30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

北アルプス-霞沢岳(1)

2012-08-31 | 登山

   霞沢岳へはアップダウンの連続だった。よくぞ頂上を踏めたな、という思いが強い

(参考)穂高岳からの眺め=霞沢岳(左)、焼岳(右)、乗鞍岳(中央手前)、御嶽山(中央奥)


山行日 2012年8月28日(火)~30日(木) 2泊3日テント泊
天気 28日晴れ 29日くもり夕方小雨 30日晴れ
山域 北アルプス
メンバー 単独
コース&タイム
8月28日(火) 我孫子駅=新宿駅=新宿西口都庁大型バス駐車場7:30(さわやか信州号)=12:15上高地12:20-12:28河童橋12:35-13:15明神⇔明神橋13:37-13:43徳本峠分岐-15:15水場(“最後の水場”の標識あり)15:25-16:00徳本峠(テント泊)

8月29日(水) 徳本峠4:45-5:35ジャンクションピーク-7:55 K1 8:05-8:33 K2-8:55霞沢岳9:30-10:05 KⅠ10:15-12:51ジャンクションピーク-13:38徳本峠14:30-16:00徳本峠分岐-17:00上高地・小梨平キャンプ場(テント泊)

8月30日(木) 上高地・小梨平キャンプ場-上高地バスターミナル=新島々=松本駅=新宿駅=我孫子駅


霞沢岳はタフな歩きを強いる。徳本峠からだと標高差は約500メートルだ。それなのに往復で9時間もかかった。これで通常タイムだという。標高のわりには道のりが長く、これでもかと急峻なアップダウンが多い。たしかにねと実感しながら、ようやく頂を踏むことができた。

北アルプスの山群にはまだ踏んでいないピークがあまたある。そのなかでなぜ霞沢岳なのか。一昨年と昨年と焼岳を歩いた。どうしても霞沢岳が目に入ってくる。これまで意識していない山だったが、おいでよ、とやけにアピールする。それじゃ行くか、とそ
の気になった。地味なところがいい。シブイところがいい。私の好みである。

霞沢岳へは、島々谷から徳本峠越えのいわゆるクラシックルートを考えていた。島々谷から徳本峠まで8時間ほどかかる。膝に痛みを抱える身としては初日にテントをかついでのこの行程は厳しい。本番の2日目に支障をきたしてはいけないと、上高地から入ることにした。弱気になると万事いいことはない。

霞沢岳の売りは、K1からの梓川を挟んで対峙する穂高の展望だ。天気を見定めて出かけたのだが、2日目は雲で穂高が見えない。焼岳からの穂高展望と変わりないから、まあいいかと自分を納得させだが、晴れ男の面目が立たなく悔し涙にぬれた。


1日目のコース&タイム
8月28日(火) 我孫子駅=新宿駅=新宿西口都庁大型バス駐車場7:30(さわやか信州号)=12:15上高地12:20-12:28河童橋12:35。-13:15明神⇔明神橋13:37-13:43徳本峠分岐-15:15水場(“最後の水場”の標識あり)15:25-16:00徳本峠(テント泊)

1日目は上高地から徳本峠まで歩く。標高差は約600メートル。約3時間30分の行程である。
徳本峠のテント場には遅くも16時までに着きたい。「さわやか信州号」の往路7時30分発が上高地に12時15分到着予定だ。当初はJRの予定でいたが変更してこれに決めた。

定刻に上高地に着いた。バスターミナルの広場は8月末の平日でも大混雑だ。やはり河童橋に立ち寄ろう。正面に穂高。お決まりの風景だがなんど見ても飽きない。


少しアップしてみよう。


出発前の元気な姿を撮ってもらった。この日もザックが重い。

後ろを見ると焼岳もくっきりと見える。これで満足した。さあ出発だ。

といいながら、数歩進んでまたパチリ。


明神の少し先にある徳本峠分岐を目指す。
下山ラッシュにぶつかった。こんなにと思うくらい、途切れることなく下山してくる登山者の列が続く。みんな速足だ。ほとんどが穂高、槍からだろう。早朝出るとちょうどこの時間帯になる。圧倒的に若者が多い。どこに行っても私と同じ中高年ばかりなのに、さすがに穂高・槍は違う。これだけの若者をひきつけるのだから、さすがに人気スターだ。それにしても8月の穂高・槍には行きたくない。この人ごみにはうんざりしてしまう。

山ガールが多い。それだけで明るい雰囲気になる。こんにちは。はつらつとした笑顔で応えてくれる。次々とあいさつを交わしているうちにはたと気がついた。私に声をかける山ガールはいずれもいい笑顔の美しい娘ばかりだ。
「おれには若い娘たちを引きつけるなにかがあるのか」
つい勘違いしてしまうほど、おじさんはご機嫌になる。
いつも思うことだが、やはり夏山には若者が似合う。その活気が私までも元気にしてくれる。

明神だ。ここも団体ツアーの登山者で占領され、穂高・槍を目指す人でいっぱいだ。

明神岳がいい姿を見せている。そこで明神橋まで往復することにした。


明神のすぐ先で徳本峠への道を右に取る。一転して静かになった。人っ子ひとりいない。さきほどまでのあの喧騒はなんだったのかと思えるほど静かになった。やはりほっとする。人込みに巻きこまれたくはない。しばらくは広い平坦な道が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道が狭くなり、2つの桟橋を渡るとしだいに勾配が増してくる。
中高年の女性一人が下りてきた。
私を見るなりこういった。
「小屋は予約してあるのか」
「いや、私はテント泊まり」
「それならいいですね。私は予約でいっぱいだからと宿泊を断られてしまった」
相当ショックの様子だ。見るからにがっかりしている。
小屋の定員は30人と小さいので、この夏はずっと予約で満員のため、予約なしは断られているという。
このさきも、会った人から2,3度同じことを尋ねられた。そのたびに「テントだ」と答える。
テントでよかったと胸をなでおろした。
断られて悄然として下山していった女性は翌日再度登ってくのかと思ったが、翌日会うことはなかった。

徳本峠のテント場には水はない。峠の手前に水場があるというから、そこで汲んで持ち上げることにした。
最初の沢に着いた。ここが最終水場かな。下山する人に尋ねたら、いや違う、もっと先の沢だという。これまでの経験からすれば、たぶん「最終水場」という案内板があるはずだ。2つ目の沢に着いた。右にベンチがあり、その脇に「最後の水場」とある。

水は、きょうの夕飯用と、あした一日分である。4リットルを持ち上げることにした。いっきにザックが重くなった。こんなことは塩見岳でもあったなと懐かし思い出される。たぶん徳本峠小屋で水は売ってくれるのだろうが、テント山行だけに水の確保も自分に課さなければならない。

 

 徳本峠と霞沢岳の分岐。峠まであと200メートルだ。


徳本峠小屋に予定どおり16時着。上高地から3時間30分で来た。旧館の後ろに新館ができた。定員30人の小さな山小屋だ。テントサイトは旧館の前にある。すでに6張りほどあった。

テントサイト利用料金の600円を持っていったところ、管理人が入口で口に指を当てて静かにという。何事かと思ったら、いまコンサートが始まったばかりで、音を立てないで静かしにろということだった。そんなことは知らないから、最初はなんと無礼なやつかと思った。

山小屋でコンサートをやるのが流行りなのか、よく耳にする。私は山のてっぺんで、それも狭い空間でコンサートを開くこともないと思っている。

山にはもっと上質の調べがある。私ならコンサートの時間に一人外に出て山を眺める。日が落ちて残照に輝き、まもなく薄暮がせまりきて、しだいに山はシルエットになって浮かぶ。山の姿は刻一刻と変化し、しだいに静寂が支配する。そんなとき天から調べが降りてくるのを聴いたことはないか。その調べが心に響きあうとき、山と溶けあう甘美な瞬間となる。

もっと具体的言おう。日が沈んで山が残照で輝くときバッハの無伴奏チェロ組曲が聞こえてこないだろうか。日が沈み闇が迫ってくるとこんどは山の向こうからショパンの夜想曲が聞こえてこないだろうか。山の夕暮れには、天空に調べが満ちている。しじまの中に耳を傾けると、こころに響いてくる調べがきっとあるはずだ。 

テントサイトから見る、17時30分の穂高である。

徳本峠は標高2135メートル。夜は寒いくらいだ。
あしたは本番。遅くも3時30分には起きよう。

北アルプス-霞沢岳(2)につづく


         

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