河津桜と菜の花と列車


 河津桜が例年より1週間近く早めに咲き出した。

畑には菜の花が見頃を迎え、

黄色い花の向こうを赤い列車が希望を乗せて走って行く。




 撮影場所は福岡県糸島市二丈福井の産直販売所・福ふくの里



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人の出会いは「多生の縁」か、「多少」程度の縁か

 袖触り合うも多生の縁、という。「多生」は「他生」と同じで前世のことだが、「他生」と書いた方が意味を理解しやすい。
 しかし、最近は「多少」の縁ぐらいにしか考えてない人が多い。それほど縁も軽くなったということだろう。
だからか、この頃ちょっとしたことで殺人に走る人間が増えている。

 それはさておき、他生で縁でもあったのだろうかというような不思議な出会いを経験することがある。
昨年暮れのことだ。見覚えのない差出人名で電子メールが届いた。
昨秋終わり頃から急に迷惑メールが激増してきたので、これもその類いと思い削除しようとしたが、タイトル欄に「クワイ河に虹をかけた男」と表記されていたので、本文に目を通すと、次のように書かれていた。

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初めてメールを差し上げます。
「クワイ河に虹をかけた男」を制作した瀬戸内海放送の満田です。
ネットを検索しておりまして、拙作についての記事を発見したため、ご連絡させていただきました。
もちろん、理由はそれだけではありません。
栗野様とは一度お会いしているからです。4年前、雪の美作江見駅で中年のカメラマンと2人、取材していたのが私です。
栗野様のプロフィールを拝見していて、あの時の男性だとすぐに思い至りました。
KBCシネマでお会いすることはできませんでしたが、こうして拙作をご覧いただいたこと、不思議なご縁を感じております。

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 「クワイ河に虹をかけた男」・永瀬隆氏を20年間取材し続け映画にまでした制作・監督の満田康弘氏からのメールだった。
制作者本人から直接メールを貰うのも珍しいが、それよりなによりちょうど4年前の年末、
帰省で駅に降り立った時、声をかけられ取材を受けた時の相手というのは奇遇としか言い様がない。

 というのも列車で帰省していたのは2年間だけで、それ以前も、それ以後も車で帰省していたからだ。
偶々というか、運よくというか、その時期を外していれば決して出会ってなかったわけで、それこそ「他生の縁」でもあったのだろうかと思ってしまう。

 私は運命論者でもないし、どちらかというとそういうことは信じないタイプだが、それでも不思議な縁だなと感じたのは事実。

 そこで早速、以下のようなメールを返信した。

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 そうでしたか。名前もお聞きしてなかったし、
まさか「クワイ河に虹をかけた男」の制作・監督とは思いもしませんでした。
恐らく初日にKBCシネマでお会いしていても気付かなかったと思います。

 ローカル駅の取材番組といい、永瀬さんを追うルポといい、満田さんは今時珍しいタイプですね。
最近はジャーナリズムの分野にも骨のある人は少なくなってきましたから。
特に映像分野は視聴率とコマーシャリズムに追われ、作り手の良心はなきに等しい(失礼)のが現状ではないかと思います。
そういう中で、よくあのような番組を作られたと思います。
ローカル駅の時もそのようなことをメルマガで書いたのですが、よく上層部を口説きましたね。

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 「KBCシネマで」と互いに書いているのは、上映初日には満田監督自身の来場講演があったわけで、
初日に観に行っていれば満田氏と会えていたわけだだが、当時は互いにそんな出会いがあったことなど知りもしなかった。

 私の返信に対し、再び彼から次のようなメールが届いた。

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お返事ありがとうございました。
ひとつ書き忘れていたのですが、奥崎謙三はカウラ捕虜収容所に
いたそうです。カウラではおとなしくしていたようですが、1946年、
引揚船「大海丸」で帰国途中、船員が食糧を独り占めしていることに激怒して
大暴れしたという逸話が残っています。それから捕虜の食糧事情は著しく
好転したそうで、奥崎らしいエピソードですね。

実は永瀬さんは原監督が「ゆきゆきて神軍」の上映で岡山に来た際、
自分も撮ってくれと頼んだそうですが、原監督の眼鏡にはかなわなかった
ようです。たぶん永瀬さんはまともな人すぎて「狂気」が足りなかったんでしょう。

今後ともよろしくお願いいたします。

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 満田氏が「ゆきゆきて、神軍」や奥崎謙三のことを知っていたことには正直驚いたが、
それと同時に彼が「クワイ河に虹をかけた男」を単なる仕事として制作したのではないということも分かり、
妙に親近感を覚えた。

 「ヤマザキ、天皇を撃て!」は1972年発行であり、「皇居パチンコ事件」の陳述書を
本にしたものだから、当時でもよほど興味や関心がなければ目に触れていないはずだ。
満田氏が本を同時代に読んでなかったとしても、一般の人の記憶にもないような奥崎謙三のことを
知っていたというだけで、私自身は非常に親近感を覚えた。


 不思議な縁と言ってすぐ思い出す人物がもう一人いる。
元フィルムジャーナリスト(本人の弁、敢えて「フィルム」と付けたのはペンと区別する意味のほかに、
持ち運びも編集も簡単になった今のビデオと区別する意味もあったかもしれない)で
ベトナム戦争に従軍し、最前線で取材をした経験を持つM・S氏のことだ。

 もう亡くなられて10年余りになるが、出会ったのはそれからさらに5年ほど遡る。
出会ったとは言ったが、実際に会ったことは一度もない。
会ったのは彼の伴侶のS・S女史。
彼女は当時、様々なプロデュースを手がけていたようで、その関係で来福した時に誰かの紹介で会ったのではなかったかと思う。

 ところが、その後M・S氏からメールが届き、以来、彼が亡くなる前までメールのみの付き合いが続いた。
 年齢は私より10年程上。アメリカの3大放送局の1つ、NBCの特派員として
ベトナム戦争の最前線で丸2年間フィルムを回し続けていた。

 フィルムとペンという違いはあるものの同じ職業の人間として私に興味を持ったらしく、
自己紹介メールが届いたのが彼との付き合いの始まりだった。
最初は私への自己紹介メールとして書き出したメールは3回目ぐらいから個人宛ての自己紹介ではなく、
彼のネットワークの仲間にも配信しようと考えたようで、メルマガという形の配信に変わっていった。

 メルマガのタイトルは「生きる力の記録」。
彼は当時すでに肝臓を患っており、タイトルにはそういうことも含まれていたように感じた。

 銃弾が行き交う最前線でフィルムを回し続けた彼の体験記を読みながら、私などは足下にも
及ばないと感じたものだが、印象に残っているのは前線にいた2年間、
「最初は弾が自分を避けて行っていたが、段々自分を目がけて飛んで来だした」という言葉だった。
ギリギリの所にいると感覚が研ぎ澄まされてきて、「銃弾の意志が分かる」と言っていた。

 こうした獣のような感覚をかつては人間も有していたに違いない。
それがモノに囲まれ、モノに頼る生活を続けるうちに失っていったのだ。

 私の方にはそんな壮絶な体験もなく、自己紹介と言ってもせいぜい1回のメールで終わるぐらいの内容しかなく、
あとはメルマガの「栗野的通信」を彼にも配信するぐらいだったが、彼のメルマガはとても知的かつ刺激的で、
大いに刺激を受けたものだ。

 それにしても人との出会いは不思議なものだ。
一度も会ったことがなくても知己の間柄にもなるし、長年付き合っていてもただ見知っているだけという
関係もあるが、私の持論は3度目が決める。

 最初の出会いは偶然も影響する。
2度目は利が絡むことがある。
偶然か必然かは3度目で決まる。

3度目は会おう、会いたいという意志が働くからである。
これがなければ2度の出会いも偶然のままで終わるだろう。

 袖振り合うも他生の縁--そう思える出会いにしたいものだ。




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例年より開花が早い梅の花


 気温の上下が激しい今冬だが、梅の開花は例年より早めのようだ。

上は福岡市南区桧原園芸公園の白梅を1月26日に撮影したもの。

日当たりの関係で園芸公園ではグランド横のこの木が一番最初に咲く。


 上は園芸公園・梅林の鶯宿梅。

下は鹿児島紅梅。

鶯宿も鹿児島紅もほかより少し遅く咲く花なのに、なぜか今年は早くも咲いている。


 下2枚は福岡市・舞鶴公園の梅

例年最も早く咲くのが梅園に入った所のこの紅梅。

この時期に早くも見頃を迎えている。

他の木はまだまだだが、そrでも来週にかけて一気に花開きそうだ。


 開花を認めると写真を撮るより、まず近づいて花に鼻をくっつけそうにして香りを嗅ぐ人が多い。










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ビジネスピープルにお勧めはDSDSスマホ(2)~コスパがいいg07

DSDSスマホのメリットと使い方

 DSDS(デュアルSIM、デュアルスタンバイ)スマホの最大のメリットは
2つのSIMで同時待ち受けが出来ることだが、どのような使い方ができるか以下に見ていこう。

 1.ケータイの通話専用SIM+データ専用SIM

 2.データ専用SIM+データ専用SIM

 3.通話付きSIM+データ専用SIM

 4.通話付きSIM+通話付きSIM

 DSDSのメリットを最大に受ける使い方は1の通話専用SIMとデータ専用SIMの組み合わせだろう。

 ケータイのかけ放題プランは2200円。これにMVNOのデータ専用SIMを契約し、
2つのSIMをそれぞれのSIMスロットに挿して使う方法だ。
データSIMの料金は毎月使用するデータ量の契約によって異なるが、1G以下なら500円未満。
3Gまででも1,000円程度。電話を多用する人にお勧めの使い方である。

 2はケータイとスマホの2台持ちの人向け。
データ専用SIMを2つも持つ必要がないだろうと疑問に思う向きもあるかと思うが、
月に3Gまでも使用しない。2Gあれば十分という場合に1GSIMを2つ挿して使うという方法もあるし、
別々のMVNOのSIMを挿して使い分けるという利用の仕方もある。
というのはMVNOによって通信速度の実測が違うからだ。

 3はすでにスマホを使っている人。
現在使用中の電話番号をそのまま利用してSIMフリーのMVNOに転出。
さらに予備でデータ専用SIMの契約をして使うというやり方が出来る。

 例えばナンバーポータビリティー(MNP転出)でキャリアからSIMフリーのMVNOに替え、
もう一方のSIMスロットにイオンモバイルの050付きデータSIMを契約して挿し、
受信は090等の従来番号でし、こちらから電話をかける時には通話料の安い050契約SIMに
切り替えて電話をするというような使い方が出来る。

仕事用とプライベートを使い分ける

 4の通話付きSIMを2枚挿す方法には何の意味があるのかと疑問を感じられるかもしれない。
ところが、これが案外便利というか、この使い方こそがビジネスピープルに重宝されるはず。

 まず片方に自分の個人使用携帯端末の通話付きSIMを挿す。
そしてもう一方のSIMスロットに会社から支給されている携帯端末のSIMを挿せばいい。

 こうすれば会社用と個人用の携帯端末を2台持ち歩かなくて済む。
DSDSスマホ1台で2つの電話番号を使い分けられるのだ。

 着信音をSIM1と2で替えておけば、着信音を聞いただけで仕事用の番号にかかってきたのか、
個人用番号にかかってきたのもすぐ分かる。

 最近発売されたDSDSスマホにはスロットが2つしかないものがほとんどだ。
SIMスロットの1つがマイクロSDカードとの兼用になっているため、SIMを挿せばSDカードを挿せない、
SDカードを挿せばSIMが挿せない仕様になっている。

 そのためSIM2枚挿しならSDカードが使えないし、写真などの保存用にSDカードを
使いたければSIMは1枚しか使えない。

 しかし、逆にこれは社員に会社用の携帯端末を持たせる企業にはセキュリティー上のメリットになる。
スマホの普及、大容量化でスマホにコピーして内部資料をこっそり持ち出す犯罪が後を絶たないが、
マイクロSDカードを使えなければこの種の犯罪の多少の抑止力にはなるかもしれない。

衝動買いをした「g07」

 最後に個人的なことを一つ。
過去、衝動買いはおろか、初期ロットを買うことなど一度もなかった私がつい10日程前に
衝動買いをしたものがある。それも発売の数時間後に。

 NTTレゾナントが「goo」の名称で発売しているDSDSSIMフリースマホ「g07(グーマルナナ)」だ。
実は検討していたのは楽天モバイルが独占販売している「honor8」だった。
発売間もなく楽天モバイル直販で42800円が1万円引きになり、さらに自撮り棒、イヤホン、マイクロUSBケーブル等4点セットの「ギフトボックス」がプレゼントと魅力的な内容だった。
惹かれたのはカメラ機能だった。

 1万円引きとはいえSIMカード契約などを入れると約4万円。
私の場合、スマホに払ってもいいと考える金額は2万円台半ばまでなので、希望価格まで下がるのを待つことにしていた。
どうせ1月にはフリーテルの「雷神」が29800円で発売されることだし、と。

 ところが12月14日に何の前触れもなく突然「g07」が発売された。
スペックを見るとフリーテル「雷神」とまったく同じ。
RAM容量が「雷神」の4Gに対し3Gとわずかに少ないだけ。
それなのに価格は19800円(税抜き)と「雷神」より1万円も安い。
さらにクーポン利用の3000円引き(先着907名限定)を利用すれば16800円。

 DSDSスマホが19800円でも安いのに16800円なら文句なしにお買い得と、つい衝動買いをしてしまった。

 因みに限定数の907、最初見た時はなんとも中途半端な数だと思っていたが、
商品名の「g07」=907とシャレタ数字だと気付いた。

 限定数の907は1週間かそこらですぐ売り切れたようだ。
色はホワイトとブラックの2色のみで、私はホワイトを注文したが、数日後にはホワイトは入荷待ちになっていた。

 SIMフリーのDSDSスマホ購入を検討している人にお勧めの機種なのは間違いない。

主な仕様は以下の通り。

 Android6.0(Android7.0アップデート保証)
 ディスプレーサイズ:5.5インチ
 メモリー RAM:3GB ROM:32GB
 アウトカメラ:1300万画素、インカメラ:800万画素(カメラ性能は画素数だけで決まるものではないから過度の期待はしない方がいい)
 SIMサイズはmicroSIMとnanoSIM(microSDとnanoSIMは排他使用なので、どちらかしか使えない)
 指紋認証センサー
 無線LAN:IEEE802.11 a/b/g/n準拠
 電池 3000mAh

 実際に手にした個人的な感想は5.5インチサイズは大きい。
大きさ的には今まで使っていたフリーテル雅の5インチの方が好みだが、
それを除けばコストパフォーマンスのよさは間違いなく今年一番だ。

 いずれにしろ2万円前後でミドルレンジのSIMフリースマホが買えるのだから、もう高い金額を出してキャリアのスマホを買う意味はほとんどないだろう。







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SIMフリースマホにしない手はない(Ⅱ)~ビジネスピープルにお勧めはDSDSスマホ(1)

 今年は新しいSIMフリースマートフォン(スマホ)が次々に発売されたこともあり、
SIMフリースマホの販売台数が急伸した年だった。
 SIMフリースマホといえばかつては「格安スマホ」の名で呼ばれていたように価格の安さのみが
取り柄で、機能はキャリアスマホの1世代、2世代前と見られていた。また、実際そうだったが。
 しかし、いまや最新機種やキャリアも取り扱ってない機種を独占的に取り扱っていたりし、
キャリアのスマホと比較しても劣ることはない。
 取り扱い機種も幅広く、初心者向けの低価格のものからミドルレンジ(中級機)、ハイレベルの
魅力的な機種まで数多くあり、SIMもデータ専用のものから通話も出来るものまでとプランも充実している。

デュアルSIM、デュアルスタンバイとは

 そんな中でもビジネスピープルにお勧めなのがデュアルSIM、デュアルスタンバイ(DSDS)のスマホだ。
 なぜビジネスピープルにお勧めかという理由は後述するとして、その前にデュアルSIM、
デュアルスタンバイについて少し説明しておこう。

 デュアルとは2つという意味だからデュアルSIMはSIMが2つ挿せる(SIMスロットが2つある)ということだ。
デュアルスタンバイは2つのSIMが同時に待ち受け可能という意味である。

 つまりDSDSスマホはデュアルSIMで同時待ち受けが出来るスマホということだが、
重要なのは「デュアルスタンバイ(同時待ち受け)」が可能という部分。

 いままでもデュアルSIMのスマホは海外、特に中国やインドなどの新興国ではごく当たり前に使われていた。
そして日本でも数年前から存在していたし、現在でも発売されている。
ただ今までのデュアルSIMは2つある内の1つが2G対応だったため、国内ではシングルSIMとしてしか使えなかった。
(2G、3G、4Gは通信規格のこと)

 2G、3G、4Gは何が違うのか。専門的な説明を省き簡単に言えば通信速度の違いである。
数字が大きくなるに従って速度が速くなる。現在の日本ではLTEと呼ばれている4G回線が中心になっているが、
海外ではまだ2G回線も広く使われている。そのため2つあるSIMスロットの一方は2G専用になっていることが多い。

 つまりデュアルSIMでも日本では2G専用スロットの方は使えない(日本で使えるのは3G、4G)から、
せっかくデュアルSIMになっていても片方しか使えないシングルSIMと同じことで、
日本国内でデュアルSIMのメリットを受けることはなかった。

 ところが新興国でも4G回線が普及しだしたということもあり、今年後半から両スロットとも3G、
4G対応という機種が発売され始めたのだ。こうなると話が少し違ってくる。

デュアルSIMのメリット

 ではデュアルSIMだと何が便利で、何がメリットなのか。
実は私の最初のスマホはデュアルSIMだった。
デュアルSIMのスマホが欲しくて買ったと言った方がいい。

 当時使っていた携帯端末はソフトバンクの従来型ケータイ。
契約プランは2200円のかけ放題。
従来型ケータイの魅力はこのかけ放題料金の安さである。
それをスマホに替えた途端に端末代を含め毎月の支払料金が跳ね上がる。
それが嫌で従来型ケータイを使い続けている人は多い。

 私はといえば、それまで使っていたソフトバンクのケータイを契約解除することなく、
ケータイに入っているSIMを抜いて、そのままスマホの片方のSIMスロットに挿し、
もう一方のSIMスロットに新たに購入したデータ専用SIMを挿して使っていたのだ。

 デュアルSIMの最大のメリットはこのように従来型のケータイを契約解除することなく、
SIMを挿し替えるだけで使える、それも安いケータイ料金で使えるということだ。

 もちろん、全てのケータイでそれが可能というわけではない。
例えばauのケータイは電波が対応していないため使えない。
auに対応しているSIMフリースマホはマイネオなど一部のMVNO(Mobile Virtual Network Operatorの略、
仮想移動体サービス事業者)が扱っているものだけで、ドコモ対応のスマホではまず使えない(一部の例外はあるが)と考えた方がいい。

 次にソフトバンクケータイだが、電波の帯域がドコモと似ていることがあり
SIMフリー各社のスマホでも使えることが多い。
ただし完全対応かどうかはスマホが対応している電波帯域(バンド)を見ていく必要がある。

 SIMフリースマホを購入する時の注意点を1つ。
ドコモのFORMAプラスエリアに対応しているかどうかを確かめることだ。

 実は最初に買ったデュアルSIMフリースマホはFORMAプラスに対応していなかったため、
地方に行くと電波が入らず困った。
それでやむなくSIMを再びケータイに戻し、ケータイとスマホの2台持ちにしていた。

 スマホがドコモのFORMAプラスに対応しているかどうかは「ネットワーク」あるいは
「周波数帯」「バンド」と表記されている箇所にBand1以外に次の表記の有無を確認すればいい。

 W-CDMA(3G回線):800MHz(Band6)

 LTE:800MHz(Band19)

 上記2バンドの表記がないと地方で(都会でも)電波は繋がりににくい。

デュアルSIMのデメリット

 では、デュアルSIMフリースマホのデメリットはないのかといえば、実はある。
それは2つのSIMを同時に利用できないことだ。

 電話をする時とインターネットに接続する時にSIMを手動で切り替えなければならない。
その程度のことは思われるだろうが(実際私自身当初はそう思っていた)、切り替えた後、元に戻し忘れるのだ。

 いつも通話SIMの方に切り替えておけば電話がかかってくれば受けられるが、
ネット接続後、通話SIMに切り替え忘れると電話がかかってきても受けられない。
より正確に言えば、呼び出し音もしなければ不在着信マークも表示されないから電話があったことさえ分からないのだ。

 それだけではない。ネット接続中も電話は不通状態になる。
これは困る。
せめてネット接続中でも電話を受けられれば、こんなにいいものはないのにと思っていると、
同時待ち受け可能なスマホが今年相次いで発売された。それがDSDSスマホである。






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行き過ぎたグローバル化と自由貿易が貧困を招く

 2017年はトランプ米大統領の登場で世界政治は大きく変わるだろう。
イタリア、オーストリアはすでにその洗礼を受け、イタリアのレンツィ首相が辞任表明し、
オーストリアはリベラル派が大統領選で勝利したとはいえ右翼ポピュリストの伸長を許した。
民主主義の旗手フランスでさえ極右政党・国民戦線が大きく伸長し、オランド大統領は来春の
次期大統領選への出馬を辞退。
現職大統領が2期目を目指さず辞退というのは異例だ。
直接的な要因は支持率の低迷だが、その背景にあるのは失業問題である。
EU各国も米国も喫緊の課題は国内の失業対策であり、それが政治を大きく変えようとしている。

広がる「トランプ現象」

 いわゆる「トランプ現象」が世界各国に広がる気配を見せているが、
それを「ポピュリズム=大衆迎合主義」という捉え方だけでいいのだろうか。
 ポピュリズムとはラテン語の「populus」に由来し、エリートに対する民衆、人民を指す。
故に民衆の意見を代弁することは政治としては正しい立場であろう。
にもかかわらず昨今、ポピュリズムが揶揄されるのは人気取り的に民衆の意見に「迎合」している
という意味合いで使われているからである。

 民衆の意見に迎合することは間違いなのか。
答えはノーだ。それは決して悪いことではない。
ただ、ややもすると理念、大極を見失い、目先に走り、対立軸を作り、激しい言葉で人々を煽り、
社会を分断させようとする。
 こうした手法は現状に不満を抱えている層に支持されやすく、彼らの不満を煽り、政治的に利用
しようとする輩が現れてくる。ヒ
トラーもその代表的な一人だが、いま欧米でこうした指導者達が台頭してきている。

 彼らに共通しているのはトランプ米国次期大統領に代表されるように対外的には強硬なタカ派だが、
政治は内向きで自国第一主義をとることである。
それは貿易面では自由貿易ではなく保護貿易を主張し、移民・難民の流入を拒否し自国労働者保護に動く。

 戦後、このように主張する政権や政党が支持を集めることがなかっただけに
トランプ米国大統領の出現に世界が驚きを持って迎えているが、
果たしてトランプ氏の主張はそれほど奇妙なことだろうか。

 以下、彼の言動の元になっているものをいくつかの角度から見ていこう。

自由貿易か保護貿易主義か



           (以下 略)




 ☆全文は「まぐまぐ」内の下記「栗野的視点」ページから
  http://archives.mag2.com/0000138716/20161214235206000.html


 「栗野的視点」はリエゾン九州のHPにも収録しています。







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旅先で人情に触れる

 京都に行った時、JRの車内で「大名行列」の中吊り広告を見た。
岡山県矢掛(やかげ)町で開催されるらしい。
京都まで広告を出すのだからよほど盛大に違いない。
その頃帰省していたらぜひ見物に行きたいものだと考え、メモ帳を取り出し日時などを書き写していたら危うく次の駅まで乗り過ごしそうになった。

 この「大名行列」が気になって時期を1週間早め11月中旬に帰省し、翌13日、矢掛町まで車を走らせた。
岡山県を北東の端から南西の端近くまで斜めに南下することになる。所要時間は約2時間弱。



 大名行列の開始は12時半。
その30分前には現地に着きたかったが、町に到着したのは12時半前。
臨時駐車場があちこちに設けられ、係員の誘導に従って第1から2、3、4と臨時駐車場を次から次へと移動。
「下~に、下~に」という声が拡声器から聞こえてくる。
気は焦るが駐車場は一杯で、次の駐車場へ行ってくれとたらい回しにされる。
土地勘はないし、途中で「第5」の案内は消えるし、中心部から離れていくし。

 目に付いた会社の敷地内に車を入れ、そこに居た人に「済みませ~ん。
大名行列を見に来たんですが駐車場がなくてぐるぐる回っているんです。
済みませんが駐めさせてもらえないでしょうか」とお願いしたところ、
「ちょっと待ってくださいよ」と言って、会社の人に交渉してくれた。
「いいですよ。そこは店の前だから裏手の方に駐めてください」
 厚意に感謝し謝辞を述べ、車を駐めると、「この道をまっすぐ行くと大名行列がありますから」と、
最初に声をかけた男性が寄って来て親切に道順まで教えてくれた。
後で気付いたが駐車させてもらった場所はJAの敷地だった。

 それにしても矢掛町の人は皆、親切だった。
2時過ぎ、出店でばら寿司を買い、遅い昼食を採っている時もわざわざお茶を持ってきてくれたり、
菜っ葉漬けを「これも食べんさい」と戴き、恐縮した。

 そういえば後日、兵庫県宍粟(しそう)市の最上(さいじょう)山もみじ公園に行った時も、
帰りに地元の人が出店している出店の呼び込みに釣られ、夕食用にばら寿司を1つ買ったところ
「おいしかったら、ぜひ来年来られた時も買ってください」と言われ、
「いやー、福岡からだから来年もと言われても」と答えると、「
えっ、福岡からですか。それは遠い所からわざわざ来られて。もう1つおまけしときます」と2個戴いた。
出店は地元のNPOみたいだったが、最初に呼び込みをした女性が、えっ、いいんですか、
というような顔をして、おまけの1個を追加してくれた男性の方を見たから特別だったのだろう。
まあ、時間が4時だったということもあるだろうが、それまで300円で売っていたものが200円になり、
さらに1個おまけしてもらったわけだから、結局1個100円で買ったことになる。

 旅は道連れ世は情け、と言うが、若い頃と変わったのはこちらが厚かましく
色々話しかけるようになったからかもしれないが、旅先で親切にされるのはうれしいものだ。

 もちろん、いいことばかりではない。どこに行っても目に付くのはマナーの悪さだ。
こちらがカメラを構えている前にわざわざ来て写真を撮るマナー知らずは外国人より日本人の方が多い。

一体、この国はどうなっているんだ。
これでは若者や子供のマナーが悪くなるのは当たり前だと毒づきそうになり、そんな自分を認めて、
ああ歳を取ったということかと嘆き、お節介も厚かましさも控えめにと自戒しているこの頃・・・。



デル株式会社
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老人力と厚かましさが増してきた。

 人は歳を取ると変わるものらしい。若い頃には想像もできなかった自分を発見し、ビックリすることがある。
それが時々顔を出す程度ならいいが、常時出っぱなしだと、本来の自分はどちらなのかと考えてしまう。
 まあ誰しも多面性を持っており、その時々に応じて違う面が出るのはよくあることだから、
あまり深く考えなくてもいいのかもしれないが、元来、大勢でワイワイ騒ぐよりは一人静かに過ごす方が好きで、
およそ自分から見ず知らずの相手に話しかけることなど想像もできなかった自分が、歳を取るに従って
段々厚かましくなってきたのには我ながら少し手を焼いている。

厚かましさが増してきた

 先日、京都駅から新大阪に向かう列車内でもそうだった。
座った席がたまたま4人掛けで、向かいには年配の女性が2人座っていた。
その2人の会話が聞くとはなしに耳に入ってくる。
こういう時、人間の耳はよくできていてほとんどの言葉は外国語かBGMのように通り過ぎていくだけだが、
知っている単語だけは耳に留まる。
この時は「からつ」という単語がそうだった。

 おやっ、「からつ」と聞こえたが、「唐津」のことだろうか。
それとも佐賀以外に「からつ」という場所があるのだろうか。
 そう考え出すと今度は多少耳をそばだてるようになる。
すると「九州」という単語が聞こえた。あっ、やっぱり佐賀県の唐津のことなんだ。

 それで済ましておけばいいのだが、ついつい「いま唐津と言われていましたが、佐賀県の唐津のことですか。
私らは福岡から来たんですけど」と話しかけてしまった。

 結局、新大阪に着くまで向かいの女性達とお喋りをしてしまったが、2人は姉妹で妹さんは名古屋、
姉さんはカナダ・トロント在住で里帰りしたついでに姉妹で京都見物に来たらしかった。
唐津はご主人の里で帰国した折に里帰りもしており、明日、唐津へ行くとのこと。

 「ああ、そうですか。私らは今日福岡へ帰りますから1日違いですね」などと世間話に興じてしまった。
 車内で話しかけられたことはあっても、自分から話しかけることなどなかっただけに、
変わり様に我ながらビックリし、歳を取ると人間厚かましくなるのかもと苦笑したりしている。

車で全国を旅している男



 11月中旬から下旬にかけて帰省していたが、その時触れ合ったのが日本全国を車で移動している男性。
 寺の前の駐車スペースに1台の車が駐まっていたので近づいて話しかけた。
車体の至る所にワッペンを貼り付けており、その中に「日本一周」と書かれたワッペンもあったから、
恐らく車中泊しながら日本全国を走っているに違いないと考えた。

 ワゴンタイプの軽自動車で神戸ナンバーだったから神戸から西に向かっている途中か、
これから神戸方面に帰るところだろう。
見ると後部席ドアが開いており、外に運動靴が脱がれていた。
サイズが小さかったので女性かとも思ったが、女性の一人旅はないだろうから夫婦で旅かなどと
想像しながら近づいて話しかけた。

「日本一周と書かれてあるけど全国を旅してるんですか」
「全国行ってないとこはないですよ」
 ちょうど昼時だったこともあり、中で「うどんすき」を食べていた。
中を少し覗くとコンロも備えられ、自炊も出来るようになっていた。

「夏は北海道へ行くんですわ。北へ北へと向かって走ってます」
「そう、冬は沖縄まで行くわけだ」
「フェリー代、いくらかかるか知ってますか? 沖縄までフェリーで行ったら大変ですよ」
「えっ、そんなにかかるの。そりゃ無理だ。じゃあ鹿児島までか」
「えっ、お宅、福岡? 私、この間福岡行ってきましたよ。友達おるから。宗像」

 どうやら一人旅らしい。
「年中、車中泊しながら回ってるわけだ」
「いや、家に帰りますよ。旅してんのは100日ぐらい」
「奥さんは一緒に行かないの?」
「女房はこの車乗んの嫌いですねん。スーパーに買い物行くのもこれ乗らへんから。
皆に話しかけられるゆうて。目立つから」

 そりゃあそうだろう。これだけペタペタワッペンを貼っていれば否が応でも目立つ。
おまけに女性が運転しているとなれば男は興味半分で寄ってくるだろう、などと思いながらウンウンと頷く。

「何年ぐらい旅してるの?」
「そこに書いてますやろ」と言われて、指さされたドアの内側を見ると、
「2007年」という文字とハートマークなどが書かれていた。

 一人旅を続けるタイプには2種類ある。と勝手に考えている。
一つは人嫌いで、もう一つは人との触れ合いを楽しむタイプだ。
彼は後者のタイプ。祭りの日に、それぞれの地に行くと言っていたし、そこで出会った人と、
また来年この日にここで会おうなと再会を約しているそうだ。

 歳は、全国を放浪する時間があるということだから60歳より若いことはないだろうと思っていたが、
「いくつに見えますか」と聞かれたので「私とそう変わらんだろう」と答えたが当たっていた。
「髭を伸ばしていると歳取って見られますけど、僕の方が年下ですよ」。
いずれにしろ団塊の世代だ。

「この車、軽ですよね。軽を車中泊できるように改造したわけ」
「これ、軽トラですねん。軽トラを改造して売っている所が都城(みやこのじょう)にあるんですよ。
そこまで列車で行って買ったんですわ」

 そう言えば車中泊でネット検索した時、宮崎・都城の会社の名前がヒットしていたのを思い出した。
 数か月に一度、片道500km余り走っているから、ひたすら走るだけでなく車中泊でもしながら、
途中途中で寄ってノンビリ走るのもいいかなと思っているんだけど、この車で大体いくらぐらい
かかるのかと尋ねると、オプションで色々付けなければ200万円弱ぐらいだと教えてくれた。

 「買うんだったら70までに1歩踏みださんかったら後は絶対にせんから。
70過ぎたら旅に出るのも億劫になるし、嫁さんも歳取ってくるから反対し出すし」と、
こちらの逡巡している気持ちを見透かしたようなアドバイスをされた。






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京都旅行雑感 ~ 寺院宗教とは一体何だろう。

 寺院は三十三間堂、龍安寺、東寺を巡った。
圧巻だったのは三十三間堂の千手観音。中央に巨像の中尊。その左右に500体ずつの千手観音の立像。
当時は金色に光り輝き、見る者はあまりの眩しさに目を開けていられなかったに違いない。
これこそ極楽浄土と感激し、光の中から観音様が現れる光景に人々はありがたがり、手を合わせ拝んだに違いない。
ただ現在、1000体の立像は埃を被り往時の輝きを失った代わりに落ち着いた佇まいになっている。

 その荘厳さに思いを馳せる一方、埃を払い往時の姿に戻せばいいのにと考えもしたが、
現在となっては下手に触れてどこかが壊れたり傷つくと困るから怖くて塵払いなどできないのだろう。

 その時頭に浮かんだのがなぜかレンブラントの絵画「夜警」とダヴィンチの「最後の晩餐」。
あの暗い光景こそが夜警の雰囲気にピッタリと思わされていたが、実は埃でくすんでいただけで、
原画はもっと明るかったようだ。
「最後の晩餐」は往時の色が復活され(デジタルでのみだったか?)、いまでは水色の服を着た女性
(キリストの妻、マグダラのマリアと思われる)が色鮮やかに蘇っているが。
 我々はオリジナルを尊重すべきか、それとも見えるものをありがたがるべきなのだろうか。

 1000体の千手観音像が埃を払われ金色の輝きを取り戻したら、どれほど素晴らしいだろうかと思う反面、
別のことを考えもした。
 仏教に限らずキリスト教でも人々を救う教えとは裏腹に、自らを祭る建造物は金ピカに飾り立て、
豪華な彫刻を施した立派なものを造りたがる。
仏やキリストはそれを喜んでいるだろうか。
彼らの教えからすれば、それは本末転倒ではないのか。
立派な器を造りたがるのは、後の宗教者達が自らを立派に見せるためではないのか。
教えの伝達ではなく形や外観に凝り出すと逆に中身が疎かになり、形骸化していく。
現代の寺院宗教が民衆から離れて行ったのは教えの中身ではなく、目に見える形や物を重視しているからではないのか、と。

 もちろん、宗教建築が文化発展に大きく寄与した点は認める。
だが、そうであるが故に宗教の本質から離れ、器重視に流れた側面がありはしないか。
でなければ、今ほど宗教が必要な時代に宗教家の不祥事(軟らかい表現で)が相次ぐことをどう説明すればいいのか。

 威圧感すら覚える巨大建造物、金色に光り輝く仏像に芸術性を感じると同時に、坊主(キリスト教を含め)の
非宗教的権威主義を感じ、「ボロは着てても心は錦」は歌の世界の中だけで現実世界はやっぱり見てくれ(外観)だろうなと、なんとも言い様がない割り切れなさを感じる京都旅行だった。



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京都旅行雑感~北野天満宮で不思議を感じる。

 祝日と週末を利用して11月初旬に京都2泊3日の旅行をしてきた。
京都の紅葉を撮りに行きたかったが、時期がまだ少し早いので紅葉は目的から外した。
 では、どこを回るか。何分京都は広いし、観るところは多い。
いくら目的がないとはいえ、ある程度行き先を絞らなければムダな動きが多くなる。
だが、スケジュールに縛られて動くのは嫌いな性分、というか苦手である。
計画性がない上に時間感覚もないから元来、団体行動には向いていない。
ツアーで歩いていても目に留まるものがあれば、そちらに逸れてしまう。
だから同行者がいないとはぐれてしまう。
 数年前、弟と一緒に東北旅行に行った時も弟がいつも近くで私の行動を見てくれていた。
それでも写真に夢中になり、何度か集合場所まで走ったことがある。

 さて、キーワードから紅葉を外すと、どこを観てもいいことになるが、やはり京都らしさを撮りたい。
では、京都らしさとは何かとなると思い付くのは祇園と哲学の道。
西田幾多郎哲学とは関係なかったとはいえ、学生時代に哲学を専攻した身としては
先人に習って思索に耽りながら散策してみたいと思っていたが、その密かな楽しみは
自分一人だけのものにしたいので今回は諦めた。

 結局、スケジュールづくりはパートナー任せにしたが、そういえば太秦の映画村には一度も行ったことがないと思いだし、そこには行くことにした。
後はお決まりの寺巡りとなった。

北野天満宮で不思議に思う

 「よくそこに気付かれましたね」
北野天満宮で神職にあることを尋ねると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔でそう言われた。
「気付かれるのは10万人に1人ぐらいです」と大袈裟に世辞を言われたが、誰でも普通に気付くはずで、
ただそんなことをわざわざ尋ねに来る変わり者は数少なかったのだろう。

 何のことかと言えば、同宮の参道である。
鳥居をくぐって真っ直ぐ進んでいくと天満宮の本殿ではなく横手に出るのだ。
あれ、なんで、と思いながら、左に折れて本殿に向かった。

 参拝後、今度は真っ直ぐ参道を歩いて出口に向かうと途中で参道が斜め左に折れているではないか。
やっぱりおかしい。
神様の通り道が曲がることはあり得ないはず。
第一どこでも参道を真っ直ぐ歩いて行けば必ず本殿の前に来る。
それなのになぜ北野天満宮だけ参道が曲がっているのだろう。
祭神は菅原道真公である。曲がったことが大嫌いなはず。
それなのになぜ、とまたもや疑問が湧く。



 疑問を感じると確かめずにおられない。
「おかしい。ちょっと聞いてくる」と言い、神職を探して感じた疑問をぶつけたところ先のように言われた。
「北野天満宮の七不思議の一つと言われています」
 実は、と言いながら説明されたところによると、元々この地は地主神社が祭られていた場所で、
いかなる謂われか分からぬが地主神社から譲り受け、道真公を祭る天満宮とした。
その際、地主神社の正面を避けて天満宮を建てたから参道が曲がっているとのこと。

 説明を聞き、もう一度参道をまっすぐ行ってみると、たしかにそこには地主神社があった。
小さな祠ではあったが。
 こういう例がまったくないわけではない。
ただ、その場合はもともとあった祭神がその場所(正面)を新しい神に譲り、自らは脇に追いやられているか、足跡だけ記され祠もないことの方が多い。

 祭神として祭られているが元を正せば神はすべからず人である。
つまり神の歴史(神話)は先住民と、その地に新たに来た民族の歴史であるから、
祭られるのは勝利者だが、戦わずして降伏、あるいは和睦した民族の話は国譲り伝説として語り継がれている。
 道真公の場合はさすがに相手を追いやることなく(自らが無実の罪で西国に追いやられた身だから)、場所譲りを受け、その代わりに自らは正面を避けて脇に寄ったということだろう。



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