感謝と祈りといやし

熊本アンテオケ教会の神様の栄光の表れを神様に栄光を帰しながら書いていきます

これでよかったんだ

2017年05月17日 | 喜び

 「5/17(水)は有給休暇を取って、大阪に遊びに行こう。昼間は観光して、夜はコンサートに行こう。楽しみだなあ」と思っていた数ヶ月前。

 そして迎えた5/17(水)現在、自宅に閉じこもってを開き、ひたすら神学校の配信授業で勉強中です。最近、色々あって受講を先延ばしばかりで、当然ながら授業がかなり溜まり焦る日々を過ごしていましたが、今日はじっくり腰を据えて神様の事を学ぶ事が出来て、有意義かつ楽しい一日となりました。

 実は今も、神学校受講の合間に休憩がてら、(時間が惜しいので/行儀が悪い事に夕食を食べながら)このブログを書いてます

 大阪に行ってたら、きっとそれなりに楽しかったでしょう。

 でもイエス様にどんなに祈っても「行ってはだめです」と、祈りの答えは終始一貫していました。

 そこまではっきりしている祈りの答えを無視し、自分の良いようにすると、非常に高確率で《自分が蒔いた種の刈り取りをするはめになる(ロクな結果にならない)》事を、私は何百回も経験してきました。そういう経緯もあり、熟考の末に出した結論は「聖書も『主を恐れることは知恵の始め』と書いてある(詩篇111篇10節)。・・・やっぱり行くのは止めよう」。そして、今日を迎えましたが・・・。

 意外なことに、「これでよかったんだ。この選択で間違いなかった。これが最善だったんだと、朝からずっと、心から神に感謝している私がいます。とても平安で、とても深い感謝が胸を満たすというか・・。こういうのが、(神に)祈り聞き従った実。なのかなあと、とても幸せな気分なのでした。

 そして、「ある人たちの問題(バイク事故や病気:白血病や脳の癌)のいやしの為に、とりなしのお祈りしようかな・・・。」と具体的に考える、あるキッカケをイエス様から頂きました。←※大阪に行ってたら多分、(観光に夢中で)気にはしても具体的に祈ろうかと考えるまで行かなかったと思います。 

 「大阪に行こう。」と色々計画を立てていた時の私は、今思えば、まるでマルタでした。でも今日、【神が導かれた最善の1日】は、マリヤのように主の足元に座って、御言葉に聞き入っている事でした。

 「マルタ、マルタ。あなたは、色々なことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはそのよい方を選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません」(ルカの福音書10:38~42)。

 喜びに満たされた最高の休日でした。神に感謝し、御名を賛美します

 hiromi

勉強は楽しいのですが、写真だとこんな事に・・ 後で整理整頓しないと

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