完全にバラバラにして クランクの芯出しから フレームの修正 サンドブラストによる 各部の剥離 再塗装 再メッキ よく ここまでやったわい。!
この 暑さで エンジンを始動させるのは お預け。 オーバーサイズのピストンを仕込んだから 今の技術の物とは違って 昔の物だからシリンダーと馴染ませるのは 気温が低くなってからの方が良いらしい。
あとは タンクや シート マフラーなどを取り付けるだけ
肌をさす冷たい季節に ボアのいっぱい付いた皮ジャンを着込み 慣らしに走る姿に 思いは飛ぶ!

8日、倉吉のフラット商会まで マッハ〓で行ってきました。デストリビューターの部品を交換したので絶好調です。2サイクル3気筒のパワフルな走りは健在で 白煙を残し加速する 様は 1969年当時 世界最速を誇っただけの事はある。 レストアを依頼してる W1Sも 2年近くを経てエンジンが組み上がり もう少しで完成しそうでした。天気がいいので 遠回りして帰り BMWのサイドカーと出会い 話に花が咲き、つい 写真を取り忘れました。 これはポスターです。
1960年始め オートバイ モトクロスレースでは カワサキの、通称 赤タンクと呼ばれるバイクの独壇上でした。 そのノウハウを 受け継ぎ 市販されたのがこのC2SSです。10万円を切るプライスと軽量かつ、高性能、多くは輸出され レース用にと改造され ヤマハDT1が発売されるまで その地位は続きました。 その為か 生産台数のほとんどは潰れ ノーマルな形ちで残っているのは非常に少ない。 軽くレストアしたものの エンジンまで 手を入れなかったので 今は 不動です。もう1台 部品取りに と 赤タンクの物を持っているので おりを見て 再生します
覚えてますか? 3億円強奪事件。 あの ニセ白バイに 使われたのは この ヤマハ350R3 の ひとつ前の形の R2でした。 私は、当時 このR3を所有してました。 犯人を探す為に 日本中のヤマハ の 350R2とR3の所有者を洗ったとか? 犯行の行なわれた日のアリバイを調べられた事を覚えています。 当時、生産台数も少なく、生産期間も短かかった為 非常に珍しいバイクです。 機関 ・ 外観ともに 絶好調ですが 現在 未登録です。
レストア中1台、 レストア待ち6台、 登録してる物 50cc1台、125cc 1台、 250cc4台、 車検切れ2台、車検付き4台、 これだけが 今 所有してるバイクです。 みんな合わせても 自動車税は 2000ccの普通乗用車1台より少ないです。 車検は 1台当たり約40000円で 2年おき 車検代が 有る時に受けてます。 あまり 酒も飲まないし、タバコも吸わない。 今 一番欲しいのは 時間、 昔のように ゆっくり 遠くまで 旅がしたい。
車体をビス一本までバラバラにして 新品部品が手に入った物は交換し、修理してそのまま使える物は使い、各部を綺麗に洗浄して、塗装を下地から塗り直し、メッキ部分は磨いたり 再メッキして 新車のごとく 蘇代えらせるのが フルレストアと言います。また 走らせるのに 必要最小限に 手を入れ 長年のヤレをそのままに、と 楽しむレストアもあります。 この ヤマハ250 DS5Eは 生産台数が少なく 部品集めがままならず 友人に譲った物です。 コツコツと手を入れて 見事に 走らせました。 いいヤレ方をしてます。
羊の皮をかぶった狼 と 称されたこのバイク 外観に似合わず 当時、国産車では唯一、6速ミッシヨンを持つなどかなりのつわものである。 エンジンは すぐに始動するが 左のエンジンより、かなりの圧縮もれがあって やっと東南アジアのタイで ピストン 部品が見つかリ、日本へ。 今頃 海の上かな?
到着したら ふところと相談しながら ゆっくりレストアします。
1960年半ば 衝撃的にデビュー 日本の 二輪の歴史を変えたと 言われた このバイク、 2ストローク単気筒は 今も健在です。
新緑の 林道を トコ、トコと 澄んだ空気と戯れる。