秘境という名の山村から&道後湯の町暮らし

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)の山村暮らし&湯の町暮らし

湯の町暮らしに 晩春を惜しみ、初夏の装いに輝く瀬戸風峠を歩いて

2017年04月27日 | Weblog


抗いようも無く時間は過ぎ去り行き晩春もわずかな影のように薄まりて、いま、ここに、
初夏の影が迫りくる足音を匂いを嗅ぎながら身体を吹き抜けて、雑木林のあちこちに
濃いみどりをまばゆく輝かして現れ始めた

小さなこんもりとした森の青さに新鮮な質感に気づきを感じて咄嗟に潜り込みたい衝動を
抑えながらも、異質な時間と空間に身体、脳、を任せてみたい誘惑を吹っ切った

陽射しをまともに受けると汗が噴出すくらい暑いのだが、いったん木々の陰になるとひんやりとした風に
身体がうれしくなって心地よい、その道端に普通の見慣れた花でも咲いているとこの上もないものだ

ゆっくり草花を眺めて歩いたり、走ってみたり、早く歩いたり、と歩くことにリズムを取り入れていると
普段に見落としていた「気づき」がひらめくことだってある

歩くことは音楽であることが多い、生身の身体、脳、は精神の奥深いところにリズムを持っているのか
ひとつの行動をするにしても同じ一定のリズムで遣り通すことは難しい、そこに緩急をつけてやれば
やりたくないことも、面白く、楽しくやれるかも知れない

ぼくの身体や脳は歩くことにリズムを求めているらしく、音楽と同じような感覚でいつもリズムを考えて
歩いている、抗いようもなく過ぎてゆく暮らしの時間、空間を自分好みのリズムに取り入れて
自由に生きていけば、人生という芸術も、随分面白く楽しく生きられるかも知れないと思う



























































































コメント
この記事をはてなブックマークに追加

菜菜子の気ままにエッセイ( 新緑と祖谷街道と時々ワタシ)

2017年04月24日 | Weblog


前略・
今年も新品の新緑が、ざわざわ、モコモコと生まれています。
川はエメラルドグリーン。緑、みどり、ミドリが旬な季節です。
皆様、お変わりございませんか?
やっぱり新緑の季節は、出合経由の祖谷街道をお勧めします。

で、リカちゃん人形も50周年を迎えました。
※無理やりに話を転換しました。ごめんなさい~祖谷街道とリカちゃんの接点はゼロに等しい。
ちなみに祖谷街道は開通して、97年が経ちます。

で、またまた昔の、またまた父とのリカちゃん人形の思い出がある。
わたしは、K代ちゃんの持っていた、リカちゃん人形を、触らせてもらうのが目的で、K代ちゃんの家に遊びに行っていた。
少女期のわたしの持っていた人形は、紙人形。

ラーメンの入っていた、段ボールを潰して広げ、エンピツで人形の絵を書いて、ハサミで切った、紙人形。
数体を作って、独り事を言いながら、遊んでいた。
紙人形は最初はしっかりとしていたが、徐々に紙の特性を活かし?折れていく。
首と胴体が、シワシワになって、折れていく。折れたら、また次を作る。

そんな感じだったから、とにかくリカちゃん人形が、欲しかった。
普通に遊べる、固い人形に憧れた。
『我が家は貧乏です』
と改まって父母から聞かされたことは一度もないが、

『我が家は裕福です』
と感じたことも一度もない。
我慢に我慢を重ね、もう我慢できない~と思ったある日。
競艇に向かう父に、オネダリをした。

『父ちゃん、リカちゃん人形が欲しい~、K代ちゃんとおんなじ人形が、欲しい~買うて~勉強するけん、買うて~』
父は案外に容易く返事をした。
『ボートで勝ったら買うて帰るばいっ!!』

過去において、
『一番長い1日』
と感じたのは、この日の父を待った日と、初恋の相手の結婚式だったと思う。
わたしは父を待った。ひたすら時計を見つめながら、待った。
父が競艇で勝つことは、余りなかった。

長い1日が終わり、父は帰ってきた。
上機嫌ではなかった。なぜか、茶色の小さな袋をお土産だと、わたしに渡した。
中身は ピーナッツチョコ。
競艇に負けて、おまけに一緒につれて行ってもらった方に、中華そばをおごって貰ったと言う。

残金0のオッサンは、それでもすぐに気を取り直し、
『次は勝つばい!!』
とすでに 次回の競艇に向けて、意気揚々だった。

わたしはそれから数回、父を待った。
待って、待って、遂に父の手に箱らしき物を見つけた。
『やったぁ、リカちゃん人形~父ちゃんありがとう♪』

すぐに包装紙を、開けながら、何か違和感を感じた。箱の高さが、リカちゃん人形にしては、やけに低い。
包装紙を破って、箱を開けようとしたら、頭が見えた。
……『猫の貯金箱』だった。
父は、リカちゃん人形を知らなかったのか、
おもちゃ屋さんに寄るのが、面倒だったのか、真実は闇の中だ。

猫の貯金箱は、多分食堂のお土産コーナーで、買ったんだと思う。
『父ちゃん、ありがとう~』
と言った記憶は、全くない。
部屋の隅っこで、丸くなって座り、猫の貯金箱を、じーーーと、眺めていた。

わたしの人生に、リカちゃん人形は、存在しない。
リカちゃん人形で遊ぶことは出来なかったけれど、
わたしはとっても、楽しかった。毎日、楽しかった。ブランド品、貴金属、流行りの洋服、
何も興味がないのは、少女期に培ったものだと思う。

頭を、あっぱらぱーにして、みんなそれぞれの場所で、頑張ろう。
余りあっぱらぱーにしたら、解雇されるから、気をつけましょうね。
草 々



































コメント
この記事をはてなブックマークに追加

湯の町暮らしに 新緑の盛りになりつつ豊かな雑木林を眺めて歩く

2017年04月20日 | Weblog


木々は緑の装いを急ぎ、春も盛りを過ぎようとしている豊かな瀬戸風峠を歩くよろこびは
また、格別である

散り残ったさくらの花も僅かとなり、若葉ばかりが目立つこのごろは陽射しや風の動きも
夏の間近いことが感じられて、晩春の雑木林風景なかで小鳥たちの透き通るような鳴き声
けたたましい警戒の鳴き声などを聞けて面白くたのしいものである

さくらのころの華やかな行楽の日々は、はや、過ぎ去りてなんとなく物さびしい心持ではあるものの、
春まさに尽きんとするとき、時の流れがひしひしと打ち寄せてくる容赦のなさを如何とも
出来ずに、ただただ、流れ行く水のごときに身を任すだけである

過ぎ行く春を惜しむ感傷のなかにも、勢いを増すみどりに圧倒されて埋没したい衝動に駆られながら
「いま、ここに」に生を確かめ、豊かさを感じて歩くたのしさもある








































































































コメント
この記事をはてなブックマークに追加

湯の町暮らしに 葉ざくらを惜しみ 草花を惜しみて春の酣を歩く

2017年04月18日 | Weblog

猛烈な風雨に見ごろであった葉ざくらも無残に散りうせてしまった、
徒然草137段「咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見どころおほけれ。」

と風流に時を過して花のあわれを味わいたいところであったが、いかんせん殊のほかの風雨に見舞われて
「この枝かの枝散りにけり。今は見所なし」などとなりたれば
あっと云う間の葉ざくら感傷と云うべきかな

雨上がりともなれば、雑木林、この山、あの山の若葉も色鮮やかに生き生きして目に眩いくらいである
道々の草花も咲き乱れて、名も知れないけれど、ことのほか愛くるしく、あざとく目に留まるものである

自宅からすぐにある四国の道、瀬戸風峠の幾とおりもある道々は豊かな雑木林と小さな山々の
なかを巡り周回することが日課のようなものであるし、歩いて30,40分もすれば里山三山の

縦走なども気ままにできる、この環境は日々の暮らしといい具合にドッキングしてぼくの身体や
あっぱらぱ~の脳にすばらしい刺激を貰っていることはたのしい、よいことである
































タツナミソウ











































































































コメント
この記事をはてなブックマークに追加

湯の町暮らしに 久方の快晴の春に瀬戸風峠を寄り道して歩く

2017年04月14日 | Weblog

やっと快晴の春がやってきたのだけれど、まだ不安定な日もあるのは致し方ないかな
やはり、天気がいいと歩くのも気分がよくてさっぱりした心持になる

ちょっと横道に入ると、みかん山が放置されてさくらの木が二本満開を迎えて菜の花も彩りを
添えて、いよかんが収穫されないまま、ぶら下がっている景色を眺めていると、山の持ち主や
家族が農作業の休みに花見の弁当を広げて談笑していた風景が浮かんできたりして感傷に覚えた

いつものビューポイントでは快晴の空に霞もなくて、遠くの山並みがくっきりと浮かび上がり
なんとも云えずに眺めて佇んでいた、手前にはいつも歩いている里山三山が行儀よく並んでおり
遠くには皿ガ嶺連峰を真ん中にして左右に壁のような山並みを作っている

遠く、左から、石鎚山、二の森、堂ガ森、離れて、石墨山、法師山、根無山、梅ヶ谷山、善神ヶ森、陣ヶ森、皿ガ嶺、
少し離れて窪んだ場所が三坂峠、上がって、黒森山、大友山、行道山、谷上山、右端の尖った障子山へと
見事な連なりを眺めることが出来てうれしいかぎりである

自然豊かな雑木林の若葉もいろ鮮やかで目に沁み、こころに沁み、あっぱらぱ~の脳をまともに直してくれる
道端の草花も、小さな、名もわからない花まで、小鳥たちのさえずりまでもうれしく、たのしいものだ












































































































































































コメント
この記事をはてなブックマークに追加

湯の町暮らしに 雨粒に打たれて草花の♪♪ 雨に歌えば ♪♪が聞こえて

2017年04月12日 | Weblog

雨粒が降り続いている、網目模様の雲に覆われているから雨粒が抜け落ちて来るのではないかと
疑いたくなるような日々が続いているなかでも、ぼくには瀬戸風峠を歩くという欲望は萎えることはなくて
ぽつり、ぽつり、の雨なれば、折り畳み傘をポッケにねじ込んで出かけるのである


あっぱらぱ~の脳しかないので、一日のうち何時間かは歩くことが脳をすこしでもまともに
保つのに役立っているからだ

歩き出せばあっけらかん、ちゃらんぽらん、で足の向くまま、気の向くまま、と徘徊する
春の芽吹きから若葉のさみどりに気が狂うのではないかと思うほどうれしい感覚を覚えて
道端に咲く名も判らない花々にも、愛しさを感じてしまう

ありふれた散歩道なのだが、それなりに雑木林などひとの手が入ってないか、みかん山が
放置されて自然に植物が生長した山もあり、豊かなみどりを味わうことができる

とくべつ遠くに出かけなくても日常の自然が豊かであれば、その周辺で楽しく面白く歩いて
折々の季節の変化に感動することが出来ればうれしいことだと思っている














オドリコソウ

















シロバナクサフジ















ネコヤナギ

















シャガ

















コメント
この記事をはてなブックマークに追加

湯の町暮らしに 急激な温かさと降り続く雨粒に植物は一気に生長をして

2017年04月10日 | Weblog


急な暖かさと降り続く長雨などの影響か植物の生長が著しく芽吹きの木々や草花のさみどりの
鮮やかなことに目を見張るばかりで感動の一語に尽きる

いつもの散歩道を歩いていていろいろな植物の豊富さと多様性に改めて驚き
それぞれがところと時を得ながら共生しあっているのを見て
当然のこととはいえ、自然の底知れない力強さと叡智に感嘆する

ぼくらの日常の暮らしでは画一的であり多様性に欠けているわけで、自然のなかに身を
置いて歩くという行為のなかで、原始からの本能を呼び覚まして共感してやすらぎを
脳や精神に計り知れない影響を与えるのかも知れない

そんなこんなと、あっぱらぱ~の脳で考えても判らないが、確かなことは気持ちよく歩けて
目ざとく変わったものを見つけては面白く遊んでみたりと道草ばっかり食っていて時間を
忘れて楽しく歩けることはうれしい



























































わらび採り場


















コメント
この記事をはてなブックマークに追加

湯の町暮らしに 芽吹きの若葉に魅せられて雨脚の止んでいる間に歩いて

2017年04月08日 | Weblog


さくらの開花が遅れて満開になるころになって、天候が安定せず雨模様の日が続いてなんとなく
気分的に参っているのも山歩きどころか、近辺の散歩もままならないとあっては明日をも判らない身体や
ちゃらんぽらん、あっぱらぱ~の脳には良くないわけだ

朝のうち降っていた雨も止みかけてきて、折りたたみの傘をポッケにねじ込んで瀬戸風峠に歩きに出かけた
山ざくらは葉桜になり、他の木の花も散りかけて華やかさはない山も芽吹いた
若葉がみずみずしくさっぱりとした気持ちにさせてくれる

いつものビューポイントでは霧と雲に覆われて山並みは隠れている、芽吹きの若葉に礼を尽くして、ケーキを美味しくいただいた
このような贅沢な自然豊かな風景を眺めていると、長らく帰ってない奥祖谷の風景を懐かしく思い浮かべて

5年弱暮らした久保集落を思い、冬の間は山を下りて鳴門の息子さん宅に行っていたらしいが
もう、帰ってきていると思って、Tばあばに電話してみた

電話口から元気な声が聞こえてきた、やはり帰ってきていた、じゃがいもの植え付けが気になって
2月末に帰ったが、がいに、今年は寒うて、雪も多いし、遅くまで降って堪えた
やっとこないだ、いもの植え付けを済ませたとこよ、と85歳のTばあばは元気であった

道すがらところどころの山の天辺にある大きなさくらが満開を迎えていた、同じさくらでも
山で眺めるさくらは格別の感がするものである、

なにか、ずいぶん気分をよくして湯の町に下りて、足湯に浸かり、いい気持ちになって
あっけらかん、ちゃらんぽらん、あっぱらぱ~の脳で観光客や、四国遍路をしている
カナダからのご夫婦と身振り手振りの会話を楽しみ、面白いひと時を過ごしてきた
幸い、雨の降り出すことはなかった、良かった日記である



山さとに霞めるけしき眺むれどいま散り往かむ花を惜しむや



















































































コメント
この記事をはてなブックマークに追加

菜菜子の気ままにエッセイ( マイクとハットとモーニング♪ )

2017年04月05日 | Weblog


某歌手が一夜限りの復活コンサートをされると、メディアが伝えておりました。
彼女とワタシ。当然何の接点もありませんが、彼女のヒット曲の一曲には、ほろ苦い思い出がある。

小学校の高学年だったか、中学一年だったか、記憶は定かではない。
場所は東祖谷中学校の旧体育館。
舞台は村の『のど自慢大会』

近所に住んでいた、同級生のK代ちゃん。
家庭は裕福で、頭が良くてスポーツ万能で、サバサバした性格。
お弁当のおかずには、いつもキッチリと赤いウインナーと、卵焼きが入っていて、彼女は大口でパクパクと食べ
食べ終わったらお弁当を包んでいた真っ白な布で、口元をキュキュと拭く。

話す時の主語は、『ワタシな~』ではなく、
『K代なー』から始まる。
そんな彼女が、
『K代な、のど自慢に出る』と言った。
言ったとしか、書き様がない。教室だったのか放課後だったのか、覚えていない。もう一人の同級生のI代ちゃんも、出場すると言った。
彼女も身長が高くて頭が良くて、スポーツ万能。
今、書きながらふと思うが、私の少女期に影響を受けた人達には、名前に『代』が付く。

そんな彼女達に影響を受け、何故かワタシも、村ののど自慢大会に出場してしまった。
声も悪い、容姿も悪い、歌も下手くそなのに、何を思ったか?今でも思いだせない。

着ていた服は覚えている。昔、父が買ってくれた、花柄のベストを、白いシャツの上から身に付けた。
で、何を勘違いしたのか、選曲に合わせて、エンジェルハットを被った。
K代ちゃんは森昌子さんの『せんせい』
を歌い、I代ちゃんは『ひまわり娘』だったと思う。私はエンジェルハットで
『わたしの青い鳥』
おまけに、クッククックと、指で振りも付けた。

幼い頃テレビを見て、歌手の方々が、マイクを離しながら、歌い上げるのを、上手な人達のテクニックだと
勘違いしていたワタシは、クライマックスの
『クッククック、クッククック~青いとり~』
と歌いながら、マイクを離したり、くっ付けたりを、無駄に繰り返した。
本人は、超満足っ!感無量。

結果は散々だった。
K代ちゃんは、子供部門で優勝した。
私は審査員から、後半に何を歌っているのか、聞こえなかったと、コメントされた。
マイクを離しすぎた。

K代ちゃんと一緒に、真っ暗になった道を、帰った。真っ暗になるまで、遊んでから帰ったんだと思う。
暗闇の向こうから、心配して自転車で迎えに来てくれた、父の姿が見えた。
何故か、父に申し訳なかった。申し訳ない気持ちをK代ちゃんにごまかしたくて、
『父ちゃん!K代ちゃん、スゴイよ~優勝した!!』
と、報告をした。

父は、自転車を押しながら、ポツリと呟いた。
『蛙の子は、蛙ばい…』
暗闇の中に感じた、父の背中は哀しそうに、見えた。数キロの夜道は、とても長く感じた。
ほろ苦く、忘れる事の出来ない、汚点の様な、お粗末な思い出だ。

では、いつものお知らせです。
日時・9日日曜日
場所・落合集落の上の方
時間・8時から11時
詳細は、なこちのホームページか、秘境で毎日いろいろ頑張っている
つむじんこちゃんのブログで、確認して下さいね。
美味しい時間は、人生の栄養になりますよ~
かしこ






























コメント
この記事をはてなブックマークに追加

湯の町暮らしに 春空のもと里山歩きに魅せられて

2017年04月05日 | Weblog


ようやく春らしく気温も上がって遅れていたさくらも咲きそろいだした快晴の空に
向かいにある里山の倉谷山に登ってみようと、自宅から歩いて35分程度で登山口に

もう、汗ばむくらいである、急坂の連続である登山道の中腹から宝ヶ峰、市内の様子を
眺めながら、いまどき、すみれの盛りで、道沿いにつぎつぎと咲き誇っている

山さくらの花は、もう、散っているものがあり、若葉が多くなっていたが、ソメイヨシノは
山頂ちかくの木に5,6、輪咲いており、ここで開花宣言をした

ほとんど、ひとが歩かない里山ではあるが、雑木林、シダ類、松、など植物の種類も豊富で
豊かな山を、ひとり、ブツブツつぶやき、ゆっくり休んだり、のらりくらり、ぐうたらに
頭からっぽ、あっぱらぱ~となり、歩き続けること、芝ヶ峠を経由して5時間弱、楽しいことだらけであった





























































































コメント
この記事をはてなブックマークに追加