員が招待だから事業の好調さが窺える。

 同社の主力事業はマンション管理員代行業務。それだけに対象は都市型マンション。
代表のS氏はリクルートで各事業部長を歴任し、最後は同グループのコスモスライフ専務取締役。
定年退職前後の起業だからシルバーベンチャーである。
普通なら退職後は悠々自適の生活。それを諦めてまで起業しなくてもと思うが、期するところがあったのだろう。

赤字続きで、毎年倒産の危機

 S氏の経歴を聞けばマンション管理のことを知り尽くした人物だから成功するのは当たり前と受け取られるかもしれないが、創業からしばらくはかなり厳しい状況が続いたようで、黒字経営になったのは比較的最近のこと。
「1億円以上の赤字を積み重ね、毎年が倒産の危機」(招待状の文面)だったというから、よく持ち堪えたものだと出席者の誰もが思ったに違いない。

 いままでいろんなベンチャー企業を見てきたが、シルバーベンチャーで成功したところはほとんどない。
 理由はいくつかあるが、一つは若い頃とのエネルギーの違いだ。
どんなに若いつもりでも30代、40代の頃に比べてエネルギーは弱くなっている。
エネルギーの弱さは即、突破力の弱さに繋がる。

 もう一つは豊富な経験知。
こう言えば、それはメリットだろうと言われそうだが、経験知が豊富だと「ムチャ」をやらなくなるし、ガムシャラさがなくなる。
過去の経験に照らしてターゲットや市場を見るから、結果がある程度「見えてしまう」。

 そうなるとリスクを冒してやろうとはしなくなるし、見切りも早くなる。
ひと言で言えば安全策に走る。

 起業分野も自身の過去の経験を生かした分野とか、趣味と実益を兼ねてなどと考えるから、事業に対する貪欲さやチャレンジ精神には欠けることがある。
別の言い方をすれば「面白さがない」のだ。

 そこそこやれればそれでいいという考え方は決して悪いわけではない。
むしろ強欲資本主義が幅を利かす現在では、その方が健全な考え方だとも言える。
だが、それでもスタート時にはかなりの負荷がかかるし、それをはね除けるだけの馬力(エネルギー)が必要なのは車と同じだ。

 必要なのはエネルギーだけではない。目新しさを通り越した奇抜さ、ユニークさ、大化けするか大コケするかという予測不能な面白さ。
こういうもの、ことを考え付き、実行に移すことができるのは残念ながらシルバー世代より若者世代の方に分がある。

 次に組織運営。
大企業を定年退職した人がベンチャー企業を起ち上げると、組織形態から組織運営、人員に至るまで何から何まで違う

          (略)

アイデアはユニークだったが

 シルバーベンチャーが失敗するのは上記のような理由からだが、S氏の場合はどうだったのか

          (略)


信用担保は経営者の人柄

 ここで疑問が生じるのではないだろうか。
毎月数千万円の赤字垂れ流しならとっくに倒産していてもいいはずだ。よく資金ショートしなかったものだ


          (以下略)



 全文は「まぐまぐ」内の「栗野的視点」

 「リエゾン九州」HP内の「栗野的視点」にも収録していきますが、「まぐまぐ」よりは遅れます。








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言葉の短縮は思考の短絡を招く(2)~音節の平板化が思考を平板化する

音節の平板化が思考も平板化

 言葉(言語)は記号でも単語の羅列でもない。
思考の具であり、その人自身の思考でも、思想でもある。
人は母国語で思考する。
母国語がしっかり身についていないと思考ができないということは脳科学者などもよく指摘している。

 いい歳をして未だに「好きくない」みたいな言い方をしている人がいるが、言葉が変だと思考も変になると気付かないのだろうか。

 近年、言葉を短縮するのが流行っている。
なんでもかんでも短くしたがる。
同じような傾向は世界で見られるようだが、特に日本では顕著に見られる。

 だが常に言葉を省略したり短縮して使っていると、思考が短絡的になる。
なんでもかんでもアクセントを平板にしていると、思考も平板になる。
これは恐ろしいことだが、すでに社会にはそのような傾向が現れている。

 それはなにも日本に限ったことではないからよけいに恐ろしい。
中国語は音節の上がり下がりがはっきりしていて、その種類が4つあることから「四声」と言われているが、
いま第3声が使われなくなりつつあるという。
あと半世紀もすれば、中国語は四声ではなく三声になっているかもしれない。
ベトナム語もそうした傾向にあるというから、日本だけでなく世界中で思考の平板化が静かに進みつつあるのかしれない。

 思考が平板化してくると考え方が同質化し異見を認めなくなる。
異見を言う者に対し排除の論理が働く。

かつての村社会で行われた「村八分」という名の異質な者に対する排除である。
その行き着く先は戦前戦中の日本であり、ファッシズムであり、共産主義、全体主義だ。

 いま、世界はそこに向かいつつある。
2つの世界に分断されながら、それぞれの極では同質化が極端に進んでいる。
あれか、これか、敵か味方か、賛成か反対かで、第3は認められない。

 そしてそれを煽る道具にツイッターのような短文が使われている。
なぜなら他人を攻撃(口撃)する時、人は理路整然とした文章(それは往々にして長中文になる)ではなく、
短文もしくは単語で表現するからだ。
それは時には「罵(ののし)る」という表現の方がピッタリくるような方法で。
「フェイク(偽)ニュースだ」「エセ知識人」。
何の根拠も示さず、そう決めつけるだけで、一部の人の感情に訴えられることを彼らはよく知っている。

 こうして人はますます自ら思考する力を失っていき、熱狂的に短い言葉(スローガン)を叫ぶことに同調し、
そう叫ぶことで高揚感、達成感のようなものを味わい、それがさらに次の行動へと駆り立てていく。

ツイッターを使いたがる政治家

 政治家の中にもツイッターを活用する動きが増えている。
代表的なのはアメリカ大統領になったトランプ氏だ。
彼は既存メディアをフェイクニュースを流すと非難し、自分の意見をツイッターで流している。
それだけならいいが、公式会見を開き表明すべき政策や見解までツイッターで発信しているのは問題だ。
これでは公私の区別がつかない。

 公私混同はトランプ氏の常套手段である。
彼には一国の大統領としての自覚もなければ、彼の辞書には「利益相反」「公私混同」という文字はなさそうだ。
その時の気分で、ほとんど怒りにまかせてツイートしている。

でなければ娘イバンカのブランド商品がデパートで取り扱い中止になったことに腹を立て、
ツイッターでイバンカは「非常に不公平な扱いを受けている」と発言したりするだろうか。
仮にも大統領である。
一私企業のトップではない。
一私企業のトップでも上記の発言は問題だろうが。

 日本でも短文使いの政治家はいた。
小泉元首相が有名だが、彼の場合は政治的な範囲に限られており、トランプ米大統領のように
プライベートや身内のことに関して言及することはなかった。

 既存メディアを含め、自分を批判するものに対し激しく攻撃するトランプ氏に似ているのは
小泉時代から少し下って、「200%ない」と言いつつタレントから出馬した関西の政治家だろう。
いまから思えば彼はトランプ氏に先駆けていたわけで、後に彼のような政治家が世界のあちこちで出現する前触れだったといえる。

 権力を握っている政治家、それもトップ権力を握っている政治家から名指しで非難されれば誰でも萎縮してしまう。
とりわけ経済界は。

 まずフォード自動車が従った。
トランプ大統領による度重なるツイッター攻撃でメキシコ工場建設を断念した。
当然、トランプ氏の方はツイッターを使った攻撃が効果ありと考えるから、次々に固有名詞を挙げて非難する(脅しをかける)。

固有名詞を挙げ、標的にされた(と思わせられた)企業はビジネスを天秤にかけて恭順の意を表す。
ソフトバンクは事前に擦り寄り、トヨタも続いた。

 アメリカ企業はまだ抵抗の姿勢を見せているところが多いが、それでも兵糧攻めにされると、
この先どうなるか分からない。

 ツイッターでツイートする方法は使える--。
そう考えた政治家がヨーロッパで見られ出した。
台頭してきた極右勢力の代表者達だ。
彼らはトランプ氏に倣えとばかりにツイッターを政治的武器にし出した。
短文で話す方が楽だからだ。
「楽だ」とは言葉の意味や概念を説明することなく喋れるからだ。

 短文だから短時間に繰り返し短い言葉を発するようになる。
しかもほとんど同じような内容を。
それはまるで連打するように「フォロワー」の感情(理性ではなく)に訴えかけることができる。

 本来、政治家は言葉を大事にしなければならないし、
また言葉を大事にしてきた(言葉に責任を持ってきた)人間だが、
近年、その傾向はどんどん少なくなっている。

かつて「軽薄短小」という言葉が流行ったが、まさに政治家の言葉こそ軽薄短小。
軽く、薄っぺらになってきた。
その結果が短文使いだ。
なんとも不気味な時代になってきた。







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言葉の短縮は思考の短絡を招く(1)

 世の中SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)流行りである。
何をいまさらと言われそうだが、米大統領や都知事までがするのだから、全国あまねく広がり、皆が使っていると思っていいだろう。
例えるなら車の運転か携帯電話。まあ当たらずと言えども遠からず。それほど一般化しているのではということだ。

 国や自治体のトップが多用するぐらいだから、よほど便利、有用なのだろうと思うが、私はSNSの類いを利用したことがない。
利用経験がないどころか使ってみたいと思ったことがない。
と言っても時代遅れのアナログ人間というわけではない。
一応PCもタブレットもスマートフォン(スマホ)も使っているし、スカイプも利用しているが、なぜかSNSの類いだけは使ってない。

SNSには潜在的な思考停止が

 ところで改めて「SNSって何?」と尋ねればどういう答えが返ってくるだろうか。
「ソーシャル・ネットワーキング・サービスのこと」と言われれば、今度は「ソーシャル・ネットワーキング・サービスって、どんなサービス」と聞かなければならない。
もっと分かりやすい言葉はないのかと思うが、「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)」とか「人と人とのつながりを促進・支援する、コミュニティ型の会員制ネットサービス」ぐらいの説明しかないから、ひと言で表現できないのだろう。
ツイッターとかフェイスブックのようなものと言えばいいのだろうが、それらを利用していない人にはこの説明でもピンとこないだろう。

 なぜ分からないのか。
それは「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」という言葉が概念化されてないからだ。
概念化されてないものは想像したり、思い浮かべることができない。
つまりイメージ化できないから理解できないわけで、集団の過半数がその言葉でイメージできるようになれば概念化できたことになるが、まだそこまで広がってないということだ。

 それはさておき、私がツイッターやフェイスブックを使わないのは次のような理由からである。
 まずツイッター。
最初の頃、日本では「つぶやき」と訳されていた(今でもそうだが)。
この言葉を聞いた時、まず自分には縁がないと感じた。
「つぶやき」は独り言とほぼ同義語である。
ネットで独り言を言おうとは思わないし、つぶやいてどうするのだという思いがあった。

 少し後にツイッター(Twitter)はツイート(Tweet)から来ていて、
Tweetとは鳥の「さえずり」のことだと知ったが、短文で次から次にチッチッチとさえずるのも趣味ではなかった。

 メールはずっとPCメール中心で、ケータイからメールを送るのはごく短い連絡文だけ。
スマホに代わった今も基本的には同じだ。

 ケータイメールを送ってくる人は一つの文章が非常に短く(短いから)、何度もメール交換をしなければならない(短文を何度も送ってくる)。
それで時間を取られて懲りた経験があり、以来その種のメールは使わない。

 しかし、ケータイメールで慣れている世代、言い換えればPCをほとんど使わないか使ったことがない世代(実はこの層が年々増えているようで、企業では入社後にPC操作を教えなければならなくなっているとか)にはツイッターへの違和感はない。
むしろPCメールよりツイッターの方が感覚的にピッタリくるようだ。

 もう一つは、こちらの方が決定的な理由だが、全画140文字以内という字数制限である。
この字数制限を知った瞬間、私には使えないと思った。

 物事をきちんと伝えようとすればある程度の字数が必要になる。
140字という字数はなんとも微妙だ。
待ち合わせ場所やちょっとした連絡とか、日常の出来事を知らせる程度ならそれで十分だろうが、意見や見解を書くには文字数が少ない。
つまり言葉足らずになる。
結果として相手にうまく伝わらず、誤解を生じやすくもなる。

 もちろん、ゆっくり文章を書いている書いている時間がない、緊急性があり、即座に状況を知らせなければならない時、
例えば戦場で取材をしているジャーナリスト達が眼下の出来事を生中継的に伝える場合などには重宝するだろう。
実際、ツイッターは彼らが多用し、その後の拡大に結果として一役買ったようだ。

 短文での言葉のやり取りは誤解を生じやすい。
それでも俳句や短歌のように言葉を練って、その字数内に納めるなら別だ。
そのためには思考する時間が必要になる。
だが、それではツイッターの利点が生かされない。
結局、荒削りの言葉をいきなり投げる人が増えてくる。
そうなればまさにツイート(さえずり)だ。

 ちょっとした言葉の行き違いから最初は2、3羽のさえずりが雀の群れのさえずりのように大きく、うるさくなっていく可能性が大いにある。
そう考えた当初の危惧はその後現実になっていった。いわゆる「炎上」だ。
最初に投稿したツイートも、それに群がるツイートも冷静な思考をなくし、面白がってさえずっていく傾向にある。

 次にフェイスブック。
「いちいちコメントを書かなくてもいいんですよ。“いいね”マークを押すだけでいいんですから」
ある人がそう言ってフェイスブックの利用を勧めてくれた。
それを聞いた時、「えっ、それって何」と感じた。
参加意識、仲間意識? それとも「うなづき」による同質化の促進?

 いくらなんでもそれは考えすぎ、と言われそうだが、いずれにしろ私には合わないと感じた。
ただ「友達」を増やすことにもフォロワー(追従者)を増やすことにも興味はない。







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歴史は進歩しているのか、それとも退歩か(2)

コンピューター頼りのリスクも

 今最も注目されている技術の一つに自動運転技術がある。
ドライバーがハンドルやアクセル、ブレーキ操作をしなくても、車が全ての運転操作を自動で行い、目的地まで連れて行ってくれる。
これなら事故など起こりようがなくなる(と思わせられている)。

 そこまで完全全自動でなくてもぶつかりそうになると車が自動でブレーキをかけるアシスト装置はすでに一部実行に移されている。
こうした技術がもっと広がればアクセルとブレーキの踏み間違い事故はなくなる(と宣伝されている)。

 その通りだろう。しかし、と言いたい。
技術の過信は危険だ。原子力発電がいい例ではないか。
かつてあれほど安全だと言われたが、いまや原発を安全と考えている人は極々一部の人だけだろう。

 車だってそうだ。昔の機械式車はシステムがシンプルだったから、
ちょっとした故障などはボンネットを開けてドライバーが自分で直せた。
そういえば私が最初に乗った車は中古の安い商用バンだった。
免許取り立ての人間にいい車は乗せられない、動きさえすればいいからとポンコツ車を会社があてがったのだ。
後に分かったことだが車両価格10万円だったらしい。
もちろん当時の金額でだが、ポンコツ車だったのは間違いない。

 交差点で一時停止する度にギヤチェンジができなかったのには参ったが、
そのうちギヤが入らない時はボンネットを開けてギヤミッションに鍵型のパイプを引っかけて
ガチャガチャと上下に動かすとギヤが入るようになることが分かり、
ギヤチェンジが出来なくなるとボンネットを開けてガチャガチャとやっていた。

 こんな車に乗っていたから否応なく車の手入れを覚えていったが、今の車は全てコンピュータ制御。
エンジンオイルの汚れ具合でさえ自分の目で確かめることができない。
外気温が3度まで下がった、トランクが半開き、ライトが切れた、オイル量が少なくなったといっては音と警告灯で知らせてくれる。

 親切この上ないが、走行中に突然、警告音がし警告灯が点くと逆にビックリしてしまう。
それこそ高齢者はその瞬間に慌てて運転操作をミスしないかと思ってしまう。
かく言う私自身、外気温3度で警告音を最初に聞いた時は「えっ、何事?」と驚いた。

 コンピューターが常に理性的で無謬なら問題ないが、現段階では残念ながらまだ「神」の領域には達していない。
「神」の領域に達すれば、それはそれでまた恐ろしいことであり、新たな不安が増すことにはなるが。

 パソコンでさえDOS時代とWindows時代では雲泥の差で、Windowsになってからは
バックグラウンドで何をされているのかが皆目見えなくなった。
しかも、突然不調になる。
それ以上に怖いのが勝手に情報をどこかに送信されていることだ。
Androidはもっと怖い。
頻繁にアプリが更新されるが、その大半はバグ潰しのようだ。
これは裏を返せば不完全な製品を世に出し、問題が起きれば更新と称して直しているということだ。

 スマートフォン程度ならまだ許せるが、誤作動が人の生死を左右する車のようなものだとどうなるか。
考えるだけでも恐ろしい。
かといっていまさら車のない生活は考えられないし、受け入れられないだろう。

 本来モノづくりはシンプルな方がいい。
ところが利便性・快適性を求めるあまり、どんどん複雑になっていく。
いまや車はメカ(機械)ではなくエレクトロニクスの集積だ。
整備・修理する側もメカの知識以上に電気系の知識が求められる。
コンピューターで診断をし、コンピューターで整備チェックをする。

 楽にはなったが、コンピューターに頼った仕事になり、木を見て森を見ずでメカの仕組みを忘れ、
現象的に表れたところしか見ないから他の箇所との連動不具合を見落とすことにもなる。
もし、診断コンピューター自身が誤作動していたらどうなるのだ。
誰もそんなことまで考えないのだろう。

 燃費面からのみで持てはやされているハイブリッド車だが、技術の複合にはリスクも付きものだ。
ある日突然いつもと違う動きをする。
そういう不調をパソコンでは誰もが一度や二度は経験したことがあるはずだ。
車でも同じことが起きる可能性はあるが、そのことはあまり懸念されてないのか、
それとも密かに修理されているのか。
不具合が多発した段階でリコールし、修理しているのか。

 いずれにしろ仕組みが複雑になればなるほど、1箇所の不具合が別の箇所の不具合と
連動していることが多くなるから原因箇所の解明・修理も時間がかかるし難しくなる。

 こう見てくると、技術の進歩は我々の生活を本当に豊かにしているのかどうか疑問に思えなくもない。
科学技術の進歩を見て、歴史は進化していると言えるのかどうか。
さて、歴史は前進しているのか、後退しているのか、それともらせん形を描きながらでも前進しているものなのかどうか。
少なくとも国際政治に関して言えば、後退局面に入ったのは間違いない。

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歴史は進歩しているのか、それとも退歩か(1)

 時代は本当に進化しているのか--。
ここ数年、そのことを自問自答し続けてきた。古代から現代へ、時代は進歩し続けているはずである。
だが、それは本当に正しいのか。そう問う声が頭から離れないのだ。

 何をバカなと笑われるかもしれないが、歴史を紐解けば必ずしも時代は一直線に進歩したわけではなく、
時にはジグザグに、またある時は足踏みしながら「進んでいる」ことが理解できる。

進化ではなく変化しただけ

 「歴史はらせん形に進む」--そう考えていた。
だから2008年旧正月に発行したメルマガ(栗野的視点(No.290):歴史はらせん形に進む--時代の修正作用が働き始めた)でも以下のように書いた。

 「歴史は決して1本調子に発展も後退もしない。
かといってジグザクに進むのでもない。
ある時には後戻りしているようにも見えるが、確実に過去をアウフヘーベン(止揚)しながら、
いわばらせん形に進んでいるのである」

 しかし、いまこの考えに疑問を持ち始めている。
さらに言うならダーウィンの「進化論」にさえ疑問を感じ始めている。
何をいまさら時代錯誤なことをと言われるかもしれない。
「進化論」は地動説と同じくらい真実ではないかと。

 「ダーウィンの進化論」と日本語で表記するから、生物は進化していく、
あるいは環境に適応しながら進歩してきたと思い込んでしまうが、
原語を見ればダーウィンは進歩や前進を意味する「Evolution」ではなく、
「Descent with modification(変化を伴う継承)」という語を使っている。
「進化・進歩」と捉えられるのを注意深く避けていたのだ。
日本語の「進化論」は誤訳と言った方がいいかもしれない。少なくとも一般人には間違った印象を与えてしまった。

 それはともかくとして、歴史は一直線に進むのではなく、らせん形を描きながら、
それでも確実に進化・前進しているというのが私の歴史認識だった。

 ところが、今この考えは訂正した方がいいかもしれないと思い始めている。
それは進歩というには程遠い現象、むしろ後退していると言った方がいい現象が多く見られるからである。

 過去の歴史を厳密に検証すればするほど、例えば日本の歴史でも
弥生時代は文明が進んでいない原始生活ではなかったことが近年の研究で明らかにされている。
「らせん形に進む」というより、不連続の連続という言い方の方がまだ的を射ているかもしれない。

技術と文化レベルは反比例?

 例えば科学の進歩は人類に何をもたらしたのか。
人類を幸福にしたのか。
もちろん、その面はある。
しかしその一方で大量破壊兵器を生み、大量虐殺を行い(現在も行いつつある)、環境汚染を進めてきた。

 人類は幸福になったのだろうか。
利便性を手に入れた一方で失ったものも多く、現在が過去より幸福とは一概に言えそうにない。

 例えば「改革開放」後の中国は急激に現代化・資本主義化し、
最先端のモノを作り出しているだけでなく、それらを使用してもいる。
一方、彼らの文化・マナーレベルはといえば、先進諸国と比べれば残念ながら低い。

 もちろん近い将来、中国人の文化・マナーレベルは先進諸国並みになるだろうが、
彼らの文化・マナーが歴史的に低かったわけでも、10年前、40年前、100年前はもっと低かったわけでもない。
むしろ、その逆である。

 10年前、私は上海浦東空港から乗ったリニアモーターカーの網棚にPC等が入ったリュックを置き忘れ、
ホテルの従業員からも旅行社の社員からも「中国で忘れ物が見つかることはまずない」と、
暗に諦めた方がいいと言われた。

それでもリニアモーターカーの終点地まで行き、色々尋ねているとJTBの中国人社員が親身になって
あちこちに連絡し探してくれたお陰で、翌日、リュックは中に入っていたPCその他と一緒に手元に戻ってきた。

 今では考えられないかもしれないが、誰も網棚からリュックを持ち去らず、車内にそのまま残っていたのだ。

 40、50年前に中国旅行をした人はホテルに置き忘れた物が次の宿泊地まで届けられ
びっくりした経験をしたのではないだろうか。

 最近の中国人のマナーなどからは想像できないだろうが、彼らは礼儀正しく、
慎み深くて、文化レベルも高い民族だったのだ。
それが時代の経過とともに低下して行ったのだから、歴史は進んでいるのか後退しているのか。

 科学技術の進歩が幸福には必ずしも貢献しないということはいまでは常識の分野に入りつつあるが、
文化レベルとは反比例するとまでは言い過ぎか。
少なくとも両者の間に正の相関関係はなさそうだ。


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Wi-Fi専用になったスマホ「g07」~freetel雅との比較

 スマートフォンに限る話でないがデジタル機器はスペック(仕様)だけで判断して買うと、後でこんなはずではなかったのにとガッカリすることがある。もちろん、その逆もあるが。
 例えばカメラの画素数は同じでも実際に出てくる絵はスマホによってかなり異なる。
そうするとカメラ性能に期待して画素数の大きなスマホを買ったのに期待外れだったとか、通話品質が今ひとつ、電波の届きが悪いといったことが起こりうる。
 そこで以下にgooのスマホ「g07(グーマルナナ)」を実際に使ってみた結果を載せる。

月額1000円で使えるTSUTAYAのスマホ 【TONE】


 g07の販売はNTTレゾナントだが、開発したのは株式会社コヴィア。耳慣れない会社と思われる人が大半だろうが、SIMフリーの比較的初期段階からSIMフリースマホを作っていた会社だ。
 私は今回の「g07」を含め、同社のスマホは2台目。最初に買ったのは「Freaz F5」というデュアルSIMスロットのスマホ。
 初めて買ったスマホがこれだったから、スマホとはこういうものだろうと思っていたが、この機種を選んだのはデュアルSIMだったから。
 デュアルSIMとはSIMスロットが2つあり、それぞれに別のSIMを挿す使い方が出来る。
私の場合は従来型携帯電話(以下ケータイ)のSIMを片方に、もう一方にデータ専用SIMを挿して使っていた。
ケータイはかけ放題の契約をしていたので、スマホを使いながらケータイの安い通話料がそのまま利用できるのは金額的に大きなメリットだった。

 もう一方にはSIMフリのデータ専用SIM。つまりケータイとスマホのいいとこ取りだ。これでケータイとスマホの2台持ちから解放。
 といってもメリットばかりではなく、デメリットもあり、当時はDSDS(同時待ち受け)ではなかったから、電話を使う時は通話用SIMに、ネット接続する時はデータ専用SIMに手動で切り替えなければならないという煩わしさがあった。

 もう一つの問題はこの機種本体が3G専門でLTEに対応していなかったため、データ専用SIMがLTEでもその速さの恩恵を全く受けないことだ。

 そしてこれが最大の問題だったが、Freaz F5は電波がFORMAプラスエリアに対応していなかったのだ。
 これは購入後しばらくして分かった。実際には対応電波が記されていたが、docomoのケータイSIMがそのまま使えるというところにだけ目が行き、対応電波のことまで気が回らなかったのだ。

 都市部で使っている時は何の不自由もなかったが、地方に行った時に電話が通じないことに気付いたのだ。

<教訓1>
 SIMフリースマホを買う時には対応電波をよく調べないと後で後悔する。





 で、結局、ケータイとデータ専用スマホの2台持ちに替え、段々スマホの出番はなくなった。
 その後、freetel miyabiに買い換え、昨年12月の発売と同時にg07を買った。
freetelから買い換えた理由は特にない。強いて言えば指紋認証を使ってみたかったのと、もしかするとカメラ画質が向上しているかもという淡い期待。
後は新しもの好き(これが最大の動機)。19,800円だが3,000円引きクーポン利用で買ったから16,800円。これなら購入後、失敗したと感じてもまあ我慢できる金額だし、万一使えない時はfreetel miyaiに戻せばよかったから。

 結果から言えば、g07はWi-Fi専用になり、日常使いではfreetel miyabiに戻している。

 g07は発売前後から2つのSIMで同時待ち受けできるDSDS(デュアルSIM、デュアルスタンバイ)スマホで、「コストパフォーマンスが高い」とあちこちで(レビューでも)紹介されていたが、初めて購入する人は満足するだろうが、それならもっと安い機種もあるし、そちらでいいのではないかと思う。

 早い話が積極的にg07を選ぶ理由がないのだ。どうしてもDSDSを使いたいという人以外は。

 以下にg07とfreetel miyabiのスペックを記してみよう。
●g07
 OS:Android6.0(Android7.0アップデート保証)
 CPU:オクタコア1.5GHz×4+1.0GHz×4 MediaTek MT6750T
 RAM:3GB
 ROM:32GB
 対応バンド(周波数帯)
  LTE:Band1(2100MHz) / B3(1800) / B8(900) / B19(800)
  3G(W-CDMA):B1(2100) / B6(800) / B8(900)
 ディスプレイ:5.5インチ
 解像度:1920×1080
 カメラ:背面1300万画素/前面800万画素
 電池容量:3,000mAh
 取り外し:不可
 重量:150グラム
 価格:1万9800円





●フリーテル雅
 OS:Android5.1
 CPU:クワッドコア1.3GHz MediaTek MT6735
 RAM:2GB
 ROM:32GB
 対応バンド(周波数帯)
  LTE:Band1(2100MHz)/B3(1800)/B8(900)/B19(800)
  3G(W-CDMA):B1(2100)/B6/19(800)/B8(900)
 ディスプレイ:5インチ
 解像度:1280×720
 カメラ:背面1300万画素/前面500万画素 手ぶれ補正付き
 電池容量:2,200mAh
 取り外し:可
 重量:150グラム
 価格:1万9800円

<g07がmiyabiより優れている点>
 1.OSが新しい
 2.CPUは同じMediaTekだがg07の方が処理速度が速い
 3.RAMの容量が大きい
 4.解像度が高い
 5.バッテリーの容量が大きい

 こうしてみるとg07の方が1年余り後から発売された分だけ上回っているように思える。
 しかし、実際に使ってみた体感と合わせ、もう少し詳しく見てみるとg07の方が優れていると思えた点が、実はそうでもなかった。

 CPUの速度はアップし、RAMの容量も増えたが、画面の解像度が上がったり、液晶サイズが大きくなったため、実際の表示速度にそこまでの差は付かなかった。少なくとも体感速度は同じだった。

 つまり本来ならメリットとなる点がメリットになってなかったのだ。

 カメラの画質は当初、g07の方がきれいだったが、miyabiがファームウェアをバージョンアップし、カメラ性能を向上したため、g07の方が絶対的にいいとは言えなくなった。
 色の出方はそれぞれに多少の癖があるから、これは仕方ない。それでも敢えて言えば、g07の方が多少写りはいいかという程度。
 いずれにしろカメラ性能は両機種共に期待はできない。バッテリーの持ちも両機種共に差はなし。
 多少g07の方がバッテリーの持ちがいい程度で、これも誤算だった。





<残念な点>

 一番肝心な電波の受信状態はと言えば、これは残念な結果になった。

まず通話。かけてきた相手から「電話が通じない」と何度もお叱りを受けた。
これは致命的な問題で開発元のコヴィアも認識しており、ファームウェアを何度かアップデートし、現在は一応改善されたようだが、まだはっきりとは分からない。

 ついでWi-Fi。これははっきり言って感度が悪い。
他のデバイスやfreetel miyabiが受信できる場所でもg07は受信できない。

 つまり電波に関してはg07は総じて悪い。

 ほかにも諸々の問題点があり、コヴィアは1月から3月上旬までにファームウェアのアップデートを4回も行い、不具合を修正している。これは少し異常だろう。

 ただコヴィアのアフタサービスは丁寧だし、好感が持てる。
一方、販売元のNTTレゾナントのアフタサービスは最悪だ。メールで問い合わせをしても返事すら来ないし、問い合わせ先もHPで探しにくい。

 指紋認証も悪かったが、再設定し直したところ改善された。

 最後にスマホのサイズ。これは個人的な好みの問題もあるが、5.5インチはやはり大きい。5インチサイズの方が持ちやすいし、ポケットにも入る。
そんなこんなで、せっかく買ったg07だが、今はWi-Fi専用。
ただWi-Fi専用なら10.1インチサイズのタブレットを持っている。

 というわけで、現在はfreetel miyabiを日常使いのスマホに戻し、g07の出番はなし。

 ただし初めてスマホを買う人にはそれほど問題がある機種ではない。16,800円(19,800円ではなく)で買えるならコストパフォーマンスがいいスマホになるのは間違いない。






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貧困化する政治(家)の恐ろしさ

 我々が今住んでいる社会は--日本のことだが--先進国か新興国か、成熟社会か発展途上社会かと問えば、間違いなく先進国で成熟社会だという答えが返ってくるに違いない。

 しかし、昨今の政治を観ていると、とても成熟社会、民主主義社会とは思えない。
まだ民主主義が根付いていない発展途上国か、そうでなければ我々の社会は一昔前に後退してしまったのではないかと思ってしまう。
それほど昨今の政治(家)はおかしい。

 なかでもおかしいのは地方政治だ。
よくぞこんな人が政治家になったな、政治家でいられるなと思うが、そういう人に政治を任せたのは有権者で、
結果責任は有権者自身が負わなければならないだろう。

目の鱗を取り払い、刮目して声を上げ、異議申し立てをするか、
それとも諦めて目を逸らし、内に閉じ籠もり、「あっしには関わりのないこと」とニヒルに笑って過ごすか。
だが、その結果が現状を招いたのだということを知るべきだろう。

地方首長の感覚が変

 政治(家)の貧困を全国的に知らしめたのは桝添・前東京都知事だが、似たような例は全国に多々ある。
彼ら政治家を見ていると、受験に合格することがゴールになっている大学受験生に似ていると思ってしまう。

 当選することがゴールになっているから、政治家になって何をしよう、したいという目的がない。
だから政治家としての自覚がないというか、政治家になれば何をしてもいいのだと勘違いしてしまうようだ。

 その代表格が西宮市長と飯塚市長。
実は成人式の会場に向かう車中で同乗者と次のような会話を交わした。

「式典の挨拶は市長だよね。福岡は高島市長か」

「飯塚は誰がするんだろう。市長は欠席するらしいから。
副市長も一緒に賭け麻雀をしていたから、副市長が代役というわけにもいかないし」

「教育長が代役だ」

「情けないよね。欠席せずに出ればいいのよ。出て批判されればいいのに」

「でも、辞めるとは言わないのね」

「あの様子(会見)では辞めないだろう。賭けなかったらマージャンをする人がどれだけいるのか、
と開き直っていたから」

 福岡県飯塚市の斉藤守史(もりちか)市長と田中秀哲(ひであき)副市長が賭け麻雀をしていたのだ。
それも平日、開庁中に。
そのことが発覚した後の記者会見で悪びれるどころか憮然とした態度で
「賭けなかったらマージャンをする人がどれだけいるのか」
「市長を辞めれば(賭け麻雀は)するだろう」
と言い放ったのだから鉄面皮というか厚顔無恥というか。
この人の場合は厚顔「無知」も加わるか。

 大体この人、地元飯塚市に本社がある食品製造販売会社「一番食品」の代表取締役会長をしていた。
していたといっても過去の話ではない。
現職の市長でありながら出身母体の会長、それも代表権を持った代表取締役会長を続けていたのだ。

 会長職を辞職したのは今回の賭け麻雀が問題視され、市議会で謝罪した翌日の12月23日である。

 李下に冠を正さず、と言う。
本来なら行政のトップに就いた段階で私企業の役職からは離れるべきだろう。

 それだけではない。賭け麻雀でテーブルを囲んでいた「知人」には事業者もいたという。
これでは市の事業等で事業者に便宜を図ったのではないかと疑われても仕方がないだろう。

 ここまで「無恥・無知」な人物だから市長職は絶対辞めないだろうと思っていたが、
全国から抗議が届いたため、ついに副市長共々1月末で辞職すると表明した。
といっても任期は4月までだったから、それを数か月早めただけにしか過ぎない。
ただ本人は次期選挙にも出て当選する意欲満々だったようだから、本人にしてみれば番狂わせだったかもしれない。

番狂わせという意味では抗議が全国に広がりをみせたことではないだろうか。
恐らく地元から抗議の声はそれほど多く来ない、来ても押さえ込めると踏んでいたに違いない。
それが全国から抗議が殺到したのだから、本人にしてみればまさに番狂わせ。
「なんで」という感じだったかもしれないが、そこがネット社会の怖さ(この場合は効果か)だ。

 市長を辞職しないだろうと私が考えたのはもう一つ理由がある。
それは同市の文化・風土というか、より正確には飯塚市議会の「文化」が問題だからである。

 情報公開が世界の流れなのは常識だが、政治の世界でも昨今、情報公開がより強く求められている。
ところが、こうした動きに逆行するように飯塚市議会は2015年12月、議員の資産公開廃止を決めたのだ。

廃止を決定したということは市議の中から資産公開廃止議案が提出され、多数決で「廃止議案」が通ったということだ。

 驚くのは「廃止議案」提案の理由だ。
「閲覧者がいない」からだという。
仮に閲覧者が今まで非常に少ないかいなくても、公開廃止にするというのはどうも。

 閲覧しやすいように閲覧料を下げようとか、ネットでも閲覧できるようにしようとかいう提案が
普通だと考えるが、そうではなく、いきなり公開廃止にしようというのだから
資産公開するとなにかまずいことでもあるのではと勘ぐってしまう。

 とまあ、こんな議会が相手だから市長の方も高を括っていたのだろう。
平日に市役所を抜け出して賭け麻雀をするぐらい何も問題ないだろうと。

 ところが記者会見の様子が全国にTV放映された直後から風向きが変わった。
1000件超の抗議が市に届くようになり、その対応で市の正常な業務が出来なくなるに至って、
ついに辞職を決意したというわけだ。

 いやなんともお粗末というか、それでも市民が抗議に押しかけたというから飯塚市民の感覚はまともだった。
ついでに市議の感覚も正せるといいのだが。

ミニトランプが激増傾向、日本でも

 なんとも嫌な感じがするのは今村岳司・兵庫県西宮市長の方だ。
2016年という年は彼のような政治家が世界で出現した年だった。

 今村市長の言動をよく知らない人のために、まず直近の言動から紹介しておく。

2016年11月27日に西宮市立子育て総合センターで開かれた「中高生3万人の夢プロジェクト」で以下のように発言。

「(中高生の頃に自分達の居場所は)授業を抜け出してタバコが吸えて楽器が弾けるところだった」

「教室の合鍵を作り、面白くない授業を抜け出して、たばこを吸い、マージャンをした」

「見回りのガードマンにはエロ本やお酒を渡して味方に付けた」

 不良の集まりで不良の先輩が後輩に自慢話をしているのではない。
西宮市主催の「市内に在住・在学の中学生・高校生約3万人のやる気・社会に飛び出す力を支援する」プロジェクトの第一弾として<中学生・高校生の「やりたいこと」を聴く中高生ミーティング>の場で今村市長が語った自身の体験談である。

 市長としての自覚など微塵も感じられない。
よくぞこういう人物が市長になれたものだと思うが、この件で市に届いた抗議は100件と少ない。

 この人物(今村市長のことだが)、12月8日の議会、一般質問で女性市議から先の発言を批判されると、
トランプ氏を見習ってかどうかブログで「ピンクのダサいスーツに黒縁眼鏡で『お下品ザマス!』って
言っている女教師みたい」「キレイゴトは彼らを子供扱いしている。敬意を欠いている」と逆批判している。

 トランプ氏と似ているのはインターネットで

       (以下 略)




 本稿は1月16日に「まぐまぐ」から配信した「栗野的視点」の一部です。

 全文は「まぐまぐ」内の「栗野的視点」

 HP内の「栗野的視点」にも収録していきますが、「まぐまぐ」よりは遅れます。



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河津桜と菜の花と列車


 河津桜が例年より1週間近く早めに咲き出した。

畑には菜の花が見頃を迎え、

黄色い花の向こうを赤い列車が希望を乗せて走って行く。




 撮影場所は福岡県糸島市二丈福井の産直販売所・福ふくの里



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人の出会いは「多生の縁」か、「多少」程度の縁か

 袖触り合うも多生の縁、という。「多生」は「他生」と同じで前世のことだが、「他生」と書いた方が意味を理解しやすい。
 しかし、最近は「多少」の縁ぐらいにしか考えてない人が多い。それほど縁も軽くなったということだろう。
だからか、この頃ちょっとしたことで殺人に走る人間が増えている。

 それはさておき、他生で縁でもあったのだろうかというような不思議な出会いを経験することがある。
昨年暮れのことだ。見覚えのない差出人名で電子メールが届いた。
昨秋終わり頃から急に迷惑メールが激増してきたので、これもその類いと思い削除しようとしたが、タイトル欄に「クワイ河に虹をかけた男」と表記されていたので、本文に目を通すと、次のように書かれていた。

  ----------------------------------------------------
初めてメールを差し上げます。
「クワイ河に虹をかけた男」を制作した瀬戸内海放送の満田です。
ネットを検索しておりまして、拙作についての記事を発見したため、ご連絡させていただきました。
もちろん、理由はそれだけではありません。
栗野様とは一度お会いしているからです。4年前、雪の美作江見駅で中年のカメラマンと2人、取材していたのが私です。
栗野様のプロフィールを拝見していて、あの時の男性だとすぐに思い至りました。
KBCシネマでお会いすることはできませんでしたが、こうして拙作をご覧いただいたこと、不思議なご縁を感じております。

  ----------------------------------------------------

 「クワイ河に虹をかけた男」・永瀬隆氏を20年間取材し続け映画にまでした制作・監督の満田康弘氏からのメールだった。
制作者本人から直接メールを貰うのも珍しいが、それよりなによりちょうど4年前の年末、
帰省で駅に降り立った時、声をかけられ取材を受けた時の相手というのは奇遇としか言い様がない。

 というのも列車で帰省していたのは2年間だけで、それ以前も、それ以後も車で帰省していたからだ。
偶々というか、運よくというか、その時期を外していれば決して出会ってなかったわけで、それこそ「他生の縁」でもあったのだろうかと思ってしまう。

 私は運命論者でもないし、どちらかというとそういうことは信じないタイプだが、それでも不思議な縁だなと感じたのは事実。

 そこで早速、以下のようなメールを返信した。

  ----------------------------------------------------
 そうでしたか。名前もお聞きしてなかったし、
まさか「クワイ河に虹をかけた男」の制作・監督とは思いもしませんでした。
恐らく初日にKBCシネマでお会いしていても気付かなかったと思います。

 ローカル駅の取材番組といい、永瀬さんを追うルポといい、満田さんは今時珍しいタイプですね。
最近はジャーナリズムの分野にも骨のある人は少なくなってきましたから。
特に映像分野は視聴率とコマーシャリズムに追われ、作り手の良心はなきに等しい(失礼)のが現状ではないかと思います。
そういう中で、よくあのような番組を作られたと思います。
ローカル駅の時もそのようなことをメルマガで書いたのですが、よく上層部を口説きましたね。

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 「KBCシネマで」と互いに書いているのは、上映初日には満田監督自身の来場講演があったわけで、
初日に観に行っていれば満田氏と会えていたわけだだが、当時は互いにそんな出会いがあったことなど知りもしなかった。

 私の返信に対し、再び彼から次のようなメールが届いた。

  ----------------------------------------------------

お返事ありがとうございました。
ひとつ書き忘れていたのですが、奥崎謙三はカウラ捕虜収容所に
いたそうです。カウラではおとなしくしていたようですが、1946年、
引揚船「大海丸」で帰国途中、船員が食糧を独り占めしていることに激怒して
大暴れしたという逸話が残っています。それから捕虜の食糧事情は著しく
好転したそうで、奥崎らしいエピソードですね。

実は永瀬さんは原監督が「ゆきゆきて神軍」の上映で岡山に来た際、
自分も撮ってくれと頼んだそうですが、原監督の眼鏡にはかなわなかった
ようです。たぶん永瀬さんはまともな人すぎて「狂気」が足りなかったんでしょう。

今後ともよろしくお願いいたします。

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 満田氏が「ゆきゆきて、神軍」や奥崎謙三のことを知っていたことには正直驚いたが、
それと同時に彼が「クワイ河に虹をかけた男」を単なる仕事として制作したのではないということも分かり、
妙に親近感を覚えた。

 「ヤマザキ、天皇を撃て!」は1972年発行であり、「皇居パチンコ事件」の陳述書を
本にしたものだから、当時でもよほど興味や関心がなければ目に触れていないはずだ。
満田氏が本を同時代に読んでなかったとしても、一般の人の記憶にもないような奥崎謙三のことを
知っていたというだけで、私自身は非常に親近感を覚えた。


 不思議な縁と言ってすぐ思い出す人物がもう一人いる。
元フィルムジャーナリスト(本人の弁、敢えて「フィルム」と付けたのはペンと区別する意味のほかに、
持ち運びも編集も簡単になった今のビデオと区別する意味もあったかもしれない)で
ベトナム戦争に従軍し、最前線で取材をした経験を持つM・S氏のことだ。

 もう亡くなられて10年余りになるが、出会ったのはそれからさらに5年ほど遡る。
出会ったとは言ったが、実際に会ったことは一度もない。
会ったのは彼の伴侶のS・S女史。
彼女は当時、様々なプロデュースを手がけていたようで、その関係で来福した時に誰かの紹介で会ったのではなかったかと思う。

 ところが、その後M・S氏からメールが届き、以来、彼が亡くなる前までメールのみの付き合いが続いた。
 年齢は私より10年程上。アメリカの3大放送局の1つ、NBCの特派員として
ベトナム戦争の最前線で丸2年間フィルムを回し続けていた。

 フィルムとペンという違いはあるものの同じ職業の人間として私に興味を持ったらしく、
自己紹介メールが届いたのが彼との付き合いの始まりだった。
最初は私への自己紹介メールとして書き出したメールは3回目ぐらいから個人宛ての自己紹介ではなく、
彼のネットワークの仲間にも配信しようと考えたようで、メルマガという形の配信に変わっていった。

 メルマガのタイトルは「生きる力の記録」。
彼は当時すでに肝臓を患っており、タイトルにはそういうことも含まれていたように感じた。

 銃弾が行き交う最前線でフィルムを回し続けた彼の体験記を読みながら、私などは足下にも
及ばないと感じたものだが、印象に残っているのは前線にいた2年間、
「最初は弾が自分を避けて行っていたが、段々自分を目がけて飛んで来だした」という言葉だった。
ギリギリの所にいると感覚が研ぎ澄まされてきて、「銃弾の意志が分かる」と言っていた。

 こうした獣のような感覚をかつては人間も有していたに違いない。
それがモノに囲まれ、モノに頼る生活を続けるうちに失っていったのだ。

 私の方にはそんな壮絶な体験もなく、自己紹介と言ってもせいぜい1回のメールで終わるぐらいの内容しかなく、
あとはメルマガの「栗野的通信」を彼にも配信するぐらいだったが、彼のメルマガはとても知的かつ刺激的で、
大いに刺激を受けたものだ。

 それにしても人との出会いは不思議なものだ。
一度も会ったことがなくても知己の間柄にもなるし、長年付き合っていてもただ見知っているだけという
関係もあるが、私の持論は3度目が決める。

 最初の出会いは偶然も影響する。
2度目は利が絡むことがある。
偶然か必然かは3度目で決まる。

3度目は会おう、会いたいという意志が働くからである。
これがなければ2度の出会いも偶然のままで終わるだろう。

 袖振り合うも他生の縁--そう思える出会いにしたいものだ。




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例年より開花が早い梅の花


 気温の上下が激しい今冬だが、梅の開花は例年より早めのようだ。

上は福岡市南区桧原園芸公園の白梅を1月26日に撮影したもの。

日当たりの関係で園芸公園ではグランド横のこの木が一番最初に咲く。


 上は園芸公園・梅林の鶯宿梅。

下は鹿児島紅梅。

鶯宿も鹿児島紅もほかより少し遅く咲く花なのに、なぜか今年は早くも咲いている。


 下2枚は福岡市・舞鶴公園の梅

例年最も早く咲くのが梅園に入った所のこの紅梅。

この時期に早くも見頃を迎えている。

他の木はまだまだだが、そrでも来週にかけて一気に花開きそうだ。


 開花を認めると写真を撮るより、まず近づいて花に鼻をくっつけそうにして香りを嗅ぐ人が多い。










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