KURIHAMAの風 セカンド

日常生活をスケッチします。

東福寺と祖父(H29.6.20)

2017年06月20日 | 日記

以前にも話したが、母方の父親つまり祖父Mは犬山藩士の直系で岐阜県に生まれ明治42年東洋大学を卒業後3年間中国、台湾に渡り仏教や書を学び帰国後三越、新聞記者等の職を転々としてきたがその間書道では皇室方の指南役も勤め、その後いくつかの会社を経営した後に現在の住宅公団の前身である同潤会の管理者を勤めた。

そのMは幼少の頃、京都東福寺に修行に行ったとされるが実は養子として育てられた。Mは頭脳明晰で優秀だったために東京の上記東洋大学哲学科へ進学を許された。当時、東洋大学は明治20年東京大学教授の井上円了により設立され哲学館として主に仏教哲学を学ぶ場所として有名であった。Mは仏教哲学を学んだ後仏教伝来の中国や台湾で実際に仏教や書道を修行したわけである。

それではなぜ、かの有名な東福寺を継がなかったか?という疑問にぶち当たるが母によると「養子に入った後に東福寺本家(東福寺は旧摂関家九条家の菩提寺であり本家とは九条家?)に男の子ができたことでMは不要になったようだ」そこで東京での大学生活や中国、台湾での修行に伴う学費や留学費用を本家が負担することで寺から追い出すこととなったようだ。

従ってこれらは無駄になった?ようだが本人は全くそう感じていなかったという。結果として各種の仕事(デパート、新聞記者、製造業経営等)を経験し最後には関東大震災後の東京地区に多くの住宅を供給できたからである。

皮肉にもその曾孫が東京の国土交通省から京都へ修行?に行くという。主目的の観光のみならず2年間の赴任期間で多くのものを吸収してきて欲しいものだ。

因みに私が現役時代にお付き合いしていた厚生省、環境省に出向していた京都府のA氏は現在京都産業廃棄物3R支援センターの専務理事兼所長でB氏は京都府環境技術専門監として現役続行だ。又、京都市からの出向者C氏は京都市環境局環境技術担当部長をリタイヤして現在公益法人地球環境センター大阪本部でPJマネージャーをしているとのこと。来月京都に行った際には久しぶりに寄らしてもらう予定だ。10年ほども前に大変騒ぎになった「鳥インフルエンザ問題」以来の出会いとなる。

他方、私が現役最後の会社の上司であった人物は京都出身で運送会社リタイヤ後は京都に戻ったようなので再会したい。更には大学の研究室のD教授の再就職先のR大学や東京都研究所で共同研究していたE氏は市内にある仏教大学の教授をしているようなので訪ねてみたい。

京都には息子以外にもたくさんの友人や先輩たちがいる!




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