万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

世界記憶遺産「上野三碑」の登録-歴史を歪める“渡来系史観”の脅威

2017-10-31 15:46:51 | 国際政治
上野三碑と朝鮮通信使記録、世界記憶遺産に
今年もユネスコでは世界記憶遺産登録の審査が行われましたが、内外の注目を集めてきた慰安婦資料については、登録判断は見送りとなったそうです。偽りの歴史の既成事実化が懸念されていただけに、一先ずは胸をなでおろす結果となったのですが、登録が決定された日本国の遺産について詳しい説明を読みますと、一難去ってまた一難であり、日本国は、新たなる歴史改竄の危機に直面しているように思えます。

 群馬県に所在する「上野三碑」については、同時に申請された“日本のシンドラー”とも称された杉原千畝氏の史料や朝鮮通信使よりも知名度が低く、登録が決定されてから関心を持った国民も少なくなかったかもしれません。このため、その内容が国民に知られることなく登録されてしまったのですが、高崎市が開設している「上野三碑」の紹介サイトの説明文を読みますと、その“渡来系史観”のあまりの強さに愕然とさせられます。ここで云う“渡来系史観”とは、日本の古代は、統治機構から様々な分野での技術や文化まで、殆ど全てを先進文化圏にあった渡来人が教えた、あるいは、直接に関わったとする史観であり、中国や韓国において一般的な日本史の見方ですし、日本国内のマスメディアの大半も同史観に染まっています。

 碑文を読みますと、何れの人名も日本姓であり(系図付もある…)、渡来系を示す文章も見られません。しかしながら、古代にあって、日本国には渡来人を受け入れてきた歴史があることから、強引とも言える解釈によって同遺跡を“東アジアの文化交流をしめすもの”と決めつけております。特に酷いのが、和銅4年の多胡郡の設置を記した多胡碑です。碑文には、

「弁官符上野国片岡郡緑野群甘良群并三群内三百戸群成給羊成多胡郡和銅四年三月九日宣左中弁正五位下多治比真人太政官二品穂積親王左大臣正二位石上尊右大臣正二位藤原尊」

とあります。ここで問題となるのが“給羊”の解釈であり、同サイトでは、“羊”を渡来系の人物名と解し、同碑の建立者であると共に、共に初代長官に就任したのではないかと推測しているのです。

 漢姓には、“馬”姓と同様に動物姓として“羊”姓があり、同サイトの解釈が正しければ、中国からの渡来人が多胡郡を朝廷から与えられたこととなりますが、少なくとも『続日本書紀』の和銅4年の条には多胡郡の創設の記事はあっても“羊”についての記録はありません。公文書でありながら“羊”には官職名も位も氏姓の何れも付されておらず、無官の一中国系渡来人のために、朝廷は、敢えて多胡郡を設置したことになるのです。

 しかしながら、素直に“給羊”を読みますと、文字通り“羊を給付した”とも解されます。乃ち、この碑分は、“既存の三つの群の一部を割いて多胡郡を設置し、300戸の住民を住まわせ、羊を給付して飼育地とした”と読めるのです。このように解釈しますと、当時にあって貴重品であった毛織物を納めさせるために、朝廷が地形や気候条件が羊の生育に適した場所を選び、羊牧場を多胡郡として設置したこととなります。先んじて世界記憶遺産に登録された富岡製紙工場も近くにあり、同地が、古来、繊維産業で栄えてきたことを想起しますと(近郊の遺跡には機織りに関する遺物も発掘されているらしい…)、羊飼育説の方が自然なように思えます(遺跡の国際性を問うならば、この解釈では、羊毛、並びに、毛織物の国産化という西域の文化の伝来を意味する…)。

 仮に、ユネスコの世界記憶遺産の審査において、日本国側が“羊”を渡来人として説明していたとしますと、日本国自らが、誤った歴史を世界に向けて発信しかねない事態となります(朝鮮通信使資料に関する説明にも不安がある…)。と同時に、ユネスコに影響力を持つ中国や韓国がこの登録に反対しなかった理由も分かるような気がします。あるいは、慰安婦資料の見送りとして、政治的裏取引があったのかもしれません。先日、天皇皇后の高麗神社参拝という出来事がありましたが、“渡来系史観”のアピールは、こうした動きとも連動しているようにも思えるのです。

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2 コメント

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Unknown (オカブ)
2017-11-01 05:53:58
倉西先生
いつもご指導ありがとうございます。
多胡碑は特別に許可を取って、採拓した拓本を見せてもらったことがあります。
先生の仰られる、文言の解釈の誤りが、漢文の解釈の違いに起因するなら、これは単に学術上の誤りです。
ただ、これが"朝日・岩波史観"に歪められた捏造であったとすれば、事は構造的で根深く、かつ悪質でもあります。
日本国のアイデンティティを破壊するためには、"朝日・岩波史観"を基盤とする歴史家も手段を択ばないということになります。
それが古代史の世界に留まらず、現在のこの場での政治判断にも影響を及ぼすのですから事態は深刻です。
オカブさま (kuranishi masako)
2017-11-01 08:46:14
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 多胡碑の碑文に見られる”羊”に関する人名説は、江戸時代に創られたとされる多胡羊太夫伝説に引き摺られた部分もあるのではないかと思いますが、”給”の一字に注目しますと、官職への就任を意味する”任”でもありませんので、人名説には無理があるように思えます。にも拘らず、人名説=漢人説が定説化しており、それが、世界記憶遺産の説明文として付されるとしますと、その背後には、政治的意図=”朝日・岩波史観”を推測せざるを得ません。そもそも、歴史は事実を明らかにすることを基本としますので、”史観”といったイデオロギーを持ち込むこと自体に問題があるのではないかと考えております。

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