【九里】を探して三千里

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シーモア・バーンスタインの言葉 ~ 【シーモアさんと、大人のための人生入門】

2016-10-15 | 日記
今、とても見たい映画デス。http://www.uplink.co.jp/seymour/

■シーモアさんと、大人のための人生入門 (2014/アメリカ/英語/81分)

第39回 トロント国際映画祭 観客賞 ドキュメンタリー部門3位

劇中でのシーモア・バーンスタインの言葉

音楽に情熱を感じていたり、楽器を練習する理由を理解していれば必ずできる――音楽家としての自分と普段の自分を、深いレベルで一体化させることが。するとやがて音楽と人生は相互に作用し、果てしない充実感に満たされる。


音楽の教師が生徒にできる最善のことは、生徒を鼓舞し 感情的な反応を引き出させること。音楽のためばかりではない。人生のあらゆる場面で、重要なことだから。


音楽に対する最初の反応は、知的な分析なしに起こる。たとえば才能豊かな子供は、音楽の構造的なことや背景を知らずとも、音楽をとても深く理解できる。こうした無知さには、大人も学ぶことがある。だからこそ練習の時は、過剰な分析を避けるべきだ。そして音楽そのものの美が現れるままにする。さらに自分も、その美に感化されるままにする。禅の思想家は言った。“菊を描く者がすべきことは、自身が菊になるまで10年間、菊を眺めることだ”


私は生まれつき知っていたのだろう――人生とは そういうものだと。衝突も喜びも調和(ハーモニー)も不協和音もある。それが人生だ。避けて通れない。音楽も同じで、不協和音もハーモニーも解決(レゾリューション)もある。解決の素晴らしさを知るには、不協和音がなくては。不協和音がなかったらどうか? 和解の意味を知ることもない。


誰もが皆、人生に幸せをもたらすゆるぎない何かを探している。聖書に書いてある――救いの神は我々の中にいると。私は神ではなく、霊的源泉と呼びたい。大半の人は、内なる源泉を利用する方法を知らない。宗教が腹立たしいのは、答えは“我々の中にはない”と思わせていること。答えは神にあると。だから皆、神に救いを求めようとするが、救いは我々の中にあると私は固く信じている。


私の年齢になると、ごまかしを一切やめる。人にウソを言わなくなり、自分の心のままを語るようになる。相手が喜ぶことを言うのではなく、真実を言うことこそが、相手にとって最高の褒め言葉だと分かる。


自分と音楽とのつながりを考える度、いつも同じ答えに行きつく。普遍的な秩序だ。夜空の星座が普遍的秩序を目で確認できる証拠ならば、音楽は普遍的秩序を耳で確認できる証拠と言える。音楽を通じて、我々も星のように永遠の存在になれる


音楽は悩み多き世に調和しつつ、語りかける――孤独や不満をかき消しながら。音楽は心の奥にある普遍的真理、つまり感情や思考の底にある真理に気づかせてくれる手段なのだ。



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