クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

万年寺の境内で感じる夏 ―井沢弥惣兵衛為永の功績碑―

2017年07月17日 | 利根川・荒川の部屋
夏の到来を感じるのは色々あるが、
川に関する史跡に触れたとき僕は妙に「夏」を感じる。
郷土史に興味を持つきっかけが利根川だったのと、
その頃の夏に開催していた「葛西用水路展」を見に行ったからかもしれない。

“万年寺”はさいたま市見沼区にある。
境内に建っているのは、“井沢弥惣兵衛為永”の功績を讃えた碑。
井沢弥惣兵衛は見沼代用水路を掘削した人物でも知られる。

見沼溜井には龍神が棲んでいた。
龍神は美しい女の姿になって為永のもとに訪れる……
そんな龍神伝説があり、
為永は万年寺に詰所を移して工事にあたったという。

井沢弥惣兵衛の功績碑の前に立ったとき、妙に夏を感じた。
碑の横にあるのは解説板。
今年も夏がやってきた。
わけもなくそう感じた。

そういえば自転車をあてもなく走らせて、
為永の遺骨が分骨された常福寺(白岡市)に偶然辿り着いたのも夏だった。
これからもこんな風にして夏を感じるのだろうか。
ならば多くの史跡と出会いたい。

ところで、一緒に連れてきた息子は、
功績碑も井沢弥惣兵衛も関心がなさそうだった。
興味を持つにはまだ幼すぎる。
片手に持ったミニカーに終始ご執心だった。

少年時代、夏の到来を感じるものはたくさんあった。
カブトムシ捕り、プール、夏休み、花火、祭り、お盆に集まる従兄弟、
かき氷、入道雲、魚釣り、小川、テレビ番組「あなたの知らない世界」、
ラジオ体操、終わらない夏休みの宿題、セミの声……

いろいろなものがキラキラして見えたのは気のせいではないだろう。
ある日空から「シータ」が降ってくるような特別な何かが起こったわけではないが、
夏が来ただけでとても楽しかったのを覚えている。

息子はこれからどんなことに夏を感じるのだろう。
まだしばらくは、父のように「利根川」や「井沢弥惣兵衛」ではあるまい。
大人になってもそれは「夏スイッチ」ではないかもしれない。
ただ、鳥居を指さし「ジンジャ、ジンジャ」と言うようにはなったが……

万年寺の境内の片隅には自動販売機が1台置かれていた。
そこでジュースを購入。
喉を鳴らしてジュースを飲む息子に、
また夏を感じた。



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3 コメント

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夏が来れば想いだす……遥かな古代史? (はに丸は)
2017-07-18 14:25:28
見沼代用水は凄い技術使った工事ですよね。人力で良くやったもんですね。米が増産されるようになって、農民もお米を食べられるようになったのですか?年貢で取られて粟と稗ばかり食べていたのでしょうか。いいのはお役人様ばっかりだったりして。
天明の飢饉の時は、我が家の言い伝えで、行田の辺りでも藁を食べたといいます。藁を石臼で挽いて粉にして、団子にして蒸して食べたとか聞いたことがあります。 それで、百姓一揆が起こりましたよね、百姓が簑を着て押し出す簑一揆ですよね、一揆を起こすのに指導者がいて、十年位かけて起こすとか。また、余計なこと書いてしまいました。ごめんなさい。

シータが落ちてきたらいいなあ。パズーみたいな冒険が待ってる。因においらの人生は滅びの呪文の呪縛から脱け出せないな。メンヘラにならないよう、リア充に 楽しいこと考えよ。ズバッとサマータイム、新しい自分を応援したいけど……お疲れサマーでした。
はに丸さんへ (クニ)
2017-07-20 00:53:29
見沼代用水路は大事業のわりにはあっという間に掘削されました。
さすがは井沢弥惣兵衛といったところでしょうか。
民俗学関係の文献では、生産者である農民は祭りなどの特別な日でなければなかなか白米が食べられなかったようです。
飢饉への恐れからも贅沢を戒めていたようで、「ばちが当たる」の心理に似ていたかもしれません。
鎖国中の日本は自給自足で外国に頼ることができず、自然災害への恐れは現代の我々よりも強かったと思われます。
「虫送り」は風物詩のように感じられますが、往時は生産者たちの切実な思いがこめられていたはずです。
Unknown (はに丸)
2017-07-20 03:25:53
虫送りですが、 平家に味方した斉藤別当実盛58才、 木曽義仲方の若武者、手塚太郎光盛に討ち取られてしまいます。その原因が 実盛の乗った馬が稲の株に足を取られ 落馬したからです。 実盛の霊は稲を恨んで害虫になりました。ウンカのことを 実盛虫と言います。 実盛送りは虫送りのことです。
おいらが、石川県に行ったときに、バスの窓からチラリと、見覚えのある人形が見えました。それは、本で見た、実盛首洗いの池に立つ人形の写真と同じものでした。よくもまあ、こっちの方まで来たものだと、ひとり感心したのを覚えています。今まで話す相手もいなかったので初めてお話しします。

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