リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

趣向で

2017-04-29 13:31:04 | 断片
 こんにちは。モンシロチョウが優雅に飛んで、1年で一番いい季節ですね。チューリップがいつの間にか終わりそうなのがちょっとさみしい。 
 本日からゴールデンウィークですね。去年はアルバイト中だったのでとてもうれしかったですが、今年はもう辞めたのであんまし関係なし。
   
 というわけで4月から勤務なしの1ヶ月、とても役に立った時間でした。勤めててストレス解消用の本で時間がつぶれるのとでは3倍は有益。時間も長く過ぎます。
 なのに、自民党などは70歳定年制だそうです。今までの仕事を続けさせる、だと。ばっかだねえ、自民党に限らず子どもなんだね。65過ぎたおやじなんて使い物にならねえよ。少なくとも事務じゃあね。
 65過ぎの営業マンも知ってるけど、とても信用できない。65過ぎの生命保険のおばちゃんは、すでにお互い世間話待遇。
 自分でも自分が40歳くらいまでは、定年まじかの部長とか、「えれえ忘れっぽいな」 ぐらいの認識しかできなかったけど、実はただのバカ。人間のアタマは50過ぎたら信じちゃだめさ。
 それでも若い衆にばれないのは、年季。昔取った杵柄。A4の報告書なんか、たしかに5秒で読めると思うぞ。95%は的確に押さえて。
 だけどさ、95%なの。自分が過去に知っている全部が95%。
 しかし世間ちゅうのは4半期で変わるのさ、変わるったって5%くらいだけど。その5%が年寄りには分かんないんだよね。まず、分かんないってことが分かんない。始末の悪いことに、これは1時間考えても分かんない。それで判断されちゃうんだからたまんないわ。
 ましてや、記憶力はゼロ。
 判断するまでに整える若いもんの実質仕事なんて、彼らには絶対に任せられない。
 元都知事石原とか10年前のことを聞かれてるけど、聞いてるほうがバカ。覚えてっこないじゃん。その頃75歳だよ。決裁なんか右から左へこなしただけ。こなすくらいはできるから、体力さえあるやつなら、若いもんから見ればちゃんとやってるように「見える」だけ。
 力説しちゃったね。ばかばかしいんだもの。老害は一掃するのがよろしい。役員とかも辞めさせたらいいし。彼らにイノベーションなんてできやしないさ。
 というように定年は60歳ですよ。あとは、雑草の漉き込みとかモッコ運びとか、そんな仕事をさせるのがよろしい。
 そもそも50歳過ぎたやつに高給を払うのがいけない。どうせ高級クラブとゴルフと貯金にしか遣わないのだから。その分若人にあげてどんどん消費物資に使ってもらうのがよい。
 
 話はうってかわって、チラシでペンタックスの宣伝を見て、おおペンタックスの顔じゃん、と感慨にふけった翌日、リコーが不振で、「個人向けカメラは縮小」 との記事。さみしいねえ。世界でも中古ペンタックスは売れてないんだって。ちゃっちいからなあ、、そこがよかったんだけどね。
 
 さて、本日は、新しい数学。
 昨日の夜目が覚めて、昨日は勉強(と暇つぶし)だけで何もしなくて虚しいなあ、と思って、なんか生きてる甲斐はないかと寝床で考えた結果、
 数字の概念を変えてみたらどうか、と思いつきました。
 年寄りというものは、いくら報告書を読んでも気づきはしないけど、思いつきはできるのです。データなしの思いつきは。
 で、変化しつつある1をmove1と書くのね。
 リンゴは1個と1個で2個だけど
 腐りかけてるりんごはmove1+move1=不定。
 ここでmove1には時間属性がつけられます。腐りかけてるリンゴは
 t*move1(t=20日)
 t*move1+t*move1=t*move2(t=20日)
 仮に30日後であれば
 t*move1+t*move1=t*move0(t=20日→T=30日) 
 いかが?  (t>20日のほうがいいね)
 数学なんてたかだかの現象観察者だけが使って役に立つ補助手段に過ぎない、
 といってきたところですが、これなら命題記述に使えそう。
 少なくとも私の文章記述の形式表示には使えそう。なにしろよくわかんないって評判悪いからねえ。 ほんとはシンプルに作ってあんだけどねえ。
 上記は、時間以外に、その他の力や賞賛の属性もつけられます。
 power100*t*move(0.1+0.1×9)+power3*t*move(0.1+0.1×9)=power300*t*move2(t=2年)
 トランプ+資本家と金(キム)+参謀官僚=地域限定的破壊ですな。なにしろ社会現象は時間と要因で変化するんだから自然数数学が使えるはずがない。
 こういうのは一般には数学じゃなくて論理記号というんだろうけどね。それじゃいつまでたっても数学は社会科学の”はしため”の座から上昇できないやね。
   まあ、こんなのも既にどっかにあんのかもね。

 いまいち?
 じゃあしょうがない。本日の役に立つブログ。
 「シュウマイ・餃子に粉は入れるな」
 世間ではシュウマイや餃子に片栗粉をいろんな段階でいれるべく書いてありますが、貧乏人がやってはいけません。どうせ脂だらけの安売り豚挽きでしょう。それをやっては、ねちゃぐちゃ。まあ、とろけるよう、ともいえますが。歯のない御両親にはよいかもしれませんが、せいぜいシュウマイ10個に大匙1が限界。餃子もときどきわけのわかんないぐちゃな店の餃子がありますが、それにしてもわずかな肉がくっきりしているはず、粉はだめ。10個あて大匙1杯。すりきり1。小麦粉もパン粉も不可です。
 年寄りでつい忘れちゃうんで書いときました。

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