30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

高野山登山=女人道ー極楽橋から奥の院(5-4)

2014-03-31 | 登山

 高野山・奥の院「弘法大師御廟」の拝殿前にて
お遍路さんと思われ、
観光客から饅頭のお接待を受けてしまった


2014年3月25日(火)
曇りときどき晴れ
コース&タイム
京都駅7:40=大阪駅=梅田駅(御堂筋線)=なんば駅-南海難波駅8:50(急行)=10:31極楽橋駅10:40ー 11:50女人堂ー12:15弁天岳12:30ー12:50大門ー14:25大滝口ー14:45円通律寺ー15:20奥の院前(バス)=千手院橋ー檀上伽藍=高野山駅17:44=極楽駅橋17:52=19:29南海難波駅=大阪・難波(泊)


25日に高野山の「女人道」を歩いた。女人が歩いた道だからといって侮ってはいけない。アップダウンがある。まさに登山であった。全国を山旅しているがこれまで高野山は遠くに感じていた。それが南海電車に乗ればこんなにアクセスがいいとは思ってもみなかった。

高野山は26日に歩く予定でいた。その日は雨だというので急きょ25日に変更した。予定では「町石道(ちょういしみち)」、すなわち九度山から大門までのロングトレイル、さらに奥の院まで歩くはずであった。

計画変更したのが当日25日の朝。京都の宿からそれ急げとばかりにあわただしく宿を出た。乗り込んだ南海電車の中で、どの道を歩くか検討した。出発時間が遅れたためロングコースの町石道は時間が足りないとあきらめた。残る選択は「高野山三山または女人道」である。「女人道」のコースを歩くことに決めた。「女人道」は「にょにんみち」と読む。わたしはつい「にょにんどう」と読んでしまう。それでは「女の生き方」といった意味に取られかねない。

女人道は、かつて女人禁制で山内に立ち入ることのできなかった女性が歩いた道。高野山は八つの峰に囲まれた山上盆地、その外周の峰々をたどるコースと思えばいい。わたしが歩いたのは南海電鉄の「南海そう快ハイキングMAP」の「女人道」のコースである。極楽橋駅から不動坂女人堂、そこから弁天岳を経て大門、そこからまた山の中に入り奥の院まで歩くコースだ。

標識は完備している。迷うことはないのだが、右に左に急に曲がるところがよく出てくる。標識をよく見て、これから歩む道を確かめたほうがいい。ぼんやりしていると道を間違いやすい。後述するがこれは反省である。


出発点の南海電鉄の極楽橋駅に着いたのが10時30分。この日の朝に急きょ予定を変更した割には乗り継ぎも順調に行った。この時間に出発できるならなんとか歩けそうだ。

 

うまくいかないときはうまくいかない。駅の改札口に「不動坂通行止のお知らせ」。昨年の台風で道路崩壊で一部通行ができなくなっているから女人道は歩けませんよ、という。困った。ここで登山をあきらめてケーブルカーで行くほかないのか。駅員に尋ねた。「それでも行っている人はいます」。ということは、崩壊個所の通過にどれほどの困難があるのか見当はつかないが、行っている人がいるということは通過できていると解釈した。

地図で見ると崩壊個所は女人堂の手前のようだと見当つけた。ここから約1時間のところだ。それなら行ってみるか。通過が無理ならここに引き返してケーブルカーで行くしかない。そう思い改札口を出た。 

 極楽橋の手前でまたも「不動坂通行不可」。徹底している。やはり無理なのか。



極楽橋を渡る。

 

石畳の不動坂を行く。熊に注意との看板があちこちにあり、ここでストックに熊よけ鈴をつけた。



ケーブルカー。

すぐに石畳の道を離れて、右の旧道に入る。この道は昔の参拝者が歩んだ道を復活させた。山道である。登山道らしくなった。



旧道を30分ほど歩くとまた石畳の道に合流する。



すぐに清不動堂。このお堂の奥からまた旧道に入る。

花折坂



花折坂からすぐのところが「不動坂通行不可」の道路崩壊のところだった。
極楽橋駅を出て約1時間。読み通りである。
たしかに石畳の広い道の、左の谷側が崩れている。ブルーシートが崩壊個所を覆っている。



さて道はどんな具合か。通行できるのかできないのか。通行するにはまったく問題はなかった。きちんと通行できるだけの道が確保されていた。この道なら子供でも通行できる。危険はところはまったくない。それなのになぜ「通行不可」なのか。とにかく通過できてほっとした。これで女人道コースを歩ける。

ほんの少し先にも「通行不可」の注意。どうなっているんでしょうね、といいたくなる。

この道路崩壊個所の目と鼻の先に女人堂。大日如来に手を合わせる。



この先は山内。かつて“女人”は入れなかった。



「女人道」も高野山内には入らず、再び山の中の道を歩む。
女人堂の道を挟んだ向かい側に「お竹地蔵」、その右手から道が延びている。

道標は「弁天岳へ」とある。このコース上には女人堂跡が数カ所ある。

これから歩くコースにはこのような標識がある。きのうの比叡山の「京都一周トレイル」の標識と同じようなものだ。何度も言うが、このコースは間違いやすいから、この標識を確認して歩いたほうがいい。



弁天岳。高野山を取り囲む八つの峰の一つ。弁財天が祀られている。



弁天岳で昼飯。ここは展望がいいのだが、きのうの比叡山と同じく、春霞で遠望はきかない。

 弁天岳を後にして下っていくと、当然大きな建物。高さ25メートル。山の中にこれだけの大きさ。これが大門。



左右に金剛力士像



当初歩くはずだった「町石道」はこの大門の正面に出てくる。この町石道、機会があれば歩きたいですね。

 門をくぐってみる。

 



目の前に「町石 六町」があった。

 女人道は、もちろんここから大門をくぐらない。女人道は大門を右に行く。また山の中の道だ。 

尾根に出ると根本大塔が見えた。

 

展望がよくなる。



大門から約40分。「17ポイント」の標識のところで道を間違えた。この標識を確認したのに間違えた。



ここで正しくは左に直角に曲がるのだが、わたしは道なりにまっすぐに進んでしまった。広くいい道だなとのんきにかまえていたのだが、標識がいつまでも出てこないことに気がついた。戻ることにした。やはり間違っていた。タイムロスは40分。ここは間違いやすい。



鉄塔跡



ここがこの女人道の最高点946㍍。

そこからの眺め

大滝女人堂跡

円通寺

 彌勒峠祠

やっと中の橋のゴールである。なんと駐車場のところに出てきた。逆コースを取るときはこの登山口をさがすのに手間取るのではないかと思える場所だ。

この女人道コース、極楽橋出発が10時40分で、ここに到着が15時20分。思った以上にアップダウンがあったり、道を間違えたりと、体力を使った。登山の道である。 
予定よりだいぶ遅れている。帰りの時間が気になる。急ごう。

道路挟んだ向こう側が奥の院。

 供養塔と墓所の中を進む。

弘法大師の御廟が見えた。手前が御廟橋。ここで一礼。

御廟の拝殿前。わたしは登山姿だ。ザックを背負い、ストックには熊よけの鈴をつけている。歩くたびに鈴が鳴る。その姿が場所がら、お遍路さんに見えるらしい。なんども声を掛けられた。弘法大師に手を合わせた。

ここまできたのだからもうひとつ行くところがある。檀上伽藍である。そこまで歩くつもりでいた。すでに16時を過ぎた。きょうは大阪の難波泊まり。帰りの時間を考えて檀上伽藍までバスを利用した。

高野山の伽藍は、きのうの比叡山の伽藍と同じく見応えがあった。もっとゆっくり見学できるよう時間を取るべきであった。

金剛峯寺。ここでもまたも遍路さんと間違われた。それもドイツ人の若い観光客から「四国の88カ所はもう済んだんですか」。流暢な日本語だった。

つぎは檀上伽藍。



わたしが気に入ったのは御影堂。

すでに17時に近い。拝観はそろそろおしまい。やはりもっと早い時間にきて、ゆっくり見るべきであった。
帰路に着こう。高野山駅行きのバスを待っていたら、女人が運転する車が止まった。高野山駅まで送ってくれた。

ケーブルカーで極楽橋駅へ。

きょうの宿は南海難波駅に近く、着いたのは20時になっていた。このあたりの町は活気がある。梯子酒したくなるが、あしたがある。一軒だけにして宿に戻った。


きょう25日の宿を南海難波駅近くにとったのは、26日に町石道を歩くためであった。始発の南海電車に乗るためである。それが天気の関係で一日繰り上げて京都の宿からの出発となった。「町石道」から「女人道」に変更したのだが、その女人道が「通行不可」というのだから運がないと嘆いた。それが幸いにも「通行不可」の道を通過できてまずまずの登山ができた。あしたは本降りだというから、一日に繰り上げての高野山登山はいい決断だった。

これで当初予定の比叡山と高野山を歩くことができた。あしたは京都の神社巡りである。ゆっくりしよう。


 

2014年春の山旅
3月23日(日)[伊勢参り] 大津(泊)
3月24日(月)[比叡山登山(坂本から修学院)京都(泊)
3月25日(火)[高野山登山(女人道)] 大阪(泊)
3月26日(水)[京都の神社めぐり]


    
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