KURIHAMAの風 セカンド

日常生活をスケッチします。

逗子とスタバとサザビーと(H29.7.8)

2017年07月08日 | 日記

 「鳥取県はスタバはないが砂場はある」と洒落た知事の言葉があるが、2015年5月に念願?都道府県最後の鳥取県にスターバックスが上陸し県民がそろって店を訪れる光景はニュースになったのも記憶に新しい。最近では本の蔦谷とスタバが渋谷に出した店舗の売り上げが凄い!と評判である。 それほど若者や女性に受けたスターバックスの創業者が実は身近にいたのだ。逗子のスーパーマーケット「 スズキや」の次男と三男がその主人公である。スターバックス(コーヒー店)は2014年に国内1000店舗を達成した。



「スズキや」の3男鈴木陸三氏はヨーロッパ遊学で持ち帰ったファッションや生活スタイルを日本で展開し「サザビーリーグ」というプロヂュース会社を立ち上げた。欧洲家具や生活雑貨更には「アフタヌーンティー」という雑貨と喫茶を同居する店を展開したのだ。当時人気を呼んだ「JUN」というアイビースタイル男子服のデザインもてがけたようだ。



他方、葉山にある日本料理屋日陰茶屋に養子に行き料理のプロとなった「スズキや」次男角田(鈴木)雄二氏(1943年生まれ)が米国シアトルで飲んだ「こくの深い」コーヒーの味と香りが忘れられずいた。そこで弟の「サザビー」社長と組んで従来にないしゃれたコーヒー店を国内で開店させたことから始まった。(角田(鈴木)雄二氏は初代社長に就任し日陰茶屋と兼務した)当初は100-200円の安いコーヒー全盛時代であったがしゃれた高級感をもった店舗とこくの深いコーヒーの味が女性たちに受けたのだ。因みに角田(鈴木)雄二氏の妻となったのが当時売れに売れていたタレントのマリクリスチーヌだ。彼女は1954年生まれ上智大学卒業後社会学を学ぶために結婚後東京工業大学大学院修士課程を出て現在でも女性、環境、ボランティアを題材とした講演活動を続けているが当時は「フランス料理 ラマーレ・ド・チャヤ」のオーナーでもあった。現在も葉山在中(離婚したようだが)で息子は日陰茶屋の現社長である。



3男鈴木陸三氏は石原慎太郎、裕次郎が若いときの遊び仲間であり「太陽の季節」のメンバーとも言われているが、彼の経営している「サザビー」はスターバックス以外にも多くの事業を展開しており最近ではハンバーガーチェーン「シャイクシャック」に注力しているという。「日本スターバックス物語 2015.5 早川書房 梅本龍夫」

ところで、「スズキや」の長男はどうか?というと。鈴木安之氏とも言われ「スズキや」の社長、会長を務めた後に逗子市会議員、議長まではよかったが市長選に敗れてその後の顛末は不明。私が自宅から会社勤めを始めた際に毎朝の東京行きの横須賀線車内で部下3人と毎日かなり綿密な相談をしていた記憶がある。社長になったばかりの時で毎日東京まで何をしにいったのか?その「スズキや」には後日、私の親友が川崎の電気会社から転職し設計から売り子へ!と180度仕事の内容も変化したのだが、彼の親が「スズキや」の先代と親戚関係にあったようだ。尚、姉の中学同級生でNHKのアナウンサーをしていた元映画監督の次男?で早大卒の坊ちゃんは現在スタバの役員とやらでこれもグローバルな田舎会社のコネコネ人事が大出を振っているのだ。追伸、今年6月八王子の田舎高尾にまでスタバが開店したが首都圏の田舎街久里浜はまだ!なぜ?

尚、先週出かけた中国広州ではスターバックスは幾つも開店していたがコーヒー一杯40元(日本円で680円)とはちと高い!ましてや所得水準の低い中国ではなおさらであるが、金持ちも多いので中国のスターバックスは金持ち相手の商売だ。


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