万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

EUは”パンとサーカス”になる?

2016年07月29日 15時12分08秒 | 国際政治
「EU(欧州連合)」のニュース
 国民投票によるイギリスのEU離脱の決定を受け、EU側においても、将来ヴィジョンに関する議論が起きてきているようです。その一つが、財政統合の強化なのですが、果たしてこの政策は、より善きEUを実現する処方箋となるのでしょうか。

 イギリスのEU離脱の要因として指摘されているのは、欧州市場の恩恵が一般国民が多数を占める中間層には及ばず、逆に、貧富の格差を拡大させているというものです。中間層からみますと、EUを枠組みとした”もの、人、サービス、資本”の自由移動は、大量の移民流入をもたらし、雇用機会を奪われる上に、賃金の低下をももたらすのですから、歓迎できたものではありませんでした。しかも、社会・文化面でも軋轢が生じ、治安も悪化するとなりますと、なおさらのことです。

 こうした問題を解決するために提案されているのが、富裕層に集中した富を、EUの財政統合を強化することで、中間層、否、今や中間層からも脱落しそうな層に広く再分配しようとする案です。これまで、EUの再分配政策は、主として財政状況が厳しい南欧や中東欧諸国に対して実施されてきましたが、今後は、EU内の”先進国”の中間層も対象となる可能性も浮上しているのです。しかしながら、この方法は、必ずしもEU経済の調和のとれた成長や真の豊かさを約束しないように思えます。何故ならば、今後とも、EUが、無制限な自由化一辺倒の原則を貫くならば、やがては為政者が貧困化した市民大衆に対して”パンとサーカス”を提供した古代ローマ帝国と同じ道を歩むと予測されるからです。古代ローマ帝国では、エジプトなど属州とした地域から大量に安価な穀物が流入したため、ローマ市民の中核であった自営農民層が壊滅してしまいました。

 ヨーロッパ統合の夢は、古代ローマ帝国へのノスタルジーとしても説明されますが、1600年余りの時を経て、ローマ帝国を腐敗と堕落へと導いたた、悪名高い”パンとサーカス”が再来するのでは、皮肉な結果としか言いようがありません。そしてこの憂慮は、EUに限らず、新自由主義が吹き荒れる全ての諸国に共通した問題ではないかと思うのです。

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コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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滅びゆくEU (gateway)
2017-03-26 06:26:59
本記事は、現代西欧文明の本質をえぐり抜いた珠玉の一文ですね。
深く考えさせられます。


gatewayさま (kuranishi masako)
2017-03-26 08:56:45
 本記事へのご賛同をいただきまして、ありがとうございました。歴史は、様々な教訓に満ちております。今日に生きる人々も、歴史が語りかける教訓には、耳を傾けるべきと思うのです。

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