【九里】を探して三千里

【くのり】と読む曽祖父の苗字を調べております。
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古代からのつながり(10)の追記 神々の考古学より(大和岩雄)その1.

2017-01-02 | 古代からのつながり

以前書いた記事の続きとなるようなことが本の中に書かれていたので、メモ的に書いておきたい。追記

古代からのつながり(10)の続き
http://blog.goo.ne.jp/kunorikunori/e/41005fb917f997288a5dbf94a3de5fe3

奈良県田原本町八尾にある鏡作神社(天照御魂神社)
http://www.genbu.net/data/yamato/kagami1_title.htm
この神社を基点とし、二至・二分の方位線の先に山があるという、暦(コヨミ)的役割を示していた場所なのだ。

では、大和氏の本よりその箇所を書きぬいておきたい。

八尾の鏡作坐天照御魂神社
本居宣長は、「真暦考」で、
天地オノズカラナルコヨミニテ、民ハ授ケザレドモ、時ヲバミヅカラヨクシルコトニテ、マズ去年マキオキシ青菜ノ花ノ咲ルヲ見テハ、
苗代時ヲシリ、ツクリオキシ麦ノ穂ノアカラムヲ見テハ、田植ルトキヲシリ、又ソノ穂ノ刈時ヲモテ、又麦マク時ヲシルガ如ク、年々カクシテモユカバ、イカデカ其時々ノシリガタキコトアラム と書く。

この素朴な農業暦を古代日本人の「コヨミ」と宣長がみるのは「魏志」倭人伝の「春耕秋収」という表現にこだわったからだが、われわれの先祖は縄文時代から二至・二分を「観測」し太陽祭祀をおこなっていたから、太陽の運行にもこだわっていた。素朴な太陽暦と農業暦がミックスしたのが、古代日本人の「コヨミ」である。

その「コヨミ」の一年とは、日照時間の一番少ない日の朝日が、彼らの集落地から見て一番右端の目的物(山頂、稜線の突起したところ。山の鞍部や、巨岩・巨木など)から昇るのが、一年の始まりで(当時)、そこから朝日の昇る場所は毎朝左に移動して、左端に至って(夏至)、又最初の目標物に戻って、一年は終わるとみていた。

続きは、明日に。


読みにいらしてくださっている方々へ 

いつも見えざる方々に力をいただいております。ありがとうございます。

皆様にとりましても、健康で充実の年となりますよう祈念いたします!



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