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古代からのつながり(10)   「鏡」の周辺を考えてみる

2016-10-22 | 古代からのつながり
神功皇后が架空の人物かもしれないという情報をいただいてから、彼女不在の展開を思いめぐらし悩んでいたが、久里双水古墳の鏡は実物があるので『鏡』というキーワードで何か繙けないかを探っていた。

玄松子の記憶さんのHPからの情報を中心に他の情報も取り混ぜて
『鏡』のついた神社で気になったものを書き留めてみようと思う。


【鏡作神社】(大和国)奈良県磯城郡田原本町八尾 
 施基親王(またの名前が田原天皇)の末裔である長井真人のこともあり、気にかかる。
 (多神社も田原本町)「中原は多氏でもあり、古事記の太安万侶を輩出する。」のweb情報があったはず。

この神社のご祭神は、 石凝姥命(いしこりどめのみこと)別名は伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)・石凝戸辺(いしこりとべ)

鏡作りの神。鏡作の遠祖・天糠戸の御子。
『古事記』に、天岩屋戸神話に登場する神で、天照大御神を招き出すため、 鍛人天津麻羅を求ぎて伊斯計理度売命に鏡を作らせたとある。

『日本書紀』の一書では、思兼神が天照大御神の姿を写すものを造って、招き出そうと考え、 石凝姥に天の香山の金を採り、日矛(立派な矛の義。日の神の矛、茅をまきつけた矛、または八咫の鏡)を作らせたとある。

 また他の一書には、鏡作部の遠祖・天糠戸に鏡を作らしめとあり、 さらに別の一書には、鏡作の遠祖・天抜戸(=天糠戸)の子・石凝戸辺が作った八咫の鏡を懸けたとあり、 鏡作の遠祖である天糠戸の御子であることがわかる。

天孫降臨に際し瓊々杵尊に従った五伴緒神(五部神:天児屋根命、太玉命、天鈿女命、石凝姥命、玉屋命)の一柱。


【鏡作坐天照御魂神社】 http://www.genbu.net/data/yamato/kagami1_title.htm
かがみつくりにますあまてるみたまじんじゃ 奈良県磯城郡田原本町大字八尾
創立は崇神天皇六年とみられている。『大倭神社注進状裏書』によれば、天照大神が天岩戸に籠った時、石凝姥命が、天香具山の銅を取って鏡を鋳て日の像を作ったという。

栗里先生雑著のなかに、重要なワードが記載されていた。鏡作(加加都久利)郷
この加加都久利で検索してみると、

『和名類聚抄』に記される郡内の郷。

賀美
大和(於保夜末止)
三宅(美也介)
鏡作(加加都久利)
黒田(久留多)
室原(也本也)

…とでてきた。式下郡(しきげぐん)は、奈良県(大和国)にあった郡で、この中に田原本町の一部が含まれていた。

おまけの情報もあり【加紫久利神社】がでてきた。
かしくりじんじゃ
鹿児島県出水市下鯖町1272 この【出水】が邪馬台国ではないか…という本が出ている。
 張明澄著『誤読だらけの邪馬台国』(久保書店刊)

一、由緒
 御鎮座年代は詳かではないが、遠く奈良朝のころの創建と 云われる。既に貞観二年(一八六〇)三月薩摩国従五位下加紫 久利神加従五位上と三代実録に載せられている。
 延喜式には、薩摩国頴娃郡枚聞神社(薩摩一の宮)薩摩国出水郡加紫久利神社と薩摩国では二社記載され ており、古来薩摩二の宮として代々朝廷の崇敬厚く信 仰の中心であった。


【鏡作麻氣神社】(かがみつくりまけ・大和国)ご祭神は天麻比止都禰命(あまのひとつねのみこと)だそうで、別名・天目一命(あめのまひとつのみこと)・天久斯麻比土都命(あまのくしひとつのみこと)だそうである。奈良県磯城郡田原本町大字小阪

金工鍛冶の神。作金者の神。鉱山師の神。筑紫・伊勢両国の忌部の祖神。天津日子根神の御子。

『古語拾遺』に、天照大御神が天岩屋戸に隠れた神話では祭具としての刀剣や斧、鉄鐸を作る役をしている。 『古事記』ではこの役をやっている神は鍛人天津麻羅となっており、同神とする説がある。あるいは天津麻羅は鍛冶職人という一般名詞とする説もある。



【鏡作伊多神社】【鏡神社】(近江国)は次回に!




コメント (1)
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