リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

夢は実現できる、か

2017-06-17 17:52:28 | 断片
 こんにちは。梅雨だそうですが、ぜんぜん雨が降りません。九州じゃもう田んぼが割れてるそうで、困ったことです。

 いつもエクスプローラーでyahooを開いてるんですが、今週はハリアー(トヨタ。戦闘機ではありません)の宣伝が出て、「僕が幼いころ 〈それ〉はいつも僕のそばにいた。」 しかし大人になって消えた、云々の動画。「なまはげ」みたいなのが出てきて〈それ〉とは「野生」だという落ちなんですが、へえ、というか、ほお、というか。世間にはなんか野蛮なやつらっていますが、そいつらってこういう憑き物がいたんだな、と感心。
 この動画がホントかウソか知りませんが(ホントって、、)、同じ人間と名づけられてもぜんぜん違うんだね。と納得。いるしね、野蛮なやつら。しかしウソならやめて欲しいものだ。知らない人間はほんとにしてしまう。わたしなんざそんな不愉快な野郎は友だちにいませんぜ。というか、私が野生。私の周りの人たちはいつも人間世界に迎えてくれた優しい人間たち。っていうか、友だちにしないだけですが。微妙にわがまま。
 
 さて、ニュース。内閣支持率下落、と。そら見たことか。(右翼の)時事通信調査でさえ内閣支持率がどんどん下落しているといっている。都合の悪いことは人のせいにしくさって。
 共謀罪も成立ですね。バチ当たりの創価学会。あと15年もすりゃ反日集団対象で自分たちが消滅さ。お釈迦様も言っておられる、因果応報、自業自得。
 そういう歴史とはいえちょっと早いなあ、、憲法改悪が遅いだけか。ま、わたしんとこはあちら(官憲)も人手不足の折、様子見にネットで来るだけでしょうが。うっとおしい。貴弟んとこも行きますよ。悪いやつかどうか調べるのが趣旨ですからね。善良な私と比べたら貴弟のほうが悪い方でしょう。どっちでもいいですが。
 なんでもC派によると、『”公安警察は中核派見張れ〟 日本共産党が共謀罪推進』てな題で、共産党が『5月21日、新宿での「若者憲法集会」のデモ前に日本共産党の田村智子副委員長は次のように述べました。「私たちのもとには公安情報が配られます。公安警察が監視している、その団体の報告書です。最初に出てくるのが右翼と暴力団。次に出てくるのが革マル派や中核派。こういう皆さんは確かに犯罪行為をやってきました。しっかりと見張ってもらわなければ困ります。でも次に出てくるのが共産党です。次に出てくるのが原発反対や安保法制に反対する運動。いったいこれはどういうことなのでしょうか」といったとのこと。私もいったでしょ、そういうやつらなんだよね。自分は何だと思っているのかね。自分てC派も一緒だけど。暴露や密告が日常茶飯事の党派世界、人のことなどいえるものではございません。(そういえばフランス語翻訳のうまい元某党派員の(元某女子大教授の)U氏が、朝日の共謀罪特集で密告の激増を心配していた。わたしなど人が良いので発想がわきませんが、セクト心性ってそういうものなんですよね。)
 さても前衛主義者が原理的にそろってバカなら、一般人民の圧倒的力に希望するしか方針はないやね。

 あと何、石綿が古い公営住宅に残ってるって。そんなの固めてあるんだから触んなきゃだいじょぶ。医者じゃないけど。石綿って俺らの頃じゃ普通よ。わたしなど、見た目を越えてその手触りさえ覚えている。自分の家にも煙突その他であったし(煙突とか直したり取替えたりしたし)、裏庭にはいつもかけらが落ちてたし。学校の体育館裏とか、アスベスト板なんて落ちてて普通。いまさら自分が肺がんになったって、何が悪いか分かりゃあしないさ。
 もちろん常時曝露の工場労働者の方たちは助けなきゃいけないんですが。はっきりいって実態のない方の言はただの被害妄想。といいたいくらい。実際の被害者の方もいるのでしょうし、そういう方々に迷惑がかかるのは何ですが、大したこともないことに喚き立てる人間てそもそも嫌い。まあやめておきますが、人生の過ごし方として嫌い。

 憎まれ口はやめて、本日の題。
 yahooの動画にフェインバーグさんという、「ウォーリー」の撮影監督というかライティング監督の講演が入いってました。(こういうマイナーな人だと名前をフルに書くと検索に出ちゃうので省略)
 ご本人、子供の頃はアーティストになりたかったそうですが、食ってけないと大人にいわれてやめたそうです。で、科学者でいいやと思って勉強してCGの世界に入ったそうで。
 そして作ったウォーリーやニモ。結局、「女の子が ふと 自分は科学者というだけではなく アーティストでもあるのだと 実感する世界」を創ったのだ、と満足する講演。
 それはそれは。でもまだ若いのに、と思えば、会社から言われて述べた宣伝的「夢の実現」なんでしょう。「当社が実現したアメリカン・ドリーム」ですね。が、それはそれなりに本当なんでしょう。わたしなどは素直によかったねえ、と思うところ。
 さて、若人の皆様におわされましては、「ごく一部の成功者に騙されるな。夢なんか持つんじゃねえ。まずは生活だ」とよく言われることと思われます。が、それも一部の真理に過ぎない。私は倫理教師だったらそんなことはいいませんね。
 夢は選択的に実現できる。それは字面からすれば修正的実現かも知れないが、人間はそういうものではない。夢は人間が選択して実現される。
 なかには抽象化してレベルを上げて、対象を広くしていかないといけない「夢」は多々あるわけですが、その大半は自分でも曖昧模糊とした憧れなんだからしょうがない。 
 
 まあまず実現できないものをいっちゃいましょう。
 まず、カネです。カネの入手は実現できない。 じゃあ人間はカネが欲しいのでしょうか。わたしは倫理教師として、そんなものは人間の夢ではない、といってしまいますね。「金持ちになりたいのか? なんでさ」みたいなものです。なんでなのか、私には不明なので、生徒に聞かなきゃわかりませんね。
 ついで実現できないものは、いくつもいくつもある夢。それはシンプルにただの憧れだから絶対に実現できない、といってしまいます。犠牲なしに手に入る夢はない。
 あとは肉体的願望。手が4本欲しいとか、「美人の」嫁さんが欲しいとか。これもあほか、とどやしつけるところです。
 
 こうした不純な自称夢を除き、夢は手に入る。手に入らなくてもいいのですが、ご希望とあらば手に入る。
 人を助けたければ、高額な医者にならなくとも授業料免除の私学薬学部に入れる。小説家になりたくても学者になりたくても、20年頑張ればなれる。小説家も学者も、その地位を得るためには10年しか頑張っていないからだ。スポーツ選手系にいたっては5年ほどしか頑張っていないのではないか? 
 「でももう15歳だって? それはオリンピックで有名になりたいというだけの夢だろう? くだらん。そんな動物園のパンダになってみんなにはやされたいなんて夢よりも、もっと血の通った人々の賞賛を受けられる将来は必ず手に入るんだ。」
 なぜかといえば、みんな犠牲が嫌だからです。犠牲をいとわない人間は相対的に一位となる。一位には夢の入手の優先権が手に入る。かくて夢は手に入る、というわけです。フェインバーグという人も相対的に夢を手に入れましたが、もしかすると犠牲さえいとわない人間が後10人いれば、彼女の水準では入手できなかったかもしれない。しかしそれは理屈に過ぎない。世間は犠牲の嫌な人たちでできている。ご隠居の言うことに間違いはない。
 だいじょぶです、イフ・ユウ・ウィッシュ。
 それが幸せかどうかは別として。
 それよりも、普通って、周りの人と遊んだり、流行の映画見て他の人と話したり、みんなで美味しいもの食べたり、そっちのほうがいい気もするしね。
 「そっちのほうが」といいましたが、これは2択です。
 犠牲のない夢の実現など、それはありはしません。

 (p.s.1 「夢の修正」は「今日はスマホを1時間遊んでしまった」、みたいな人に生じます。わかってすることですので、これも夢の実現。ただし2時間遊んだ人は夢の放棄ですね)
 (p.s.2 上記は若人用です。中年の方は「夢の下方選択」が必要です。どんな方でも35歳の能力は20歳の半分です。10年でできることに20年かかるところ、さらに年は毎年とりますので2次式の逓減です)
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