30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

根尾谷の淡墨桜ー佳人のたたずまい

2013-04-11 | 登山

 

清雅だ。2013年4月9日、日本三大桜の一つ、根尾谷の淡墨桜の姿である。
樹齢1500余年の桜は、楚々とした佳人。美しく装っていい人を待っている。

観桜日 2013年4月8日(月)~9日(火)1泊2日
天気 曇り時々晴れ
場所 岐阜県本巣市
メンバー 単独
コース&タイム
4月8日 我孫子駅=東京駅=大垣駅 市内観光して(泊)
4月9日 大垣駅(樽見鉄道)=樽見駅(徒歩15分)-淡墨桜-(徒歩15分)-樽見駅(樽見鉄道)=大垣駅=東京駅=我孫子駅


2013年4月8(月),9日(火)の両日に遠路、岐阜県本巣市の「根尾谷の淡墨桜」を見に行ってきた。日本三大桜のひとつだ。4月6日に満開になった。遅れまいと出かけたのだが、あいにく週末の暴風雨で花が少し落ちたという。

それでも満開であった。その姿は清雅という言葉が相応しい。わたしの目にはそう映った。山高の神代桜と同じエドヒガンザクラだが、こちらは花は小さくて白い。蕾のときは薄いピンク、満開になると白色、そして散り際には淡い墨色を帯びるという。美しい人の歩みに似ているな、そんな思いをめぐらした。


自分の行動がわからいまま家を出た。桜を見るために遠くへ出かける。山歩きならわかるが、「神代桜に続いて、桜を見にここまでやるかなという思いがある。それでも出かける気になった。

大垣駅から「樽見鉄道」の始発に乗った。1両編成だった。たぶん混雑するだろうから午前中の早い時間がいいだろうと思ってのことだ。やはりこれが正解だった。一時間ほどで終点の樽見駅に着いた。車内はすべて花見の人たちだった。


樽見駅から淡墨桜まで歩いて15分。途中、右手に雪をまとった「能郷白山」が見えてきた。幸先がいいぞ。

姿をあらわした。さすがに樹齢1500余年の迫力だ。「山高の神代桜」に比べてやさしい。一目見てそんな印象をもった。

さあじっくり見よう。よく見ることだ。これでもかと。そして脳裏に刻み込もう。
まだ花見の人はまばらだ。



午前9時。きょうは晴れの予報だが、まだ曇っている。

 

 

春の山を歩いて、山の斜面に一本ぽつんと山桜が咲いている。そんな桜に出合うのが好きだ。思わず足を止めて見上げ、やあ、とてもきれいだよ、と声をかけてしまう。そんな桜が好きだったのにどうしたんだろう。 

「見世物」になってしまった天然記念物の桜、巨樹の桜にひかれたようだ。魅力はいろいろある。圧倒的な存在感、樹齢を感じさせないつややかな花・・・。しかし、それだけではない。神代桜も淡墨桜も樹幹は途中で折れていまはない。残った幹。わたしはこんどもそこに目が行ってしまっていた。神代桜の幹は、これまでの“人生”を象徴するかのように無残だった。それでもあの大きくて艶かな花を咲かせる。淡墨桜の幹にも見入ってしまった。神代桜ほどではないが、幹は隆々たる多くのコブが取り巻いている。この残された幹の姿にすっかり惚れたのかも知れない。だから目に焼き付けた。

10時近くになってしだいに晴れ間がのぞいてきた。花見客がどっと増えてきた。観光バスが次々と到着したのだろう。

日を浴びて一気に輝いてくれてもいいのに、淡墨桜は恥じらうかのようにそんなそぶりを見せない。ええい、じっれたいと思いながらも、育ちがよくて品がいい、そのうえ清らかな色香を感じさせる、そんな佳人を見ているようだ。私の好みじゃないか。

 しだいに・・・。さてどんな姿に変わるのか。

 

 

 すっかり晴れた。くもり空がいいのか、晴れた空がいいのか、これは好みだな。

 



たった2時間弱の花見であった。立ち去りがたい。振り返りたい思いを断ち切った。なんだ、これはまるで美しい人と別れるときの場面じゃないか。

そしてまたしても自分に驚いた。帰りの電車の中で、3つ目の「三春の滝桜」にもこの際だから行こうと思い立ったことだ。


  

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 三春の滝桜も、見にいってし... | トップ | 三春の滝桜ー艶麗の極み »
最近の画像もっと見る

あわせて読む