クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

京極夏彦氏の「本の読み方」の本を読みたい ―コトノハ―

2017年08月09日 | コトノハ
 (本が)面白くないというのはそこが酌めない人でしょう。ぼくの場合は、もし読んで面白くない本があったりしたら、自分にそれを『読み取る力』が欠落していたのだと判断して逆に反省してしまいます。そもそもぼくは本を悪く言うこと自体が嫌いなんです。
(ダ・ヴィンチ編集部編『究極の10冊物語』京極夏彦の章より、ダ・ヴィンチブックス)

巷には多くの読書術が出ている。
経営者、コンサルタント、医者、元官僚、学者など書き手の立場はさまざまだ。
小説家の書いた読書術がないこともない。

興味があるのは小説家の京極夏彦。
本に対する愛情、膨大な蔵書量など、けた違いであることはよく知られている。

もしも京極氏が読書術のようなものを書いたならば、
どんな内容になるのだろう。
思いが強すぎて1冊にまとまらないかもしれない。
それとも「弁当箱」のようなボリュームになるだろうか。

管見によるが、多くの読書術は実用的なもの。
本を読んで(インプット)して、
それをいかに活かすか(アウトプット)ということに焦点が当てられていると思う。
大雑把に言えば、読書によって仕事の能率を上げ、収入をアップさせ、
幸せな人生を送りましょう、ということを目的としている。

京極氏はそもそも読書を目的としていない。
書くために読むことはしないという。
だから、収入を上げ、幸せになるための読書ではないということだ。
空気を吸うように読んでいるのだろう。

そんなスタイルだから、「読書術」なる企画は成り立たないかもしれない。
上に引用した本では、各分野の著名人たちが「10冊」を挙げている。
その人たちが「~のための10冊」と切り口を定めている中、
京極氏の場合は「1996年、年頭に読んだ10冊」となっている。

その10冊は『古事類苑』『続群書類従』『謎ジパング』といったもの。
当時高校生だった僕には馴染みのない本だった。
でも、そんな書名から窺い知る京極氏の世界観に心惹かれたものだ。

いまでもときどき手に取る『究極の10冊物語』は、
京極夏彦氏の章だけは外さない。
いつか氏が読書をテーマにしたエッセイか随筆を書かないだろうか。
気が付けば、20年近く密かな期待を抱き続けている。

どんな立場の人の書いた読書術でも、
僕は少なからずの刺激を受ける。
でも、もしも京極氏がその手の本を出したら、
世界が揺るぎそうな影響を受けそうな気がする。
例えば、あの「夏」に出会ったときのように……
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