新年の雪、清々しい空。

2017年01月02日 | ドイツの暮らし

今日は新年初めての、清々しい空、雪の朝でした。太陽が輝き、
静かな風が吹いてきます。

日本の友人、知人の方々、明けましておめでとうございます。
これまでの道を振り返り、新たな一歩を、勇気を持ち、常に愉しい
心持ちで、穏やかに踏み出せますように!

各々に良い目標と良いプロセスでありますように。

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「クリスマスの後の一日、美術館にて」

2016年12月28日 | ドイツの暮らし

クリスマスの後、久し振りにデユッセルドルフの街に出て、美術館に
足を運びました。
西洋の絵画史を中世から今日まで、「カーテンの背後、隠蔽と
露出の間で」をテーマとして振り返る特別展示会でした。

僕はこの美術館の中央の吹抜け、天井まで一気に立ち上がる
大胆な空間構成がとても素敵だと思いました。

そして、人生を一芸にかけた様々な画家達が何百年に渡って遺した作品を
見ながら、そこに現れた人間の達成の素晴らしさと同時に、
全ての生の儚さを、まさにその両方を目の前にした気持ちです。

この世の儚さと素晴らしさをもっと大切にしよう。
一回限りの人生なのだから。
今日の午後は、一人で村のプールに行っていた時から家族と美術館の中に
いる時まで、ずっとそんなことをはっきりと感じ取れる貴重な時間でした。

それで、こんなこともあらためてメモしておきました。

毎日、人生の旅に出るように生きよう。

毎日が心平らかに充足していること。その日一日の時間に満足して
いること。その日にしたことが自分の心にそったことであること。
そして、好きなことを、自分の心に大切なことを続けていくこと。
何かを達成できるかは実に相対的なこと、その目的も、内容も、
質的レベルも、歴史の無常の中で全て相対的なこと。

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「クリスマスの日曜日、外はとても静か」

2016年12月26日 | ドイツの暮らし

今日はクリスマスの日曜日、外はとても静か。
しーんとしている。家の中では、昔からのドイツのクリスマスの歌が
静かに流れている。

この二日間、いろいろなことが頭を巡る。家族のこと、自分のこと、
日本のこと、友達のこと、これからのこと、、、

クリスマスの樅の木。今年も友人のオーガニック農園から23日に
運ばれて来て、昨日、飾り付けをした。これから新年まで2週間くらい
は居間に鎮座している。それは常に家族が集まるところでもある。

東西の文化の表現の違いはあれど、日本で昔、お正月を祝ったことと、
人の心はほぼ同じだろう。

日本ではなんで、自分たちになんの関係も歴史もないクリスマスを
あんな風に不思議な形で祝うのだろうか?

今、日本ではコンビニでおせちを注文し、元旦からデパートや商店が
店を開けているという。

もう、何十年も日本の正月を経験したことがないけれど、
それが本当だとしたら、僕が子供の頃のあの日本の正月は、
何もかもが静かで、子供心にも何か身が引き締まるような、
清い気持ちの元旦の朝はどこに行ってしまったのだろうか? 

 

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(補足)

クリスマスの2・3日前に、友人の農園から樅の木が運ばれてきます。 
長男より3学年くらい下で、同じ学校に通っていた友人の三男も
すっかり大きくなり、高校を卒業した。
年末の忙しい中、家業を手伝って樅の木の配達係をしている。
赤ん坊や幼稚園頃から知っている近所の子供達が皆、このように
しっかりした若者になってきている。 

 

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『今日はクリスマスイブ − ケストナーの「飛ぶ教室」と家族の風景』

2016年12月25日 | ドイツの暮らし

昨日のクリスマスイブ、僕達の小さな家族の風景。

ドイツの戦前の文筆家、ワイマール時代の社会世相を辛辣に突き刺す
風刺に始まり、ベルリンの頽廃的黄金時代の雰囲気を軽やかに
映し出す粋なシャンソンも何本も作詞したエーリッヒ・ケストナー。
社会への厳しい眼と人情味兼ね備え、ヒューマニスティックかつ
アイロニカルな精神に自ら潰れそうになっていた骨の芯からの
文学者だったエーリッヒ・ケストナー。彼だからこそ、
書くことの出来たドイツ児童文学の傑作、『飛ぶ教室」、日本でも
子供の頃の愛読書の一つだった方も少なくないかと思います。

戦前のドイツのギムナジウム、旧制高校の寄宿舎生活の生き生きした
描写と共に、昔からクリスマスの行事がどれほどドイツの人達に
大切なものだったのか、家族のつながりの結節点だったのかが
切々と伝わってきます。その精神の底流は、それから世界史上の
大きな戦争を幾つか経てもう80年以上も経った今も変わらず、
現代ドイツ人の暮らしの中に根付いているように思います。

さて、2016年12月24日の晩。

僕達夫婦の、ふだんは外で勉強している三人のすっかり大人ぽくなった、
独り立ちしてきた子供達も年末年始ということで実家に戻り、
来年2月には90歳を祝う皆の「オーマ」も今日は認知症もどこ吹く風、
元気溌剌、それはそれは愉しい、幸せな家族一同揃っての晩となりました。

一方でこんな時、僕はドイツでの生活がもう35年になろうとしているのに、
心の中はやっぱり家族の中で一人、ドイツの外で生まれ育った
外国人かなとも多少思います。

そんな背景もあるのか、もともと鈍感なのか、あるいはその両方なのか、
ともかく幼少期、思春期を母子家庭の長女として寂しく過ごすことも
あった妻が、自ら母親となって準備する家族のクリスマスに秘めた
深い想いが、どうしても肌感覚でしっかり感じ取れず、互いにバタバタ
したり、すれ違ったりして、各々哀しい思いをすることも少しあります。

それでも、今日はクリスマスイブ、妻が腕をふるった特別な夕食。

家族の宴たけなわ。僕達としては珍しいしっかりと伝統的なドイツの
ご馳走を楽しんだ後は、家族の贈り物の時間。

長男からは2015年、16年の二人の日本旅行、自転車の旅の
自作写真アルバム、次男からは日本の映画のDVD二本、
末娘からはビーガンの料理本とエスプレッソマシーン、
妻からは上質のセーター、義母からはベジタリアンの分厚い本格的な料理本、
そして其々に心のこもった手紙が付いていました。
父子家庭で育ち、その父親を一度も尊敬することなく、家に居ないこと
を常に福としていた自分には
「父さん、大好き.いつも有難う。いろんな時に自分の手本だよ!」
などと書かれると、心の中は涙ボロボロとなるのです。
子供達三人がここまで真っ直ぐに育ったのは本当に妻の広く
優しい心根のおかげだなあとつくづく有り難く思う瞬間です。

僕は日本の私小説はあまり好きではありませんが、今日はクリスマス、
ケストナーさんの『飛ぶ教室」を思い出しつつ、倖せなことは倖せとして、
自分のためにも、家族のためにも、こんな気持ちをしっかり
書き留めておこうと思いました。

ちょっと照れ臭い文章となりました。でも、ドイツ、そして多分、
ヨーロッパの他の国々でもクリスマスは本当に家族の幸せを祈るお祝いで、
サンタクロースや忘年会のメリークリスマスの帽子や、
苺のショートケーキとは全く関係のない大切なことなんだということも、
日本の友人や知人に少しでも伝えたいと思ったのでした。

 

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一足先に来た秋 - ドイツから日本につながる思い

2016年11月03日 | ドイツの暮らし

今から8年ほど前、今の自宅を購入し全面改修を計画している際に
「この土地で、これからもずっと歳をとって生きていくならば、
ここをひとつの終の住処とも思い、子供達三人にも日本の住まい
の文化を伝えたい、残していきたいなあ」と思いました。 

それで、東京、京都と日本の木造、伝統建築を中心とした建築事務所を
2年ほどかけて探しましたが、皆、西欧由来の現代建築に軸足があり、
自分の感覚にはどうしてもしっくりきませんでした。
その中で最後の最後、ようやく出会ったのが京都の四条河原町を少し
下がったところにあった「アトリエ Ryo」という建築事務所でした。
所長の木下さんとスタッフの近さんにはその後大変お世話になりました。 

室内の地下の和室の空間だけでなく、掘り下げた内庭とも
ひと連なりの連続的な空間として基本設計を頼みました。

それから約8年たった今年の秋、その内庭もだいぶ落ち着いた
感じとなりました。

当時、近さんには京都、滋賀高島から大工さんと左官さんを
引き連れて、改修の仕上げに3週間ほど来てもらいました。

今考えても僕の人生ではまさに一世一代の大仕事だったなあと思います。
その後、今年になって思いもかけず、京都の吉田山の近くに小さな
住まいを求めることとなり 、今はひとりで独立した近さんに
もう一度お願いできることとなりました。

今回の方が、前回よりもさらに大きな仕事かもしれません。
僕自身も経済的にもギリギリのところで、乗るか反るかの
大変な作業となっています。

それでも、家族一同、自分の判断と近さんの技量、人柄を信頼し、
なんとか日本、京都に初めての住まいを築こうとしています。
真如堂の三重塔が見える落ち着いた場所です。 

そんないろいろな気持ちが、今年の秋はドイツの庭にいても
頭を巡ります。 

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夜中の2時の月

2016年10月16日 | ドイツの暮らし

夜中の2時、この世界で妻と猫と僕と三人だけが起きているような
真夜中の時間。
庭に独り立って深く息をすれば、自分だけの中秋の名月。
険しく蒼い山々とその上に煌めいていた月光を想い出す、
青年の時のよ
うな夜。
秋が真上に光る夜。

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ドイツの秋 - 「みんな違って、みんないい」

2016年10月15日 | ドイツの暮らし

雨上がりの土曜日の午後。
ドイツの秋の風物詩、形も色も大きさも様々のカボチャ達。

「みんな違って、みんないい」

日本の社会の古い拘束、因習、不条理の中で、ひっそりと独り詩文を綴り
続け、その中にしか自らの魂の居所を見出せず、三歳の愛娘を残して夭折、
自死した若き女性詩人の言葉。

「みんな違って、みんないい」

この自然界
の摂理が、いつか社会の、毎日の生活の当たり前になるように、
僕は日々
の暮らしを送りたい。
日本の社会はもう長らく、その正反対の道を進んでいるとつくづく思う。
そして、
それは今の政治の狂気をもたらしている、一つの大きな歴史的
病巣でもある。

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ゲストハウス「樫の木」から、日本の若い人達へ

2016年10月04日 | ドイツの暮らし

数年前から、ドイツの自宅で小さなゲストハウスをしています。
「樫の木」という名称です。

日本からいろいろな若い人がやってきます。ドイツでの1年間のワー
キングホリデーや長期滞在のスタートで2、3ヶ月居る人達が殆どです。
今回は京都から二人の若い娘さんがやってきました。



ここはドイツ中部の小さな村で、周りはジャガイモ、ニンジン、トウ
モロコシ、カボチャ、キャベツ、菜の花、ヒマワリなどの畑が一面に
広がっています。しっかりしたオーガニック農園も有り、僕達の日常の
拠り所ともなっています。





戦後ドイツ70年間、1970年代後半からのオルタナティブやオーガニック、
市民の運動が作り出したてきた今のドイツ、その暮らしの良いところに
直に触れて、若い人の感覚で、日本の生活に持ち帰ってもらえたらと思います。
僕達もゲストハウス「樫の木」を続けていく意味や楽しみが少し見えてきました。
そんな気持ちが少し響いた文章です。 

………………………………………………

あいちゃんさんへ

ヨーロッパの旅、中距離ちょっと駆け足旅行、ドイツ、ビュットゲンの
滞在も楽しかったようで何よりです。旅はいいですね。新しいものに出
会い、珍しいものに触れると、自分が本当は何が好きなのか、それを感
じ取ることもできる時間だと思います。旅から戻ってその感覚を毎日の
日常の中で伸ばしていけると、それは素敵なことですね!ドイツは秋、
真っ只中になって来ましたよ。大人の頭の二倍も三倍もというよりは、
関取のお腹のようなオレンジ色のカボチャが畑にごろごろして、八百屋
の店頭や街中のあちこちに、顔を覗かせ始めました。



姉貴分⁉︎のさっちゃんも元気にしていますよ。
こんな感じ(下の写真)です。
ではまた近いうちに!
秋から冬に向かう頃、京都に戻ります。楽しみにしています。ご自愛下さい。


 









 

 

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「ヨーロッパで和食を作るなら、ビーガン・野菜料理が一番! − 本当に美味しいね」

2016年09月21日 | ドイツ・ヨーロッパの「食」

オーストリア、ウイーンで勉強中の末娘が、毎日の食事のベースを
ビーガンに切り替えてから約一年。それ以来、僕が家族のご飯を作る
時にも「和のビーガン、野菜料理」が、大きなテーマとなりました。

その娘がこのところ久し振りにドイツに二週間戻ってきているので、
ついつい、いろいろな野菜料理や豆料理を作ります。

レンズ豆をしっかり炊いて、ニンニクや豆味噌を効かせて、いろいろな
香味野菜の細々&水切りした豆腐とと一緒に炒めると、肉味噌のような
とても美味しいペーストになります。蒸して軽く炒めたカリフラワーに
載せたり、あるいは柚子の絞り果汁と薄口醤油を少しかけた冷奴にトッ
ピングしても、なかなか美味しいものです。

もう一つの野菜炒めは、ズッキーニをきしめんのようにピーラーで薄切
りしたものに赤や緑のパプリカの細切り、塩麹漬けのキノコを加え、少
しの昆布水とエクストラバージンのオリーブオイルで炒め上げ、最後に
ルッコラと青紫蘇のザク切りをたっぷりと投げ入れ、パッと火が通った
ところを、すぐにいただきます。イタリアと日本のハーブの出逢いが、
新鮮な美味しさです。

ひじきとバラ海苔の炊き込みご飯をすし酢にして、山芋の糠漬けやシソの
醤油漬けを芯にした海苔巻きも娘と二人で作りました。

子供の頃からの食いしん坊が、体や健康、そして自然環境のことなども
考える、大の料理好きになったことはとても嬉しいことです。

これからも出来る限り、応援しようと思います。 


 

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和のビーガン料理 – 「車麩とアボカド・トマト・平茸の夏サラダ、紫蘇とルッコラを添えて」

2016年09月12日 | ドイツ・ヨーロッパの「食」

ドイツで作る乾物クッキング その①今年になってから家での食事は
8割がた野菜料理、ドイツでいうビーガンの料理がほとんどです。
さて、春と夏に日本に戻っていた時に京都で乾物クッキングを少し
習いました。(山上師匠ありがとうございます!)

その時に、日本の乾物こそ色々な野菜と一緒にすると和の美味しい
ビーガンレシピが作れるなと思いました。この頃色々試していますが、
今日は下のサラダが美味しく出来たので、レシピ本の真似っこをして
作る手順を下記に書き出してみました。(ややこしそうなレシピですが、
実は冷蔵庫の中にあった残りものと野菜やキノコを寄せ集めて作った
ものです)

1. 完熟トマトを湯むきします。

2. そのトマトを冷蔵庫で一晩水出した昆布出汁で、中〜弱火で少し
柔らかくなるまで炊きます。火からおろしてホウロウの器に移し、粗熱
が取れてから冷蔵庫に入れて、一から二晩置いておきます。
(出汁の味付
けは、ほんの少しの白醤油、薄口、お酒、塩で淡い味におさえます。なお、
鍋を火からおろす前、紫蘇の葉を一、二枚いれておくと、紫蘇の味と香り
が移り、さらに爽やかです。

3. このトマトを丸のままガラスの器に入れて供すると、夏の暑い日の口切
の爽やかな前菜になります。

4. さて、このトマトを炊いた漬け地が余ったら、そこに
(できれば膨張剤を使っていない) 車麩を水で戻さずにそのまま
2、3枚漬け込んで、冷蔵庫に入れておきます。一から二晩で味が
しっかり染み込み、芯まで戻り全体が柔らかくなります。

5. このトマトの酸味と昆布出汁の漬け地の旨味を十分に含んだ車麩を、
軽く絞り、それから真ん中で半分にして5mmくらいの薄切りにします。

切り終わったら、エクストラバージンの良いオリーブオイルを少しかけて
軽く混ぜ合わせてください。

これで車麩の夏サラダのベースが出来上がりました。

6. 次によく熟れたアボカド (半分くらい) を串型に薄くスライスし、さら
に3等分にします。このスライスしたアボカドを薄口醤油と柚子の
果汁 (なければレモンでも) とわさび (チューブで可) で軽いわさび和え風
にして下味をつけます。

7. 完熟の生のトマト (大1個くらい) の皮をむいて、中のジューシーな
ところをザクザクと切ります。そのうちの約2/3をあとで他のものと
和えてしまい、残りの1/3はサラダにトッピングしてください。

8. 平茸 (エリンギや舞茸でも可) をやや小さめ目にさいて、フライパンで
油を使わずに焼き付けます。きのこの香りが出てきたら、そこに 4. の
漬け地の汁の中で戻したみじん切りのドライトマトとその戻し汁
(15cc ほど) を加えて、軽くしんなりするまで中火であっさりと炒めます。
黒胡椒を最後に振ります。

9. ここまで用意できたら、ボウルの中で 上記 5. の車麩、6. のアボカド、
7. 刻みトマトを一緒にしてささっと和えてください。それから冷たくした
ガラスの器に盛り付けてください。

10. 最後に、昆布水で湯がいて軽く塩のみで下味をつけた細いんげんを適当
に切ったもの、そして紫蘇の葉とルッコラを半々くらいに混ぜてざっくり刻
んだものを盛り付けたサラダに振りかけてください。

11. 残しておいた生のトマトのざく切りを上に最後にトッピングします。

すぐに食卓に出してもいいですが、時間があれば少し冷蔵庫で器ごと冷たく
してから提供してください。さっぱりした夏のサラダですが、一つ一つの味
が食材の味が絡み合い、爽やかながらメリハリのある味のサラダです。
ノンドレッシングのサラダです。

 

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和のビーガン - 精進の寿司いろいろ -

2016年09月10日 | 日本の「食」

今日はビーガンレシピの土曜日。

友人の調理師、スタッフ、息子や娘と、精進の野菜寿司を初めていろ
いろと作りました。丸かったり、四角だったり、芯がずれたり、
 形も格好も実に様々、それでもネタだけは丁寧に作ったので
どれでもとてもおいしかった。

用意したネタは、

蒸したインゲンを薄味の漬け地に浸したもの。
昆布出汁と塩、薄口味醂で炊いた千切りのニンジン。
しその醤油漬け。
赤や黄のピーマンを焼いて漬け地に浸したもの。 
高野豆腐の肉味噌風 。
ラディッシュのぬか漬け。
ドイツのオーガニック豆腐の厚揚げ風。
生姜の梅酢漬け。
オクラとアボカドのスライスなど。 

みんなの感想。
「まともな酢飯にパリッとした海苔、それに美味しい醤油があれば、
ネタは二の次かな、野菜寿司、十分に美味しいね。またやろうね!」

さて、巻き方の一番下手っぴなのが僕でした。トホホです。酢飯もま
だ沢山有るし、一人で明日もまた練習しようかな。


 

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名残の夏、夏野菜の揚げ浸し

2016年09月03日 | ドイツの暮らし

エアコンだらけの酷暑の日本から戻って三週間。
毎日、つもり積もった仕事をしたり、運動したり、料理をしたり。
たっぷり作った、名残りの夏野菜の揚げ浸し。

人に分けたり、みんなで食べたり、しみじみと美味しかった。
ドイツはもう秋の始まり。


 

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ドイツで30年ぶりにクライミング再開 -老若男女、家族皆でボルダリング

2016年08月27日 | ドイツの暮らし

日本から戻ってきて約2週間、ほぼ毎日水泳やジョキングに行って
体調も体力もだいぶ戻ってきました。 

今年の春、30余年振りにまた始めたクライミング、
息子や長男、次男、末娘だけでなく、その彼女や友人達を巻き込んで、
わいわい一緒に汗を流すボルダリング。

本当に楽しいなぁー!

今や毎日の運動でも、もう一度、垂直壁やハングを登りきる体力、
筋肉をつけようとジョギングや水泳の際の励みにもなってきた。

今日は次男の親友と長男の彼女も加わって、計5人で夜の9時から、
各々の身体能力、壁に立ち向かう自分の筋力を計りに乗せるような
『モンキータイム』人生30年の差があっても、壁の前では皆同じ。
年の差は関係なし!

勝負は『ムーブメント」!

互いに腕や脚の使い方、重心の移動、バランス感覚を教え合いながら、
沢山笑って、丁シャツビッショリになるまで汗かいた。
あぁー、愉しい一晩だった。

その後皆で行った、息子達が小さい頃から大好きなギリシャ料理屋、
みんなよく食べた。

僕の財布はまたまた軽くなった。でも今年の初めよりは僕の体も少し軽くなった。

6月29日の文章「自分の力で登ること!」も合わせて読んでみてください。
 

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6月17日と19日にもボルダリングに行きました。
ドイツでのボルダリングは、とてものびのびとした感じです。
その雰囲気が写真からも伝わると思います。
よければご覧下さい。 

【6月17日】

今日は、企業実習から週末帰ってきている次男と二人で
夜の10時過ぎから、ボルダリングに行きました。



20年近く忘れていた遊びですが、今年こそもう一度再スタートと思って、
今日で4回目。
実に愉しいです。一回一回、登れるところも増えてきました。
歳だけで言えば、いつも僕が圧倒的に最年長。でも、あまり関係
ありませんね。
下手でも何でも、登ることが楽しい。今日もまた少しうまくなった。
また新たに、ほんの少しでも体が動き始めた

 

【6月19日】

次男と二人で、一昨日に続いて週末のインドアクライミング。

今年の夏、京都でも一度長男とボルダリングのスタジオに行きました。
狭くて、登るルートや規則が事細かに決められていて、
その上、若い人たちだけでグループをつくり、
仲間内だけの会話が飛び交っていました。
ボルダリングの醍醐味でもあるオープンで自由な精神があまり
感じられず、まるで今の日本の閉鎖的な社会の縮図を垣間見るようで
だいぶがっかりしました。 

ドイツの僕の家の近くのクライミングスタジオは、
ほぼその正反対のように感じられます。
いろいろな面で、開放的でのびのびとした感じです。 
こういうところはドイツの方がずっと素敵だなあとつくづく思います。 

小さな娘さんとお母さんの二人組。

体育館のような広さのクライミングスタジオ



今日は日曜日、家族連れで賑わっています。
若い人も歳のいった人も隔てなく、屈託無く言葉を交わしています。

各々気ままに休憩したり、食事をとったり。

日本と違い男子だけなく、大概、カップルや男女の
グループで来ています。




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2016年7月の備忘録—「大きくなった息子達の肩にぶらさがって」

2016年07月12日 | 家族

【7月4日】

今は人生の夏。「おーい、何が見えるんだい」

小さい時から、外に出るとすぐに高い所に登りたがった。
我(われ)がままは大切なこと。

「シッダールタ」を表した、1877年生まれの
南独の詩人は、それをEigensinn と名づけた。

 

【7月8日】

おめでとう! congulatulations!

日本の友人、知人の方々、長男の浩太がオランダの大学を今日、
一時間前に卒業しました。思ったより、ジーンときています。

ドイツの高校を途中で終えた後、北海道、沖縄で合わせて約一年、
福島の東電原発事故での中断もありましたが、日本で一人で実習生活を
したことが今の成長につながっていると思います。
京都でも、沖縄座間味島でもたくさんの方々にお世話になりました。
有難うございます。

浩太と二人でもうすぐ、来週から日本に、京都に行きます。
今から楽しみにしています。 

 





 

【7月12日】

夏の午後、日曜日。次男の健が下宿先に帰る前に。


よく育った息子達二人、親バカな小さなお父さん。
昔と違って、父親と息子の間、家族の仲はこんな感じでいいのかな
と思います。

2012年12月17日、衆院での自民党政権復活以来、日本の多くの市民が
恐れていたことが次々と起きました。
そして2016年7月10日の昨日、一人一人の生活や、その中での小さな
当たり前の喜びや幸せを全く度外視する、政治的社会的倒錯者達の時代が、
さらに一歩大きく足を踏み出しました。

父権バカ、既存権益バカ、男性論理バカ、国家主義バカになるよりは、
子供達の今と未来を大切に、そして自分の人生も大切に一緒に生きる
親バカを、これからもやっていこうと気持ちを新たに、大きくなった
二人の息子の肩にぶらさがりました。


PS.
7月下旬、瀬戸内の海にて。

尾道から今治までしまなみ海道、二泊三日の自転車の旅でした。

 

 

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21歳の誕生日 - 健やかで良い一年になりますように

2016年07月06日 | ドイツの暮らし


長男、次男がそれはエコひいきだ!と言う、僕と末娘の合言葉
「大きくなった、ちっちゃなマイ・プリンセス」





今日(7月1日)から、娘を訪ねてのウイーンの旅のスタートです。





一昨年の秋、オーストリア・ハンガリーの旅から帰ってくると、
「パパ、ここで勉強するよ!」と、自分で撮ったウイーン大学の写真を
見せてくれました。そうして、約半年後、めでたく入学。
すると、「パパ、自分のスタートだから、一年目は来ちゃダメだよ!」と
あっさり言われました。 それから、クリスマスやイースターの時には
何度か家には戻ってきましたが、まさにヨーロッパの歴史を刻んできたこの杜の都、
古都ウイーンがよっぽど気に入ったのでしょう。 すぐにトンボ帰りしてしまいます。





初めての彼氏も出来ました。民俗学の勉強も、その講義を時々サボるのも、
全てが楽しそう。 まさに「青春の街、ウイーン」





僕にとっても三十何年前、初めてドイツに来た頃からの、いろいろな想い出の街です。
今日からの四日間が本当に楽しみです。

この一年間で本当に大きく成長したと思います。



「人生は今を楽しむこと、先をポジティブに見据えること。
自分の感覚、思いを信じること。」

50半ばの父親より、21歳の娘の方が人生のこのモットーと生きています。
嬉しいことです。 

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(2015年7月6日、ちょうど一年前の文章)

先週の金曜日に末の娘がタイ、ラオス、カンボジア、そしてネパール
の旅から約10週間ぶりに、元気な姿で戻ってきました。



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