歴史は進歩しているのか、それとも退歩か(1)

 時代は本当に進化しているのか--。
ここ数年、そのことを自問自答し続けてきた。古代から現代へ、時代は進歩し続けているはずである。
だが、それは本当に正しいのか。そう問う声が頭から離れないのだ。

 何をバカなと笑われるかもしれないが、歴史を紐解けば必ずしも時代は一直線に進歩したわけではなく、
時にはジグザグに、またある時は足踏みしながら「進んでいる」ことが理解できる。

進化ではなく変化しただけ

 「歴史はらせん形に進む」--そう考えていた。
だから2008年旧正月に発行したメルマガ(栗野的視点(No.290):歴史はらせん形に進む--時代の修正作用が働き始めた)でも以下のように書いた。

 「歴史は決して1本調子に発展も後退もしない。
かといってジグザクに進むのでもない。
ある時には後戻りしているようにも見えるが、確実に過去をアウフヘーベン(止揚)しながら、
いわばらせん形に進んでいるのである」

 しかし、いまこの考えに疑問を持ち始めている。
さらに言うならダーウィンの「進化論」にさえ疑問を感じ始めている。
何をいまさら時代錯誤なことをと言われるかもしれない。
「進化論」は地動説と同じくらい真実ではないかと。

 「ダーウィンの進化論」と日本語で表記するから、生物は進化していく、
あるいは環境に適応しながら進歩してきたと思い込んでしまうが、
原語を見ればダーウィンは進歩や前進を意味する「Evolution」ではなく、
「Descent with modification(変化を伴う継承)」という語を使っている。
「進化・進歩」と捉えられるのを注意深く避けていたのだ。
日本語の「進化論」は誤訳と言った方がいいかもしれない。少なくとも一般人には間違った印象を与えてしまった。

 それはともかくとして、歴史は一直線に進むのではなく、らせん形を描きながら、
それでも確実に進化・前進しているというのが私の歴史認識だった。

 ところが、今この考えは訂正した方がいいかもしれないと思い始めている。
それは進歩というには程遠い現象、むしろ後退していると言った方がいい現象が多く見られるからである。

 過去の歴史を厳密に検証すればするほど、例えば日本の歴史でも
弥生時代は文明が進んでいない原始生活ではなかったことが近年の研究で明らかにされている。
「らせん形に進む」というより、不連続の連続という言い方の方がまだ的を射ているかもしれない。

技術と文化レベルは反比例?

 例えば科学の進歩は人類に何をもたらしたのか。
人類を幸福にしたのか。
もちろん、その面はある。
しかしその一方で大量破壊兵器を生み、大量虐殺を行い(現在も行いつつある)、環境汚染を進めてきた。

 人類は幸福になったのだろうか。
利便性を手に入れた一方で失ったものも多く、現在が過去より幸福とは一概に言えそうにない。

 例えば「改革開放」後の中国は急激に現代化・資本主義化し、
最先端のモノを作り出しているだけでなく、それらを使用してもいる。
一方、彼らの文化・マナーレベルはといえば、先進諸国と比べれば残念ながら低い。

 もちろん近い将来、中国人の文化・マナーレベルは先進諸国並みになるだろうが、
彼らの文化・マナーが歴史的に低かったわけでも、10年前、40年前、100年前はもっと低かったわけでもない。
むしろ、その逆である。

 10年前、私は上海浦東空港から乗ったリニアモーターカーの網棚にPC等が入ったリュックを置き忘れ、
ホテルの従業員からも旅行社の社員からも「中国で忘れ物が見つかることはまずない」と、
暗に諦めた方がいいと言われた。

それでもリニアモーターカーの終点地まで行き、色々尋ねているとJTBの中国人社員が親身になって
あちこちに連絡し探してくれたお陰で、翌日、リュックは中に入っていたPCその他と一緒に手元に戻ってきた。

 今では考えられないかもしれないが、誰も網棚からリュックを持ち去らず、車内にそのまま残っていたのだ。

 40、50年前に中国旅行をした人はホテルに置き忘れた物が次の宿泊地まで届けられ
びっくりした経験をしたのではないだろうか。

 最近の中国人のマナーなどからは想像できないだろうが、彼らは礼儀正しく、
慎み深くて、文化レベルも高い民族だったのだ。
それが時代の経過とともに低下して行ったのだから、歴史は進んでいるのか後退しているのか。

 科学技術の進歩が幸福には必ずしも貢献しないということはいまでは常識の分野に入りつつあるが、
文化レベルとは反比例するとまでは言い過ぎか。
少なくとも両者の間に正の相関関係はなさそうだ。


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Wi-Fi専用になったスマホ「g07」~freetel雅との比較

 スマートフォンに限る話でないがデジタル機器はスペック(仕様)だけで判断して買うと、後でこんなはずではなかったのにとガッカリすることがある。もちろん、その逆もあるが。
 例えばカメラの画素数は同じでも実際に出てくる絵はスマホによってかなり異なる。
そうするとカメラ性能に期待して画素数の大きなスマホを買ったのに期待外れだったとか、通話品質が今ひとつ、電波の届きが悪いといったことが起こりうる。
 そこで以下にgooのスマホ「g07(グーマルナナ)」を実際に使ってみた結果を載せる。

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 g07の販売はNTTレゾナントだが、開発したのは株式会社コヴィア。耳慣れない会社と思われる人が大半だろうが、SIMフリーの比較的初期段階からSIMフリースマホを作っていた会社だ。
 私は今回の「g07」を含め、同社のスマホは2台目。最初に買ったのは「Freaz F5」というデュアルSIMスロットのスマホ。
 初めて買ったスマホがこれだったから、スマホとはこういうものだろうと思っていたが、この機種を選んだのはデュアルSIMだったから。
 デュアルSIMとはSIMスロットが2つあり、それぞれに別のSIMを挿す使い方が出来る。
私の場合は従来型携帯電話(以下ケータイ)のSIMを片方に、もう一方にデータ専用SIMを挿して使っていた。
ケータイはかけ放題の契約をしていたので、スマホを使いながらケータイの安い通話料がそのまま利用できるのは金額的に大きなメリットだった。

 もう一方にはSIMフリのデータ専用SIM。つまりケータイとスマホのいいとこ取りだ。これでケータイとスマホの2台持ちから解放。
 といってもメリットばかりではなく、デメリットもあり、当時はDSDS(同時待ち受け)ではなかったから、電話を使う時は通話用SIMに、ネット接続する時はデータ専用SIMに手動で切り替えなければならないという煩わしさがあった。

 もう一つの問題はこの機種本体が3G専門でLTEに対応していなかったため、データ専用SIMがLTEでもその速さの恩恵を全く受けないことだ。

 そしてこれが最大の問題だったが、Freaz F5は電波がFORMAプラスエリアに対応していなかったのだ。
 これは購入後しばらくして分かった。実際には対応電波が記されていたが、docomoのケータイSIMがそのまま使えるというところにだけ目が行き、対応電波のことまで気が回らなかったのだ。

 都市部で使っている時は何の不自由もなかったが、地方に行った時に電話が通じないことに気付いたのだ。

<教訓1>
 SIMフリースマホを買う時には対応電波をよく調べないと後で後悔する。





 で、結局、ケータイとデータ専用スマホの2台持ちに替え、段々スマホの出番はなくなった。
 その後、freetel miyabiに買い換え、昨年12月の発売と同時にg07を買った。
freetelから買い換えた理由は特にない。強いて言えば指紋認証を使ってみたかったのと、もしかするとカメラ画質が向上しているかもという淡い期待。
後は新しもの好き(これが最大の動機)。19,800円だが3,000円引きクーポン利用で買ったから16,800円。これなら購入後、失敗したと感じてもまあ我慢できる金額だし、万一使えない時はfreetel miyaiに戻せばよかったから。

 結果から言えば、g07はWi-Fi専用になり、日常使いではfreetel miyabiに戻している。

 g07は発売前後から2つのSIMで同時待ち受けできるDSDS(デュアルSIM、デュアルスタンバイ)スマホで、「コストパフォーマンスが高い」とあちこちで(レビューでも)紹介されていたが、初めて購入する人は満足するだろうが、それならもっと安い機種もあるし、そちらでいいのではないかと思う。

 早い話が積極的にg07を選ぶ理由がないのだ。どうしてもDSDSを使いたいという人以外は。

 以下にg07とfreetel miyabiのスペックを記してみよう。
●g07
 OS:Android6.0(Android7.0アップデート保証)
 CPU:オクタコア1.5GHz×4+1.0GHz×4 MediaTek MT6750T
 RAM:3GB
 ROM:32GB
 対応バンド(周波数帯)
  LTE:Band1(2100MHz) / B3(1800) / B8(900) / B19(800)
  3G(W-CDMA):B1(2100) / B6(800) / B8(900)
 ディスプレイ:5.5インチ
 解像度:1920×1080
 カメラ:背面1300万画素/前面800万画素
 電池容量:3,000mAh
 取り外し:不可
 重量:150グラム
 価格:1万9800円





●フリーテル雅
 OS:Android5.1
 CPU:クワッドコア1.3GHz MediaTek MT6735
 RAM:2GB
 ROM:32GB
 対応バンド(周波数帯)
  LTE:Band1(2100MHz)/B3(1800)/B8(900)/B19(800)
  3G(W-CDMA):B1(2100)/B6/19(800)/B8(900)
 ディスプレイ:5インチ
 解像度:1280×720
 カメラ:背面1300万画素/前面500万画素 手ぶれ補正付き
 電池容量:2,200mAh
 取り外し:可
 重量:150グラム
 価格:1万9800円

<g07がmiyabiより優れている点>
 1.OSが新しい
 2.CPUは同じMediaTekだがg07の方が処理速度が速い
 3.RAMの容量が大きい
 4.解像度が高い
 5.バッテリーの容量が大きい

 こうしてみるとg07の方が1年余り後から発売された分だけ上回っているように思える。
 しかし、実際に使ってみた体感と合わせ、もう少し詳しく見てみるとg07の方が優れていると思えた点が、実はそうでもなかった。

 CPUの速度はアップし、RAMの容量も増えたが、画面の解像度が上がったり、液晶サイズが大きくなったため、実際の表示速度にそこまでの差は付かなかった。少なくとも体感速度は同じだった。

 つまり本来ならメリットとなる点がメリットになってなかったのだ。

 カメラの画質は当初、g07の方がきれいだったが、miyabiがファームウェアをバージョンアップし、カメラ性能を向上したため、g07の方が絶対的にいいとは言えなくなった。
 色の出方はそれぞれに多少の癖があるから、これは仕方ない。それでも敢えて言えば、g07の方が多少写りはいいかという程度。
 いずれにしろカメラ性能は両機種共に期待はできない。バッテリーの持ちも両機種共に差はなし。
 多少g07の方がバッテリーの持ちがいい程度で、これも誤算だった。





<残念な点>

 一番肝心な電波の受信状態はと言えば、これは残念な結果になった。

まず通話。かけてきた相手から「電話が通じない」と何度もお叱りを受けた。
これは致命的な問題で開発元のコヴィアも認識しており、ファームウェアを何度かアップデートし、現在は一応改善されたようだが、まだはっきりとは分からない。

 ついでWi-Fi。これははっきり言って感度が悪い。
他のデバイスやfreetel miyabiが受信できる場所でもg07は受信できない。

 つまり電波に関してはg07は総じて悪い。

 ほかにも諸々の問題点があり、コヴィアは1月から3月上旬までにファームウェアのアップデートを4回も行い、不具合を修正している。これは少し異常だろう。

 ただコヴィアのアフタサービスは丁寧だし、好感が持てる。
一方、販売元のNTTレゾナントのアフタサービスは最悪だ。メールで問い合わせをしても返事すら来ないし、問い合わせ先もHPで探しにくい。

 指紋認証も悪かったが、再設定し直したところ改善された。

 最後にスマホのサイズ。これは個人的な好みの問題もあるが、5.5インチはやはり大きい。5インチサイズの方が持ちやすいし、ポケットにも入る。
そんなこんなで、せっかく買ったg07だが、今はWi-Fi専用。
ただWi-Fi専用なら10.1インチサイズのタブレットを持っている。

 というわけで、現在はfreetel miyabiを日常使いのスマホに戻し、g07の出番はなし。

 ただし初めてスマホを買う人にはそれほど問題がある機種ではない。16,800円(19,800円ではなく)で買えるならコストパフォーマンスがいいスマホになるのは間違いない。






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貧困化する政治(家)の恐ろしさ

 我々が今住んでいる社会は--日本のことだが--先進国か新興国か、成熟社会か発展途上社会かと問えば、間違いなく先進国で成熟社会だという答えが返ってくるに違いない。

 しかし、昨今の政治を観ていると、とても成熟社会、民主主義社会とは思えない。
まだ民主主義が根付いていない発展途上国か、そうでなければ我々の社会は一昔前に後退してしまったのではないかと思ってしまう。
それほど昨今の政治(家)はおかしい。

 なかでもおかしいのは地方政治だ。
よくぞこんな人が政治家になったな、政治家でいられるなと思うが、そういう人に政治を任せたのは有権者で、
結果責任は有権者自身が負わなければならないだろう。

目の鱗を取り払い、刮目して声を上げ、異議申し立てをするか、
それとも諦めて目を逸らし、内に閉じ籠もり、「あっしには関わりのないこと」とニヒルに笑って過ごすか。
だが、その結果が現状を招いたのだということを知るべきだろう。

地方首長の感覚が変

 政治(家)の貧困を全国的に知らしめたのは桝添・前東京都知事だが、似たような例は全国に多々ある。
彼ら政治家を見ていると、受験に合格することがゴールになっている大学受験生に似ていると思ってしまう。

 当選することがゴールになっているから、政治家になって何をしよう、したいという目的がない。
だから政治家としての自覚がないというか、政治家になれば何をしてもいいのだと勘違いしてしまうようだ。

 その代表格が西宮市長と飯塚市長。
実は成人式の会場に向かう車中で同乗者と次のような会話を交わした。

「式典の挨拶は市長だよね。福岡は高島市長か」

「飯塚は誰がするんだろう。市長は欠席するらしいから。
副市長も一緒に賭け麻雀をしていたから、副市長が代役というわけにもいかないし」

「教育長が代役だ」

「情けないよね。欠席せずに出ればいいのよ。出て批判されればいいのに」

「でも、辞めるとは言わないのね」

「あの様子(会見)では辞めないだろう。賭けなかったらマージャンをする人がどれだけいるのか、
と開き直っていたから」

 福岡県飯塚市の斉藤守史(もりちか)市長と田中秀哲(ひであき)副市長が賭け麻雀をしていたのだ。
それも平日、開庁中に。
そのことが発覚した後の記者会見で悪びれるどころか憮然とした態度で
「賭けなかったらマージャンをする人がどれだけいるのか」
「市長を辞めれば(賭け麻雀は)するだろう」
と言い放ったのだから鉄面皮というか厚顔無恥というか。
この人の場合は厚顔「無知」も加わるか。

 大体この人、地元飯塚市に本社がある食品製造販売会社「一番食品」の代表取締役会長をしていた。
していたといっても過去の話ではない。
現職の市長でありながら出身母体の会長、それも代表権を持った代表取締役会長を続けていたのだ。

 会長職を辞職したのは今回の賭け麻雀が問題視され、市議会で謝罪した翌日の12月23日である。

 李下に冠を正さず、と言う。
本来なら行政のトップに就いた段階で私企業の役職からは離れるべきだろう。

 それだけではない。賭け麻雀でテーブルを囲んでいた「知人」には事業者もいたという。
これでは市の事業等で事業者に便宜を図ったのではないかと疑われても仕方がないだろう。

 ここまで「無恥・無知」な人物だから市長職は絶対辞めないだろうと思っていたが、
全国から抗議が届いたため、ついに副市長共々1月末で辞職すると表明した。
といっても任期は4月までだったから、それを数か月早めただけにしか過ぎない。
ただ本人は次期選挙にも出て当選する意欲満々だったようだから、本人にしてみれば番狂わせだったかもしれない。

番狂わせという意味では抗議が全国に広がりをみせたことではないだろうか。
恐らく地元から抗議の声はそれほど多く来ない、来ても押さえ込めると踏んでいたに違いない。
それが全国から抗議が殺到したのだから、本人にしてみればまさに番狂わせ。
「なんで」という感じだったかもしれないが、そこがネット社会の怖さ(この場合は効果か)だ。

 市長を辞職しないだろうと私が考えたのはもう一つ理由がある。
それは同市の文化・風土というか、より正確には飯塚市議会の「文化」が問題だからである。

 情報公開が世界の流れなのは常識だが、政治の世界でも昨今、情報公開がより強く求められている。
ところが、こうした動きに逆行するように飯塚市議会は2015年12月、議員の資産公開廃止を決めたのだ。

廃止を決定したということは市議の中から資産公開廃止議案が提出され、多数決で「廃止議案」が通ったということだ。

 驚くのは「廃止議案」提案の理由だ。
「閲覧者がいない」からだという。
仮に閲覧者が今まで非常に少ないかいなくても、公開廃止にするというのはどうも。

 閲覧しやすいように閲覧料を下げようとか、ネットでも閲覧できるようにしようとかいう提案が
普通だと考えるが、そうではなく、いきなり公開廃止にしようというのだから
資産公開するとなにかまずいことでもあるのではと勘ぐってしまう。

 とまあ、こんな議会が相手だから市長の方も高を括っていたのだろう。
平日に市役所を抜け出して賭け麻雀をするぐらい何も問題ないだろうと。

 ところが記者会見の様子が全国にTV放映された直後から風向きが変わった。
1000件超の抗議が市に届くようになり、その対応で市の正常な業務が出来なくなるに至って、
ついに辞職を決意したというわけだ。

 いやなんともお粗末というか、それでも市民が抗議に押しかけたというから飯塚市民の感覚はまともだった。
ついでに市議の感覚も正せるといいのだが。

ミニトランプが激増傾向、日本でも

 なんとも嫌な感じがするのは今村岳司・兵庫県西宮市長の方だ。
2016年という年は彼のような政治家が世界で出現した年だった。

 今村市長の言動をよく知らない人のために、まず直近の言動から紹介しておく。

2016年11月27日に西宮市立子育て総合センターで開かれた「中高生3万人の夢プロジェクト」で以下のように発言。

「(中高生の頃に自分達の居場所は)授業を抜け出してタバコが吸えて楽器が弾けるところだった」

「教室の合鍵を作り、面白くない授業を抜け出して、たばこを吸い、マージャンをした」

「見回りのガードマンにはエロ本やお酒を渡して味方に付けた」

 不良の集まりで不良の先輩が後輩に自慢話をしているのではない。
西宮市主催の「市内に在住・在学の中学生・高校生約3万人のやる気・社会に飛び出す力を支援する」プロジェクトの第一弾として<中学生・高校生の「やりたいこと」を聴く中高生ミーティング>の場で今村市長が語った自身の体験談である。

 市長としての自覚など微塵も感じられない。
よくぞこういう人物が市長になれたものだと思うが、この件で市に届いた抗議は100件と少ない。

 この人物(今村市長のことだが)、12月8日の議会、一般質問で女性市議から先の発言を批判されると、
トランプ氏を見習ってかどうかブログで「ピンクのダサいスーツに黒縁眼鏡で『お下品ザマス!』って
言っている女教師みたい」「キレイゴトは彼らを子供扱いしている。敬意を欠いている」と逆批判している。

 トランプ氏と似ているのはインターネットで

       (以下 略)




 本稿は1月16日に「まぐまぐ」から配信した「栗野的視点」の一部です。

 全文は「まぐまぐ」内の「栗野的視点」

 HP内の「栗野的視点」にも収録していきますが、「まぐまぐ」よりは遅れます。



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河津桜と菜の花と列車


 河津桜が例年より1週間近く早めに咲き出した。

畑には菜の花が見頃を迎え、

黄色い花の向こうを赤い列車が希望を乗せて走って行く。




 撮影場所は福岡県糸島市二丈福井の産直販売所・福ふくの里



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人の出会いは「多生の縁」か、「多少」程度の縁か

 袖触り合うも多生の縁、という。「多生」は「他生」と同じで前世のことだが、「他生」と書いた方が意味を理解しやすい。
 しかし、最近は「多少」の縁ぐらいにしか考えてない人が多い。それほど縁も軽くなったということだろう。
だからか、この頃ちょっとしたことで殺人に走る人間が増えている。

 それはさておき、他生で縁でもあったのだろうかというような不思議な出会いを経験することがある。
昨年暮れのことだ。見覚えのない差出人名で電子メールが届いた。
昨秋終わり頃から急に迷惑メールが激増してきたので、これもその類いと思い削除しようとしたが、タイトル欄に「クワイ河に虹をかけた男」と表記されていたので、本文に目を通すと、次のように書かれていた。

  ----------------------------------------------------
初めてメールを差し上げます。
「クワイ河に虹をかけた男」を制作した瀬戸内海放送の満田です。
ネットを検索しておりまして、拙作についての記事を発見したため、ご連絡させていただきました。
もちろん、理由はそれだけではありません。
栗野様とは一度お会いしているからです。4年前、雪の美作江見駅で中年のカメラマンと2人、取材していたのが私です。
栗野様のプロフィールを拝見していて、あの時の男性だとすぐに思い至りました。
KBCシネマでお会いすることはできませんでしたが、こうして拙作をご覧いただいたこと、不思議なご縁を感じております。

  ----------------------------------------------------

 「クワイ河に虹をかけた男」・永瀬隆氏を20年間取材し続け映画にまでした制作・監督の満田康弘氏からのメールだった。
制作者本人から直接メールを貰うのも珍しいが、それよりなによりちょうど4年前の年末、
帰省で駅に降り立った時、声をかけられ取材を受けた時の相手というのは奇遇としか言い様がない。

 というのも列車で帰省していたのは2年間だけで、それ以前も、それ以後も車で帰省していたからだ。
偶々というか、運よくというか、その時期を外していれば決して出会ってなかったわけで、それこそ「他生の縁」でもあったのだろうかと思ってしまう。

 私は運命論者でもないし、どちらかというとそういうことは信じないタイプだが、それでも不思議な縁だなと感じたのは事実。

 そこで早速、以下のようなメールを返信した。

  ----------------------------------------------------
 そうでしたか。名前もお聞きしてなかったし、
まさか「クワイ河に虹をかけた男」の制作・監督とは思いもしませんでした。
恐らく初日にKBCシネマでお会いしていても気付かなかったと思います。

 ローカル駅の取材番組といい、永瀬さんを追うルポといい、満田さんは今時珍しいタイプですね。
最近はジャーナリズムの分野にも骨のある人は少なくなってきましたから。
特に映像分野は視聴率とコマーシャリズムに追われ、作り手の良心はなきに等しい(失礼)のが現状ではないかと思います。
そういう中で、よくあのような番組を作られたと思います。
ローカル駅の時もそのようなことをメルマガで書いたのですが、よく上層部を口説きましたね。

  ----------------------------------------------------

 「KBCシネマで」と互いに書いているのは、上映初日には満田監督自身の来場講演があったわけで、
初日に観に行っていれば満田氏と会えていたわけだだが、当時は互いにそんな出会いがあったことなど知りもしなかった。

 私の返信に対し、再び彼から次のようなメールが届いた。

  ----------------------------------------------------

お返事ありがとうございました。
ひとつ書き忘れていたのですが、奥崎謙三はカウラ捕虜収容所に
いたそうです。カウラではおとなしくしていたようですが、1946年、
引揚船「大海丸」で帰国途中、船員が食糧を独り占めしていることに激怒して
大暴れしたという逸話が残っています。それから捕虜の食糧事情は著しく
好転したそうで、奥崎らしいエピソードですね。

実は永瀬さんは原監督が「ゆきゆきて神軍」の上映で岡山に来た際、
自分も撮ってくれと頼んだそうですが、原監督の眼鏡にはかなわなかった
ようです。たぶん永瀬さんはまともな人すぎて「狂気」が足りなかったんでしょう。

今後ともよろしくお願いいたします。

  ----------------------------------------------------

 満田氏が「ゆきゆきて、神軍」や奥崎謙三のことを知っていたことには正直驚いたが、
それと同時に彼が「クワイ河に虹をかけた男」を単なる仕事として制作したのではないということも分かり、
妙に親近感を覚えた。

 「ヤマザキ、天皇を撃て!」は1972年発行であり、「皇居パチンコ事件」の陳述書を
本にしたものだから、当時でもよほど興味や関心がなければ目に触れていないはずだ。
満田氏が本を同時代に読んでなかったとしても、一般の人の記憶にもないような奥崎謙三のことを
知っていたというだけで、私自身は非常に親近感を覚えた。


 不思議な縁と言ってすぐ思い出す人物がもう一人いる。
元フィルムジャーナリスト(本人の弁、敢えて「フィルム」と付けたのはペンと区別する意味のほかに、
持ち運びも編集も簡単になった今のビデオと区別する意味もあったかもしれない)で
ベトナム戦争に従軍し、最前線で取材をした経験を持つM・S氏のことだ。

 もう亡くなられて10年余りになるが、出会ったのはそれからさらに5年ほど遡る。
出会ったとは言ったが、実際に会ったことは一度もない。
会ったのは彼の伴侶のS・S女史。
彼女は当時、様々なプロデュースを手がけていたようで、その関係で来福した時に誰かの紹介で会ったのではなかったかと思う。

 ところが、その後M・S氏からメールが届き、以来、彼が亡くなる前までメールのみの付き合いが続いた。
 年齢は私より10年程上。アメリカの3大放送局の1つ、NBCの特派員として
ベトナム戦争の最前線で丸2年間フィルムを回し続けていた。

 フィルムとペンという違いはあるものの同じ職業の人間として私に興味を持ったらしく、
自己紹介メールが届いたのが彼との付き合いの始まりだった。
最初は私への自己紹介メールとして書き出したメールは3回目ぐらいから個人宛ての自己紹介ではなく、
彼のネットワークの仲間にも配信しようと考えたようで、メルマガという形の配信に変わっていった。

 メルマガのタイトルは「生きる力の記録」。
彼は当時すでに肝臓を患っており、タイトルにはそういうことも含まれていたように感じた。

 銃弾が行き交う最前線でフィルムを回し続けた彼の体験記を読みながら、私などは足下にも
及ばないと感じたものだが、印象に残っているのは前線にいた2年間、
「最初は弾が自分を避けて行っていたが、段々自分を目がけて飛んで来だした」という言葉だった。
ギリギリの所にいると感覚が研ぎ澄まされてきて、「銃弾の意志が分かる」と言っていた。

 こうした獣のような感覚をかつては人間も有していたに違いない。
それがモノに囲まれ、モノに頼る生活を続けるうちに失っていったのだ。

 私の方にはそんな壮絶な体験もなく、自己紹介と言ってもせいぜい1回のメールで終わるぐらいの内容しかなく、
あとはメルマガの「栗野的通信」を彼にも配信するぐらいだったが、彼のメルマガはとても知的かつ刺激的で、
大いに刺激を受けたものだ。

 それにしても人との出会いは不思議なものだ。
一度も会ったことがなくても知己の間柄にもなるし、長年付き合っていてもただ見知っているだけという
関係もあるが、私の持論は3度目が決める。

 最初の出会いは偶然も影響する。
2度目は利が絡むことがある。
偶然か必然かは3度目で決まる。

3度目は会おう、会いたいという意志が働くからである。
これがなければ2度の出会いも偶然のままで終わるだろう。

 袖振り合うも他生の縁--そう思える出会いにしたいものだ。




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例年より開花が早い梅の花


 気温の上下が激しい今冬だが、梅の開花は例年より早めのようだ。

上は福岡市南区桧原園芸公園の白梅を1月26日に撮影したもの。

日当たりの関係で園芸公園ではグランド横のこの木が一番最初に咲く。


 上は園芸公園・梅林の鶯宿梅。

下は鹿児島紅梅。

鶯宿も鹿児島紅もほかより少し遅く咲く花なのに、なぜか今年は早くも咲いている。


 下2枚は福岡市・舞鶴公園の梅

例年最も早く咲くのが梅園に入った所のこの紅梅。

この時期に早くも見頃を迎えている。

他の木はまだまだだが、そrでも来週にかけて一気に花開きそうだ。


 開花を認めると写真を撮るより、まず近づいて花に鼻をくっつけそうにして香りを嗅ぐ人が多い。










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ビジネスピープルにお勧めはDSDSスマホ(2)~コスパがいいg07

DSDSスマホのメリットと使い方

 DSDS(デュアルSIM、デュアルスタンバイ)スマホの最大のメリットは
2つのSIMで同時待ち受けが出来ることだが、どのような使い方ができるか以下に見ていこう。

 1.ケータイの通話専用SIM+データ専用SIM

 2.データ専用SIM+データ専用SIM

 3.通話付きSIM+データ専用SIM

 4.通話付きSIM+通話付きSIM

 DSDSのメリットを最大に受ける使い方は1の通話専用SIMとデータ専用SIMの組み合わせだろう。

 ケータイのかけ放題プランは2200円。これにMVNOのデータ専用SIMを契約し、
2つのSIMをそれぞれのSIMスロットに挿して使う方法だ。
データSIMの料金は毎月使用するデータ量の契約によって異なるが、1G以下なら500円未満。
3Gまででも1,000円程度。電話を多用する人にお勧めの使い方である。

 2はケータイとスマホの2台持ちの人向け。
データ専用SIMを2つも持つ必要がないだろうと疑問に思う向きもあるかと思うが、
月に3Gまでも使用しない。2Gあれば十分という場合に1GSIMを2つ挿して使うという方法もあるし、
別々のMVNOのSIMを挿して使い分けるという利用の仕方もある。
というのはMVNOによって通信速度の実測が違うからだ。

 3はすでにスマホを使っている人。
現在使用中の電話番号をそのまま利用してSIMフリーのMVNOに転出。
さらに予備でデータ専用SIMの契約をして使うというやり方が出来る。

 例えばナンバーポータビリティー(MNP転出)でキャリアからSIMフリーのMVNOに替え、
もう一方のSIMスロットにイオンモバイルの050付きデータSIMを契約して挿し、
受信は090等の従来番号でし、こちらから電話をかける時には通話料の安い050契約SIMに
切り替えて電話をするというような使い方が出来る。

仕事用とプライベートを使い分ける

 4の通話付きSIMを2枚挿す方法には何の意味があるのかと疑問を感じられるかもしれない。
ところが、これが案外便利というか、この使い方こそがビジネスピープルに重宝されるはず。

 まず片方に自分の個人使用携帯端末の通話付きSIMを挿す。
そしてもう一方のSIMスロットに会社から支給されている携帯端末のSIMを挿せばいい。

 こうすれば会社用と個人用の携帯端末を2台持ち歩かなくて済む。
DSDSスマホ1台で2つの電話番号を使い分けられるのだ。

 着信音をSIM1と2で替えておけば、着信音を聞いただけで仕事用の番号にかかってきたのか、
個人用番号にかかってきたのもすぐ分かる。

 最近発売されたDSDSスマホにはスロットが2つしかないものがほとんどだ。
SIMスロットの1つがマイクロSDカードとの兼用になっているため、SIMを挿せばSDカードを挿せない、
SDカードを挿せばSIMが挿せない仕様になっている。

 そのためSIM2枚挿しならSDカードが使えないし、写真などの保存用にSDカードを
使いたければSIMは1枚しか使えない。

 しかし、逆にこれは社員に会社用の携帯端末を持たせる企業にはセキュリティー上のメリットになる。
スマホの普及、大容量化でスマホにコピーして内部資料をこっそり持ち出す犯罪が後を絶たないが、
マイクロSDカードを使えなければこの種の犯罪の多少の抑止力にはなるかもしれない。

衝動買いをした「g07」

 最後に個人的なことを一つ。
過去、衝動買いはおろか、初期ロットを買うことなど一度もなかった私がつい10日程前に
衝動買いをしたものがある。それも発売の数時間後に。

 NTTレゾナントが「goo」の名称で発売しているDSDSSIMフリースマホ「g07(グーマルナナ)」だ。
実は検討していたのは楽天モバイルが独占販売している「honor8」だった。
発売間もなく楽天モバイル直販で42800円が1万円引きになり、さらに自撮り棒、イヤホン、マイクロUSBケーブル等4点セットの「ギフトボックス」がプレゼントと魅力的な内容だった。
惹かれたのはカメラ機能だった。

 1万円引きとはいえSIMカード契約などを入れると約4万円。
私の場合、スマホに払ってもいいと考える金額は2万円台半ばまでなので、希望価格まで下がるのを待つことにしていた。
どうせ1月にはフリーテルの「雷神」が29800円で発売されることだし、と。

 ところが12月14日に何の前触れもなく突然「g07」が発売された。
スペックを見るとフリーテル「雷神」とまったく同じ。
RAM容量が「雷神」の4Gに対し3Gとわずかに少ないだけ。
それなのに価格は19800円(税抜き)と「雷神」より1万円も安い。
さらにクーポン利用の3000円引き(先着907名限定)を利用すれば16800円。

 DSDSスマホが19800円でも安いのに16800円なら文句なしにお買い得と、つい衝動買いをしてしまった。

 因みに限定数の907、最初見た時はなんとも中途半端な数だと思っていたが、
商品名の「g07」=907とシャレタ数字だと気付いた。

 限定数の907は1週間かそこらですぐ売り切れたようだ。
色はホワイトとブラックの2色のみで、私はホワイトを注文したが、数日後にはホワイトは入荷待ちになっていた。

 SIMフリーのDSDSスマホ購入を検討している人にお勧めの機種なのは間違いない。

主な仕様は以下の通り。

 Android6.0(Android7.0アップデート保証)
 ディスプレーサイズ:5.5インチ
 メモリー RAM:3GB ROM:32GB
 アウトカメラ:1300万画素、インカメラ:800万画素(カメラ性能は画素数だけで決まるものではないから過度の期待はしない方がいい)
 SIMサイズはmicroSIMとnanoSIM(microSDとnanoSIMは排他使用なので、どちらかしか使えない)
 指紋認証センサー
 無線LAN:IEEE802.11 a/b/g/n準拠
 電池 3000mAh

 実際に手にした個人的な感想は5.5インチサイズは大きい。
大きさ的には今まで使っていたフリーテル雅の5インチの方が好みだが、
それを除けばコストパフォーマンスのよさは間違いなく今年一番だ。

 いずれにしろ2万円前後でミドルレンジのSIMフリースマホが買えるのだから、もう高い金額を出してキャリアのスマホを買う意味はほとんどないだろう。







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SIMフリースマホにしない手はない(Ⅱ)~ビジネスピープルにお勧めはDSDSスマホ(1)

 今年は新しいSIMフリースマートフォン(スマホ)が次々に発売されたこともあり、
SIMフリースマホの販売台数が急伸した年だった。
 SIMフリースマホといえばかつては「格安スマホ」の名で呼ばれていたように価格の安さのみが
取り柄で、機能はキャリアスマホの1世代、2世代前と見られていた。また、実際そうだったが。
 しかし、いまや最新機種やキャリアも取り扱ってない機種を独占的に取り扱っていたりし、
キャリアのスマホと比較しても劣ることはない。
 取り扱い機種も幅広く、初心者向けの低価格のものからミドルレンジ(中級機)、ハイレベルの
魅力的な機種まで数多くあり、SIMもデータ専用のものから通話も出来るものまでとプランも充実している。

デュアルSIM、デュアルスタンバイとは

 そんな中でもビジネスピープルにお勧めなのがデュアルSIM、デュアルスタンバイ(DSDS)のスマホだ。
 なぜビジネスピープルにお勧めかという理由は後述するとして、その前にデュアルSIM、
デュアルスタンバイについて少し説明しておこう。

 デュアルとは2つという意味だからデュアルSIMはSIMが2つ挿せる(SIMスロットが2つある)ということだ。
デュアルスタンバイは2つのSIMが同時に待ち受け可能という意味である。

 つまりDSDSスマホはデュアルSIMで同時待ち受けが出来るスマホということだが、
重要なのは「デュアルスタンバイ(同時待ち受け)」が可能という部分。

 いままでもデュアルSIMのスマホは海外、特に中国やインドなどの新興国ではごく当たり前に使われていた。
そして日本でも数年前から存在していたし、現在でも発売されている。
ただ今までのデュアルSIMは2つある内の1つが2G対応だったため、国内ではシングルSIMとしてしか使えなかった。
(2G、3G、4Gは通信規格のこと)

 2G、3G、4Gは何が違うのか。専門的な説明を省き簡単に言えば通信速度の違いである。
数字が大きくなるに従って速度が速くなる。現在の日本ではLTEと呼ばれている4G回線が中心になっているが、
海外ではまだ2G回線も広く使われている。そのため2つあるSIMスロットの一方は2G専用になっていることが多い。

 つまりデュアルSIMでも日本では2G専用スロットの方は使えない(日本で使えるのは3G、4G)から、
せっかくデュアルSIMになっていても片方しか使えないシングルSIMと同じことで、
日本国内でデュアルSIMのメリットを受けることはなかった。

 ところが新興国でも4G回線が普及しだしたということもあり、今年後半から両スロットとも3G、
4G対応という機種が発売され始めたのだ。こうなると話が少し違ってくる。

デュアルSIMのメリット

 ではデュアルSIMだと何が便利で、何がメリットなのか。
実は私の最初のスマホはデュアルSIMだった。
デュアルSIMのスマホが欲しくて買ったと言った方がいい。

 当時使っていた携帯端末はソフトバンクの従来型ケータイ。
契約プランは2200円のかけ放題。
従来型ケータイの魅力はこのかけ放題料金の安さである。
それをスマホに替えた途端に端末代を含め毎月の支払料金が跳ね上がる。
それが嫌で従来型ケータイを使い続けている人は多い。

 私はといえば、それまで使っていたソフトバンクのケータイを契約解除することなく、
ケータイに入っているSIMを抜いて、そのままスマホの片方のSIMスロットに挿し、
もう一方のSIMスロットに新たに購入したデータ専用SIMを挿して使っていたのだ。

 デュアルSIMの最大のメリットはこのように従来型のケータイを契約解除することなく、
SIMを挿し替えるだけで使える、それも安いケータイ料金で使えるということだ。

 もちろん、全てのケータイでそれが可能というわけではない。
例えばauのケータイは電波が対応していないため使えない。
auに対応しているSIMフリースマホはマイネオなど一部のMVNO(Mobile Virtual Network Operatorの略、
仮想移動体サービス事業者)が扱っているものだけで、ドコモ対応のスマホではまず使えない(一部の例外はあるが)と考えた方がいい。

 次にソフトバンクケータイだが、電波の帯域がドコモと似ていることがあり
SIMフリー各社のスマホでも使えることが多い。
ただし完全対応かどうかはスマホが対応している電波帯域(バンド)を見ていく必要がある。

 SIMフリースマホを購入する時の注意点を1つ。
ドコモのFORMAプラスエリアに対応しているかどうかを確かめることだ。

 実は最初に買ったデュアルSIMフリースマホはFORMAプラスに対応していなかったため、
地方に行くと電波が入らず困った。
それでやむなくSIMを再びケータイに戻し、ケータイとスマホの2台持ちにしていた。

 スマホがドコモのFORMAプラスに対応しているかどうかは「ネットワーク」あるいは
「周波数帯」「バンド」と表記されている箇所にBand1以外に次の表記の有無を確認すればいい。

 W-CDMA(3G回線):800MHz(Band6)

 LTE:800MHz(Band19)

 上記2バンドの表記がないと地方で(都会でも)電波は繋がりににくい。

デュアルSIMのデメリット

 では、デュアルSIMフリースマホのデメリットはないのかといえば、実はある。
それは2つのSIMを同時に利用できないことだ。

 電話をする時とインターネットに接続する時にSIMを手動で切り替えなければならない。
その程度のことは思われるだろうが(実際私自身当初はそう思っていた)、切り替えた後、元に戻し忘れるのだ。

 いつも通話SIMの方に切り替えておけば電話がかかってくれば受けられるが、
ネット接続後、通話SIMに切り替え忘れると電話がかかってきても受けられない。
より正確に言えば、呼び出し音もしなければ不在着信マークも表示されないから電話があったことさえ分からないのだ。

 それだけではない。ネット接続中も電話は不通状態になる。
これは困る。
せめてネット接続中でも電話を受けられれば、こんなにいいものはないのにと思っていると、
同時待ち受け可能なスマホが今年相次いで発売された。それがDSDSスマホである。






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行き過ぎたグローバル化と自由貿易が貧困を招く

 2017年はトランプ米大統領の登場で世界政治は大きく変わるだろう。
イタリア、オーストリアはすでにその洗礼を受け、イタリアのレンツィ首相が辞任表明し、
オーストリアはリベラル派が大統領選で勝利したとはいえ右翼ポピュリストの伸長を許した。
民主主義の旗手フランスでさえ極右政党・国民戦線が大きく伸長し、オランド大統領は来春の
次期大統領選への出馬を辞退。
現職大統領が2期目を目指さず辞退というのは異例だ。
直接的な要因は支持率の低迷だが、その背景にあるのは失業問題である。
EU各国も米国も喫緊の課題は国内の失業対策であり、それが政治を大きく変えようとしている。

広がる「トランプ現象」

 いわゆる「トランプ現象」が世界各国に広がる気配を見せているが、
それを「ポピュリズム=大衆迎合主義」という捉え方だけでいいのだろうか。
 ポピュリズムとはラテン語の「populus」に由来し、エリートに対する民衆、人民を指す。
故に民衆の意見を代弁することは政治としては正しい立場であろう。
にもかかわらず昨今、ポピュリズムが揶揄されるのは人気取り的に民衆の意見に「迎合」している
という意味合いで使われているからである。

 民衆の意見に迎合することは間違いなのか。
答えはノーだ。それは決して悪いことではない。
ただ、ややもすると理念、大極を見失い、目先に走り、対立軸を作り、激しい言葉で人々を煽り、
社会を分断させようとする。
 こうした手法は現状に不満を抱えている層に支持されやすく、彼らの不満を煽り、政治的に利用
しようとする輩が現れてくる。ヒ
トラーもその代表的な一人だが、いま欧米でこうした指導者達が台頭してきている。

 彼らに共通しているのはトランプ米国次期大統領に代表されるように対外的には強硬なタカ派だが、
政治は内向きで自国第一主義をとることである。
それは貿易面では自由貿易ではなく保護貿易を主張し、移民・難民の流入を拒否し自国労働者保護に動く。

 戦後、このように主張する政権や政党が支持を集めることがなかっただけに
トランプ米国大統領の出現に世界が驚きを持って迎えているが、
果たしてトランプ氏の主張はそれほど奇妙なことだろうか。

 以下、彼の言動の元になっているものをいくつかの角度から見ていこう。

自由貿易か保護貿易主義か



           (以下 略)




 ☆全文は「まぐまぐ」内の下記「栗野的視点」ページから
  http://archives.mag2.com/0000138716/20161214235206000.html


 「栗野的視点」はリエゾン九州のHPにも収録しています。







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旅先で人情に触れる

 京都に行った時、JRの車内で「大名行列」の中吊り広告を見た。
岡山県矢掛(やかげ)町で開催されるらしい。
京都まで広告を出すのだからよほど盛大に違いない。
その頃帰省していたらぜひ見物に行きたいものだと考え、メモ帳を取り出し日時などを書き写していたら危うく次の駅まで乗り過ごしそうになった。

 この「大名行列」が気になって時期を1週間早め11月中旬に帰省し、翌13日、矢掛町まで車を走らせた。
岡山県を北東の端から南西の端近くまで斜めに南下することになる。所要時間は約2時間弱。



 大名行列の開始は12時半。
その30分前には現地に着きたかったが、町に到着したのは12時半前。
臨時駐車場があちこちに設けられ、係員の誘導に従って第1から2、3、4と臨時駐車場を次から次へと移動。
「下~に、下~に」という声が拡声器から聞こえてくる。
気は焦るが駐車場は一杯で、次の駐車場へ行ってくれとたらい回しにされる。
土地勘はないし、途中で「第5」の案内は消えるし、中心部から離れていくし。

 目に付いた会社の敷地内に車を入れ、そこに居た人に「済みませ~ん。
大名行列を見に来たんですが駐車場がなくてぐるぐる回っているんです。
済みませんが駐めさせてもらえないでしょうか」とお願いしたところ、
「ちょっと待ってくださいよ」と言って、会社の人に交渉してくれた。
「いいですよ。そこは店の前だから裏手の方に駐めてください」
 厚意に感謝し謝辞を述べ、車を駐めると、「この道をまっすぐ行くと大名行列がありますから」と、
最初に声をかけた男性が寄って来て親切に道順まで教えてくれた。
後で気付いたが駐車させてもらった場所はJAの敷地だった。

 それにしても矢掛町の人は皆、親切だった。
2時過ぎ、出店でばら寿司を買い、遅い昼食を採っている時もわざわざお茶を持ってきてくれたり、
菜っ葉漬けを「これも食べんさい」と戴き、恐縮した。

 そういえば後日、兵庫県宍粟(しそう)市の最上(さいじょう)山もみじ公園に行った時も、
帰りに地元の人が出店している出店の呼び込みに釣られ、夕食用にばら寿司を1つ買ったところ
「おいしかったら、ぜひ来年来られた時も買ってください」と言われ、
「いやー、福岡からだから来年もと言われても」と答えると、「
えっ、福岡からですか。それは遠い所からわざわざ来られて。もう1つおまけしときます」と2個戴いた。
出店は地元のNPOみたいだったが、最初に呼び込みをした女性が、えっ、いいんですか、
というような顔をして、おまけの1個を追加してくれた男性の方を見たから特別だったのだろう。
まあ、時間が4時だったということもあるだろうが、それまで300円で売っていたものが200円になり、
さらに1個おまけしてもらったわけだから、結局1個100円で買ったことになる。

 旅は道連れ世は情け、と言うが、若い頃と変わったのはこちらが厚かましく
色々話しかけるようになったからかもしれないが、旅先で親切にされるのはうれしいものだ。

 もちろん、いいことばかりではない。どこに行っても目に付くのはマナーの悪さだ。
こちらがカメラを構えている前にわざわざ来て写真を撮るマナー知らずは外国人より日本人の方が多い。

一体、この国はどうなっているんだ。
これでは若者や子供のマナーが悪くなるのは当たり前だと毒づきそうになり、そんな自分を認めて、
ああ歳を取ったということかと嘆き、お節介も厚かましさも控えめにと自戒しているこの頃・・・。



デル株式会社
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