感謝と祈りといやし

熊本アンテオケ教会の神様の栄光の表れを神様に栄光を帰しながら書いていきます

にんたい

2017年06月22日 | 祈り
今日はも暑いリハビリ頑張りました

みっちゃん
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ゴスペルとザンビア孤児院の報告会

2017年06月19日 | 喜び

 母と一緒に参加させていただきました。

 母はノンクリスチャンなので、今まで教会関係のイベントに誘ってもまず来ませんでした。しかし今回は、あっさりやってきました。(母が来るようにと、とりなしのお祈りをして下さった教会の方がおられました。感謝します)。

 帰りの車内では、ザンビアの話題も交えつつ教会やイエス様の話をしながら帰り、帰宅後は、「あの曲、なんか気になる・・・」と言っていた、“To You”を、リピートして聴かせました。20分ほど黙って聴いていました。「あ~りがとう」というリピートが気に入ったようです

  普段、母と教会関係の話は全然しませんが、母なりに感じる何かがあったようです。

 個人的には、ザンビアでの働きが急拡大しているという報告が強く印象に残りました。孤児院の為にお祈りを強めたいと思います。

 主に感謝します。

  hiromi

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個人預言を手放すと・・・

2017年06月18日 | 

主の十字架クリスチャンセンターでは、個人預言は禁止です(群れの代表であるパウロ秋元牧師夫妻のみOK)。

個人預言とは、「あなた」という一人称の預言の事です。

 預言について、私の失敗談と学びを書きます。

 数年前、群れで【個人預言の禁止】が正式に発表されました。でも私は、「それ以前の個人預言(=主の十字架クリスチャンセンターのカリスマ聖会で頂いた個人預言)は、そのまま受け取っていても問題ない、大丈夫。」と捉えていました。何故なら、とても大事にしている個人預言があったからです。

 5年前、私はどうしてもやりたい事があり、「それに着手OKか否か」を主に確認する為、熱心に祈っていました。そして、某日のカリスマ聖会でその事を祈っていただいた際「あなたのそれは着手OK」という預言が語られました。

 大喜びしましたが、預言は「本当に神からのものか」と吟味することが基本です。私は、預言以外でもはっきりしたGOサインが欲しくて、その後もずっと祈り続けました。そして「問題なさそう」と判断できる御言葉が与えられ、そして嬉しいことに「駄目です」という語りかけはゼロ。積極的な「やりなさい」という語りかけはありませんでしたが、着手することにしました。そして5年後の今まで、祈りつつそれを進めていましたが・・・。それは、のようなのろ~~い・のろ~い展開で、実を結ぶどころか花も咲かない残念さ。しかし、ぜひやりたいと熱望していた事なので、関わっているだけで大満足でした

 話を戻しますが、その個人預言の「OK」は、私が着手を決めた重大根拠の一つであり、「(この事柄には)主が共におられる」という、精神的拠り所でした。

 しかし最近、「私は神学校で長い間〈預言の学び〉をしてるのに、「『禁止令が出る前の個人預言だからOK、問題ない。』なんて、ただの勝手な屁理屈では?その預言を手放すべきでは?」と疑問を感じるようになりました。葛藤し、迷った末にエリシャ出西牧師に相談しました。そして、パウロ秋元牧師に聖会で直接質問する許可をもらい、伺ってみた所・・・「個人預言禁止が正式に発表される前のそれも、さかのぼって禁止(=受け取ってはいけない)です。」というお返事。

 それを聞いて腹が決まり、その後、祈りました。「わかりました。今日限りでその個人預言は忘れます。着手して5年後の今迄、自分のいいと思うようにしていた事を悔い改めます。すべて白紙に戻します。後始末をしたいので、主の良しとされる導きを与えてください」。

 その後、数日もしないうちに状況が変わりました。その展開は驚くべきものでした。

 「あ~あ、後始末しなきゃ・・・。」と、感謝しつつも複雑な胸中の私に、急に「ああしなさいこうしなさい」と、後始末どころか「GO」という、主の語りかけが始まりました。しかも個人預言を握っていた時の導き(の方向性)が全然違うこれには驚きました。と同時に、(今まで教会のルールに従っていなかったので)全然違う土台に立って、違う方向を向いていたんだ。という事に気づかされました。

 それだけではなく、5年間ほとんど動かなかった現実的な面が具体的に動き始めました。一例を上げると・・・

  「こういう動きがあるから祈って備えなさい」という語りかけ。「え、今迄の語りかけの流れと違う、気のせいだ(笑)」と思っていたら、実際の状況が変わり、「あ、まずい」とあわてて準備。

  祈る中で「この件に関して、あなたは十字架を負いますか?」という語りかけ。これも「気のせい、気のせい、気にしすぎ(笑)。」と聞き流していた所・・・、その週の日曜礼拝説教は「あなたは十字架を負えますか?負う為にはああしてこうして…」etc・・・←ビックリして思わずメモを取りました(笑)。

 語りかけも、それが神から来ているかの吟味は絶対必要です。私は個人預言も含めてすべてを手放した(=止めた)時に、「もうこの件は終了。さようなら」・・・と考えていましたが、その事柄には“何らかの神の御心”があったらしく、主の「ああしろこうしろ、こう祈れ・備えなさい」という具体的指示付きで、ストップどころか再び戻ってきました

 ここで学んだ事は【握っていたものを悔い改めて離したら、見えるものが全く違う。具体的な導きが始まる】。

 (家族の救い他、いろんな約束が)「あなた」で始まる個人預言を握っている方がもしいるのなら・・・、感謝して(場合によっては悔い改めて)手放す事を強くお勧めします主が用意された素晴らしい祝福をいただくために。

 主をほめたたえます。栄光在主

 hiromi

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やり続ける

2017年06月15日 | 信仰
最近,異言の祈りをしたときに口が重くて異言が出にくいと思っていました。
もしかしたら最近、5回の異言と異言の解き明かしをしていないからかなと気づきました。

前は仕事に行くとき歩きながら異言と異言の解き明かしを毎日していたのですが 最近はしていなかったのでまた、やり始めました、そうしたら異言が語りやすくなったので やりなさいと神様が示して下さったのかなと思いました。
これからもやり続けていきたいと思います。
Watanabe

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区役所

2017年06月14日 | 祈りの答え

甥の事で、東区役所に行く必要ができました。1時間30分内で行って帰って来れる様に祈りました。
そうすると、道を間違い遠回りになり、着いたら、
駐車場には、入れず10台位道路に並んでいました。
諦めかけたが、祈りました。
そうすると、用事済ませた車が、どんどん出て行き、
早く入ることができました。
2ヶ所に行く必要がありましたが、それもすぐに呼ばれ、すぐに終わりました。
買い物までして、1時間いないに、帰ってくる事ができました。神様が祈りに答えてくださり、感謝します。

イスラエル出西
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御霊

2017年06月08日 | 信仰
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忍耐

2017年06月08日 | 祈り
今日はあついしかし忍耐

みっちゃん
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神さまの最善

2017年06月08日 | 祈りの答え
私が飼っていたハムスターのキングが亡くなって2週間が経ちました。 ずっと「なぜ、癒されなかったのか!?」神さまに聞いていました。 亡くなった後も「癒される」と語りかけが来ていて、妹と「おかしいね」と不思議に思っていました。 火曜日礼拝から帰ったた母が「キングはやっぱり天国に行っているよ」と言ったのです。

ある姉妹が「動物は霊がないから天国には行けない」と当たり前の事を言われたのですが・・天国から帰った少年が「天国には、たくさん動物がいたよ」と証ししていたので、私のハムスターも「きっと天国にいる」と私も妹も母も希望を持っていました。
しかし、その姉妹が「天国にいた動物は神さまが新たに造られたんですよ」と言われたそうです。

その時、母が神様に語られたそうです。 私たちが願ったように、癒されて短い命を全うしたとしても必ず死にます。 そうしたら、霊がないから無になってしまいます。 もう二度と会えません。

だから、神さまは私のハムスターを天国に連れて行って、天国で癒されたのだと。
精一杯長生きしても3年しか生きないハムスターを天国で癒してくださったのだと。 皆で神さまに期待して一生懸命に祈って、癒しを信じて、いやしの集会やカリスマ聖会に連れて行ったから、神さまは哀れみのゆえに、そうしてくださったのだと母は言いました。

「キングが亡くなった後も「癒す、癒された」と語りかけを受けていた事が、やっとふにおちたよ」と妹が言いました。 キングは早天中に亡くなりました。
不思議ですが笑っていました。 神さまはキングに最善をしてくださった事がわかって感謝しています。

「天国で、また会えるね。携挙を目指さなきゃね」と母が言いました。 心から天国に行きたいと思います。

りさ





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神様の愛を感じた

2017年06月02日 | 感謝
今日、夜勤の見習いについてくださった方は

田舎の風習をしっかり守るような方で

キリスト教については、あまり受け入れてもらえないだろうと感じていました。

しかし、以前1度教会に行ったことがあると言われ

合唱をしていた頃歌っていて、好きな曲だというのが

讃美歌のような曲なのです。


私は驚きました。

1番、イエス様のことを話しづらいと感じていた相手が

こんなにも神様にふれていたことに。

神様がその方を愛しておられ、

教会へ導いておられるのを感じました。

イエス様のことを、その方に伝えられるよう祈っていきたいと思います。

神様の導きを感謝します^ ^

kyoko

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イエス・キリストの十字架

2017年06月02日 | 

イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも同じです。 (ヘブル人への手紙 13:6) 

 最近、病気の方々のとりなしの祈りをしています。病気が癒されるように祈る中で、昔、知人(福音派クリスチャンのA子さん)が話してくれた証しを思い出しました。その証しを思い返すと、祈りにがぜん意欲が湧きます。彼女の証しを聞いたのは多分15年以上も前ですが、せっかくなので紹介します

 【その①】 今から40年以上昔(←もっと昔かも)、A子さんは、入院中の義母の看病をしていました。家からとても近い病院でしたが、洗濯物やその他、何かというとすぐ(離れて10分もしない内に)、義母に呼びつけられ、そして文句は言われても、「ありがとう」などのねぎらいはゼロ。「悪い人じゃなかったけど、私への文句しか言わなかった。病気の影響もあったろうけどね・・・。でも本当につらかった。1日に何往復もして、報酬はそれだもん」。当然A子さんも、そんな義母の態度にムカムカします。「私がいなかったらあんたは困るでしょうが!」と、面と向かって悪態をつきつつも、我慢してお世話を続けていました。

 しかしある日、ついに我慢の限界が来ました。大泣きして神様に訴えたそうです。「イエス様、私はこれ以上あの人の世話は無理です、したくありません!お礼の言葉一つもない。つらくて仕方ありません!」。その叫びにイエス様はこういう返事を下さったそうです。「彼女に対してではなく、わたしの世話をすると思って、してくれませんか」。彼女は、(納得いかない思いはあっても)「イエス様がそう言われるのなら・・・。」と、思い直して義母の看病を続ける事にしました。

 「だってhiromiさん、イエス様は、私の罪の為に十字架にかかって下さったんだよ。全く罪のない神の子が、こんな罪人の私の為に、あんなに痛い、苦しい思いをしてさ…。それを思うとね、私の心には、いつも神への感謝があふれてくる。私の人生には沢山の苦労があったけど、イエス様の十字架を思えば私はどんな事にも耐えられた。義母の件だって、今思えばその延長だった。」

 ある日、病院に行くと義母が苦しがってベッドの上で転げまわっていたそうです。A子さんに気づくと「A子さん、苦しい。助けて、助けて!」と半狂乱の叫び声。その悲鳴に驚く前に、口から冷静に出た言葉は「私にはあんたを助けられん。今のあんたを助けられるのは、イエス様しかおらん」だったそうです。「イエス様!?・・・それ、一体誰!!」。それをきっかけに、義母はイエス様を信じる祈りをして、救われました。それからしばらくして、天に帰ったそうです。

 あともう一つ

【その②】 「イエス様は、うちのじいちゃんにも福音を語りなさい。っておっしゃってね。じいちゃんも入院中で、訪ねるたびに福音を話そうとするんだけど・・・、じいちゃんは「またその話か」って、顔をそむけて不機嫌になる。さすがにいつもそんな態度を取られるのがつらくなってきて・・・ある日、『もう止めよう、無理だ』って、あきらめた。そしたらね、夢を見たとよ。目の前で、家も何もかも、洪水できれいさっぱり流されて・・・、私は呆然としてそれを眺めてる夢だった。目が覚めた時、 『このままじゃ、じいちゃんは天国に入れない。あの景色みたいに、じいちゃんも死んで滅んでしまう』って、はっと我に返った。イエス様が夢を見せてくれたのかな?やっぱり福音を伝えなければ。と思い直してね…、すぐさま病室を訪ねたよ。」

 「でも、じいちゃんの顔を見た瞬間、急にじいちゃんの冷たい態度を思い出してね。来たはいいけど言葉が出なくて困った(笑)。臆病風に吹かれて「やっぱり無理だ」と、無言で病室を出ようとしたら、じいちゃんが「え?今日はキリストの話をしていかないのか?」って驚いた顔をして・・・。その後、じいちゃんもイエス様を信じて救われたよ。今は2人とも天国にいる。」

 2人とも病の癒しはありませんでしたが、救いという最善を得ました。大昔でもこんな事が起きるなら、現在はどんな神のわざが起きるでしょうか。ワクワクします

 主に感謝し、み名をほめたたえます。 hiromi

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