熊本熊的日常

日常生活についての雑記

避暑

2017年08月09日 | Weblog

暑い日だった。東京都心は37度を超え今年一番の暑さになった。もともと気温が上がるとの予報だったので、午前中のうちに妻と連れ立って外出し、午後4時過ぎに戻ってきた。

まずは帰省土産の候補として巣鴨の台湾という中華料理屋の鉄玉子を買おうということになった。私が巣鴨で暮らしていた頃は天気の良い日はいつでも人出が多かったが、今日は暑い所為かそれほどでもなかった。台湾はテーブルが3つだけの小さな店なので、入れるかどうか心配だったが私たちが訪れたときは他に客がいなかった。妻はこの店は今回が初めてなので、定番の牛肉麺を注文する。しかし、これは我々老年の選択としては適当ではなかったかもしれない。とにかくボリュームがすごいのである。汁麺の上に巨大な牛肉の角煮が鎮座している。それでもなんとか完食し、デザート(杏仁豆腐、愛玉子)までいただく。デザートは水のようなものなので負荷としてはそれほどではないが角煮麺があとあとまで腹に残り、おかげで今日は夕食なしで済ませることができた。

巣鴨駅から台湾への往き帰りにとげぬき地蔵(高岩寺)の境内を突っ切る。「ご参詣のかた以外の立ち入りはお断りします」という看板が出ていたので、ただ突っ切るのではなく、ちゃんと参詣する。本堂内部は妙な臭いがする。「ペンキぬりたて」の表示がある。柱の周りを囲ってあったので、柱を塗り直したのだろう。ここの本堂は鉄筋コンクリート造り。やはり寺院は木造で塗りは漆であって欲しいが、なかなかそうもいかないのだろう。台湾からの帰りはコーヒー豆を買いにハニービーンズにも立ち寄ったので、そのときに眞性寺の境内も通過する。もちろん、ただ突っ切るのではなく三度笠を冠ったお地蔵様にお参りする。巣鴨で4年ちょい過ごしていたので、このとげぬき地蔵の前も眞性寺のお地蔵様の前も毎日通勤のときに往来している。巣鴨を離れてまだ4年なので懐かしいというよりも、もっと親しい想いがする。巣鴨で暮らしていた頃にたまたま眞性寺のお地蔵様の据え付け工事を拝見したこともあって、なおさらここのお寺には親近感を覚えるのである。

ハニービーンズではマンデリンとケニアを買う。このところこの2種類の豆を1:1でブレンドしたものを飲んでいて、これが妻も私もたいそう気に入っている。我が家のコーヒー豆の在庫ではマンデリンは定番で、それ以外がその時々の気分でいろいろなのだが、ここ1ヶ月ほどはケニアだ。私は基本としてはマンデリンのような少しクセのある豆が好きなのだが、アフリカの豆の格調の高さを感じさせる味も嫌いではない。コーヒーを飲もうと思って飲むようになったのは10年ほど前からで、何気なく参加したコーヒー教室に参加して同じ豆が淹れ方によって味が全く変わることを知って以来である。ハニービーンズの店主の羽生田さんともその教室で知り合った。コーヒーについては近頃カフェブームとかであれこれ蘊蓄だけが行き交っているようだが、自分が旨いと思うかどうかは蘊蓄ではなくて自分の味覚で判断してもらいたいものだ。よく言われていることだが、そのものではなくてデータを消費するのが昨今の風潮のような気がする。もっと自分自身の感覚を信頼したほうがつまらないことに惑わされずに精神的に健康な暮らしができるのではないかと思う。

妻の知り合いが六本木の虎屋の店内にあるギャラリーに作品を展示するということを、6月に柏崎に遊びに出かけた折にご本人から伺った。今日は巣鴨から地下鉄を乗り継いで六本木に出かけ、その展示も見てきた。ついでに虎屋で帰省土産も確保する。この虎屋のギャラリーは2007年3月30日のオープンだそうだ。今年は10周年ということで、8月2日から10月30日までこれまでの企画展の総集編のような展示をするのだそうだ。妻の知り合いのことは2013年3月から6月にかけての「暮らしの葉包み和菓子」という企画展に登場する。そのときのことをまとめたパネルとともにその知り合いが作った布製の笹団子がパネルの上に掛かっている。こんなふうに企画展のような場で取り上げられるというのは、「暮らしの葉包み和菓子」が暮らしのなかから消えつつあるということでもある。妻の実家のある辺りも、世間一般の地方都市の例にもれず、寂れていく一方だ。東京で暮らしているとわからないのだが、地方都市を訪れてみると日本という国はこれからどうなってしまうのだろう、と心底不安になる。それこそ、データとか記号的な価値に依存するのではなく自分自身の実感に基づいた暮らしというものをひとりひとりが心がけないとこの国は無くなってしまうのではないか。私はもう先がそれほどないからそれでも一向に構わないのだが、まだ先があると思っている人は真剣に考えないといけない。

ミッドタウンに来たついでにサントリー美術館を覗いてみる。夏休み企画で子供達の姿が多い。展示のほうも子供達が体験できるような企画が用意されている。しかし、流石だなと感心するのはそういう場においてもきちんとしたものが展示されていることだ。いきなり探幽の屏風で始まるのもたいしたものだが、個人的には木米の三彩鉢がよいと思った。

近くの美術館などをもう1軒見てみようかとも思ったのだが、眠くなってきたのでサントリー美術館を後にして帰宅した。電車を降りるとまだ空気がジリジリと暑かったが、団地の敷地に入ると気温が数度下がるのがはっきりと感じられた。敷地に木々がたくさん植わっている所為だろう。団地なのでいつかは退去しないといけないのだが、交通至便なのに緑に囲まれて暮らすことができるのが嬉しい。住めば都、というような現状肯定の性向が人にはあるのかもしれないが、それにしても今まで暮らした場所のなかでこれほど快適な場所は他になかったように思う。ただ、今の生活では窯や工房を持つことはできない。その時々の流れに身を任せて生きるのもひとつだが、やりたいことがあるならそれを実現する工夫をしたほうが生活は豊かになるだろう。

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