リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

権力者が欲する少数派の議論

2017-06-09 20:27:16 | その他
 こんばんは。1日早いですが明日、出かけるもので。昨日は他人の家の蝋梅(ロウバイ)に実が沢山なっているのを発見。ザクロの実のようで美味しそうでしたが、調べたら果肉はないうえに毒があるそうで。その代わりぼんぼん発芽するようです。そのうち地面に落ちてジャマでしょうから拾えば庭のある人にはお奨め。枯れた晩冬に綺麗な花が咲きます。実がないと嫌な人は関東以南の庭のある人ならグレープフルーツがお奨め。ただし、都会でないとアゲハチョウが来るでしょう。ネットには夏みかんやみかんもできると書いてありますが、ほんとのことしか書かないブログとしては、知りません。アボカドは30センチほどで枯れましたが、大木になるのでお奨めできません。
 
 さて、ニュース的には「夜廻り猫」が手塚賞とか。おめでとうございます。ただ、よい漫画ですが、よい漫画はストレスは溜まりますね。
 先日はネットでハンターハンター再開といってたので思い出したのが、幻海ばあさん。悪い漫画ですがストレスがたまらない幽遊白書。だいたい年寄りが出てくる漫画なんか気が滅入るものしかありませんが、幻海だけは特別、って気がしません? 興味ないでしょうけど。あとまあ、ジョジョのじいさんとか。みんな死んじまうけど。
 漫画でなくても、ともかく年寄りキャラクターにろくな物語がないのは自業自得でしょうが、ウソでも(どうせウソですが)よいモデルがあると年寄りも身を恥じんで少し更生できると思うんで、誰か人の好い人が作ればいいのに。

 で、原発事故。大洗研究開発センター。
 あれもこれも委託で専門家のいない集団というのはほんとに情けないものです。よね? 私んとこの会社はまったくそうでしたよ。30年前ならできたこともぜんぜんできやしない。
 大洗もネットで見ると山のように並んでいる委託事業、というか業者、500人程度の企業だけど、大丈夫なんだろうか、補償。派遣労働者なんか投入してないのだろうか。一番ひどい被害者は「職員」と表現されてましたが、心配。労災保険からして会社で払ってるのかね? 下請だの派遣だのというと、初めは親企業がおためごかしに対応しても、2年、3年経つとただのお荷物になるんだよ。そのときになると、親会社の社員はもう非難されない。みんな周囲は黙っちまう。「だって、なんだってそうだもの。なんでこの場合だけ特別待遇?」とかさ。
 情けないけどそういうもんなんだよ、資本主義社会は。
 あてになるのは司法だけ。
 司法、すなわち資本家権力から独立した国家権力だけ。
 一般の方には失礼、支配階級と資本家階級は同じものだ、という馬鹿な話があって。
 マルクス主義者のお題目とは異なり、労働者を助けるのは個別資本家のことなどどうでもいい国家権力だけなんだよ。
 もっともいくら真理を告げてもカンパ生活の政治局員の頭脳では分かりゃしないさ。
 
 さて、共謀罪、本日は朝日で尾木ママが多数決にしないで検討を深めるのが教育、といってました。若人の皆さんは多数決で多いほうが勝つのに、なんでわざわざ議会なんか開くのか? と思いませんか? 「だって高校で『議論を尽くさなければならないから』なんて教わった」 とかじゃ可哀想ですので、というよりそもそも政経の授業がないともっと可哀想ですが。
 「お前なんかアナーキストだから議会なんて要らないとか言うのだろう」って? いえ、思ってはいますが別に言いません。議会制度は存続が大事ですからね。わざわざ否定する努力の必要はありません。平穏な時期は流しておけばいいだけですが、決定的瞬間には重要な武器です。じゃあ、いつなら本当に「要る」って、それば分かれば神様ですし。
 ともかく、平常時、機能的には被支配者には議会など不要。自称仲間のはずの代表議員たちに幻滅するだけではあります。
 そうじゃなくて、実は議会というのは支配者にとって必要なのです。
 「そりゃ人民を篭絡するためにいるよな」とかの誰でもわかることはいわない。それじゃあさっきの議論の続きなだけ。しつこいのは嫌い。
 
 理屈はシンプルにして明快。
 行為者は、自己の行為のスムーズな執行のため、自分が向かう行為の対象者の情報を手に入れる必要がある。
 同様に支配者は、自己の権力のスムーズな執行のため、被支配者の情報を手に入れる必要がある。とりわけ武力行使を伴わない安定した権力維持が望まれ、かつ実行可能な農業的定地支配においてはそうである。
 執行権力は、支配施策を考えることはできるがその実効効率を想定するためには、それ以前に受けた被支配者の抗議の強さやこれから来る抗議の強さを認知しなければならない。議会少数意見という被支配人民の最低限の要望伝達行為がこの最大の源泉である。
 終わり。
 要は、無理して横暴に振舞う必要もない安定権力は、多数派によかれと思うことを施策していればよいが、じゃあどの程度の施策が多数派を形作るかは、やってみないとわからない、というわけですね。
 これが歴史を通じて政治闘争が一段落した=ブルジョワ期の、用済みの議会の機能です。
 なんて政治学じゃあ教えてくれないけど。読んだことねえもん。
 
 支配権力の存続する世界にあっては、そこで当該案件に利害関係を持つ者が、政策や議案に対し、試金石として、分からない部分を教えていく(現実には「権力者に噛みついて」いく)、それにより次の機会での行政や敵対議員、またマスコミ等の行動を変えていくということが、事実上の設定された議論の場=議会の役割というわけです。この過程により、その案件の内容・程度は、現実で実効的に生きられるように変わり続けていくことができます。
 これは民主制的多数決とは直接関連はしませんが、しかし普通選挙制とペアになることにより民主制を社会に確保する。この情報が議会外に出た場合、というのは選挙で闘われる公約その他のことですが、これにより支配権力は次の選挙において、備えられ、あるいは対抗させられる、というわけです。ま、この段落分くらいは政治学教科書でもついでに書いてあるわね。
 と、こういう修飾語だときれいごとに書けますね。まるで私は民主主義リベラル。
 そうではなくて、これは、断続的ではあるが多くの歴史的時間において、被支配者は体制が壊れては自分の明日の生活が困る、という下部構造の反映だ、というわけです。

 いずれにせよ、人には、その自由が立法によってなど影響されない制度が必要なのですよ。
 漢文で習った? 鼓腹撃壌(コフクゲキジョウ)。変換が出るからすごいね。

 というわけで今週は本当にここでおしまいです、また来週。
 

 ++++++
 で、こっから先は、本当ではなく、いつもの(前からの)お客さま用。いつもって、20歳なら半年、30歳なら1年、などの長い(古い)お客様。なんたって広く世間に下品とは思われたくないから。下品なんだけど。
 
 知ってる? こいつ。
 山口正之「近代経済学と史的唯物論」1980。
 1980年にローザ・ルクセンブルクのような前衛党主義への批判者は自然発生性への拝跪とみなし、『ローザよ、それから先は、理論の任務ではない。それからさきは、「どうなるのか」ではなく、「何をなすべきか」が問題となる。』『変革のための行動の指針を』『具体的な戦術と政策として提起できるように』理論は奉仕しなければならない、などとよくもまあ偉そうなことをくっちゃべってたやつが、    
 たった16年後、
『グローバリゼーションの発展そのものが、、、民主的な新国際秩序の建設を、緊急な課題として提起しているのである。』そのためには『民主主義の深化と徹底が先進国変革の道である。』
 山口正之「社会主義の崩壊と資本主義のゆくえ」1996。
 何が「ローザよ」なんだよ。ばかやろう。お前のはただの資本主義の怒涛のような流れへの拝跪じゃないのか。何だよ、具体的な戦術と政策とやらは。教えてくれよ。
 ったく口先男が。といって、既に百人を超える口先男たちを見ているので、上記本はその想定の確認だけのために借りたわけですが。ここまで腑抜けたことをいうとは、笑ってしまうぜ。いえ、別に反論しているのではなく、昔の口はどこへいった、といっているだけ。
 もちろんとうに死んでしまっているのですが、どんな気で言ってるのかね。そんな人間がいるということ自体信じられないよ、仮に20歳の頃だったら。ほんと嘘つきばかり。(ちなみにローザは自然発生性など重視しておりません。ただの前衛党主義者です。党「指導」の傲慢さを非難しただけ。結局誰も彼もが自分に都合のよい読み方をする。)
 
 (これはpsでなく、嘘つきじゃなかったりする。残念なことに後期高齢者ともなれば自分がなにやってるかなんかわかりゃしない、本人的には「だって前と同じだよ、なんで怒るの?」 みたいなもんさ。前と同じく所属の前衛党の主張にあわせただけ。変わったのは前衛党。ま、どっちもおんなじさ、ただのプロレタリアートへの無責任。)
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