30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

平ケ岳ーはるかな頂へ12時間(3)

2010-08-05 | 登山

平ケ岳 

玉子石。平ケ岳の名物になった。名物に見るものなしというが。
ここまで名が知れると、知らん顔して素通りもできない 

 

←7月31日(1)=平ケ岳へのアクセス
←8月 1日(2)= 登山前半


8月1日 清四郎小屋・鷹ノ巣高原キャンプ場3:30=鷹ノ巣・平ケ岳登山口4:00-6:10下台倉山-7:10台倉山-7:20台倉清水-8:08白沢清水-9:22池ノ岳(姫ノ池)-9:55平が岳10:30-11:05玉子石11:15-11:40池ノ岳(姫ノ池)12:00-12:41白沢清水-13:25台倉清水-13:39台倉山-14:37下台倉山-16:05登山口=16:15鷹ノ巣高原キャンプ場(泊)


前回は、9時55分平ケ岳山頂到着まで記した。
もうひとがんばりだ。先へ進もう。

山頂で昼食を取るつもりでいた。この先にもゆるやかな登りの木道が延びている。先まで行ってみよう。道はずっと続いているのだが、すぐに柵があり行き止まりだった。ここからは越後の山々の眺めがいいことは事前情報で知っていた。しかしガスだ。この天気ではどうしようもない。目の前に池塘が広がっている。なんともみずみずしい。気分がいいからここで昼食だ。こんな景色を見ながらのんびりすれば、登りのつらさなんて忘れてしまう。

10時から10時30分。
昼食


柵があるのはたぶん湿原保護のためだろう。その柵の上に赤いトマトを置いた。なんの意味もないだが、こうして写真を撮ったら面白いのではと思っただけだ。しかしちっとも面白くない。たぶん帰りに立ち寄る“名所”の玉子石を意識して、トマト石と見立てたのかもしれない。バカだね、なんていわれてしまいそうだ。
昼食は「アルファ米 お赤飯」。これがなかなかうまかった。完食だった。



私のことだから、遠望がきけば山々の同定に夢中になるのだが、この天気では昼飯を食べ終えれば下山開始だ。玉子石に向かう。

8月に入ると山上湿原の花も終わりだ。
ワタスゲ。さびしげな風情。


チングルマ。風にくるくる舞っていた。




10時45分。
山頂の水場。玉子石に向かう途中に板張りのテント場があった。2張り程度の広さだ。その前に水場。細い流れだ。すぐに飲んでみた。白沢清水に比べると硬い。山頂付近に水場があるのは貴重だ。それだからこそ目の前にテント場をつくったのだろう。
ガイドブックには山頂はキャンプ禁止と書いてある。登ってくるときに前夜泊のテント組がちょうど下山してくるところだった。話を聞くと前夜は3組、3張りのテントだったという。テント禁止でもテント組はいる。どうなっているのかさっぱり分からない。たぶん周知徹底していないからだろうが、テント禁止は湿原保護、糞尿汚染防止のためだろう。トイレはない。“キジ撃ち”は水場の上流ではしないだろうから周辺の草むらか下流ということになる。大便持ち帰りの人もあろうが、大半は垂れ流しだ。



水場の目の前にあるテント場。



水場周辺の花。







11時5分~15分。
玉子石。すっかり平ケ岳の名物になった。名物に見るものなしというが。ここまで名が知れると、知らん顔して素通りもできない。ピークハンター以外は全部といっていいほどこの玉子石を見て帰るはずだ。名所旧跡が大嫌いな私もその一人になった。ここまで抜きつ抜かれつの福島・郡山の夫婦が先にいた。カメラをおねがいした。なんとも奇妙は石なのだが、「こんなもんである」。



後ろから見た玉子石。
この玉子石の後ろに道があった。足を踏み入れてみたのだが木が張り出していてなかなか先に進めない。歩かれていないようだ。もしかしたらこの道が「中ノ岐ルート」の道なのかと一瞬思ったからである。しかし木々が覆いかぶさった状態のこの道では歩くには無理がある。中ノ岐コースはここではないなと判断した。

それなら「中ノ岐ルート」はどこから分岐しているのか。持ってきた山と高原地図であらためて確かめた。この玉子石から近くの左手にあるようだ。来た道を戻りながら注意していると、分岐は玉子石から5分ほどのところにあった。分岐を示す道標はない。古い木道が延びているから間違いない。足跡もたくさんある。「なぜ道標がないのだろう」。それはすぐにわかった。ここを下山したとしても、とてつもない長い林道歩きを強いられるからだ。「中ノ岐ルート」は送迎車があってこその登山道ということになる。自分では歩いていないのに「中ノ岐ルート」の知識を多く仕入れたものだ。まあ余計な知識なのだが、この山の全体を知る手掛かりにもなる。



玉子石分岐から姫ノ池を目指す。またテントサイトが出てきた。水はさきほどの水場で得られる。しかし傾斜がある。ここにテント張るのか。ちょっと厳しい。さきほどの板張りのテントサイトのほうが快適だ。



11時40分。
姫ノ池。
山頂から玉子石経由でここまで1時間40分ほどかかった。
前述したように、帰りにはこの山上湿原が一望できるよう天気がよくなることを期待していたのだが、悪くなる一方だ。来たときに2枚ほど写真を撮っておいてよかったと思う。それでも晴れ間が出るのではないかと、かすかな期待を抱いて休憩をかねて20分ほど休んだ。しかしガスは晴れない。あきらめざるを得ない。



12時。さあ下山開始だ。ひたすら下る。
12時41分。白沢清水。やっぱりたらふく飲んだ。
13時25分。台倉清水。恋ノ岐沢を詰めてきたパーティと出会う。
ここまで順調で来たのだが、足に疲れが出てきた。やっぱりな。ペースダウン。
13時39分。台倉山
14時37分。下台倉山。
ここからヤセ尾根の急な下りになる。足に疲れが出てきたのでここは一歩一歩慎重に歩かねばならない、と自分言い聞かせた。ここからだと、どんなに遅く歩いても日暮れまでには登山口に着く。一人だからどんなに遅く歩いても文句を言うやつはいないからね。
登るときはそれほど感じなかたのだが、このヤセ尾根は長かった。



どこまでも続くヤセ尾根の下り。



16時5分。登山口到着。やっと着いたといった感じだ。帰りの台倉清水あたりから足に疲れが出たてペースダウンした。往復所要時間12時間。往きは長いようで短い、帰りは短いようで長い、そんな道のりだった。



満杯だった駐車場もすっかり空きができた。



きょうはまた鷹ノ巣キャンプ場に泊まる。途中一緒になった人に頼んで車で送ってもらった。

きょうの汗は尋常ではなかった。ザックまでしみて気持ちが悪い。キャンプ場の水で体を拭いた。少しはさっぱりしたのだがどうも満足ではない感じだ。ふと気がついた。目の前の清四郎小屋には露天風呂があるんだと。やっぱり湯につかりたい。400円を払って露天風呂に入った。これですっきりした。食事を作り、ビールと清酒を飲めばあとはやることはなく、ただ寝るしかない。2カ月半ぶりの山、それも長丁場で有名なルートを歩けた。案外やるもんだ。充実した一日だった。


 8月2日 清四郎小屋・鷹ノ巣キャンプ場9:52=10:05尾瀬口船着場10:15(奥只見湖定期船)=奥只見湖船着場10:55=11:45(南越後観光定期バス)=13:05浦佐駅東口=上野駅=我孫子駅

夜中に大雨が降った。テントをたたく音が明け方まで続いた。きょう登る予定の人はどうするのだろうかと気になった。明け方には雨がやんだので、清四郎小屋に泊まっていた人はすべて出発した。山のほうを見るとガスだ。

この雨でテントの撤収がたいへんだった。帰りのバスの時間は9時52分。それまでテントを乾かす。時間はたっぷりあるのだがなにかと面倒である。

帰りは来たルートをそのまま戻る。
荷づくりをすませて清四郎小屋の奥さんにあいさつしてバスを待つ。尾瀬口船着き場へのバスは私一人だった。天気はだいぶ回復してきたのだが、晴れ間は見えない。

尾瀬口船着き場で船を待つ。桟橋から見ると緑が水面に映ってきれいだ。






船がやってきた。上下左右シンメトリーの世界になった。ロマンチックな光景だなと船がしだいに近づいて来るのを眺めていた。





奥只見湖の船旅は快適この上ない。来るときよりも帰りのほうはずっと気分がいい。それは登り終えた充実感と開放感がそうさせているのだとわかっていても、なんでこんなに気持ちがいいんだろうと思ってしまうほど気分がいい。
湖面をわたる風に身をまかせ、白い波、山々の緑、遠く重なる山々をぼんやりとなにも考えることなく目をやっている。気分が落ち着くのがよくわかる。いまならだれにもやさしくなれるなと思う。





燧ケ岳がかすんで見える。

荒沢岳も見えた。










(完)


   

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