冬の陽だまり 夏の木かげ

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旧ブログタイトル 「 アラ環の人生立て直しプログラム 」

祖父と父 その1

2017-10-28 15:00:00 | 家族
10月11日は、父方の祖父の命日です。
末っ子である娘が生まれた3か月後に亡くなりましたから、
24年経過し、25回忌になります。

そしてその2週間後の10月25日は、父の命日です。
娘が高校3年生の時に亡くなりましたから、まる6年、7回忌を迎えました。

この父(祖父)と子(父)、本当に実の親子か!?
…と思われるほど、似ても似つかぬ二人でした。





まず祖父ですが、周りの尊敬を一身に集めているような人でした。

長年自治会長を任され、実直で、マメで面倒見がよく、親戚筋でも一番頼りにされる人でした。
几帳面で、日記や家計簿はじめ各種記録も、祖父がきっちりと付けていました。
私の記録好きは、この祖父譲りかもしれません。

若かりし頃の祖父を象徴する一番のエピソードは、
日中戦争に衛生兵として徴兵された折に、夜中唯一電気の付いていたトイレにこもって勉強し、
軍曹まで出世した努力の人だったという事でしょうか。

実家に、その時の写真と兵隊手帳、階級章、勲章などが額装されて飾ってありました。

連日の頑張り過ぎで寝不足がたたり、ある朝、寝坊をして集合時間に遅れてしまった祖父。
とっさに 「 急病人が出て、手当てしてまいりました。」 とウソをついて難を逃れたとのこと。
本来ならみんなの前で殴られたところを、ほめられ、褒美までもらったと話す祖父の、
ちょっと得意そうでいたずらっぽい笑顔を、今も思い出します。

決して偉ぶらず、威張らず、いつも穏やかな人でしたが、何故か威厳のある人でした。
子ども心にも、一番尊敬できる、自慢の祖父でした。





それに比べると父は、繰り返しになりますが、本当にこの人の実の子なのか!?…というくらい、
アホでろくでなしで、どうしようもない人でした。

私が18歳で進学のために家を離れるまで、この人、酒気が抜けたことがあったんだろうか?
というくらい、酒浸りな人でした。

まず、夜中まで帰ってこない日は、必ず泥酔している!

家の前でタクシーを降りて、そのまま水路に真っ逆さまだったり、
どこで転んだのか、血まみれになって帰ってきたり、
道路の真ん中で寝ていたりとか、
そんなエピソードに事欠かない人だったので、
今日はどこで何をしているのかと、帰って来るまで、本当に心配でした。

酒屋さんにはいつもツケで、母が内職で溜めたお金をくすねて飲みに行ったり…

本当にサイテーなヤツ!
正直 「 いっそ死んでしまえ!! 」 と思ったこともありました。


そんな父でしたが、晩年はまるで別人のようでした。

60代で何度か脳梗塞を発症して、すっかり酒気の抜けてしまった父は、
祖父のような威厳はまったくないものの、祖父のように穏やかな人になりました。

若い頃から人に尽くす人 ( 若い頃は家庭を顧みず、他人限定 ) ではありましたから、
周囲の人たちから、尊敬はされなかったと思いますが、とても慕われていました。

若い頃から茶目っ気があって、人を喜ばせるのが大好きな人でしたが、
親父ギャグは一向に上達せず、相変わらず自分一人だけでウケて、周りを寒くしていましたね。


父が晩年になって、私はようやく父の良さを理解し、受け入れることができました。


そして、二人の死後、
立派な人が必ずしも良いとは限らないということも、考えさせられました。


そのことについては、また次の記事で…。


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