領土問題巡り対日強硬論…ロシア戦勝記念日制定(読売新聞) - goo ニュース
ロシアでは、日本国政府が第二次世界大戦の降伏文書に調印した日を、”歴史的な正義が取り戻された日”として戦勝記念日に制定するそうです。このロシアの正義の感覚、どこか、狂っていると思うのです。
この法案の制定を推進した議員は、”南サハリンと千島列島を解放して、戦争終結を早めた”と発言したそうですが、そもそも、南サハリンも千島列島も、国際法で認められた日本国の領土でした。ですから、”解放”という表現は当たりません。むしろ、何らの法的な根拠もなく、中立条約を一方的に破棄してこれらの地に武力進攻したのは、ソ連邦のほうです。この行為は、”違法”であり、しかも、軍事占領のみならず、自国の領土として”併合”してしまったのですから、”侵略”に他ならないのです。また、第二次世界大戦を引き起こした責任はは、ナチス・ドイツと組んでポーランドに侵攻したソ連邦にもあることも、忘れているようです。ロシアは、自らを正義の側におきたいようですが、現実の歴史では、悪役をも演じていたのです。
第一次世界大戦に際して、レーニンは、無併合主義を唱えたことはよく知られています(連合国でも無併合主義は確認されていた・・・)。当のソ連邦建国の立役者が、戦争による領土併合が正義に反すると主張していたのですから、ロシアもまた、北方領土支配が、法にも、正義にも反することを認識すべきなのではないかと思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。

にほんブログ村
ロシアでは、日本国政府が第二次世界大戦の降伏文書に調印した日を、”歴史的な正義が取り戻された日”として戦勝記念日に制定するそうです。このロシアの正義の感覚、どこか、狂っていると思うのです。
この法案の制定を推進した議員は、”南サハリンと千島列島を解放して、戦争終結を早めた”と発言したそうですが、そもそも、南サハリンも千島列島も、国際法で認められた日本国の領土でした。ですから、”解放”という表現は当たりません。むしろ、何らの法的な根拠もなく、中立条約を一方的に破棄してこれらの地に武力進攻したのは、ソ連邦のほうです。この行為は、”違法”であり、しかも、軍事占領のみならず、自国の領土として”併合”してしまったのですから、”侵略”に他ならないのです。また、第二次世界大戦を引き起こした責任はは、ナチス・ドイツと組んでポーランドに侵攻したソ連邦にもあることも、忘れているようです。ロシアは、自らを正義の側におきたいようですが、現実の歴史では、悪役をも演じていたのです。
第一次世界大戦に際して、レーニンは、無併合主義を唱えたことはよく知られています(連合国でも無併合主義は確認されていた・・・)。当のソ連邦建国の立役者が、戦争による領土併合が正義に反すると主張していたのですから、ロシアもまた、北方領土支配が、法にも、正義にも反することを認識すべきなのではないかと思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村














法的には、終戦は9月2日であり、8月15日ではない。その間、日本国政府が存在したのだから、ただちにソ連と講和すべきであったのだ。政府外務省の怠慢によって、サハリン、千島列島を失ったのだ。歯舞、色丹は、9月2日以降に占領したから、ロシアは、返すと言っているのだ。
政府の失敗を隠すために、8月15日を終戦記念日にしている。
歴史には、因果があるのだ。1918年のシベリア出兵があって、サハリン、千島の占領がある。
ポーランドの悲劇”カチンの森事件”も、ロシア革命時にポーランドがウクライナで干渉戦争をし、住民を虐殺したからだ。
1.ロシアは、サンフランシスコ講和条約に参加しておらず、日ロ間には法的な効力は及ばない。
2.日本国政府は、千島列島に北方四島を含めていないが、たとえ、含まれているとされたとしても、サンフランシスコ条約では、”放棄する”と表現しており、ロシアへの割譲を認めたわけではない。
3.ヤルタ協定は、米ソ間の秘密条約であり、第三国である日本国の領土割譲を決めることはできない。
4.関東軍の演習をもって日本国の中立条約破棄の意思を”推定”しているのはロシア側であり、法的な決着はついていない(一般的には、中立違反行為ではない)。
5.ソ連が、北方4島を占領したのは、8月24日の連合国による停戦命令の後である(ソ連側も了解)。
6.ソ連参戦の合法性と北方領土併合の合法性とは、別次元の問題である。
7.シベリア出兵によって、日本国がソ連の領土を併合した事実はない。
以上より、ロシアの北方領土併合は、法にも、正義にも反しているのです。
千島列島に色丹、国後、択捉は入る。行政区分がそうだった。歯舞諸島だけが、根室市。
極東裁判によって、日ソ中立条約についての日本の立場は認定され、かつ、極東裁判の結果を講和条約で受け入れている。つまり、日本はソ連を攻撃する意図があったと、自分で認めている。
ゲームを勝手に降りた(8月14日)。アメリカは戦闘停止したが、グレーの期間である。こちらが降りても、相手が降りてくれるわけではない。
敗戦処理が、日本の外務省は極めて拙かった訳だ。