くにみ塾通信

Kunimi Juku's Bulletin

自信

2017-04-28 19:59:51 | 塾生へ
 裏メニューは、はじめての方だとお断りすることのあるコース。卒業生とか、そのご兄弟とか、つてを頼ったご相談だとかに対応させていただくことがあります。例えば、就職活動の伴走。エントリーシートとか、小論文や面接の対策。ほとんどの日が小中学生の授業で埋まっていますので、夜9:40ごろからの対応です。夜遅くても大学生だから、ま、いいか。
 志望動機と言ったって、就職しないといけない年代になってそれらしいところを探しているのですから、どうしてもこの職場で、なんてそう簡単に言えない。この仕事がしたい理由はこうだといったところで、その仕事に対する認識がそう深いわけでもない。それでも、プレゼンは堂々と語ることが強いことだ、上手なことだという思いもあって、抽象的なことばをそれらしく見事に並べ立てます。まずは、これをついていじめる。
 自分をアピールしなくてはいけないので、いかに自分が素晴らしいかを、いかに上手くできるかを滔々と語る。…自慢をしてほしいのではありません。だから、突き崩していじめる。
 頑丈な鎧で武装しなくても、ちゃんとあなたの良さは伝わります。自分の得意なところだけでがちがちに固めて、弱みに触れられることを恐れ、目をそらすのではなく、一度、みつめてみましょう、自分を。今わたしの前であなたの短所、欠点を見せたところで、あなたの良さが消えるわけでもない、否定もしない、だから自信を持って。自信を持って自分と向き合う練習。
 本当に口に出してはいけないような自分の欠点や短所は言わなくてもいいから、これなら言っていいかなという短所を考えてごらん。それを意識して、そこを補おうと努めている自分を探してみましょう。
 転ばないのが偉いのではなくて、転んでも起き上れるあなたを求めています。困難な課題をうまくこなせるにこしたことはないけれど、上手くいかないとにぺしゃんこにならず立ち向かえるあなたであるか。リーダーシップは大事だけれど、リーダーではない位置でもやっていく気はあるのか。何が正解かわからないような質問も投げかけられるかもしれません。正解はなくても、不正解はあるかも。
 自分をわかろうとするには、相手の目に映った自分を見ることも要りそうです。自分で自分を見るのは難しい。こうでありたい自分と、こうである自分。
 テストがあるから勉強するように、就職試験があることは、自分を知るチャンスでもあるかもしれません。弱い自分が見えてきても、自分を否定してはいけません。ダメな自分が見えてきても、否定するものではありません。自信をもつことで、冷静に見ることができるように思うのです。
 教室で偉そうなことをしゃべっていますが、いざ書いてみると恥ずかしい。自分のことを棚にあげなくてはやっていられない感じです。

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はなのいろ

2017-04-27 17:38:31 | 塾生へ
 はなやかな花の季節の到来です。はなやかさが、明るい日差しにいよいよ映えます。木があるだけと思っていた場所に花が咲くと、「こんなところにヤマザクラがあったのか」と嬉しくなったり、植樹帯のツツジが咲いて初めて目をとめたり。何とも思わなかったところに、花がひらいて、はっと気づきます。
 人でもモノでも、当たり前にそこに存在しているときには、とりたてて何とも思わなくても、あるときはっとさせられることがあります。「ここにいるよ」「わたしよ、わたし」「ぼくだよー」と声高に言わなくても、見えています。注目されない時の中にも、誰かの目が見ていたりします。いい意味でも悪い意味でも。見ているし、見られているし。
 春の終わりの日差しのキラキラと、がんばる子どもたちのキラキラが重なります。中学1年生の生徒たちが、授業でよくできている同級生に「キラキラ○○ちゃん」「ぴかぴか○○ちゃん」と讃えています。講師から見ると、みんな「キラキラ1年生」です。

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ためいき

2017-04-26 16:42:11 | 塾生へ
 明るいことを書きたいけれど、暗いなあ。まあいいか。
 溜息をついていたら、ある人が昭和のころの歌を教えてくれました。「何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬ ことばかり 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆(あほう)の 絡み合い どこに男の 夢がある」なんか聞いたことがあるような気がするとは思うのですが、古すぎてはっきりとはしません。昔の人も、やりきれないと思いながら生きていたからこの歌がヒットしたのでしょう。そうそう、そのとおり、まったくだ、なんて思いながら聞き、口ずさんだのでしょう。
 いつの時代でも、歌に励まされたり慰められたりします。この気持ちをまわりの誰もわかってくれないと嘆いていても、歌を聴くと、実に自分のことを歌ってくれているよう。わかってくれているような。寄り添ってもらえる安心感、嬉しさ。それと同じかなあと。
 若くても、若くなくても、ずっと年を重ねていても、それぞれの時の中で溜息をついて、寄り添ってくれるものに励まされたり慰められたりするものなのかと思ったのです。
 雨ふりですが、塾の中は今日も元気です。クウちゃんも走っています。生徒も、元気にしています。こんなことでほっとする日もあります。

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所属

2017-04-25 19:53:04 | 塾生へ
 生徒だった人がはばたきます。長いことこういう仕事をしていると、多くの子どもたちと接し、時を経てみんなそれぞれにはばたいていきますが、取り立てられるような「何者」かになっていく人も当然増えていきます。○○大学で学んでいるとか、一流と言われる会社で働いているとか、海外で活躍しているとか、お医者さんになったとか、弁護士さんになったとか、料理人になりましたとか、写真で身を立てているとか、はかなげだった女の子が4人の子の母になったとか。何者でもない時期に出会っておいて、出藍の誉れというのも厚かましいのですが、それでもそれぞれに嬉しいものです。
 日本人が海外で活躍しているというのは嬉しいニュースです。日本を旅行中にお財布を落とした外国人が、ちゃんと戻ってきて感激したという話を聞くのも、誇らしく嬉しいことです。自分の出身県のタレントさんがもてはやされているとなぜか自慢げに思います。京都や奈良には国宝がやたらにあると自慢げに言いたくなります。八重桜の写真の背景に少しだけ映っているのは、東大寺転害門の屋根ですがこれも国宝。わたしのものでも何でもないのに、歩いて行けるところにこんなすごいものが、当たり前に存在しています。お国自慢というのもあるけれど、なんだか。
 「うちの部のOBがプロ野球選手」なんて言うのも自慢になりそうです。何者かである人と同じ才能や同じ努力もしないくせに、その集団に属しているということで、自分まで偉くなったような気になります。ああ、軽薄。解っているのに、そんなもの。
 身近に、花が咲いて実っていくのが楽しみ。オトナも充実に恥じない進化を。深化も。

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お天気

2017-04-24 17:40:32 | 塾生へ
 よく晴れた日曜日、所用で出かけたついでに奈良公園を歩いてきました。国立博物館では快慶展をやっています。気になるのですが、体調が万全でもありませんので、今回は自粛。そのかわりに地下のミュージアムショップにだけ立ち寄って、予習がてら本をパラパラ、のつもりが、じっくり。
 青空を背景にヤマザクラ、東大寺の西の転害門のところには「奈良の八重桜」、そのすぐそばの、さんまさんの出身らしい小学校の正門前には「御衣黄(ぎょいこう)」という黄色いさくら。写真、上手に撮れませんでしたが、晩春のずいぶん力を増した日差しに映えます。明るいけれど眩しすぎないほどの日差し。冷たくもなく乾きすぎてもいない風。本当に良いお天気で、心の澱が浄化されるように感じます。
 気持ちの晴れないときには、どんなに外が良いお天気だろうと、土砂降りだろうと、重いままです。でも、ちょっと何とかなりそうなくらいなら、青空につられてみるのもいい。爽やかな風に誘われてみるのもいい。内側を向くことで得る深い思索もあるので、内向きなら、それも結構。そこで苦しむのも悪くない。でも、でも、でも。それで見えなくなるものも、感じられなくなるものもあります。陽気に誘われて解放されるといいのに。
 国内でも地方によって気候が違います。晴天率によって人の気質に違いが出るのでしょうか。人の心をお天気になぞらえたとして、晴れの日だったらいいねと思います。ちょっとそう思う生徒のことが気になっています。

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スタートのないゴール

2017-04-20 20:50:19 | 塾生へ
 今日が終わると明日になり、明日になればその日は今日になって、何の起伏もない時の進行の中に、何時何分、何月何日という区切りをつけて、入学式や始業式のスタート地点がおかれます。出発点、始点。入学式や始業式や何かのきっかけの時に、自分自身でそのスタートを意識したならいいけれど、あいまいなら、日々ゴールに向かってすすんでいくと考えるのは、どうもしっくりこないかもしれません。
 周りからは、高校受験での合格をゴールとされているけれど、「よーいドン」ってやったけ?それともみんなは自分のタイミングでスタートなの?そもそも、スタートしたっけ?
 心の中の思いが、頭のなかにうまく届かないとき、本や詩のことばが助けてくれます。ドイツの詩人ブレヒトの作品の一節。「ああ、スタートしなかったものがゴールについたのだ。だが物事はおよそかくの如くでなかったろうか。」これは、「バラを訪ねようとて、来たのではなかったが、来てみたらそこにバラがいた。」の締めくくり。
 気合を入れること、目標をはっきりさせることも大事。くにみ塾は、それはもちろん役目でもあるので、スタートだよーと意識させ、ペースを示し、登山で言ったら何合目だとかなんだとか、とかく誘導をします。でも…そんなに気張ったスタートやがむしゃらな歩みをしなくてもきちんとしたゴールにたどり着けるような日々の過ごし方でもいい。怠けていてもなるようになるからへっちゃらと言っているのではなく、そこには正直な丁寧な過ごし方は必要でしょうけれど。

 玄関の花を替えました。赤や濃いピンクのさつきで、どーんと華やかです。元気のもとになるといいな。

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ニーチェとか・・・

2017-04-19 21:14:43 | 塾生へ
 小学生5年生の国語テキストに、「たとえば哲学か化学かという問いの立て方などにみられる…」という文章が出てきました。易しくはありません。オトナでも、何言ってんだ?となるかもしれません。ただ、これは問題文ですので、深い内容の理解ができていなくても設問には答えられます。
 そうはいってもせっかく出会った文章ですから、すこし噛んでみようと思いました。まず「哲学」ということばから、と思ったらすかさずNくんが、「ニーチェとかアリストテレスとか…」と発言しました。高校生のご兄弟が読んでいた「哲学バトル」という本を見たようです。兄弟効果バツグン。
 哲学者の名前を知っているだけでしょう?でも、名前を知っていれば、次にそれにかかわることに出会った時に、心に引っ掛かります。キャッチできます。それぞれの発達段階で、それぞれの理解の範疇で、知ること。コドモですから、経験の伴わない、ともすれば頭でっかちなもののこともありますが、それはそれで、宝物のカケラです。
 今日の授業も楽しかったと、一人悦に入っています。

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やくそくごと

2017-04-18 21:54:01 | 塾生へ
おうちでの約束事をきくと、それぞれの違いに生徒同士、「えーっ」と驚きます。
生徒1「朝7時までに起きなかったらテレビは見てはいけないので、もう半年ぐらい見ていない」生徒2「朝7時までに起きなかったら、塾やめさせるって」
おうちの約束ではないけれど、スマホデビューの生徒の多いこの時期、塾でも簡単な約束やアドバイスだけはしています。「スマホは必要な面もあるし、おもちゃとしての面もあるよねー」と言ったところ、Mさん、「中学生にとって必要ってどんな時?」と。早い時期から所有しているようですが、どうやら100%おもちゃの認識だったのですね。スマホを欲しがる子どもが、必死でその必要性を訴えるのとは対照的で、おもしろい発言でした。
おうちのみなさん、スマホについての約束ごとをどうか早めに。「こらっ」とか「もおっ」と思ってからの約束は愉快なものではありません。
約束ごと、きまり。たいせつです。

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すきなこと

2017-04-14 22:08:17 | 塾生へ
 「好きなことなら頑張れる」本当にそう?
 好きなことって、どのくらい好きなことをイメージしたらいいでしょう。上手だから好きとか、よくできたねと褒められたから好きになったとか、なんとなく好きだとか、いろいろありそうです。
 スポーツ選手がきついトレーニングをしたり、精神的に追い込まれたりしながらも、その競技を続けるのは好きだから?好きなことってどうとらえればいいのかなあと、ちょっと考えてみました。
 中学生や高校生が、英語が好きだからその勉強を頑張れるとか、歴史が好きだからその教科が頑張れるとか、そういうのもありますが、そこには、「真剣」ということばも鍵になるのではないかと思います。真剣になったことについては、難しいことも、たいへんなことも、楽しいにつながる。身について、モノになる。そんな感じかなあと、ある若い漫画家さんとの出会いをきっかけにした、つれづれなる思いです。

 真剣さの足りないお気軽なお花の稽古は、何十年続けてもだめそうで、あたまうち。壁を越えられないのか越える気がないのか…。桜の盛りを過ぎましたが、春はピンクの花だけでなく黄色い花もぴったり。レンギョウとシンビジウム、ドラセナの緑と、ラナンキュラスの赤をポイントにして飾りました。

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国語は疲れる

2017-04-13 20:35:19 | 塾生へ
 どの教科も、もちろんそれなりの自信や確信をもって指導していますが、とくに国語ははずせません。宿題は、漢字テストの準備と、読解問題の予習を少しだけ。授業も、学年配当のテキストを余してしまうほどしか進みません。その少ない範囲をよく読ませてよく考えさせる。いっしょに読み解く。読み解くといっても、学校の教科書のように繰り返し読む題材ではなく、演習形式です。テストで点が取れることを意識させるために、解答のコツやテクニックなどの技術的なことも織り交ぜます。
 「教える」よりも「考えさせる」が重要な国語は、ほんの数回やったから飛躍的に得点が伸びるというものではありません。伸びるには、宿題(予習)ができるようになること。これがはじめの段階。宿題なので誰でもできそうですが、解答欄をただ埋めるのではなく、よく考えて埋めてくる。これができるようになると、読めたか読めなかったが自覚できるようになります。ひらがな、かたかな、漢字で成り立つ文章なので、発音はできますが、内容を読み取れたかどうかということです。
 未知の事柄や概念がいっぱいの文章。10代にとっては遠く思える思想。今日の中学3年生の国語では、ちょっと古いなとも思いますが、亀井勝一郎の文章でした。易しくはありません。このトレーニングが、文系理系を問わす、高校生後半から大学生の学習で真価を発揮してくれるのではないかと思っています。また、おとなになってからの精神生活を深く豊かにするものであると嬉しいと、厚かましくも思っています。
 中学2年生のSくんが、国語の授業終わりに、「はあっ。疲れたー。国語ってめっちゃ集中するから疲れるわー。」と言いました。
 「難しいことを考える」という苦しいことをサボらせないために、展開を工夫し、発問を工夫し、生徒の返答を広げるなど、あの手この手。だからこそ、Sくんのことばは嬉しかったのです。

 塾の前の桜並木が夕日を受けています。満開をすぎてからの好天、でもまだまだきれいです。

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