クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

幼子を“杉山城”へ連れていくと?

2018年02月18日 | 城・館の部屋
土の城が好きならば、きっと心に響く杉山城(埼玉県比企郡嵐山町)。
遺構が良好に残っており、
城ファンから熱い視線が送られている。

息子を杉山城へ連れていく。
息子はスタスタ歩いていくが、そこが「城」とは理解していない。
「おじゃる丸」の影響で、
中世以降は全て「おじゃる」に括られてしまう。
(おじゃる丸は平安時代の子どもなのだが……)

数年前、ある歴史団体を杉山城に案内したことがある。
あのときは何度杉山城に足を運んだだろう。
見取り図を片手に歩いたり、駆けたりした。
夏に藪蚊に襲われて走ったせいだろうか、
杉山城に立つと駆けたくなる。

息子と一緒に城址を走る。
僕ら以外に2人組のカメラマンがいたが、
いつの間にかいなくなっていた。

ところで、城好きの友人がいる。
城と言っても、名城に心を寄せる友人だ。
だから、例えば羽生城とか花崎城、飯野城と言っても友人はピンと来ない。

そんな友人でも、杉山城には心を射抜かれたらしい。
饒舌にべた褒め。
友人には幼い娘がいる。
娘と城巡りをすることはあるだろうか。
杉山城は親子で歩く史跡としても最適だ。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

横穴石室の位置が復元されている古墳は? ―渕ノ上古墳―

2018年02月16日 | 考古の部屋
渕ノ上古墳(ふちのえこふん)は谷田川の近くに佇んでいる。
佇むと言っても墳丘らしきものは見当たらない。
削平されている。

あるのは横穴式石室の位置の復元。
ここに古墳が存在して石室があったのですよ、と伝えてくれる。

石室は全長5.7メートルの大きさ。
中から直刀や馬具、耳環、埴輪などが出土したという。

石室に使われていたのは角閃石安山岩の川原石。
榛名山二ツ岳が吐き出した火山弾が川に入り込み、
その川原石を採り入れた。
お隣の板倉町にある筑波山古墳も川原石が使われていた。

谷田川が供給源だろう。
いまはもっと南を流れている利根川だが、
かつて谷田川筋が本流だった時期もあった。

渕ノ上古墳があるのは群馬県館林市羽附旭町。
神社の境内だが、公園として整備されている。
南に谷田川が流れ、西には高速道路が見える。
とはいえ、車の音は聞こえてこない。
とても閑静な場所で、時の流れを忘れてしまいそう。

ちなみに、渕ノ上古墳から出土した円筒埴輪や巫女の埴輪は、
館林市立郷土資料館で展示されている。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

約束をしなければ会えなくなる ―コトノハ―

2018年02月14日 | コトノハ
一目惚れした本『写真短歌部 放課後』からのコトノハ。

  約束をしなきゃ会えなくなるなんて
  別の誰かの話みたいで
  (加藤千恵、タクマクニヒロ著『写真短歌部 放課後』(雷鳥社)より)

就寝前に同書を読んだら、
夢の中でなつかしい人を見かけた。
職場にいるのに、その人は十代のまま。
「約束」をしていないから会えないまま。
時間は止まったまま。

  今日だけは勉強放棄
  どうしても君に言いたいことがあるから
  (同書より)

放送部の高校生に会った。
どうしても伝えたい想い。
彼らはそういう季節の中を過ごしているのかな。
大人になって全く消えてしまうわけではないけれど、
十代の真っ直ぐな想いが好き。

  ものすごく悲しいときや
  ものすごく嬉しいときに
  君を思い出す
  (同書より)

あなたにとって、「君」に当てはまる人は誰だろう。
一人か二人か、
異性か同性か、
同級生か先輩後輩か、それとも先生か……。

学校を卒業して何年も経つ。
想いは月日を経るごとに形を変えていく。
そこには消えてしまった想いも……。

でも、終わらない放課後、
ずっとそこにある想いは、
たぶん……まだ
ある。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

幼子を“菅谷館跡”に連れていくと?

2018年02月12日 | 城・館の部屋
菅谷館跡は“畠山重忠”の居住地と言われている。
堀や土塁が現存し、国指定の史跡となっている。

しかし、現在の城の遺構は戦国時代のもの。
館を改修し、城郭化していったのだろう。
そもそも、館がいつ築かれたのかは不明となっている。

そんな館跡内には、“埼玉県立嵐山史跡の博物館”や、
“畠山重忠”の像が建っている。
同博物館は、埼玉県内の中世に焦点を当てた展示や講座、シンポジウムなどを開催。

だからハニワはない。
この頃ハニワづいている息子と足を運んだが、
特にピンときていない様子。
畠山重忠の像もポカンとした顔で見上げていた。

埼玉県立嵐山史跡の博物館では、
2月18日(日)まで企画展「武蔵武士とその本拠」が開催中だ。
息子と足を運んだのは大雪が降る前だった。
雪化粧した菅谷館跡はきっと綺麗だろうな……。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

今日は羽生の“郷土芸能発表会”を見に行きましょう

2018年02月11日 | お知らせ・イベント部屋
今日2月11日は“羽生市郷土芸能発表会”の開催日です。
午後1時30分から開演します。

場所は、羽生市産業文化ホール(下羽生876)。
市内で活動する8団体が出演します。

実際に目にすると迫力が違います。
無関心な人でも、心に響くものが必ずあるはず。

お囃子、獅子舞、太鼓、芝居、歌舞伎ともりだくさん。
羽生の産業文化ホールでお会いしましょう。
(僕もほんのちょっとだけ登場します)

<第10回羽生市郷土芸能発表>
場 所:産業文化ホール(羽生市下羽生876)
日にち:平成30年2月11日(日)
時 間:午後1時開場 午後1時30分開演
入場料:無料(事前申し込み不要)

羽生市内ホームページ
http://www.city.hanyu.lg.jp/docs/2018012400013/
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

羽生の“郷土芸能”へ行きませんか? 日曜日の午後に。

2018年02月06日 | お知らせ・イベント部屋
2月11日(日)、羽生市内において「第10回羽生市郷土芸能発表会」が開催される。
その名の通り、市内で郷土芸能に磨きをかけている団体たちが一堂に会す行事だ。

お囃子、太鼓、芝居、獅子舞など8団体が出演する。
一体どんな団体が出演するのだろう?
出演順に言うと次の通り。

旭町お囃子保存会
桑崎獅子舞保存会
中宿万作保存会
東大和おはやし保存会
羽生太鼓 みやび
下手子林獅子舞保存会
羽生市こども歌舞伎保存会
下岩瀬白山太鼓保存会

ちなみに、無形民俗文化財として羽生市の文化財に指定されているのは、
“桑崎の獅子舞”と“下手子林の獅子舞”。

獅子舞は、五穀豊穣や疫病退散などを祈願して舞が奉納される。
信仰的な側面があるが、
いまは“芸”として磨かれているところが多い。

もともと、お囃子や太鼓も神さまへの祭祀に伴って発生したのだろう。
ということは、神聖で厳かなもの。
今風に言えば、パワースポット的な効果があるのではないか。

郷土芸能を見て “運気”を上げる。
お囃子や笛、太鼓などの音(ね)を聞いて、厄を祓う。
羽生の郷土芸能を見れば、
厄が落ちて、身も心も清らかになるのではないか。
と、捉えられるわけである。

パワースポットでなくても、
不断の努力によって磨かれた“技”が見られるもの。
面白くもあり、格好良くもある。
大人から子どもまで、みんなキラキラ輝いている。

ちなみに、市内の郷土芸能団体が一堂に会すのはこの公演会のみ。
「全部の団体を見る時間がないよ」という人がいるかもしれない。
ちょっと気になる団体だけでも覗いてみてはいかがだろうか。
2月11日は、彼らの技に見惚れましょう。

<第10回羽生市郷土芸能発表>
場 所:産業文化ホール(羽生市下羽生876)
日にち:平成30年2月11日(日)
時 間:午後1時開場 午後1時30分開演
入場料:無料(事前申し込み不要)

羽生市内ホームページ
http://www.city.hanyu.lg.jp/docs/2018012400013/
コメント (5)
この記事をはてなブックマークに追加

何の心配もない日があったら幸せ? ―コトノハ―

2018年02月04日 | コトノハ
大きな仕事が(自分的に)重なって、
ブログを開く余裕もなかった。
こんなときは隣の芝生がやけに青く見える。
光っているほど青く見える。

いっそのこと、隣の家へ行ってしまおうか。
そう思うことは一度や二度ではない。

でも待てよ。
隣だから青く見えるのかもしれない。
実際に足を踏み入れれば思うほどではないのだろうか。
もしかすると隣人の目には、
こちらの芝生の方が青く見えるのかもしれないのだから。

ところで、太宰治の「ヴィヨンの妻」と、
鴨長明の『方丈記』からのコトノハを挙げる。

  人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、
  いや半日あったら、それは仕合せな人間です。
  (太宰治作「ヴィヨンの妻」より)

  いづれの所を占めて、いかなるわざをしてか、しばしもこの身を宿し、
  たまゆらも心を休むべき
  (鴨長明作『方丈記』より)

これを読むと、生きるのってなんだか辛いなと思ってしまう。
どんな境遇であっても「心配」は尽きることはない。
どういう場所や境遇にあっても、心は休まらない。

年を重ねるごとに、心配事や不安感は強くなる気がする。
それは物の道理がわかってくるからだろうか。

考えすぎてはいけない。
鈍感力が大切。
いくら考えても答えが出ないことは、そこから視線をそらそう。

とまあ、思うわけである。
いやでも時間は迫ってくるわけだし、
逃げ出したところで別の何かに追われるのだから。

悲観を少し上回る楽観があればどうにかなる。
というのは僕の教訓。
なんとかなる。
無責任ではなく、能天気なくらいがちょうどいい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

受験シーズンに行く羽生の古城天満宮は?

2018年01月31日 | 神社とお寺の部屋
受験シーズンが到来だ。
受験祈願と言えば“天神さま”がその一つに挙げられる。

羽生の“古城天満宮”も学問の神さまと言われている。
僕は地元の鎮守さま以外に、
この神社に参拝し続けて10年以上が過ぎた。

参拝を始めたのは24歳くらいのとき。
色々な願いを叶えてくれたと思う。
飲み会の帰り道、知人2人と参拝したことがあったが、
「おかげで願いが叶ったよ」と言う人もいた。

やるだけのことをやっての神頼み。
それとも困ったときの神頼み。
あるいは誰かの幸せを願っての参拝。
いずれにせよ、古城天満宮は今日も参拝者を優しく迎えている。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

年度の暮れかけと、30代の暮れに……

2018年01月28日 | 歴史さんぽ部屋
およそ8年ぶりに訪れた埼玉大学。
北浦和駅からバスに乗った。

記憶というのは不思議なもので、
覚えているのは、西口前公園を囲む木々と、先生の研究室。
それと、8年前に少し関わった学生の顔がぼんやりと……

駅を含め、街並みはあまり記憶に残っていない。
どうして公園の木々が脳裡に浮かぶのだろう。
宵闇に溶けていく光景が、
あの日寂しく感じられたからかもしれない。

埼玉大学を訪れたのは1月はじめ。
新年が明けたばかりとはいえ、
年度で言えばそろそろ暮れかかっている頃。
さよならの気配がときどき香る。
そんな月。

暮れるといえば、僕も30代がそろそろ終わり。
40代の季節を迎えようとしている。
8年前に埼玉大学を訪れたときは、
まだ30代の駆け出しだった。
いつの間にこんなに月日が経ってしまったのだろう。

研究室は記憶とほとんど変わっていない。
先生も健在だ。
でも、あの頃顔を合わせた学生たちはもういない。

たぶん、どこかの学校で教鞭を執っているのだろう。
一緒に奈良へ行ったこともある。
彼らはいま、あの頃の僕がそうだったように、
30代の駆け出しなのかもしれない。

埼玉大学のキャンパスは静かなイメージがある。
1月に訪れるからなのだろう。
風のない穏やかな日は、
記憶の中でも静けさを保ったまま。
それはどこか遠く、少しだけ切ない。

大学から再びバスに乗った。
30代駆け出しの過去が窓の向こうで揺らめく。
暮れようとしているいまがそれと重なる。
すれ違った回送バスの中に、
横を向いた自分の姿がちらりと見えた気がした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

羽生で“羽生学講座”が開催される?

2018年01月25日 | はにゅう萌え
平成30年2月24日(土)、
羽生市内にて羽生学講座の“公開講座”が開催される。
テーマは「近世羽生領の寺院について」。

ふむふむ、何やら面白そうな気配。
近世羽生領における信仰や経営にスポットを当てて講師が話をする講座らしい。

現在あるお寺は、その歴史的背景として近世につながるものが多い。
近世においてその制度が確立されたからだろう。

おそらくさまざまな具体例を入れてお話をされるのだろう。
どんな内容なのかとても興味がある。

この講座については、羽生市のホームページに掲載されている。
概要は以下のとおり。

テーマ「近世羽生領の寺院について」
▽日 時   2月24日(土) 午前10時~11時30分
▽場 所   市民プラザ(羽生市中央3丁目7-5)
▽定 員   40名(先着順)
▽費 用   無料
 ▽問合わせ 羽生市役所生涯学習課 048-561-1121(内線314)

関心のある方は、参加をご検討されてはいかがでしょう。


羽生市ホームページ内
http://www.city.hanyu.lg.jp/docs/2018012400020/

※最初の画像は、羽生市稲子の“源昌院”に咲く彼岸花
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

中丸城へ向かう地図を持たない20歳

2018年01月22日 | 城・館の部屋
さいたま市南区には日本大学法学部のキャンパスがある。
その近くには“中丸城”がある。
春日氏の居城だったため、「春日城」とも呼ばれるという。

城の遺構は現存していない。
神明神社を含む一帯が城跡と言われている。
開発著しく、建ち並ぶのは住宅の数々。

神社の境内には樹木が立っているためか、
住宅街とは雰囲気を異にしている。
戦国時代後期、春日氏は岩付城主太田資正に仕えていた。
そのため、中丸城は岩付城の支城として機能していたらしい。

ただ、太田氏にずっと仕えていたわけではない。
資正は実の子・氏資によって城から追放されることはよく知られている。
この追放に一役買ったのが春日氏と言われる。

つまり資正を見限り、氏資に付いたのだ。
乱世を生き延びていくための選択だったのだろう。

そんな時代は遠くなり、開発の一途を辿っている見沼区。
大宮駅から中丸城へ徒歩で行くにはいささか距離が長い。
バスや車で行くのが無難。

20歳前後の頃、城跡近くの道をよく通る機会があった。
とはいえ、「中丸城」へ向かう道案内看板が建っているわけではない。
行くのは難しくないが、
そこを城跡と認識するのは難易度が高いかもしれない。

20歳の季節は遠い。
戦国時代よりも遠く感じられる。
髪を伸ばし、茶色や赤に染め、チャラチャラしていた20歳の自分。

中丸城はいまよりもずっと遠かった。
そこに辿り着く地図を持っていなかった。
多分、周囲にいた人も誰も……。
あの頃一緒に時を重ねた人たちは、
いまどこの空の下で過ごしているのだろう。

太田資正の追放は、
関東戦国史の中で一つのターニングポイントと捉えられる。
その事件に一役買ったという春日景定。
そのとき、中丸城から見上げた空はどのように見えただろうか。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

羽生で開催! 「全国プレゼンテーションコンクールin羽生~プレゼンのパイオニア清水卯三郎を顕彰して~」へ行きませんか?

2018年01月20日 | お知らせ・イベント部屋
平成30年1月21日(日)、羽生市において
「全国プレゼンテーションコンクールin羽生~プレゼンのパイオニア清水卯三郎を顕彰して~」が開催される。

全国の小中学生が羽生に集い、
「夢」をテーマにしたプレゼンを行うというもの。
これまで、市内小中学生によるプレゼンテーションコンクールは開催されていた。
しかし、「全国」まで規模を広げたのは今回が初。

羽生に新たな歴史が刻まれる。
羽生の“羽”はますます全国に羽ばたいている。

会場は、羽生市産業文化ホール。
9時30分からの開会だ。
当日は清水卯三郎を紹介するパネルも展示されるらしい。
1月21日(日)、小中学生たちの雄姿を見に行こう。

羽生市ホームページ内
http://www.city.hanyu.lg.jp/docs/2017061300015/
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

30代最後の年のはじめの日 ―コトノハ―

2018年01月18日 | コトノハ
1月18日で39歳になりました。
ついこの間30代になったばかりの感覚なのに、
それももう暮れかかっています。
月日を想うと、その早さと過ぎ去っていった季節を感じずにはいられません。

ということで、『伊勢物語』に見える次の歌を挙げます。

  月やあらぬ春や昔の春ならぬ
  わが身ひとつはもとの身にして
 (岩波文庫『伊勢物語』より)

第4段にあるこの歌は、男が去っていった女のことを想い、
ともに過ごした一年前の季節を追憶しながら詠んだものです。
「月や春は昔のままではない、わが身一つは元のままというのに……」
という意になります。

何年も前から変わらないように思える「月」や「春」。
でも、“別れ”があったから、それらは昔のままではないと感じる。
『伊勢物語』は次のように記します。

 又の年の正月(むつき)に、梅の花ざかりに、去年を恋ひていきて、立ちて見、
 いて見、見れど、去年に似るべくもあらず。

景色は同じままなのに、心のありかたによって見え方が変わってきます。
これまでの39年の歳月の中で、そんな変化が何度あったかわかりません。
『伊勢物語』のように、悲しい出来事による変化とは限らないもの。
嬉しい出来事や転機によっても大きく影響されます。

例えば、幼い頃から同じように流れている「利根川」でも、
その年によって見え方はだいぶ違っていました。
恋をしているとき、将来に思い悩んでいるとき、
言いようのない別れに胸が痛かったとき、
息子と娘を連れて初めて畔に立ったときなど……。
利根川はそれぞれの表情を見せていました。

年を重ねると、感情の変化がそれほど大きくはならないのかもしれません。
でも、それはその見え方があるのでしょう。
これからどんな景色に見えていくのか……。

年を重ねることがさほど嬉しくはない年代になりました。
10代のときにはまるで想像できなかった39歳。
でも、前向きな気持ちで日々を重ねていきたいものですね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

夫として最適なのは考古学者? ―コトノハ―

2018年01月16日 | コトノハ
考古学者は、古いものであれば何でも大切にするのだろうか。
ここに興味深いコトノハがある。
ミステリー作家として著名なアガサ・クリスティーのコトノハ。

 考古学者は夫として最適です。
 妻が古くなればなるほどますます大切にしてくれますから
(『集英社 世界文学事典』クリスティ・アガサの項より)

彼女は考古学者を夫に迎えることに太鼓判を捺している。
一度離婚を経験したアガサだったが、
考古学者のマックス・マロウァンと再婚してからは、
幸せに日々を送ったという。

なるほど。
古いものを調べ、研究するのが考古学者。
だからこそ、年を重ねていく妻にますます魅力を感じるということだろうか。

僕の身の回りにいる考古関係者に限定すれば、
確かに仲睦まじく暮らしているかもしれない。
あくまでも僕の身の回りに限定。
夫婦の内部のことはわかるはずもないが……。

相性の問題だろう。
新しいものが好きな考古学者もたくさんいるはず。
アガサにとって、マックスとの相性がよかったのだろう。

では、考古学者は年を重ねた相手に惹かれる傾向にあるのだろうか。
頷く人もいれば、首を傾げる人もいるかもしれない。
古ければ何でもいいというわけではあるまい。

それに、人間の場合、年を重ねることが古くなることと同義ではない。
年とともに、若返ってイキイキと暮らしている人はたくさんいるのだから。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

幼子にハニワを見せると? ―生出塚遺跡―

2018年01月14日 | 考古の部屋
息子がすっかりハニワづいている。
年末、ハニワを専門とする先生と顔を合わせる機会があって、
その著書を取り出したのが始まりだ。

書名は『人物埴輪の文化史的研究』。
著者は塚田良道氏。
かつて行田市郷土博物館に在職されていたが、
現在は大正大学の教授。

いわゆる専門書だ。
子どもを対象としていない。
ところが、寝る前絵本代わりにその本を見せたら、
思いのほか息子の心を打ったらしい。

その学説に……、ではない。
本に掲載されたハニワの実測図に、だ。

手を挙げているハニワ、台に座っているハニワ、
武人の恰好をしたハニワ……。
そんなハニワを指さして、息子は父の顔を見上げる。

「ハニワの本読んで」とも言う。
本文を音読しても、とても幼子がわかる内容ではない。
僕だってよくわからない。
でも、息子は飽きることなくハニワの図を見続けている。

なので、息子を鴻巣(こうのす)へ連れていった。
生出塚遺跡(おいねづかいせき)がある町だ。
この遺跡は、東国最大級のハニワの生産地だったことでよく知られている。
発掘調査によりハニワを焼いた窯跡が検出。
しかも多くのハニワが出土している。

そのハニワたちは「クレア鴻巣」で展示されている。
展示ケースを前に、息子のテンションは上昇。
頒布図録に掲載されたハニワと実物を探し始める。
クイズ感覚らしい。

“かわいい”とか“かっこいい”という感覚ではないらしい。
では、何が息子の心を捉えているのだろう。

「恐くない?」と僕に聞いたことがある。
なるほど、幼子の目には、
ハニワはいささか不気味に映るらしい。

それが心の琴線のようだ。
息子はちょっとホラーテイストのものを好む傾向にある。
(たぶん父の影響)
例えば、数ある曲の中で、
「まっくら森のうた」を熱唱するのだから。

生出塚遺跡から出土したハニワはいつ見ても圧巻だ。
大人が見ても魅了される。
こんなものが長く地中に埋まっていたかと思うとゾクゾクする。

その日の夜も、息子は『人物埴輪の文化史的研究』を父のもとへ持ってくる。
塚田先生も、まさか幼子がせがむほど読まれ様とは想定していなかったかもしれない。
今度会う機会があれば報告してみようかな……。

ハニワづいている息子だが、
将来その道に行く予感は、実はあまりしていない。
反動が来て見向きもしなくなるかもしれないし、
父が全く知らないようなものにのめり込むかもしれない。

いまはただ、父に同行する息子。
好きも嫌いもない。
さきたま古墳群へ行けば一緒に古墳に登る。
クレア鴻巣で見た生出塚遺跡出土のハニワたちが息子の記憶に残ったとすれば、
どんな風に思い出されるのだろう。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加