クニの部屋 −北武蔵の風土記−

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

子ども学芸員は将来どんな大人になるんだろう?

2012年02月23日 | 子どもの部屋
羽生市内の小学校から講師依頼があって、
「地域の歴史と神社について」のテーマで、出前授業と現地見学をした。

相手は小学3年生。
ちょうど、社会の授業で「郷土の歴史」を習う時期だ。
児童にとっては「授業」という受身の立場だが、
目をキラキラさせてこちらに目線を向ける。

年輩の人を対象とする講座とは別のやりがいがある。
燃えた。
テンションもあがる。
配布する資料も、ムジナもんたちが質問をして、
ザリガニ博士がそれに答えるというちょっと凝った作りにした。

わかりやすく、少しでも興味を持つようにと心がけたが、
どこまで関心を抱いてくれただろう。

ぼくとしては興味の有無はさほど大切なことではないと思っている。
古いものや歴史が好きであれば、
それをどんどん深めていけばいいが、
興味を持たせるためにあれこれ仕掛けを打つのは、
ビジネスではない限り不自然な気がしている。

工夫はいい。
大切なことは、「知っている」ということだ。
「知っている」のと「知らない」のとでは、天地ほどの差がある。

知識はいくら持っても重くなることはない。
情報を持つことは、考える材料を手にすることと同義である。

「知っている」からこそ“気付き”がある。
学びのヒントがある。
価値の発見がある。

知らなければ、次第に忘れられ、やがては捨てられてしまう。
1度失ってしまえば、お金をどんなに払っても手に入れることはできない。
「知る」ことこそ、次代へ繋ぎ、守り、
価値を見出すことだとぼくは考えている。
そしてそれが、“郷土の誇り”となっていくのだ。

ところで、小学3年生のとき、ぼくは1番嫌いな教科は「社会」だった。
むろん、郷土の歴史も無関心。
テストの点数も悉く悪かったのを覚えている。

「学芸員」の言葉も知らない。
今回の授業で「学芸員」の文字を黒板に書いたが、
子どもたちの反応は薄かった。

初めて見聞きする子もいただろう。
それはそれでいい。
その日に「知った」のだから、いずれ長い将来の間に、
「学芸員」にぶつかるかもしれない。
地元への関心が、やがては本当の学芸員の職に就くかもしれない。
「知った」のだから次のステップにいける。
きっかけは何でもいいのだ。

普段の授業の内容とは違って、
しかも神社の内陣も見学することができて、
子どもたちにとっては新鮮な時間だっただろう。
絵馬、格天井に描かれた花鳥風月、ご神体、社殿に施された彫刻などなど、
普段気にして見ることのないものばかりだ。

ぼくが小学生のときにもこんな授業があったら、
社会嫌いのぼくでも耳を傾けることはしただろうな、と思う。
それで人生が変わることはないだろうけど、
多少の興味は持ったかもしれない。

依頼を受けたときに、真っ先に自分の3年生当時を思い出したから、
自ずと懇切丁寧になる。
地域には、なぜそのような地名がついて、
どのような時間の流れを辿って、
神社はいつできたのか?

その神社には何が祀られ、どのような信仰が寄せられ、
祭りには何があるのか、などなど、
子どもにとっては情報量が多かったかもしれないが、
円らな瞳をこちらに向ける子たちの前で熱が入らなければ、
何のために取った学芸員か。

ぼくの言葉は、子どもたちの耳にどんな風に聞こえただろう。
意外な発見はあっただろうか。
それまでとは違う目で、自分の住む町を見るようになるだろうか。
好奇心や疑問を持ち、自分で調べるようになるだろうか。

普段ぼくがいる場所も教えた。
面白いものが沢山あるからいつでもおいで、と。
そう言って来る子はなかなかいないだろうけど。
短い時間ではあったが、丸顔のあんちゃんの話が、
何かのきっかけになってくれたらと、切に願う。


※最初の写真は、記事とは特に関係がなく、
 ちびっ子とたわむれるわたし。
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