クニの部屋 −北武蔵の風土記−

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

語学が苦手なのに無謀な“翻訳”に挑戦したお死者さんは?

2012年02月06日 | ふるさと人物部屋
ぼくが英語の勉強に夢中になったのは、
英語教師が好きだったからというややもすると不純な動機だったが、
必要に迫られた人の語学に対するエネルギーはすさまじい。

その人物とは“杉田玄白”。
歴史の教科書でおなじみの蘭方医である。

玄白は藩医の子として生まれ、
幼い頃より医術は身近なものだった。
元より志のある人だったらしい。
青年時代に、外科に新しい領域を見出そうと決意。

しばらくしてオランダ医学に出会い、
江戸に宿泊するオランダ人たちを訪ね、熱心に話を聞いた。
やがて玄白が手にしたのは『ターヘル・アナトミア』という外科の原書だった。
ページを広げてみると、緻密な図版が掲載されている。
そしてズラズラ並ぶオランダ語の文字。

ある日、刑死体の解剖が千手骨ヶ原で実施され、
玄白はそれを見に行く。
そして、肌身離さず読んでいた外科原書の正確さを、
目の当たりにするのである。

とはいえ、玄白はオランダ語ができたわけではない。
図版の正確さを目の当たりにし、原書を翻訳を決意する。
翻訳して日本人にも読めるようになれば、
医術界に大きな影響を及ぼすだろう。

この原書の翻刻作業には、
玄白のほかに“前野良沢”と“中川淳庵”が加わる。
オランダ人女性に惚れていたわけではない。
純粋な向学心と日本のためを思って翻訳に打ち込むのである。

講師がわかりやすく書いた参考書もなければ、
インターネットもない時代である。
「無謀」とも呼べる挑戦だったかもしれない。
玄白自身、櫓も舵もない船で大海原へ乗り出していったようなものだと、
後年『蘭学事始』で述懐している。

しかし、人間やると決めたら、実際に行動する人の方が強い。
後込みして一歩進まなければ、何も始まらないのだ。
「所詮は無理」と言われようと、
人からの批判を恐れず行動した人が“勝ち”なのだ。
玄白も同書で、のちのそしりを恐れているようでは、
何もできぬと述べている。

かくして、翻訳を決意してから3年後に
『ターヘル・アナトミア』の訳書『解体新書』が完成するのである。
三人が額を寄せ、頭を悩まし、苦心して完成させた日本人による翻訳だ。
玄白たちの喜びは一入だっただろう。
また、日本における「翻訳」に大きな影響を及ぼすことになった。

玄白先生が教えるところは、「後込みせずにやれ」ということだろう。
動機はなんでもいい。
世界の入口は、人の数だけある。
ただ、そのあと継続し、高い壁が立ちふさがっても、
「無理」と自ら退かずに挑戦する人はどれほどいるだろう。

文化の歴史で名を刻んでいる人の多くは、
「初めて」を成し遂げた人である。
人は常識を越えたものに遭遇すると、
後込みをするし、ときには批判をする。

「常識」を絶対の基準にすると、
事なかれであっても、新しい創造を成し遂げることはない。
「常識」の先に新しさがある。

杉田玄白が外科原書の翻訳を決意したのは39歳のとき。
決して若くはない。
しかし、後込みせずに、羅針盤も持たないままに挑戦した。
そのエネルギーは、新しい時代の到来を予感した日本人の
エネルギーそのものだっただろうか。

無謀な挑戦をしたゆえに現在の「杉田玄白」がある。
もし後込みして行動に移さなかったら、
教科書に載ることはなかっただろう。
その名はとっくに死んでいたに違いない。
ジャンル:
埼玉県
キーワード
オランダ語 ターヘル・アナトミア オランダ人 オランダ医学 ややもすると
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