KURIHAMAの風 セカンド

日常生活をスケッチします。

初夢(H29.1.3)

2017年01月03日 | 日記
初夢(H29.1.3)




江戸時代では初荷や消防の出初のように人が働き始めた正月2日から3日にかけて見る夢を初夢と言ったようだ。私は1日の夜は夢を見なかったが2日から3日にかけて変な夢をみた。30年前に経験した金融手法(デリバティブ)を皆に教えている夢なのだ。プロのみがオプション、先物を扱い、アマは現物のみにして欲しいと?なぜ?
 2日のBSテレビで俳優加山雄三と歌手小椋佳が対談していて小椋が銀行員時代に東京―大阪間の新幹線の3時間で新曲を作成するという話だった。ちょうどそのころ小椋佳イコールD銀行証券担当次長の神田氏と私は時々酒の席をご一緒していた。私が当時勤務していたK証券会社はD銀行子会社であり定期的に会合を開いておりその会合終了後はきまって飲み会が開催されたのだ。K証券会社はD銀行子会社にもかかわらず金融商品開発部隊の面々はメーカーから引き抜いた人材が豊富でありD銀行からわざわざ出向をさせて教育させる状況となっており親銀行の幹部もK証券会社の人材や金融商品を調査する必要があったのだ。私が入社した1年前に途中入社したK君は東大工学部から経済産業省配下のジェトロ出身で2年間フランスの大学院を終了後K社へそしてB社のソフトを使って最適ポートフォリオを作成する担当であった。私は東工大S研究室、統計数理研究所、シンクタンクと共同で開発した各種投資モデルを駆使してPI(ヘッジ手法)や国際分散投資法、30銘柄によるポートフォリオ最適化法、ベイズ統計による成績比較法、そしてBSモデル等の海外投資理論の探索と理論構築の役割を担っていた。そのため我がグループにはその後メーカー出身の30代の優秀な人材3名(S君:東大農学部→プラント会社開発、K君:東大機械→M重工設計、S君:東大機械→ポンプ会社設計)を引き抜きその下に20代若手研究者を配置し25名体制で臨んだ。若手研究者にはD銀行からの出向者3名(KK君:東大工学部卒、H君:阪大理学部卒、L君:上智大理工学部卒)も含まれる。そして、開発した金融商品を政府(当時は大蔵省)に認めてもらうため都度日参したがその政府担当者は若手課長補佐で東大数学科卒、米国プリンストン大留学の高橋洋一氏(小泉内閣の際に補佐官)であった。
 小椋佳=神田氏とは酒の席では小生が前座で小椋氏の持ち歌(当時は梅沢富雄が歌っていた夢芝居)を歌い、その後、小椋氏は普通の演歌を歌いそんな関係が続いたが2年後彼は浜松の支店長として本社から出た。小椋佳が出る番組を見るとなぜかこの頃の思い出が甦ってくるのだ!尚、東工大理財工学の今野教授(作家)にもこの頃知り合いになった。


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