「ドイツ・ヴィーガンの方々への和食料理教室」

2017年03月19日 | 日本の「食」

今日は午後から4時間、今年3回目、ドイツのヴィーガンの方々への、
和食料理教室でした。

「和のヴィーガン」は日本の料理の伝統や食材の選択、扱い方の中に
元々あるものです、というところからコースの説明スタートです。

一つ一つのレシピを伝えるのではなく、和食の基本的なこと、お米と
大豆のこと、昆布出汁、干し椎茸の戻し汁、旨味の相乗効果、日本の
発酵文化、天然調味料、味噌や醤油の種類と味の違いなどを、何度も
何度もその一つ一つの味見を繰り返しながら、キッコーマンやハナマルキ、
だしの素等の食品産業へのかなりキツイ冗談も交えながら、ゆっくり、
ゆっくりと伝えていきます。

米味噌、麦味噌、豆味噌の違いも分かって、豆腐の水抜きのやり方も
覚えて、合わせ味噌のコツも聞いて、最初の「絹さやと絹ごし豆腐の
お味噌汁」と、ほんの少しの隠元の胡麻和えが出て来る頃には、もう
一時間余りが過ぎています。

それでも、皆さん、本当に熱心で、「あぁ、本当に美味しい」とお代わり
もしてくれます。その間に箸の使い方だけでなく、箸の上げ下ろしの手順、
器の持ち方も一緒に練習します。

今日の参加者は計9人。20代後半から30代始めのカップルが3組、日本が
大好きな16歳の男の子とヴィーガンなどには全く興味のないお肉料理が
大好きなお父さん、それに、僕の長男の彼女のお母さんでした。
巨漢のお父さん以外は、皆もう長くベジタリアンで、その中ですっかり
ヴィーガン一本の人も半数以上でした。

昆布出汁や水だけで作る、具沢山の野菜中心のお味噌汁の部が終わると、
ドイツの人達が大好きな、お寿司の部に移ります。

紹介するのは巻き寿司、そして数種の具材とすし飯、四半切りの海苔さえ
あれば食卓で誰でも簡単に美味しく出来る手巻き寿司の二通りです。
巻き寿司は作りやすいように、そして、いろいろなネタを組み合わせて
楽しめるように、細巻きでなく、中巻きを選びます。

まずはお米の選び方、洗い方、炊き方、お砂糖を控えた寿司酢の作り方、
飯切りの仕方などを実演します。

その後はヴィーガンのコースなので、野菜中心の寿司ネタを次々に
紹介します。
最初に、火を使わずにぼぼ切るだけで出来る、すぐにネタになるもの
ー梅酢漬けの紅生姜、胡瓜の細切り、アボカドのスライス、クレソン、
ゴマなどがテーブルに並びます。
それから、椎茸の旨煮、細切り人参の塩煮、蒸し隠元、赤や黄色の焼き
パプリカ、オクラのたたき等を紹介し、一つ一つの味見もしてもらいます。
小休止もはさみ、もう二時間半は過ぎました。
いよいよ一人づつ、巻きずしに挑戦です。

両手に米粒が付いてどうしようもなくなったり、ご飯がはみ出したり、
上手く切れなかったり、或いはビギナーズラックで、一発でとても綺麗に
仕上がったり、本当にまちまちです。一人ひとりの作品を8巻から9巻に
切り分け、記念写真を撮り、グループ全員で相互に試食をします。形は
まちまちでも、皆とても美味しく出来上がっています。もちろん、
お醤油はあまりつけ過ぎないようにのアドバイスを忘れてはなりません。

『きちっとした天然の素材で、一つ一つの手順を丁寧に」の成果!
本当に美味しいね!
僕も参加者皆んなも、まさに笑顔の瞬間です。

今回のお醤油は、奧出雲の森田醤油さんの生醤油、野菜寿司にぴったり
の爽やかな深み、実に綺麗な味の醤油です。ドイツの人達もこんな醤油
は初めて、まさに目から鱗だとびっくりします。

これで大体コースも終わり、最後は皆で食卓に座って、手巻き寿司の
ホームパーティです。
数時間前は顔も知らなかった人達が和気あいあいと、ネタの組み合わせも
個人の勝手、日本のフィンガーフードを楽しむ、自由なフリースタイル
の寿司大会です。

寿司飯も海苔も、どんどんなくなっていきます。一方で、頭や知識だけ
でなく、各人の舌の記憶の中に、和食本来の味覚と寿司の味が初期定着
し始める時間だとも思います。

さて、開催者の僕達の方と言えば、僕と二人のスタッフ計三人で二日前
から準備と仕込みを始め、当日はほぼ10時間立ちっぱなし、集中力を
絶やさない長丁場。終わった時は相当にクタクタです。恥ずかしい話
ですが、採算面も毎回赤字です。過去10年、一度もプラスになったこと
はありません。

それでも、何故するのか、続けているのか?
やっぱり、和食が本当に好きだからそして、なんだか自分のためにも
なっているからだと思います。
また、昔よりも強く思うのは50半ばを過ぎてある程度年だからで
しょうか、この異国の地で半生を送り、家族も持ち、一つの仕事を
続けてこれたこと、そのドイツの社会や文化に自分の出来ることで
役に立ったり、喜んでもらったりして、恩返し出来ることは有難い
ことだという、心の動きです。

大分、長い文章となりました。料理コースの終わった後、一人で
ハノーバーまで列車で4時間移動してきました。もう真夜中になりました。
ホテルにも着きました。
明日からは三日間、日本の経済界の大型視察団の通訳、料理の仕事ほど
には気合も入りませんし、面白くもありません。
けれども、これが僕の生業、30年以上も家族と自分を経済的に支えて
きた活動です。

好きなことでなくとも、専門的に出来ることがあることを有難いこと
と思い、これからの10年間、ドイツ語でしっかりした和食の本を書き
表すためにも、この産業通訳の仕事を高い質で続けられるように、
家族の生計を立てられるように、もう少し頑張ろうと自分に話しかけます。

それでも、自分が本来、好きなこと、人生の中でずっと大切なことに、
和食の仕事に集中し切れない自分への歯がゆさ、情けなさは常につき
まといます。

このことについては、またの機会に、もっと根本的に前向きなこと、
新しいことをを書けるようにしたいと思います。

では、各々に、明日がまた良い一日となりますように。

(「www.culina-Japan.de」- ドイツで和食を伝えること」
 「ドイツの自宅で、和食の料理コース」という2つの関連の記事も
よければお読みください。)

 
 
 
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今ここにしかないこと - 57回目の春

2017年03月18日 | 随想

57回目の春。

それは人生57回目の桜ではないだろう。
若い時はそんなことも知らず考えずで、 
生きていたのだから。
この後は10回、5回の桜、、、。
どうであれ、一つ一つの、一回限りのこの春、この桜。

今、ここにしかないこと。
春の宵闇の中、お前はその準備をして来たのだろうか。

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梅の花は満開 - 次男の春

2017年03月16日 | 家族

梅の花は満開、そして、桜ももう咲き始めた。五分咲きくらいだろうか。

今日は次男がドイツの大学の卒論を無事に提出した。彼にとっても大きな
区切りの日だと思う。春の暖かな、良い一日だ。

この後、地元のサッカーのいつものトレーニングに行くと言う。そうだ、
こんなふうに健康と毎日を楽しみに出来ることが何より大切だと思う。
僕自身はドイツに来てから30年、学業や仕事に流されて、それが
出来ないことも多かったけれど、三人の子供達は各々にそれをよく
感覚的に弁えていると思う。有難いことだ。

それに僕は大体、個人の判断で学業の開始や修了のタイミングが
決められるドイツの高等教育システムもなかなか良いと思う。
僕たちの家族の生活感覚にはよく合っている。

息子が戻って来たら、今日は早咲きの桜の木の下で家族の
居酒屋大会をしよう。次男の好物をいろいろ作ろう!
もう少し買い物もしておこう。今日は良い日だ。

 

(日本、京都で健が小さい時からお世話になった友人、知人の方々、
ありがとうございます。一つの大きな区切りです。四月に一緒に
日本に行きますので、またお会いできるのを健も楽しみにしています。)

 

 

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蕾の時期に、桜が二輪

2017年03月10日 | ドイツの暮らし

蕾の時期に、桜が二輪。
突然、ひょっこりと春が来たような午後。

冬の雨雲のような気持ちで過ごして来た日々。
毎日忙しいばかり、仕事ばかりしていた。

そんな気持ちが俄かに晴れていく。
冬は過ぎた。また、春、夏が来る。
さあ、散歩に行こう。髪もかりに行こう。

夜のお酒にもひとまず今日から、
「さようなら❣️

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ドイツの自宅で、和食の料理コース

2017年02月26日 | ドイツ・ヨーロッパの「食」

ドイツに戻ってすぐ翌日から、自宅のキッチンスタジオで二日連続の
和食の料理コースでした。

こんな感じでスタートします。

今回はドイツのヴィーガンの人達向けの、コースです。
「野菜たっぷり、具沢山のお味噌汁」が一つのテーマです。
ベースは水出しの昆布水、或いはドイツで手に入る根菜たっぷりで
水だけでも美味しく出来る、しっかり味のお味噌汁などです。

もっと詳しく書こうと思ったのですが、片付けが終わってワインの
グラスに手を伸ばすと、もう夜中の12時近く、もう何度も寝落ちして
しまい、膝の上にワインをこぼしてしまいました。
また、明日、続きを書こうと思います。

(キッチンの下の和室。コース参加者との顔合わせ風景です。)

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「白ワインはいかがですか? - あなたも私も大切な一人」

2017年02月23日 | ドイツの暮らし

ドイツ・ミュンヘンへ、飛行機の中のドイツ語会話。

 

「何をお飲みになられますか?」

「では、白ワインを一つ。」

「お水は如何ですか?」

「あっ、それもぜひお願いします。」

「炭酸なし、炭酸あり、どちらで?」

「炭酸ありで。もちろんドイツスタイルで」

「おっ、なかなか上手いですね!」

「いえいえ、ドイツにもう30年あまり住んでますから、、、。
でも、確かにそうですね、
スチュアートさんの人生よりも、僕のほうが長く
ドイツ語を話しているかもしれませんね。」

明らかに40過ぎのスチュアートさん、

「上手いこと言うね。よし、シャンパン一杯!」

「いえいえ、僕はしがないエコノミーですから。」

「確かに! ところで、ご家族は日本で?」

「日本じゃなくて、僕の家族はドイツなんですよ。」

「では、お仕事で?」

「そうそう、今回は仕事一本槍でした。」

「十分成果は出ましたか、、エアフォルクライヒ? 成功でしたか?」

「もちろん!でも、相手方はまた別の考えかもしれませんよ」

「確かに! 人生、分かりませんね。」

「確かに! では、白ワインをもう一杯。」

 

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久しぶりのドイツ映画 -「あなたへのSMS 」

2017年02月23日 | 言葉&読書

ドイツへ向かう飛行機の中、久しぶりにドイツ映画を見る。

そのタイトルは、「あなたへのSMS 」

ドイツの今をつたえる若き才能、
天性の女優カロリーネ・ヘルフルト(Karoline Herfurt)、目の動き
一つで、女性の心の動きを、その豊かな表情を、ひとの心の浮き沈み
を伝えてくる。その彼女が映画監督としてデビューし、自ら主役も
務めた、初めての作品ではないかと思う。

物語の中心は、目の前で起きた突然の自動車事故で最愛の婚約者を
失った絵本作家のクララ。それから2年経ちなお、亡き恋人への想い
を受け手のないSMS に書き続ける。
偶然のきっかけで、その愛惜に満ちた一つ一つの言葉を受け取るように
なった地方紙の新聞記者マルク。二人の愛が始まる。

まさに現代のベルリンを舞台とした都市生活者のアイロニーとコメディ。
真摯な軽妙さで描かれた男と女の恋愛劇。実によく出来ている。
少し涙が出た。

男女の性差が、その生き方の可能性がが社会の上下構造の縛りから
離れ出し、個人の対等が生活感覚の基本となり始めた今のドイツ。
日本のそれとは大きくかけ離れている。そう言う社会条件がなければ
有り得ない、男女の心の機微、愛情の在り方がよく描かれていたと思う。
一方で、日本のドラマや映画の紋切り型の男女のロールプレイ、
幼稚な愛情劇との明らかなコントラストを思わざる、感じざるを得ない。
字は人を表すと言うが、映画の質も、社会の因習やそれへの囚われを
端的に浮かび上がらせるのだろう。

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京都からドイツへ - 朝の錦市場で

2017年02月23日 | 日本とドイツの手仕事

朝の錦で、ドイツへのお土産の京都の野菜を袋一杯買い込み、
一路、東京羽田空港へ。

京都、吉田の家改修チームのみなさん、今回も本当にお世話になりました。
去年の夏、猛暑の中で始まった工事、4月の桜の頃までには仕上がるだろうか。
今後とも是非よろしくお願いします。 

今回はたった4日の弾丸旅行。会えなかった京都の友人、知人の方々。
桜の頃にはまた会えることを楽しみにドイツに帰ります。

ではまた、アウフヴィーダーゼーエン

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迎春と言うのだろうか - 京都に戻って

2017年02月18日 | 京都の一日

早春の花。
東山からの朝の光。
京都に戻って最初の日、朝の散歩。

迎春と言うのだろうか。
冬がもう終わろうとしている。

迎春 - 日本の四季には旧暦がよく似合う。

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「Biofach・ビオファ」- ドイツ・ヨーロッパの美味しいお土産

2017年02月18日 | ドイツ・ヨーロッパの「食」

今年初めての日本。関空から京都への移動中。今日から約一週間の滞在です。
今回はドイツ・ニュルンベルクの国際オーガニックフェアでの仕事から、
そのまま直行したので、トランクに美味しいお土産を詰め込んで来ました。

ちょっと書き出してみます。

まずはイタリアから。
南チロルの昔からのサラミ2種類
ピエモンテ州のパルメザンチーズ、
南イタリア・プーリア州の辛口のワイン、白がシャルドネ、
赤がプリミティーボ。ドイツからは、
南西ドイツの小さなワイナリーが作った、赤と白のブドウゼリー。
自然なフルーティな味が素晴らしいジャムやマーマレード。
プラムやベリーのミックスが特に美味しい。
レンズ豆&ジンジャー、カシューナッツ&赤パプリカ、
赤ビーツ等のビーガンのペースト。
スイスからは大人用と子供用のチョコレートココア。

毎年2月にニュルンベルクで開かれるこの「ビオファ」(Biofach)は
世界最大規模のオーガニックフェアだと思います。
各々100m×100m位のスペースで、1号館から8号館まで、ヨーロッパや
世界の各地域から何千の出展者が集まり、オーガニックの食材で埋め尽く
されます。

オーガニックや世界各地の自然な食材に興味がある人なら、ヨーロッパ
一周旅行に行くよりもずっとずっと楽しいですし、各国の食文化の
多彩さやその広がり、そして伝統的な自然な美味しさに感動、
圧倒されるのではないかと思います。

下の写真は知り合いのドイツのワイナリーの
クンツェさんです。確か40ヘクタールの葡萄畑で、年間16万本ほどの
生産量だったと思います。もう、4代、5代、あるいはそれ以上続いている
ワイナリーですが、このシュテファンさんの代からオーガニックに切り替え、
もう30年くらいになっています。二人の息子さんも大きくなり、ドイツの
名門のワイン醸造大学で勉強中、お父さんの若い時と同じように、その後、
フランスやニュージーランドなどで武者修行をした後は、跡を継ぐことが
決まってるそうです。とても嬉しそうでした。

 

一方、僕と肩を組んでいるのは今回知り合った南イタリアのワイナリーの
大将です。赤のブリミティーボがうーんと唸るばかりの感動的な味でした。
写真の僕はもう10本以上も南イタリアの地ワインを試飲した後のことで、
すっかり機嫌よく、昼間から楽しく酒飲み気分です。

なお、ニュルンベルクは第二次世界大戦時までは中世の姿がそのまま
残ったとても美しい街だったそうですが、 終戦直前に非人道的とも
言える徹底的な爆撃を受けた都市です。戦後の歴史的景観の復興に
励みましたがかつての姿は、その面影を偲ぶのみです。
他方、ニュルンベルクの周囲の丘陵地帯、フランケン地方には
500年、600年を経た中世の村や街がそのまま残っているような
ところも少なくありません。 
僕が毎年泊まる、ラオウ・アン ・デア・ペグニッツもそんな
街の一つです。

 

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「ドイツの新幹線ICEの中で - 誰もいない空間」

2017年02月14日 | 随想

南独に向かうドイツの新幹線ICE の食堂車の中。
昔から仕事が忙しくなると、この移動の合間時間に食堂車でボンヤリとし、
ようやく自分を取り戻すようなことがある。

四人掛けのテーブルに一人で座り、目を上げれば紙の上の料理以外には
何もない、誰もいない空間。
明日からニュルンベルクのオーガニックフェアで二日間の仕事、
そのまま家にも帰らず、日本への短期出張。何で僕はまたこういうことを
するのだろう?

「あぁ、今日のお昼にはまだ家にいたのに、子供達と食卓に
ついていたのに…。」

50年以上も前に亡き母が着ていた、センスに富んだ、
品の良い黄色と黒のストライプのセーター、僕が持っている数少ない
形見の一つを、娘がいつからか着るようになった。
その姿を数年前に初めて見たときは、僕は心の中で号泣して
しまったように思う。
今回は自分が勉強しているウイーンの街に持ち帰るという。
「あぁ、それが良いね」と言いつつ、普段の生活の中で、大切に、
大切に着てほしいと思う。娘もそんな気持ちが分かったようだ。
「パパが作るタラコスパゲッティ、本当に美味しいね。昔の通りだね。」

僕はまた、心の中で二粒、三粒、また涙を流してしまった。
人は歳をとると涙もろくなると言う。
34歳の亡き母はそのずっとずっと前に逝ってしまった。彼女の涙の
いきさつも行方も、その哀しみも遠い昔、僕はかって知ることもなく、
今では何もたどり得ないこと。

東京、九段坂下の病院の廊下。
暗闇以外には何もない、誰もいない空間。
その果てに響いて止むことのなかった母の叫び声。癌の末期の痛みに
耐え切れなかったのか、誤った結婚への悲痛、人生への悔悟の慟哭
だったのか、ぼくはもはや其れを知ることはない。
それでも僕の耳は一生其れを忘れない。

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「二人の出逢いから、30年後の朗読会に思うこと」

2017年02月09日 | 言葉&読書

長年営んできた小さな出版社を閉じ、南ドイツの田舎の街に引っ込んだ
初老の男。今の時代には帽子が似合う顔がもう居ないと手作りの帽子屋を
止めた読書好きな、清楚な50代の女性。

決して運命的な邂合には思えなかった。
それでも出逢ったその夜に、ガレージに入ったままだった昔のスポーツカー
に二人で乗り込み、一時間のつもりのドライブはやがてスイスへの国境を
超え、明け方の北イタリアの海辺を目指し、そして、そのまま車の中で
夜を明かすこと二日間、互いの人生の断片を途切れ途切れに伝えつつ、
南イタリア、シチリアの誰も知らない村、路地奥のホテルにたどり着く。

そこには、ジプシーのような小さな女の子が、二人の運命の糸を握るか
のように待ち受けていた……。

多分、そんなような話なのだろう。

年に何回か、読書好きなウチの奥さんに引っ張られて、ドイツや
オーストリアの現代作家の朗読会にこうやって二人して顔を出す。
外国人の、その上生まれつき音痴の僕はまず半分も聴き取れない。
それが純文学や詩作の会となると尚更だ。全ては想像の世界、
薄闇の世界、意味のつながりを失った音声が僕の耳の横を通り過ぎていく。

今日の話も本当に上記のようなストーリーだったのだろうか?。
僕が聞き取れた一つ一つの言葉、センテンスの間に知らず知らず寝落ちし、
自らの夢の中の幻想とないまぜになった話ではないのか?

そう思って、ウチの奥さんに小さく声をかけるといかにも楽しそうに、
白ワインを片手に無邪気な笑顔をこちらに向けてきた。

もう三十年を越えた二人の会話、僕の日頃の理解も実際はどの程度
出来ているのだろう?

そうそう、思い出した。
僕達が知り合ったのは1980年代の半ば。僕がまだ、遠い日本から
来たドイツ文学専攻の若い留学生の頃だった。セミも鳴かない北国の
初夏の午後のキャンパス。

「読書とは何か?」
僕はドイツの人にとっては自国の国文学、僕にとってはドイツ文学の
セミナーに外国人一人で参加していた。

「読書とは何か?」と問われても、当時の僕は、せいぜいドイツ語の
小学生。当番の学生のレポート発表も、その後の教授のコメントも
理解半分。様々な意見が飛び交うディスカッションの頃には、全ては
ちんぷんかんぷん。
興味も集中力も尽き果てて、窓の外の景色に目をやり始めた時に
飛び込んで来たのが、ウチの奥さんの若き姿だった。

振り返れば、ドイツに来て35年、二人の出逢いから30年余り。
ウチの奥さんが、今でもこうして、ドイツ語の文学朗読会に僕を
引っ張っていくのは、もしかすると、
「初心忘るべからず」、「決して運命的な邂合ではなかったのよ」
の暗喩なのかもしれない。

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「2017年2月 - オーマの90歳を祝って」

2017年02月07日 | ドイツの暮らし

昨日の日曜日は僕のドイツの義理の母、子供達三人の世界一の
オーマ、ウチの奥さんのお母さんの90歳のお祝いでした。

1927年生まれ、ドイツの戦前戦後史を自ら生きてきた義理の母の
一生を、外国人の僕が実感を持って語ることはとても出来ないこと。

それでも長男と次男が、ドイツの母の昔のアルバムを整理・編集
して作ったデジタルスライドから、数枚の写真をここに記録、
掲載しておこうと思いました。

ワイマール時代、一歳児の頃の家族写真、戦後の独身の若い頃、
早世したハンガリー系ドイツ人の伴侶との想い出の写真、そして、
今、90歳のお祝いの日の笑顔。

夜間看護婦をしながら、うちの奥さんを女手一つで育て、人に
語らぬ苦労も、言葉に出来ない辛酸の想いもいろいろあったと思う。
それでも人生90年を常に優しい笑顔を絶やさずに生きてきた人の
姿がここにある。
僕はそのことを僕の家族の小さな大切な記録として、ここに
記しておこうと思う。
そして、僕の生まれながらの言葉、日本語で僕の日本の友人や
知人に、このドイツの母のことを少し伝えておきたいと思う。

自分の娘を常に信頼し決して叱らず、その自由な若い人生を
認め、僕達の同居生活にも結婚生活にも一度も口出しをせず、
必要な支援だけはして、孫達には包み込むような愛情で
常に朗らかに接し、求めるところは少なく、与えるもの多く、
80歳の時の最初で最後の日本旅行を僕達家族と満喫し、88歳
まで独立独歩の人生を歩んだ人。
柔和な性格の中で、妻とともに1980年代から自分の一票は
常に緑の党に投じてそれを当たり前としてきた人。

孫達三人と娘への愛情、そして仔猫への愛着が飛び抜けた人。
まだまだ元気でいてくれますように。

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冬の日のいろいろサラダ

2017年01月28日 | 毎日の食卓

昔、今日はサラダ記念日って詩があったっけ。

まだまだ、寒い日が続くのだろうか?。
お皿の上だけでも、春よ来いと思っての、色々サラダ。

でも、なんかやっぱり、春の花のような明るさはないなぁ…。

春よ来い!

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冬の日のメモ - 「無理をしないこと」

2017年01月21日 | ドイツの暮らし

【1月17日】

色とりどりの花のような、小さな子供達。

昼御飯の後、午後の仕事の前に近くの広場に散歩に出たら、
たまたま出会った風景。

良いなぁ、僕も今日はなるべく早く仕事を終えて、村のプールに
泳ぎに行こう。その後はゆっくりと料理のノートを書き始めよう。

子供たちの笑い声。自分の足腰の動きのぎこちなさ。50代も半ばを過ぎて、
人の人生の長さ、短かさがだんだん分かるようになった。
この歳だからこその今。

………………………………………………………………………………………………

【1月19日】

今、ドイツはお昼の時間。

今日はもう朝から春のような青空、野に畑に輝くような光が拡がる。
僕の少し年老いた頭の皮にも、マフラーを巻いた首元にも陽光の
明るさ、暖かさ。

あぁ、本当に良い天気だ。
自宅から農園カフェへの道、僕の心も広がる土、緑、空、光。

………………………………………………………………………………………………

【1月21日】

今日は良い天気。
自宅から歩いて約5分、週に数回はこのプールに来る。

ひとりになって考える、運動をする。
頭と体がひとつになると、自分の中の見通しが良くなる。
以前書いた文章、『無理をしないこと』という文章を思い出す。
まだ、福島の東電原発事故の前のことだ。

事大主義と事なかれ主義、変な愛国主義、意味のない島国根性、
これら全て、本来全く「理の無い」話、理性に支えられた
ロジックでは一切無い。
福島の事故の後、この6年間でその傾向はいよいよ強まり、
日本の社会の硬直性は明らかに危険な領域に入り込んでいる。

「無理をしない」ということは、日頃の生活の中で、
気持ちの余裕と時間の余裕があること。そして、「理の無い」
ことをしないこと。 

日本の戦後70年は、個人の生活でも、社会・経済の活動でも
その「無理」を重ねてきた歴史、その帰結が今の時代相なのだろう。

日頃から「無理をしない」ということを肝に念じよう。

………………………………………………………………………………………………

2010年秋、
今日は本当に久し振りの「ひとり水泳部」
泳ぐよりもブールサイドに寝っ転がって、大きな伸びをしたり、
日向ぼっこをしたりホンワリしている。
秋の陽射しも心地よい。

僕のコーチは、「明日のジョー」より「バカボンのパパ」 
無理をしない。

そして、ここ最近読んだ2つのことを思い出す。

@minorikitahara「国益」って言葉を使って話す人に、
あんたは大臣か! と笑ったところ口論になる。 
バカにした訳じゃないよ、ほんとに冗談だと思ったんだよ! …
私にとって「国益」なんてものがあるとしたら、
ご近所どうし仲良くね! だけだな。一人一国益よん。
(まさにその通り)

@footballanalist ドルトムント戦を見る。ただゲームを殺す力が
まだないのは、チームが香川が全能の神として君臨するときを
待っているから。…
(これはドイツでは誰も考えなかったことだ!客観性も根拠も
全く無いが実にユニークな発想。)

上記双方、どちらも気軽に書いた言葉だろう。でも両者の間には大きな、
圧倒的な開きがある。一方は少し神がかり、変な愛国主義、意味の無い
島国根性。男性論理が転がって行く。

他方は実にすっきり自然体。
女性の、ひとの当たり前のこと。

事大主義と事なかれ主義、どちらも
あまり好きではありません。

無理をしない。
それは理の無いことをしないこと。

 
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