伊勢崎市議会議員 多田稔(ただ みのる)の明日へのブログ

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公務員の意識改革 それが全てですよ

2017-06-10 16:33:20 | 行政経営
昨日、知り合いのコンサルタントさんの呼びかけで
東京で異業種交流会があり、参加させていただきました。

以前から知り合いの方も5~6名いらっしゃいましたが、
まったくの初対面の方や、
フェイスブック友達でも直接お会いしたことの
なかった方などと交流できて、とても楽しかったです。
ありがとうございました。

おそらく昨夜の出席者の共通項は、
公共に関する仕事をしていること。
より良い公共や社会の在り方を考え、
実現のために取り組んでおられることだと思います。

行政職員や議員、
社会的な仕事に関するコンサルタント、
税理士、政治や社会活動、広報に関する方など。

ある行政コンサルタントの方から、
「行政経営改革の中で、公務員の意識改革はやはり重要ですか?」
と尋ねられました。

「それが全てです」と私は答えました。
どんなに優れた首長さんがいても、
役所の仕事を全部ひとりでやれるはずもありません。

結局は、多くの公務員が手分けして、
行政の仕事を行っているのです。
「役所」が全体として行動が変わっていくためには、
職員一人一人の意識が変わっていくことが、
なにより重要です。

例として、岩手県滝沢村の行政改革があります。
私のブログに、村長さんの講演を書いてありますので、
その場でスマホで読んでいただいたところ、
とても興味を持っていただきました。

私のブログは右上に検索ウインドウがありますので、
キーワードを入力して、検索範囲を「このブログ内」に指定すれば、
データベースとして過去の記事がすぐ読めて便利です。

小さな村でもできたので、
どの自治体でも実行可能と思います。
そして、経営改革の成果が素晴らしく
自治体としては、はじめて「日本経営品質賞」を受賞しました。


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再掲してご紹介します。
(詳しくはリンク先をお読みください


1 「日本一の村からの日本一の超優良企業へ」柳村純一 前村長

(ここがスゴイ)
柳村氏は94年に滝沢村長に就任。職員の意識改革と行政改革を推進。
特に優れた企業しか受賞していない日本経営品質賞を
2006年に自治体として初めて受賞。どうやってこれほどすばらしい組織に
高めていったのかが聴き所。

(2-6―2の法則)
どんな組織でも、2割の職員が優秀で、6割は付いていくタイプ、
残りの2割は足をひっぱるといわれています。
私が村長に就任した時は、1-6-3だった。
当時の村職員は勉強しない、情報収集もしない。県や国の指示まち。
職場は暗い雰囲気。仕事の有るなしに関わらずに毎年予算要求し、
手当て欲しさに仕事もせずに居るだけの「残業し放題」が横行していた。

(組織改革)
縦割りとセクショナリズムが強く、余分な仕事は増やしたくないので
会議を何回やっても何も決まらない。同じ課でもよその係りの仕事は手伝わないし、
課や部が違えばもっとひどい。公務員はその中に長く居るだけで年功序列で偉くなり、
給料も上がっていった。環境を変えなければ意識を変えられないと思った。

小さな役場でも細かい役職がいっぱいあり、決裁まで時間がかかった。
組織をフラット化するために、係長と課長補佐を廃止した。
このように縦割りで横の連絡が悪かったがそれだけではなかった。
住民からの苦情や問題があっても、職員にとって都合の悪い話は村長まで届かず、
課長、部長の途中で止まってしまう。しかし村なので住民から村長へ直接話が来る。
役所は横の連携も悪いが縦もダメ。

7人の部長は村長ぬきで、毎朝就業時間前に集まって
「経営会議」として村の行政全体について話し合っていた。
他の部のことであっても熱心に意見を言い合い情報を共有した。
自分は3期12年村長をしたが、10年目からは経営会議がしっかり機能していたので
部長たちに安心して任せられるようになった。

(課長投票)
役場の職員は決定的にコミュニケーションに欠けていた。
住民や職員同士も顔を合わせた対話がない。
非常に特異なやり方だが、課長は職員の投票で決めた。
それまでは人事異動の希望を職員から取っていたが、ダメな課長のところは
ほとんどの職員が異動希望をだしていたので、いっそ職員に課長を選ばせようと考えた。
能力があり、普段から他の職員の相談に乗りアドバイスしてくれるような人物が
年齢にかかわらず課長に選ばれている。職員の満足度は高まった。

(住民協働)
住民は、行政がなんでもやってくれると思っていた。
ある地区の道路が狭く、10年来広げてくれと言われていた。
予算の制約などの問題があり、行政としては実施できないのだが、
あんまり言うので頭にきて「お前たちならできるべ」とホラ吹いた。

その地区は大農家が多く、大型車両や機材を持っていた。
言われた住民はビックリしていた。
すると住民たちの力だけで用地交渉まで行って1600mの道路を
4mの幅から、8mへ広げてしまった。用地は全て無償で提供された。
村は砕石などを提供した。道路に立っていたNTTと東北電力の電柱は、
それぞれの会社が無償で移設してくれた。
住民から提案を出してもらい審査して補助金を出し、
このやり方が他の地域へ伝播した。
村長は「できねぇものはできねぇ」とはっきり言うし、
住民も何でも要求ではなくなった。

(組織文化)
暗くてやる気のなかった組織文化から、
ヤル気と笑い声と元気がいっぱいの組織文化へ変えていった。
就任当初の職員意識は1-6-3というほどひどかったが、
最後は4-5-1になった。この4は今までの枠外、の上のほう。
5が従来の1の部分。1は従来の6の部分



300人程度の役場なので、全職員と酒を飲んで人柄を知った。
改革するには抵抗がある。「失敗したら元にもどればいいべ」という考えでやった。
抵抗して辞めた人もいる。トップは抵抗があってもやるのが仕事。
時には緩衝材を入れたり、時期を調節したりした。
ISOを導入したとき、全職員に直接プレゼンをしてトップの意思が伝わった

(大過なくは、バカ野郎)
課長は職員の投票だが、部長は村長が選んだ。
基本は年齢で無く能力主義で選んだが、どうしても一人を年齢で部長にした。
ところがその人物は部長になると60人の部下を集めて
「俺はあと2年で退職だから、その間何も問題起こすな」と指示した。
それを聞いて私は頭にきた。何も問題を起こすなということは、
なにも新しい取り組みをするなと言っていることだ。
これでは職員はやる気をなくす。

(議員の反対は?)
研修費などに対して議員の反対はいっぱいあった。
職員研修には12年間で3千万円かけた。
人間の意識はころっと変わるもんじゃない。何年もかかる。
全国を見て回ったが、改革セクション作ってもそれは形だけで
組織文化は変わらない。トップがやる気を持って取り組まないとダメ。

(多田感想)
「2-6-2」の法則の進化の先が、
2を超えたところにあったとは。
ここまで到達しなければ、日本経営品質賞の受賞はないのでしょう。
現在、日本の行政でこの賞を受賞できたのは滝沢村が最初で最後です。
政府機関も都道府県庁もありません。

私も行政改革を進める上での最大の課題は職員の意識改革だと考えています。
柳村さんは「環境を変えなければダメ」「やってみてダメならもどせばいい」と
とにかくやってみるという姿勢です。
頭の中でいくら考えていたって実際に行動に移さなければ何も変わりません。
「変えることを恐れるな」。これは未来工業の山田昭男会長の考え方に通じます。

柳村さんは特別な知識や経験があるわけではありません。
その人がなぜ、これほどの改革を進め、日本一の行政経営を実現できたのか。
それは村長としての真摯な姿勢にほかならないと感じました。
だとすれば、日本中どこの自治体のどんな首長でも、
滝沢村のような組織文化、行政組織を作り上げることができるはずです。
このことに気づき勇気をもらうと同時に、他の自治体は
「いったい何やってんだ」と感じました。
これは人への批判ではなく、私自身への喝です。

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