伊勢崎市議会議員 多田稔(ただ みのる)の明日へのブログ

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意識と無意識 世界観と人生観の拡張

2016-10-11 16:37:54 | Weblog
(無意識とは)

昨夜、夢を見ました。
夢の中で自分が置かれた状況に対して、
「ああしよう、こうしよう」と判断して動いたのですが、

考えてみれば状況を理解して判断を下しているのは私の「意識」。
すでに出現している夢の状況は、私の「無意識」が作り上げたものです。
「意識」と「無意識」の関係について考えてみました。

心理学によれば、人の心の中には広大な無意識が広がっています。
そして、「意識」とは広大な無意識の海に浮かぶ氷山のようなもの。
無意識部分では、何をどのように考えているのかは直接はわかりません。

無意識の部分では、
いろんなことを同時多発的にあれこれ感じたり、考えたり、
思考のような、感情のような、とりとめもないものが
現れては消えているのかもしれません。

人が生活する上で、無意識部分のすべてを意識していては、
思考がまとまらず、ノイローゼになってしまうかもしれません。



それなので普段は無意識として処理し、何か意識する必要が生じた場合、
無意識の海の中から「意識」が生まれてくるのではないかと考えました。
脳のニューロンの電流がぴょんと跳ね上がる瞬間かも。



(意識を支える世界観と人生観)

「意識」とは、「いま」「ここ」にある気持ちでしょう。
「あれっ!」「もしかして」など、何かを意識した場合、
それが自分に対してどのような影響力を持っているのか、
自分は何をすべきなのかを、
できるだけ迅速に、正しく判断する必要があります。

それには、世界観と自分の価値観が必要です。
いま起こりつつある出来事を、自分の世界観の中で位置づける。
そして、その重要度を自分の価値観・人生観で値踏みする。
このように、「意識」とは、自分の「世界観」と「価値観・人生観」を基に、
目の前の事象を評価する心の動き、と考えました。

「自分」という意識、昨日の自分と今日の自分、
先ほどの自分と今の自分が「同じ」だと感じられる「連続性」の感覚は、
意識を構成する「世界観」と「価値観・人生観」が一定であることが、
そのもとになっていると思います。



何かおいしそうなものがあれば、食べるべきか判断し、
つまらないものだったら、時間を浪費することをやめる。
もし猛獣に襲われたなら、すぐに逃げるべきか判断する。

何か気になることが起こったら、
無意識のままぼんやりしている場合ではありません。
「意識」のスイッチを入れなければ。

無意識の心の状態は、パソコンのOSが動いている状態のようです。
それだけでは何も処理できません。
「意識」が生まれた状態は、
OS上に何かのアプリケーションソフトが立ち上がった状態のように感じます。
ワードだったり、フォトショップだったり。

すごい体験をした場合、
「世界が変わりました」とか「人生観が変わりました」という感想があります。
まさに、ものごとを「意識」するときの、
自分の判断基準に変更をもたらすほどの「体験」だったのでしょう。

限りある人生です。
無意識にぼんやりと過ごす時間も大切にしつつ、
自分の「世界観」、「人生観(価値観)」を豊かに、
大きくしていきたいと思います。


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