万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

北朝鮮問題の新たな分析枠組とは-善性悪用戦略論

2017年08月11日 15時06分22秒 | 国際政治
米大統領、軍事報復を示唆=北朝鮮のグアム威嚇に警告―「見たことない事態起きる」
 今日、朝鮮半島情勢は緊迫の度を強め、米朝関係は一発触発の様相を呈しております。同盟国である日本国政府も、北朝鮮によるミサイル発射に備えた防衛体制に入っており、風雲急をつげるかの如きです。

 こうした中、今般の一連の流れに対しては、従来の国際政治における古典的な分析枠組や理論モデルでは十分な説明がし難いとする指摘があります。チキン・ゲーム論にしても、米朝間に核攻撃能力に著しい格差があっては、北朝鮮の露骨な挑発行為もアメリカの世論を先制攻撃容認に傾けたに過ぎず、北朝鮮を国際社会における合理的なアクターと見るには無理があるからです。

 現実とは複合的な要因が複雑に絡み合うものであり、かつ、表面に現れる現象は氷山の一角であることも少なくないのですが、物事を的確に理解するためには、整理された分析枠組による単純化も時には効果的です。それでは、どのような分析枠組、あるいは、理論的モデルがあれば、北朝鮮情勢を説明することができるのでしょうか。

 近現代の政治理論、並びに、国際政治理論の多くは近代啓蒙思想の流れにあり、高度な知性や理性を備えた人間による理性的・合理的秩序の創造と構築を目指す精神文化の中で培われてきました。国内レベルであれ、国際レベルであれ、今日に生きる人類の大半は、自由、民主主義、基本権の尊重、法の支配といった普遍的諸価値の制度化において、これらの恩恵に浴しています。しかしながら、そうであるからこそ、これらを巧妙に悪用することにより、自らを有利な立場に導こうとする国や勢力の出現は殆ど想定していません。

 ところが現実には、想定外の出来事が起きることで、努力の末に構築された秩序もまた、最大の危機に直面することとなります。前近代的な思考様式を残す諸国は、文明の成果としての普遍的諸価値の人類史的意義を理解せず、国際社会において構築されてきた制度を全世界の平和ではなく、自らの利益のために“悪用”しようとするからです。そして、この“悪用”国家に対しては、他の諸国は、対処に苦慮することとなります。暴力を封じ込めることこそ、秩序の構築の基本的な目的なのですから、その構築された秩序が内部から“悪用”されるケースに対しては、得てして無防備であることが多いからです。

 今般の北朝鮮の行動をみましても、北朝鮮は、自らの実力によってアメリカを威すほどの核・ミサイルを手にしたのではありません。NPT体制の成立によって、現核保有国を除いた他のすべての諸国の手が縛られているからこそ、北朝鮮の核保有の威力は絶大となるのです。銃刀法等の規制の下で周囲の人々が皆素手である場合、一人だけピストルを持って脅せば、誰も抵抗はできませんし、丸腰で立ち向かえば射殺されます。北朝鮮の行為は、いわば、暴力団と同様であり、法の網を掻い潜り、巧妙に周囲を騙しながら違法行為を働いているからこそ、暴力が自らの利益を最大化する武器となるのです。

 ましてや、国際社会は、国内ほどには警察制度は整っておらず、交渉を経るものであれ(交渉での核・ミサイル放棄は殆ど不可能…)、既成事実化に成功すれば、事実上、北朝鮮は勝利の美酒に酔うことができます。もっとも、その結果として、他の諸国も核保有に踏み切るようになれば、北朝鮮は軍事上の優位性を失いますが、NPT体制も北朝鮮の道連れとなりましょう(北朝鮮にはウラン鉱もあるので、NPT体制の崩壊を核、並びに、ICBMを各国に輸出するためのビジネスチャンスにする可能性もある…)。経済的には最貧国に属する僅か一国の忌々しき行為が、制度そのものを崩壊させかねないのです(“小よく大を制す”?)。

 しかも北朝鮮は、国際社会における紛争の平和解決の原則、特に、話し合い解決の精神をも悪用しています。マスメディアや識者の多くは、平和の尊さを盾に戦争の回避を訴え、対北交渉の窓口を用意すべきと合唱してくれますし、あるいは、“交渉近し”の希望的観測を流布しています。国内レベルでは、違法な武器を携帯して他者を脅迫する犯罪者のリスクに対しては、警察が力を以って排除しますが、国際社会では、“平和”の一言は魔法であり、武力行使を躊躇わせる、あるいは、武力制裁を準備する側がむしろ“悪者”に仕立てられがちなのです。言い換えますと、既成事実化に持ち込みたい北朝鮮にとりましては、国際社会の善意に基づく平和解決の原則もまた、“悪用”し得る戦略的道具なのです。実際に、過去二度に亘って北朝鮮は対話路線に導くことに成功し、“甘い飴”を受取る一方で、核・ミサイルの開発時間を確保しました。

 こうした現行の秩序に寄生しながらその転覆を図る北朝鮮の戦略を的確に表現する言葉はなかなか見つからないのですが、ここでは、一先ずは、“善性悪用戦略論”と名付けておくことにします。この戦略は、人類の善性、並びに、英知の結晶であり、多大なる犠牲を払って構築された国際社会の諸制度や原則を悪用し、人質にとる野蛮で邪悪な戦略として理解されます。善性に基づく制度をも破壊しかねない故に、単なる乱暴な“無法者”よりもはるかに質が悪く、全人類に災禍をもたらすリスクをも内包しています。この点、南シナ海での中国の行動も、国連安保理の常任理事国の地位、並びに、国連海洋法条約で認められた権利を享受しつつ、話し合い解決の原則を逆手に取っており、“善性悪用戦略論”によって説明されます。そして中国のケースでは、常設仲裁裁判所の判決を一枚の紙切れとして破り捨てたことで、遂に、国際法秩序崩壊の危機にまで歩を進めているのです。

 善性を悪用する諸国の行為については、近現代の国際政治理論においては有効な処方箋が見当たらず、しいて言えば、リアリズムの立場から警察力としての正義の武力を行使するか、あるいは、核武装やミサイル防衛といった手法でこれらの諸国が“善性悪用戦略”で獲得し、既成事実化された軍事的優位性を無効化する他ありません(もっとも、北朝鮮側には、戦わずして降伏する選択肢がある…)。否、明確なる処方箋がないからこそ、この戦略は、前近代的な思考回路で行動する国や勢力にとって、極めて有効な戦略なのです。北朝鮮問題の場合には、後者の手法では、北朝鮮に核・ミサイルビジネスのチャンスを与えますし、中国のケースでは、既に南シナ海の軍事施設が運営段階に入っているため、防衛装備の拡充によって軍事基地を撤退させることは困難です。もっとも、中ロがバックとなっている北朝鮮と比較すると、中国の場合には、本格的な経済制裁によって体制崩壊に導く選択肢は残されているかもしれません。そして、“善性悪用戦略”を採用している国や勢力は、中国や北朝鮮ばかりではないのですから、国際社会では、同戦略に対する対応策の策定を急ぐべきと思うのです。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。


にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 韓国人徴用工問題は常設仲裁... | トップ | ビットコインとモンゴルの政... »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (オカブ)
2017-08-11 16:06:59
倉西先生
ご提唱の"善性悪用論"まさにこれまでの北朝鮮の行動を解説するのに的を得たご解答で、首肯させていただきます。
しかし、逆に言えば現代国際社会で「システム」として確立された"善性"を、自らの悪だくみのために悪用するだけのインテリジェンスを北朝鮮は備えていると拝読させていただきました。
実際、核開発の軽水炉段階まで北朝鮮は関連諸国を刺激しないよう、深く静かにやってきましたし、去る六カ国合意では軍事的制裁やむなしとまで国際世論が煮詰まっていたにも拘らず、ヒル国務次官補を躍らせて、国際世論における北朝鮮との平和的対話路線という果実を獲得しました。
ことほど左様に「悪知恵」が働く北朝鮮において、今般のミサイル挑発における「狙い」とはなんでしょうか?
邪推するに核能力による脅迫を背景に、各国、特に日本から経済的果実を引き出すことだとしか読めません。(ただこれを得るために米を脅迫するインセンティブが理解できませんが)
しかし各国にとって、このシナリオを読むことは簡単なことで、その「悪」のたくらみに屈する近代以来の「善」のシステムという構図を許容するほど国際社会は寛容ではないと思います。
ここで北朝鮮外の国際社会の対応を想定してみれば・・・
①米による先制攻撃
②北朝鮮のさらなる孤立化と北東アジアの軍事的緊張
③日本を含む各国と北朝鮮による妥協でもたらされる既成事実の追認と北朝鮮に対する経済的支援
③が今回の行動で最も北朝鮮が果実を獲得する結果になるのはもとよりですが、"善"の国際秩序は破壊されるでしょう。
さらには、北朝鮮による中東過激派組織への核・ミサイル技術の輸出も現実的懸念としてあります。
国際情勢は混とんとし、単に目先の損得やリスクの範囲ではなく、今西先生ご指摘の人類が営々として気づいてきた"善"の秩序の危機でもあるわけです。
こうした側面からの着眼を刺激していただいて本当にありがとうございます。
オカブさま (kuranishi masako)
2017-08-11 21:04:22
 こちらこそ、本記事へのご賛同をいただきまして、ありがとうございました。拙い記事ではありますが、オカブさまのお役にたてましたならば、幸いでございます。

 凡そ北朝鮮の戦略は読めるのですが、、こうした狡猾な戦略に対する日米をはじめとした国際社会の対応は、現状では後手後手となっております。政治の世界では、対応が拙速であったり、判断を誤りますと、全人類に不幸と禍がもたらされることも稀ではありません。今度ばかりは人類の未来がかかっているのですから、賢明なる判断こそ求められると思うのです。

 

国際政治」カテゴリの最新記事