
目医者へ初めて行ったのは、保育園にも上がっていない頃だ。
3歳くらいだろうか。
祖母の自転車の後ろに乗せられて、
目医者へ行ったのをぼんやり覚えている。
なぜ目医者だったのかわからない。
記憶の中で、葛西用水路の橋と、川沿いにあるうどん屋さんが、
頭の隅に残っている。
元来、目はいい方だった。
視力検査でもいつも両目とも1.5。
知的男子に憧れてメガネをかけたかったのだが、
十代、二十代とついに無縁だった。
(だて眼鏡はこっそり持っている)
ところが、ここ最近になって右目の視力が急激に落ちた。
あつまつさえ、気になる検査結果が出る。
そこで、数十年ぶりに目医者へ行った。
目医者の要領は遠に忘れている。
内科と違って空いているだろうと思ったら大間違い。
満席である。
広い待合室を年輩の人たちが埋めている。
その中で、元校長先生とばったり会った。
白内障の手術をしたらしい。
座り話をしていると、ぼくの名前を呼ばれる。
ところで、埼玉県久喜市に有名な眼医者がいたという。
その名は“久喜周琢”と“久喜周了”。
家筋は同じで、後者が本家だという。
久喜で眼の専門の診療所を設け、人々に治療を施していた。
かなりの名医で、その名は近郷に轟いていたらしい。
江戸時代後期に津田大浄が記した『遊歴雑記』には、
次のように紹介されている。
両家おのおの眼療を専らにし出精して仁術を施すにや 名誉の風聞あれば
東武の人ハ勿論 近国よりも目を煩うもの日々入来り群をなせば
両医いよいよ家を広ふし 猶又眼病の者のミ止宿する旅店ありて
医師より指図して滞留なさしむ
津田大浄自身、治療のためではないが久喜を訪れている。
知人の小川宗助のところへ訪ねたが留守。
久喜の旅店に一泊し、周辺を散策した。
昔から眼病を患う人は多いということだろうか。
目医者と言うと、ぼくはつげ義春氏の『ねじ式』を思い出す。
あの作品の中に登場する目医者がとても印象的で、
『遊歴雑記』の上記の一文に『ねじ式』を連想してしまうのだ。
2011年の暮れから通い始め、2月で終わった。
治療というより、検査の連続である。
いつ行っても病院はいっぱいで、
それでいて長時間待たされることはなかった。
二人の眼科医と出会った。
共に女性である。
商店を見て思うように、
なぜこの人たちは眼科医になろうと決めたのだろう。
内科、循環、歯医者など選択肢はいろいろある中で、
なぜ眼科医なのか。
もちろん、先生に直接訊けるわけがない。
いいのか悪いのかわからないが、
何でも背景や舞台裏を知りたくなるのはぼくの癖だ。
目医者へ行くたびにそんな疑問がふと起こり、消えていく。
『遊歴雑記』に登場する久喜の眼科医のことは、
ぼくの目医者通いが終わってから書こうと思っていた。
すぐに書けると踏んでいたが、
早くも2月になってしまった。
何事もなく書けたことを良しとしよう。
3歳くらいだろうか。
祖母の自転車の後ろに乗せられて、
目医者へ行ったのをぼんやり覚えている。
なぜ目医者だったのかわからない。
記憶の中で、葛西用水路の橋と、川沿いにあるうどん屋さんが、
頭の隅に残っている。
元来、目はいい方だった。
視力検査でもいつも両目とも1.5。
知的男子に憧れてメガネをかけたかったのだが、
十代、二十代とついに無縁だった。
(だて眼鏡はこっそり持っている)
ところが、ここ最近になって右目の視力が急激に落ちた。
あつまつさえ、気になる検査結果が出る。
そこで、数十年ぶりに目医者へ行った。
目医者の要領は遠に忘れている。
内科と違って空いているだろうと思ったら大間違い。
満席である。
広い待合室を年輩の人たちが埋めている。
その中で、元校長先生とばったり会った。
白内障の手術をしたらしい。
座り話をしていると、ぼくの名前を呼ばれる。
ところで、埼玉県久喜市に有名な眼医者がいたという。
その名は“久喜周琢”と“久喜周了”。
家筋は同じで、後者が本家だという。
久喜で眼の専門の診療所を設け、人々に治療を施していた。
かなりの名医で、その名は近郷に轟いていたらしい。
江戸時代後期に津田大浄が記した『遊歴雑記』には、
次のように紹介されている。
両家おのおの眼療を専らにし出精して仁術を施すにや 名誉の風聞あれば
東武の人ハ勿論 近国よりも目を煩うもの日々入来り群をなせば
両医いよいよ家を広ふし 猶又眼病の者のミ止宿する旅店ありて
医師より指図して滞留なさしむ
津田大浄自身、治療のためではないが久喜を訪れている。
知人の小川宗助のところへ訪ねたが留守。
久喜の旅店に一泊し、周辺を散策した。
昔から眼病を患う人は多いということだろうか。
目医者と言うと、ぼくはつげ義春氏の『ねじ式』を思い出す。
あの作品の中に登場する目医者がとても印象的で、
『遊歴雑記』の上記の一文に『ねじ式』を連想してしまうのだ。
2011年の暮れから通い始め、2月で終わった。
治療というより、検査の連続である。
いつ行っても病院はいっぱいで、
それでいて長時間待たされることはなかった。
二人の眼科医と出会った。
共に女性である。
商店を見て思うように、
なぜこの人たちは眼科医になろうと決めたのだろう。
内科、循環、歯医者など選択肢はいろいろある中で、
なぜ眼科医なのか。
もちろん、先生に直接訊けるわけがない。
いいのか悪いのかわからないが、
何でも背景や舞台裏を知りたくなるのはぼくの癖だ。
目医者へ行くたびにそんな疑問がふと起こり、消えていく。
『遊歴雑記』に登場する久喜の眼科医のことは、
ぼくの目医者通いが終わってから書こうと思っていた。
すぐに書けると踏んでいたが、
早くも2月になってしまった。
何事もなく書けたことを良しとしよう。









