門前の小僧になりたいくらげ

学究的な空気に憧れて専門家の周りに出没しては雑感を綴るブログ。化石鉱物系がやや多し、の予定。

2017.05.28 羽根谷の巨石第一堰堤とさぼう遊学館〜学芸員と歩くふるさとの大地「西濃編」その4〜

2017年09月16日 | 古生物学・地学

 岐阜県博物館講座第4弾。ここまでくるともはや古生物学とは呼べないのですが、一応地学ツアーの一環なのでご容赦ねがいます。

 で、タイトルの羽根谷の巨石第一堰堤(はねだにのきょせきだいいちえんてい)って何?ってことなんですが。明治時代の木曽三川分流工事※で知られるオランダ人技師ヨハネス・デ・レーケが携わった砂防施設の一つです。つまりは砂防ダムのことですが、最近では貯水ダムや多目的ダムとの混同を避けるために堰堤と表現されるそうです。

 場所は・・・その名のとおり岐阜県海津市南濃町にある羽根谷です。羽根谷は養老山地の扇状地にある谷の一つで、津屋川・揖斐川に対しほぼ直角に急勾配で合流しています。そのためこの地域は豪雨のたびに土砂が流出し、下流域に被害をもたらしていたそうです。これを防ぐ羽根谷砂防堰堤(第一堰堤)および羽根谷砂防堰堤は国指定有形登録文化財になっています。

 が。養老山系にある谷はもちろん羽根谷だけではありません。養老山系の砂防河川だけでも40を数えるこの地域では当然ほかにも堰堤が数多く築かれています。なのになぜこの2堰堤だけがクローズアップされるのでしょうか?それはこの地域では最も古い明治期に竣工された堰堤であり、当時主流の土堰堤が主構造(一部石積み)の工法ではなく巨石空石積であること、規模・石の大きさともに最大級で、保存度も抜群であること、だからだそうです。

 ちなみに堰堤は大きく分けて透過型(permeable type)と不透過型(impermeable type)に分けられ、羽根谷の巨石堰堤は不透過型なのですが、このタイプだと土砂を完全に堰き止めようとするため下流の土壌がやせ細ってしまうこと、そしていずれ自らが堰き止めた土砂に埋もれてしまうので同一流域に次々に堰堤を作らなければならないことから、現在では透過型が普及してきているそうです。

                     

↑第一堰堤。スケールが伝わるでしょうか?↑第一堰堤から下流を望む↑国の登録有形文化財であることを示す看板↑竣工碑

  すぐ近くにあるさぼう遊学館は砂防堰堤と周辺の自然を題材に、土砂災害とそれに対する防災(砂防)を遊びながら理解していこうというテーマの施設で、この文章もここでいただいた資料を参考にして書いています。ありがとうございました。

 

 

 木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)を分離する近代技術を使った河川改修工事で、明治治水とも呼ばれる。

 

参考:学芸員と歩くふるさとの大地「西濃編」配布資料 MayJuly,2017 岐阜県博物館

   「養老山系の砂防(羽根谷)」発行年不明。内容を見るにおそらく1994年(平成6年)以降

   岐阜県土木部砂防課、岐阜県大垣土木事務所

 

 

 

 

 

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