秘境という名の山村から&道後湯の町暮らし

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)の山村暮らし&湯の町暮らし

道後湯の町秋点描 湯の町暮らしに中世の山城の秋を訪ねて

2016年10月14日 | Weblog

先月17日に丸笹山に登ったあと、一風呂浴びてさっぱりしたのは、よかったのだが、その直後にアクシデントがあり
転んでしりもちをついた
大したことはないと思っていたが、(実際骨に異常はなかった)打撲が酷くて筋を傷めたようで、内出血もかなりあり
日にち薬でしか、治らない、で、座ることが出来ない、車の運転が難しいなど普段の暮らしに難儀した
ようやく、ここにきてやっと完治したようである、近いうちに、祖谷入りして、紅葉を楽しもうと思っている


わが家から車で6,7、分のところに奥道後湧ガ淵公園遊歩道が整備されている
公園の広場に駐車して、標高100m弱の遊歩道に入り、しばらくして遊歩道から逸れて登山道を歩き出す

鬱蒼とした針葉樹林に覆われた登山道は、クヌギ、ナラ、タブノキアカマツやコジイ、ヤブツバキ、エビネ等約180種の植物が自生している他
ヤマモモやヤマザクラ、など多種多様の生物に囲まれて、静かに秋風が吹き抜けていく

約40分ほどで標高260のところにある展望台に着く、ここまでは近くのひとたちが毎日のように散歩している
展望台からは急坂をヒイコラ、ヒイコラ、云いながら城山(じょうのやま)目指して登り、30分あまりで山頂に着いた

城山、四等三角点。標高は、419.87m 三角点は祠の左後方にあり、杉の大木やその他の木々に覆われて展望は良くない
わずかに木々を通して周囲の山並みを望める程度である

奥之城という中世の城があった山頂は、なかなか難攻不落だったそうですが、北尾根から攻められて落城したそうです。落城から650年も経ってる
落ちのびようとした城主得能通友一族を乗せた首なし馬が走るだの、怖い話も残る
福見川町では、奥之城城主得能通友とその一族の慰霊のため、8月15日の夜、「提婆踊り」と呼ばれる念仏踊りが奉納されます。



























































































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