【九里】を探して三千里

【くのり】と読む曽祖父の苗字を調べております。
各地の九里情報・伝承をご存知の方、是非教えて下さい!      

岡田氏と佐々氏そして永田氏をつなぐ九里氏

2017-06-14 | 岡田氏 バラバラ情報

岡田氏も、佐々氏も、そして永田氏も謎多き氏で、九里氏もまた謎だらけなので、この先に進めるのだろうか…と不安であるが、
まぁ、進めるだけ進めてみようと思う。

まず、前回書き忘れたが
□【永田氏】の始まりは宇多天皇の第八子【敦実親王】である。

敦実親王(あつざねしんのう、寛平5年(893年) - 康保4年3月2日(967年4月14日))は、平安時代中期の皇族。宇多天皇の第八皇子。母は贈皇太后・藤原胤子で、醍醐天皇の同母弟。官位は一品・式部卿。六条宮を称した。

次に、【佐々氏】

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/780393

コマ18と19 
まず【良岑姓佐々氏】
□その始まりは、桓武天皇の第七子【良岑安世】である。

良岑 安世(よしみね の やすよ、延暦4年(785年) - 天長7年7月6日(830年8月2日))は、平安時代初期の皇族・公家。桓武天皇と百済永継との間の皇子。異父同母兄に藤原真夏・冬嗣がいる。官位は正三位・大納言、贈正二位。

安世の次に来るのが「宗貞」=遍昭 【 天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ 】

遍昭(へんじょう、弘仁7年(816年) - 寛平2年1月19日(890年2月12日))は、平安時代前期の僧・歌人。俗名は良岑 宗貞(よしみね の むねさだ)。大納言・良岑安世の八男。官位は従五位上・左近衛少将。花山僧正とも号す。六歌仙および三十六歌仙の一人。

その次が「椋橋玄理」…と続く。(wikipedia)

□【岡田氏】の始まりは清和天皇四世孫満仲弟の満政であった。
□【九里氏】の始まりは江州中原氏でもっとさかのぼると天武天皇~舎人親王であった。
(ただし、柏原 織田家臣系譜には 九里八郎右衛門政直(岡田)からしか載っていない。)

皆、後からの「仮冒」なのだろうか?
どのように解明していけば、事実か事実でないかがわかるのだろう。。。

途中で不明な点があれば「仮冒」とするならば、皆怪しげである。

さぁて、困った。また振り出し。もう少し考えてみよう!


遍昭は花山の元慶寺を建立し、貞観11年(869年)紫野の雲林院の別当を兼ねた。仁和元年(885年)に僧正となり、花山僧正と呼ばれるようになる。その雲林院の境内の門前の駒札には、僧侶であり、歌人として知られた西行の詠んだ歌が記されているそうである。(wikipedia)

【 これやきく 雲の林の 寺ならん 花を尋ねる こころやすめん 】



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