【九里】を探して三千里

姉妹編【九里一族】に出会う旅に出かけよう!http://blog.goo.ne.jp/kunorikunori2
  

古代からのつながり(10)の追記 神々の考古学より(大和岩雄)その2.

2017-01-04 | 古代からのつながり
大和岩雄氏の著作より

八尾の鏡作坐天照御魂神社

冬至は一年の終わりと始まりの日だから、藤方義男・吉村貞司は、倭人伝の「春耕秋収の年配」を冬至正月とみている。…
このような自然暦に中国の暦法が加わったのが立春正月である。

立春正月を「日読み」の基本として、立春の朝日が三輪山山頂から昇るのを拝する位置に、最初の前方後円墳の石塚を築造したのだが、石塚は三輪山から昇る立春・冬至の朝日だけにこだわっているのではない。三輪山を基点として巨大なカレンダーを作っている。春分・秋分の巻向(纏向)山、夏至の竜王山は、三輪山の準じる聖山であった。このような三輪山山頂と石塚古墳の中軸線の結びつきを延長すると、田原本町八尾の鏡作坐天照御魂神社に至る。三宅町石見の鏡作坐天照御魂神社は、第八章の「天照大神の考古学」で述べたように、三輪山山頂から昇る冬至を拝する位置にあるが、八尾の場合は314の図のような位置にある。(314とは…三輪山山頂との線は立春立冬と結ぶことのできる線)

八尾の鏡作坐天照御魂神社の宮司夫人の観察によれば、立春の前日の節分の日に、朝日は三輪山山頂から昇り、(立冬の前日にも三輪山山頂から朝日は昇る)立春・立冬の夕日が二上山の雄岳・雌岳の鞍部に落ちるというから、この地は立春・立冬の前日が三輪山頂から昇り、立春・立冬の夕日が二上山の鞍部から沈むのを拝する聖地である。
この地でおこなわれる立春祭事は、現在まで継続されている。神社の御田植祭は田植え時期に行うのが普通だが、八尾の鏡作坐天照御魂神社では二月におこなう。(今は二月の日曜日をえらんでおこなう。)
二月の御田植祭は、節分や立春に三輪山山頂から昇る朝日を拝して、五穀豊穣を祈った祭事が、御田植祭とよばれたのであろう。・・・

この神社が「鏡作」の地にあって「天照御魂」の神社であることからみても、太陽祭祀「日祀り」のための神社であることは明らかである。鏡は日神アマテラス形代であることは、記・紀神話にはっきり書かれている。

~~~*~~~


ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 古代からのつながり(10)... | トップ | サムハラ神社 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

古代からのつながり」カテゴリの最新記事