倉敷界隈(かいわい)

倉敷の街と、私の生きているときの記録です。

子どもだんじり

2016年10月16日 16時47分55秒 | 写真

 10月15日、16日はこの辺りの秋祭りだ。

日が決まっているのではなく、10月の第△週の土日という風に決まっているのではないかと思う。

田舎では「日」だったような気がするけど、その方が便利だからなぁ。

何年住んでいても、私は所詮ここでは余所者なのだ。

 

懐かしいところもある。田舎と同じように子どもがお祭りで神輿を担ぐのだ。

イヤイヤ、担げるわけないので引っ張るのだ。所謂だんじりだね。

 

一つはちゃんと神輿っぽい形。きちんと神社の御札が掲げてある。

倉敷には阿智神社という有名ででっかい総社があるのだが、

近所の神社は春日神社という。その御札が御幣付で掲げてある。

曳く前に神社で神事があり、その後これをいただいて掲げるわけだ。

 

もう一つは樽に花紙で作った色とりどりの花を飾っただんじり。

うちのチビをはじめとする小さな子と中くらいの女の子たちが曳き手の中心だった。

こちらにも御札と子ども会の名前が掲げてある。

いつ誰が作ったのか不明だが、由緒正しい古さである。

 

以前はこういうことを一手に引き受けてくれたおじさんがいたのだけど、

脳溢血だかなんかで今は参加していない。家もなくなって、私は所在を知らない。

今は子ども会の役員のお母さんたちがやっている。一生懸命だから手出しをしなかったけど、

私から見ると、やり方がわかってないようで時間ばかりかかってうまくさばけてない。

でも感謝している。こういう無償の人たちのおかげで子供たちが貴重な経験をできるのだから。

 

だんじりの先頭には三宝を持った6年のお姉ちゃん三人がいる。

道を過ぎるごとに近所の人が初穂料を置いてくれる。

子ども会に所属している家が大半だろうけど、古くからの家から年寄りが出てきて渡してくれる。

汚れを祓い、豊作を呼び込んでくれる神様の巡幸なのだ。

 

だんじりは、あっちへ行き、こっちでUターンして、2時間ぐらいあちこち回ったらしい。

チビは疲れてしまい、「みんな最後は綱を持ってなかった。」

「私たち(小さな子は)後ろで、前の上級生が曳いてくれるから持たなくても大丈夫」だそうだ。

小さな子にはしんどかったのだろう。

 

最後、出発点の公園でもち投げをして、紅白の餅一袋といくらかの駄菓子を貰って帰ってきた。

田舎では、こういう時にお寺で子どもにだけお菓子をくれた。

妙に固くて美味しくないお菓子だった。あそこ以外では見たことのない変わった菓子だった。

それでも嬉しかったのを覚えている。チビにも似たような経験が刻まれただろうか。

 

倉敷ってこういう古い習慣・しきたりが残っているのが好きだ。

いい街なんだよ、ここは。

 

追記:初穂料は全部で12万円集まったそうだ。子ども会の行事代として子どもに還元するらしい。

春日神社(の分社)だけど、『昔洪水があり、社が流されてきて、流れ着いたこの場所へ祭った』とのこと

今から百年経ったら、こんな話をしても「昔の人の作り話」と笑われるのだろうな。

真実は伝承の中に残っている。

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