【九里】を探して三千里

【くのり】と読む曽祖父の苗字を調べております。
各地の九里情報・伝承をご存知の方、是非教えて下さい!      

佐々氏と前野氏

2017-06-16 | 佐々氏 バラバラ情報

柏原藩の佐々氏は前野氏からきているそうである。
その前野氏とは、佐々成政の姉の夫の苗字である。

他の前野氏の系図を見たが、時綱~時基まではあっているのだが、柏原藩の系図ではそこで線が中断し、
【前野加賀守宗直】が登場する。

http://www.maeno3.com/m-ichizoku/m-mokuji.htm

のページに詳しい系図がある。すばらしい! ココから一部をお借りすると、

【時綱は鎌倉時代中頃の人、その子孫は世々前野邑に居りて繁衍衆多なり。
 織田豊臣の崛起に及び、勇を以て世に鳴る者、所謂る前野加賀守、前野又五郎忠勝、 前野兵庫らは皆其の子孫也。との注記も見ゆ。】とある。

ということは、前野加賀守は子孫である…と言えるだろう。

其の宗直の名前は見えないが、次の宗能は「五郎三郎宗義」のことだろうと思う。
其の弟からの系が、柏原藩の佐々氏となった前野氏である。

五郎三郎宗能の母親が、佐々成政の姉である!





ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 岡田氏と佐々氏そして永田氏... | トップ | 水茎岡山城(近江国)  九... »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
図説大津の歴史に (自閑)
2017-06-17 16:28:56
kunori様
既に知っている事実だとは思いますが、大津の図書館で、九里氏が有りましたので、報告します。
…政元が擁立した足利義澄が将軍に就いた。その義澄も、政元の死後の永正五年(一五〇六)前将軍の義材に京都を奪還され、近江岡江(近江八幡)の九里氏を頼ったが、永正八年同地で病没した。
と有りました。こっくりこっくり読んでおります。(/0 ̄)
そうなのです。 (kunorikunori)
2017-06-17 18:08:53
自閑さま

それは、九里氏の歴史の中で、一番有名なのですが、「九里滅亡」と言われた悲しい歴史なのです。
次のブログ記事にアップしてみました。

浄椿にとっては、「禍根」を残さぬように、あまり掘ってはいけない歴史だったようです。
こののち、九里氏はバラバラになってしまいます。


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。