30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

谷川岳ー馬蹄形を半周(1)

2012-08-04 | 登山

谷川岳では大型ザックは目立つ。「ボッカ」ですかと声をかけられた。どう見ても老人だろうに。


山行日 2012年8月1日~2日 1泊2日テント泊
天気 1日晴れ 2日晴れ夕方雷雨
山域 谷川連峰
メンバー 単独
コース&タイム
8月1日 我孫子駅 4:42=5:16上野駅5:43=7:27高崎駅7:45=8:48水上駅8:57=9:17谷川岳ベースプラザ・ロープウエー駅=天神平駅9:45-10:30熊穴沢ノ頭避難小屋-11:40ザンゲ岩11:50-12:05肩の小屋12:10-12:20谷川岳トマノ耳12:40-12:50オキノ耳13:20-13:30奥の院-13:55ノゾキ-14:40一ノ倉岳14:50-15:15茂倉岳15:30-15:40茂倉岳避難小屋(泊)
8月2日 茂倉岳避難小屋5:05-5:20茂倉岳5:35-7:25武能岳7:40-8:25蓬峠8:35-8:50水場-9:45白樺小屋9:55-11:55JR見張小屋・虹芝寮12:25-13:20一ノ倉沢13:40-14:10マチガ沢-14:45谷川岳ベースプラザ15:16=15:20土合駅15:31=15:43水上駅(雷雨により運転見合わせ。車内で2時間30分待機)=代行バスで渋川駅=我孫子駅


テントをかついで谷川岳の馬蹄形縦走を目指した。谷川岳から白毛門まで時計回りで歩く。しかし、暑さと重荷でばててしまい、予定を変更して蓬峠から下山した。結局は半周にとどまった。

膝の快復具合をみるため6月に2度近くの山を歩いてみた。痛みは大分消え、それでもやや重いものの、これなら夏山を歩こうと決めた。“病み上がり”の身でいきなりテント縦走とは、膝への負担が増して無謀かなと思ったものの、やはり歩いてみたかった。

この真夏に谷川を選んだのには訳がある。わたしの山歩きは単独が基本だ。団体登山は50歳前後に地元の同好会に入っていたことがあるが性に合わなかった。いまは共同通信の共同ワンゲルの隅っこに名前を連ねている。年に2回ほど群馬県みなかみ町にある保養所で合宿を行い、谷川周辺の山を歩く。それには参加して団体登山を楽しんでいる。

この共同ワンゲルが今年で50周年を迎え、記念山行として7月に谷川岳集中登山を行った。わたしは膝の状態が心配なため参加しなかったのだが、どんな理由があったにせよ、50周年という節目に会員として参加しなかったことにふがいなさを感じた。その感情が不思議にいつまでも尾を引いた。このもやもやとした気分を消すには、遅ればせながらわたしなりに50周年を祝って谷川に登らなければならないなと感じた。たぶんこれで心が晴れてくれるだろうという期待があった。

テント縦走は3年ぶりになる。勇んで家を出た。ザックには水3リットルを入れた。体重計ではかると18㌔になった。出発前にザックの重さをはかるところにわたしの不安が出ている。


1日目の予定は、谷川岳、茂倉岳、武能岳を経て蓬峠のテント場に泊まる。ところがばててしまって大幅に遅れたため、手前の茂倉岳避難小屋泊まりに変更した。

我孫子駅を始発に乗ると、登山口のロープウエー・天神平駅を歩き始めたのが9時45分になる。さっそく谷川岳の双耳峰が目に飛び込んできた。いま頂上にいる人たちは、きっといい眺めを楽しんでいるんだろうなと思わせるほどの青空が広がる。

歩き始めてすぐに、こんどは湯檜曽川対岸にそびえる白毛門、朝日岳、笠ケ岳が見えてきた。待ってろよ、あした行くからな。この時点では意欲満々であった。

熊穴沢ノ頭避難小屋。この先からしだいに暑さと重荷がこたえてくる。


左手にナマイタグラ山稜が見えてきた。姿がいい。
日差しが強い。強すぎる。汗が大量に出る。まめに水を飲む。そのつど重いザックを下ろして中から取り出すのだが面倒だが、そうしないわけにはいかない。とにかく汗が出る。

天神尾根を振り返る。
周囲は日帰りの登山者ばかりでザックは小さい。わたしの大型ザックはかなり目立つ。同じような格好の人が下山してきた。「ボッカですか」「いえちがいます」「どちらまで」「きょうは蓬峠のテント場まで」「わたしはそこからきました。蓬峠のテント場は私一人でした」「お気をつけて」。そんな会話があった。
わたしの大型ザックを見て「ボッカ」だろうかと尋ねたのだろうが、こんな軟弱な年寄りのボッカなんかいないだろうに。


あえぎながらもザンゲ岩に着いた。やっぱり“病み上がり”のテント縦走は無謀だったかなと「ざんげ」する。顔をあげると肩の小屋あたりの道標が見えてきた。もうすぐだな。
 

肩の小屋直下の雪はすっかり消えている。


12:05 肩ノ小屋到着。重荷を背負って足が前に進まず、汗だくでまいってはいるが、かなり順調にきた。正午になり、西方面にガスが出てきた。展望を楽しむにはやはり午前中だ。

左にマナイタグラ山稜、右にオジカ沢ノ頭。

まもなく頂上だ。振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


トマノ耳。登山口から2時間30分できた。この重荷を背負ってこのタイムできたことに気をよくした。笑顔だ。ただし元気はここまでだった。
たまには写真を撮ってもらおう。年に一度ぐらいどんな顔して歩いているのか自分の顔を見てみたい。

 

 

 

 

 

 




 

 

 
わたしの楽しみは山の同定だ。「超展望の山々」(実業之日本社)から、谷川岳からのパノラマをコピーして持ってきた。さあどこから行くか。まずは火打山と妙高山だ。かみさんが友だちといま登っている。きょうは妙高山のはずだ。両山は以前2人で登っている。今回は友だちにつきあっているようだ。西に苗場山が見える。その右手が妙高山だ。アップで撮る。しかし西から南にかけてガスが出てきた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

あまりゆっくりもできない。腰を上げてトマノ耳からオキノ耳に移動する。
ここで昼飯だ。今朝握ったおにぎりをほおばる。うん?臭う。傷んだか。しかしもったいないから再度口にしてみるがやはり臭う。腐らないようにと塩を多めにかけてきたのだが、心配だから食べないでおく。また山の同定に夢中になる。もう山頂について1時間がたっている。ゆっくりしてしまった。ここから予定がしだいに狂い出す。さあ、出発だ。

万太郎山へ続く山並み。

 トマノ耳を振り返る。


奥の院。手を合わせて安全を祈る。平日でも登山者は多い。頂上をピストンする人ばかりだ。足を延ばしても奥の院までである。
この先はばったりとひと気がなくなった。わたしひとりになった。一ノ倉岳の鞍部までは岩場の下りになる。右は切れ落ちている。

ここからはお花畑の連続だった。天神尾根の花たちは人ごみにあきれて姿をかくしてしまったが、このあたりは生き生きと咲き誇っている。谷川の高山植物が豊かなのには驚いた。

いつもだったら花たちにカメラを向けるのだが、この日はその気力がまったくない。すっかり疲れている。歩みがすっかり遅くなった。

これから向かう一ノ倉岳と茂倉岳が見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


一ノ倉沢の絶壁をのぞくことができる場所だ。
 

 一ノ倉岳への登りがつらかった。体が上がらない。休みんでいる時間のほうが多くなった。途中後ろを振り返る。


ようやく一ノ倉岳の山頂だ。学生グループがテントを張っていた。土樽から蓬峠経由でここまで来たという。

手前は避難小屋。


すっかり一ノ倉岳の登りで時間を食ってしまった。完全にばてている。山と高原図のコースタイムを大幅に上回ってしまった。もう15時近くになる。ここで思案だ。これから蓬峠まで行くには、いまの疲れ具合からすると3時間はかかるだろう。着くのは18時か。いや、きょうの体調では無理だ。いまの時期は日没が19時過ぎだからそれまでには着くだろうが、テントを張ったり、食事をつくったり、水汲みに行ったり、とかなりあわただしい事態になる。
ここは無理しないできょうは茂倉岳避難小屋に泊まろう。こんな弱気になったのははじめてだ。単独で歩いて予定を変更するなど、これまでにはなかった。それだけに、無理しても行こうか、それともやめようか。判断に苦しむようになったら安全策を取る。
しかしがっかりだ。茂倉避難小屋泊まるとなると、あしたは朝日岳から白毛門を経て土合橋に下山することは時間的に無理だ。食料があれば、清水峠の避難小屋にもう一泊する手もあるが食料の用意がないからあきらめるしかない。
よし、あしたは蓬峠から下山しよう。どうにもしかたない。

一ノ倉岳からは茂倉岳へは登り返しは短い。それでもつらい。


茂倉岳避難小屋に泊まると決めたら余裕が出てきた。ここからなら這ってでも行けるからだ。やっと花をめでる余裕が出てきた。頂上からここまでずっとお花畑が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茂倉岳山頂。ここから茂倉岳避難小屋へは道なりに西に向かう。


茂倉岳避難小屋の評判は聞いていた。谷川では一番いいのではないか、それに水場もすぐ近くにある、と。茂倉岳から土樽への道を進むとすぐに見えた。山頂から10分ほどだった。

たしかにまだ新しい避難小屋だ。トイレも隣りにある。


ドアを開けて中に入る。だれもいない。室内は清潔だ。谷川のほかの避難小屋に比べると別格だ。マットまで置いてある。きょうはここまでと思いザックを床に放り出す。気分が楽になった。すぐに水場に行くことにした。3リットルの水をあらかた飲んでしまっていたからだ。

水場はすぐ近くだった。水筒に水を入れるにはコッヘルが必要だった。まずは水をためて、そこからコップですくって水筒に入れる。細い水流だが、たまるのに時間はかからなかった。冷たいのがなんともありがたい。

きょうは平日だ。たぶんこの避難小屋にはこのあとひとは来ないだろうと、汗でびっしょりになった靴、靴下、シャツ、それにだれもいないことをいいことにズボンまで干してしまい、パンツ一丁になった。入り口は西を向いている。さわやかな風を受けながら、弱くなった西日を浴びる。かみさんが今日登っている妙高山が正面に見える。のんびりしていると、またたくまに時間は過ぎるものだ。この無為の時間がなんとも気持ちよかった。まるで小屋番でもしているみたいだ。

そろそろ夕飯を作ろう。食べ終わっても誰も来ない。こんばんは一人きりだなと思っていたら、人の声が聞こえてきた。高校生と先生の6人だった。わたしが予定していたのと同じな馬蹄形縦走らしい。翌日は清水峠の避難小屋泊まるという。前述したように私もそうできればいいのだが、余分な食料を用意していないのだからあきらめるしかない。

8時には横になった。しかし足に痙攣が連続して走る。あれほど水を飲んだにもかかわらず、はやり水が不足していたのだ。入念に整理体操をした。これで痙攣して夜中に起きることもないだろう。あすは4時前に起床だ。

2日目に続く


   

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« キュウリの炒めもので新味発見 | トップ | 谷川岳ー馬蹄形を半周(2) »
最近の画像もっと見る

あわせて読む